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 テトとフォーミュリアは無言のまま森の中を歩いていた。

 少し早い速度にフォーミュリアはテトの手を握り、頑張ってついてきていた。

 心配そうにフォーミュリアが尋ねる。

「また人が死ぬの?」

 ぴたりとテトの足が止まった。

「あれ以上僕が何を出来たと言うんだ」

 押し殺すような声。

「王だ王だと祭り上げられながらも、僕に何ができた?どんな力がある?人を傷つけるだけの力か?目の前で傷ついている者を助ける事も出来ない。僕は無力だ。僕はどうすればよかったんだ?教えてくれ。狼の言う通り君を差しだせばよかったのか?そんな事を言う狼達を殺せばよかったのか?それともあの鹿が犠牲になって、君が助かった事を喜べばよいのか?」

 迫るテトにフォーミュリアは怯えていた。

 力を入れているつもりはなかったが、それでもフォーミュリアの肩には血筋が浮かぶ。

 テトははっと気づき、肩においていた手をすぐに離す。

 そして、テトは「すまない」と言葉を落とし自戒した。

「辛いのは僕だけじゃなかった。君の方こそ辛いのに、すまない」

「いいえ。私は大丈夫よ」

「そんなことは・・・」と言いかけて、フォーミュリアの困ったような表情に言葉を飲んだ。

 記憶を蒸し返す様な言葉を紡ぐことさえ、罪悪のように感じた。

 血を流す心の傷を見て見ぬふりというのは、罪なのかもしれない。

 けれど、傷を直視していてもどう接していいのかさえ分からない。

 どうすればその傷の痛みが和らぐのかなど、テトには分かりもしなかったのだ。


 一方、フォーミュリアはというと。

 テトの想像していた感情と少し違ったものを抱いていた。

 あの悪夢のような出来事は自分自身に課せられた罰なのだと捉えていた。

 確かにテトが苦しみもがき、時折狂に足を踏み入れるのを恐怖し、怯えているのだが、同時に哀れにも思っていた。

 きっと自分があの塔から出なければ、目の前のこの人はこんなにも苦しまなくても済むはずだった。

 いっその事、全てを話してしまおうか。

 きっと目の前のこの人は自分の事を責めはしないだろう。

 許し、もしかしたら同情までしてくれるかもしれない。

 そんな風に思ってしまう自分をフォーミュリアは嫌悪していた。

「あの時、僕が君を誘わなければ。一緒に行こうなんて言わなければ良かった」

「そして、お金も身寄りも無い私は自分の体を売っていたかもしれない」

「それは一つの可能性だ。そうならなかった未来もあったはずだろう。何か、もっと、君が幸福になれた未来が」

「おかしなことを言うのね。貴方は今さっき自分は無力だと言ったのよ。そんな貴方に私の未来をどうにか出来て?」

「それは・・・」

「貴方が責められることなんて何一つないわ」

 きっと責められるべきは私。

「そんな!そんな事は無い!君は自分が悪いとでも思っているのか?君もあの鹿も自分を大切にしなさ過ぎる。もっと、ちゃんと、自分の身を労わってやってくれ」

 顔を覆い、崩れ落ちるテトをフォーミュリアは包み込む。

 何故この人は泣いているのだろう。

 赤の他人でしかないこの私のために?

「やっぱり貴方、おかしな人ね」

 もしこの獣と人との愚かな争いを止められるとしたら、それは私しかいない。

 剣を振りかざしていた父を思うと、やはり身震いする。

 人の姿なら私が自分の娘だと分かってくれるだろうか。

 それともやはり剣を振りかざすのだろうか。

 死にたくない。

 怖い。

 逃げ出したい。

 それでも、

「安全な所が無いか探してもらえるよう頼んでみる。争いが終るまで君はそこで隠れているんだ。君をもう二度と不幸な目に遭わせたくはない。いいだろうか?」

「ええ。分かったわ」

 この涙に報いたいとフォーミュリアは思うのだ。



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