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 空には羊の様な雲が数匹紛れ込んでいた。

 暖かな日差しにのんびりと日向ぼっこをするように、羊は緩慢で、風は穏やかだった。

 青々と茂る木々の間に敷かれた大きな街道。

 その途中に急ごしらえとは言え、一軍を抱えることのできる砦が作られていた。

 砦から溢れている人。

 その視線は一カ所に向かっていた。

 砦から伸びる緩やかな坂。

 その先には獣達の群れの姿があった。

 そして、人と獣の間に獣達を威嚇するために炎の壁が作られていた。

 もしここがサーカスのテントの中であったなら、拍手喝采で迎えられたことであろう。

 今はただその異様な光景に砦の兵士達は目を疑うばかりである。

 あれが敵だと命令されても、嘘だろうと腹の中で笑ってしまう。

 だが、それも血を見るまでだ。

 テトが腕を天にかざした。

 狼達が進み出、唸りを上げた。

 振り下ろされるテトの腕と共に駆けだす狼達。

 駆けながら狼達の毛並みは真白に変わっていき、体躯は四、五倍に膨れ上がる。

 容易く火の壁を飛び越え、兵士達を爪で切り裂き、頭蓋を噛み砕いた。

「何だ?!刃が、ぐはっ!」

 通らない。

 一見柔らかそうな毛並みは、見た目と反した硬度を持ち、剣をはじいた。

 人の軍の先陣は狼達に、油断という大敵にもろく崩れていく。

「戦果は上々ですな」

 フクロウの喜々とした声に「そうだな」とテトは憮然として答える。

「それで、次は?」

「次は、と申しますと?」

「このままあの狼達だけで事が治まるとは思えないが」

「然様でございますな。ですが、あの者達は先日王へ牙をむいた者達。この場にて始末するのが上策かと」

「見捨てると言うのか?」

「はい。後顧の憂いも除け、捨て石程度には役に立ちましょう。もちろん王のご遺志で如何様にもいたしますが」

「・・・助ける」

「では、第二陣のご用意を。今まさに一気呵成に責め立てる好機の時!」

 搦め手のフクロウにテトは辟易するが、それでも祈りを捧げる。

 もはや争いが一刻も早く終わること以外願う事は無かった。

 猪や鹿達が駆けだすと、その毛並みは狼達と同様に白く変じ、体躯も大きく膨れ上がった。

 地響きが津波のように迫り、兵士達を押し流す。

 一方空では、同じく白色の巨鳥達が岩を掴み、滑空していた。

 巨鳥がまさに兵士達に岩を落とそうとしていた時、巨鳥の一羽を槍が貫いた。

 放たれた元を辿れば、人の王の姿があった。

「矢を射かけよ」

「しかし、それでは我が軍の兵をも巻き込んでしまいます」

 ただでさえ兵士達は混乱の中にあり、その上矢の雨が降ろうものなら混乱は極まる事であろう。

 当然王の側に侍る将からは異論が出てくる。

「クラティス」

 呼ばれてクラティスは前に進み出る。

 その手には弓と矢筒が携えられている。

 クラティスは弓を構え、矢をつがえる。

 そして、放たれた矢は巨鳥の一羽を射落とした。

「矢が当たらば、その勢いは削がれよう。外さば、味方が死ぬと思うて射よ」

 無茶な事を言う王である。

 だが、クラティスはその言葉を実践して見せる。

 次々と巨鳥を射落としていく。

 そして、クラティスは手にしていた弓と矢筒を先程王へ異論を唱えた将へ手渡した。

「貴公の武勲を期待する」

 そう言い残して、クラティスは前線へと駆けて行った。

 一方、巨鳥が次々と落ちて行く光景を前にテトは驚きに包まれていた。

 巨鳥が倒れていくのを驚いていた訳ではなかった。

 テトの驚きの原因はもっと違う所にあった。

 街道のわき道を誰にも見つからず、そっと進もうとしている人影が見えたからだ。

 見慣れた自分が使っていたローブ。

 何故ここにフォーミュリアが?

 安全な場所に隠れているはずではなかったのか?

「王よ。第三陣のご用意を。少しばかりやるようですが、それもここまで。砦内にはまだ多くの騎馬がございましょう。それらを使い、内から崩してくれましょう」

 テトにフクロウの戯言に貸す耳は無い。

 テトの足は自然と前に進み、駆けだしていた。

「お待ちください!どちらへ行かれるのですか?!」とフクロウの頼りない声が背を掻くが、駆けだしたテトを止めることなどできない。

 そんなテトを「動き出したか」と目の端に認める者がいた。

 騎士団長として、狼達と剣を交えていたミゲルである。

「苦戦しているようだな。ミゲル」

「ああ、団長。助けに来てくれたんッスか?」

 幾度か狼達の牙と爪を凌ぎ、晒した背に向かいダンスの申し込みをする無礼な狼をクラティスは両断する。

「こいつら滅茶苦茶固くて、まるで亀の甲羅背負ってるみたいなんッスよ」

「ならば、甲羅を叩きわるつもりで討ちかければよいだけの話であろう」

「無茶言いますね。団長」

「無茶なものか。私の細腕で出来るのだ。やってやれん事は無い」

 そう言って、周りの兵士達が苦戦していた大きな白い猪を斬り伏せた。

「気合だ」

「お前ら~。よく聞け。団長の言葉を鵜呑みにするなよ。凡人は凡人らしく囲んで当たれ。間違ってもサシで勝負しようとはするなよ~」

 野太い同意の声が辺りから上がった。

「どうかしましたか?団長」

 クラティスの表情は相も変わらず無表情だが、見ようによれば少し不機嫌なようにも見える。

「いや、何も」

「それよりも団長。あの今こっちに向かってる奴見えますか?」

「あれか」

 クラティスとミゲルの目には駆けるテトの姿が映っていた。

「恐らくはあの堰で目撃があった不審者かと」

「あれが黒幕だと言うのだな」

「その後ろに何者かがあるとしても、この異常事態を引き起こしている原因は奴の可能性が高そうですね」

「ならば、元を断つのみ。ミゲル、私が道を切り開くから仕留めて来い」

 ミゲルが不満の声を漏らす。

「あいつ何か強そうなんですけど。ここは団長の方が適任じゃ・・・」

「黙れ。行け」

「・・・まあ、行けと言われれば、行きますけどね。でも、そうだな。頑張ったご褒美でもあれば、もっと頑張れるんですけど。例えば団長とデート出来るとか」

 すかさず「抜け駆けすんなー。ミゲル!」と周りの兵から野次が飛ぶ。

 クラティスが援護に駆けつけ、少し余裕が出来たとはいえ、すぐ側で仲間が命を落としている。

 あまりにも軽薄なやり取りではないか。

 だが、切っ先をのど元に突き付けられている彼らだからこそ許されるやり取りでもある。

 クラティスは躍り出て、僅かばかり進路を切り開く。

 ミゲル達は迷いなくその隙間になだれ込んだ。

「死ぬ気で頑張ってきます」

「死ぬな。馬鹿ものが。生きて帰って来い」

「了解です」

 ミゲル達を先に行かせた後、すぐにクラティスは獣達に囲まれるが、もはやミゲル達は後ろを振り返らない。

 ただ前の敵を仕留めることだけを考えていた。

 ミゲル達とテトが相対するのにそう時間はかからなかった。

「扇形に展開。油断はするな。どんな奥の手が待っているか分からないぞ。距離を取って対せ」

「お願いだ。通してくれ。僕には戦う意思など無い」

 構えられた槍に怯むテトではなかった。

 今は一刻も早くフォーミュリアの元へ、その気持ちだけがテトを突き動かしていた。

 無論、それはミゲル達とて同じ事。

 クラティスのためにもすぐにでも決着をつけたい所である。

 もはや話し合いをする余地など無い。

「お願いだ」

 容赦なく襲ってくる槍にテトは頭を低くしてかわす。

 続け様に襲って来る槍にも今まで不自由だった体が、その穴埋めをするように俊敏に反応した。

 槍の穂先はテトのローブをかすめ取るだけで、その身を傷つけることは無かった。

 露わになるテトの姿に「化け物!」と容赦ない言葉が投げつけられる。

 怯える兵士の姿に胸を締め付けられ、苦しむテトであるが、その歩みは止まる事は無い。

 ただフォーミュリアを助けるためだけにここにあるのだ。

 心配そうにフォーミュリアを盗み見る視線にミゲルは気付く。

「仲間がいるぞ!王に近づけさせるな!」

 混乱の中である。

 ミゲルの声が届くとは思えなかったが、その言葉はテトを追いこむに足った。

 テトは長い腕を横なぎにし、兵士達を傷つける。

 斬り裂く肉の感触にテトは恐れ、それでも怯む兵士達の頭上を飛び越えて先を急ぐ。

 全てはフォーミュリアを守るため。

 だが、テトの思いとは裏腹に巨鳥を狙っていた弓兵達が、フォーミュリアに向かって弓が構えられようとしていた。

 フォーミュリアは自分が狙われていると知ると、逃げもせずに、おもむろに纏っていたローブを脱ぎ捨てる。

 そして、弓兵の脇に陣取る父を見据えた。

 顔色一つ変わらぬ人の王。

 やはり娘の顔も分からぬのであろうか。

 それでもフォーミュリアは叫ぶ。

「私は!」

 矢が放たれる。

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