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悪魔の瞳6

 ぽつりと零れた声は吐息のようだった。

 一瞬サリエを包む禍々しいほどに研ぎ澄まされた空気が影を潜めた。

 一つしかない黒曜石の瞳が鈍く光る。


「怖い?ふざけないでくれる?これでも邪眼持ちのブラッディー・レモリーって呼ばれてるのよ!」


 怒りに支配された口が勝手なことを言う。

 心の奥底に隠れている冷静な自分が、血に濡れた女王にそんな二つ名があったかなと首を傾げたが、そんなことは気にしてられない。

 サリエへの道は、僅か数歩の距離だ。

 だがその道のりは暗闇の中で綱渡りをしている気がするほど危うい道に思えた。

 それでも自分を鼓舞し、大げさに足を踏みならした。 

 小さな小石が足の裏に刺さったが、痛みに立ち止まることなどできない。

 恐怖がない訳ではない。

 強がらなければ、体が震えてしまう。

 それでも感情のままに叫ばずにはいられないのだ。

 浅はかな行為なのかもしれない。

 この隙に逃げるがハニーの選ぶべき最善なのかもしれない。


 でも………。


 悪魔と呼ばれようと、血に濡れた女王と蔑まれようと、自分の信念を信じ思ったままに行動するという本質は変えようがない。

 どんなに自分を包む世界が変わろうとも、自分の本質だけは変わらない。

 それは繰り返しハニーの奥底に流れるメロディーのようなものだ。

 その奏でられる音が当たり前になってしまって、流れていないことに違和感を覚えてしまう。

 このメロディーが止まることは即ちハニーがハニーでなくなるということ。

 ハニーは足を引っ張る負の感情を打ち消し、目の前の漆黒の男を見据えた。

 どんな時も、捨てない。揺れない。立ち止まらない。

 これが彼女の三カ条だ。


「そんなことをして、何が解決するの?あなたは味方を失い、世界に必要のない悲しみが増えるだけ。無意味よ!」


 感情のままに叫んだお陰だろうか。

 先ほどまで言いようもない緊張に束縛されていたハニーだが、自らの雄大なメロディーに助けられ、威風堂々とサリエに対峙していた。

 あまりに自分が熱くなり過ぎて、真っ白になった頭では自分が何を口走っているのか分からない。

 何故こんなにも怒りを感じながらも、痛みに泣き出したくなるのか。

 漠然とした感情が複雑に絡み合う。

 サリエは何も言わず、深く底の知れない瞳でハニーを見つめている。

 飲み込まれそうになる漆黒を正面に見据え、ハニーは更に叫んだ。


「悪魔の瞳って言われて怒るのは当然だわ。あなたの怒りは尤もだわ。今まであなたがその心ない言葉に傷ついてきたのよね?でもその瞳で人を殺したら、もっとその瞳が嫌になるっ!」


 突っ走る口から飛び出た言葉にハニーは自分で戸惑い感じた。

 それこそが怒りを複雑にする要因だったのかもしれない。

 追い立てるような苛立ちは同じ立場に置かれた者に自分を重ねていたからだ。

 ハニーは今のサリエに血に濡れた女王と蔑まれた自分の姿を見た。

 身に覚えのない侮蔑に血の涙を流した。

 サリエもまた何度もその涙を流していたのかもしれない。

 いや、この瞬間も彼は見えない心で泣いているのかもしれない。

 塞がることのない心の傷は目には見えなくとも体に出来た傷以上に熱を持って疼くのだ。

 ハニーにはその痛みがよく分かった。


(だから………)


 サリエにその言葉に負けてほしくなった。

 高潔なサリエだからこそどんな言葉にも憮然と嫌味な笑みを浮かべて、一蹴してほしかった。

 完璧なサリエまで負の感情に引きずり込まれてしまうところを見たくなかった。

 

(負けたら終わり……きっと自分が嫌いになる)


 険しくつり上げた瞳が胸を突く感情に濡れて、見つめる黒曜石の男が滲んでいく。

 それでも訴えずにはいられない。

 馬鹿だ。自分はなんて馬鹿なんだ。

 でももう走り出した自分は止めることができない。

 ハニーの瞳の中で怖かっただけの隻眼の男が孤独で傷ついた、ただの青年に変わる。

 黒曜石の瞳が一瞬戸惑うように揺れた。

 まるで自らが傷を負ったようにハニーは顔をくちゃくちゃに皺寄せ、サリエに訴えかけた。

 心からの声に今のサリエなら応えてくれる。何故だかそんな気がした。


「お願い。だから……」


「莫迦が……」


 悲痛の訴えにサリエの吐き捨てるな声が重なった。

 裏切られたように口を閉ざしたハニーにサリエは舌打ちするやいなや、俊敏な動きでハニーに背を向けた。

 何をするのだろう。

 一瞬虚を突かれ、ハニーは逸らされた黒い隻眼の意図を測りかねた。

 だがハニーはすぐにこの一瞬を後悔することとなる。

 たった一瞬。

 されどそれは永遠の時の狭間となって、ハニーとサリエの間に出来た道を絶った。

 慌てて一歩遅れて手を伸ばしたその先―――悪魔の瞳を隠していた左手が勢いよく振り払われ、サリエのマントを大きく掬い上げている。

 それは大きく翼を広げた悪魔に他ならなかった。

 風に膨らむ漆黒のベールがハニーの視界を覆った。


「これがご所望の悪魔の瞳だっ。とくと味わえ―――――――」


「やめてぇぇえええぇぇえええぇぇぇぇぇ~っ!!!!」

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