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途切れた道10

「………だから言ったろ?カンちゃんにはおれがいないとダメだって」


 慣れ親しんだその声にカンザスは声のした方を見つめた。剣圧に乱れた風は凄まじく、目を開けていられない。

 その風の中、薄茶色の髪が衝撃を感じさせることなく悠々とたなびいている。

 風の抵抗など構わず、カンザスは目を剥いた。


「………なんで………」


 そう呟くのが精いっぱいだった。

 よく知った男前の顔が気障ったらしく微笑みかけてくる。


「なんでって?さっき説明したのに、まだ分からないなんて。ホントにカンちゃんは手がかかるな~。簡単に言えば、カンちゃんはおれなしではいられないってコトだね!」


 などと軽口を叩きウインクなどを投げかけてくるのはもちろん、カンザスの無二の従者、アクラスだ。

 彼はいつも腰に佩いている細剣で下から突きあがるカンザスの剣を受け流し、その鞘を頭上に掲げてアシュリの大鎌の切っ先を受け止めている。

 一見無造作に手を振り上げたような格好だが、絶妙な位置取りで大鎌の力を無にしているらしい。

 事実アシュリはその無表情の顔を慄かせていた。

 いきなり現れた男が簡単に大鎌を受け止めたのだ。

 しかも今現在もその男は自分に背を向け、余裕の笑み。

 表情には見えないが、痛く自尊心を傷つけられたのだろう。

 驚きも束の間、アクラスに一撃を食らわさんとしたアシュリだが、その表情は見る間に青ざめていった。

 大鎌を握る両の手が震えている。

 それだけ彼女は力んでいるのだ。

 それでも受け止めたアクラスはビクともしない。

 アクラスはいつも通り、腹立たしほど余裕に満ちた涼しい顔だ。

 今にも口笛でも吹き出しそうな彼にカンザスは軽い殺意を感じた。

 どうして彼らはいとも簡単にカンザスの上を超える真似をするのだろう。

 カンザスが本気を出しても捕える事ができなかったアシュリを無傷のまま動きを止めさせ、まだ余力があるとばかりに微笑む。

 どんな時でも彼は手の内を一切見せない。

 こんな時ふと、その力が妬ましく感じつつも一抹の寂しさを感じるのだ。

 どれだけ側にいようが本性を晒さないアクラスという男に。

 だがそんなことはあえて口にはしない。

 いつかこの胸を巣食う気持ちを乗り越え、彼と対等に肩を並べる男になる。

 超えるべきライバルは強大なほうがいい。

 カンザスは余裕のない顔に無理やり笑顔を浮かべた。


「何やってんねん。主人に遅れ取るなんて従者の風上におけん奴やな。ちょっと格好ええことしたって、何のポイント稼ぎにならへんのや!」


「言うね~。さっきまで死にそうな顔をしてたのに」


 クスッと口の端を上げるとアクラスは細剣に込めていた力を抜いた。

 それに合わせてカンザスは後ろに飛び退く。

 瞬時アクラスは鞘で受けていた大鎌を左に流して捌き、円を描くように右手に握った細剣をアシュリの首元に付きつけた。


「チェックメイト!どんなゲームにも終わりはあるのですよ?麗しき女司教様?」


「くっ!」


 払われた大鎌の柄を握りしめたままアシュリは悔しげに顔を歪めた。

 朗らかで誠実そうな笑みを浮かべたまま、アクラスは細剣の切っ先をアシュリの首筋を突き刺す紙一重の場所で待機させている。

 彼女の答え如何で切っ先の行き先を変えると言わんばかりだ。


「殺せ!蛮族に命乞いする気はないっ!」


「アクラスッ!絶対に殺すな!」


 アイスブルーの瞳に死の影を見たカンザスは力の限り吠えた。

 カンザスに背を向けたアクラスが僅かに視線を逸らし、カンザスに目配せをした。


「御意」


 言うが早いか、その長い足でアシュリの握る大鎌の柄を蹴り上げた。

 薄暗い森の空に有明の月と見紛うほどに儚い光を放つ三日月が浮かぶ。

 三日月はゆるりゆるりと歪な弧を描いて森を流れていく。そして音もなく地面に突き刺さった。


「さて、どうしましょうか?司教様。おれはフェミニストなんで本来なら女性が望むことは粗方叶えてあげたいんだけどね。主人は貴女の命を望む」


 今まで大鎌という武器を手放すことのなかったアシュリはこの時、初めて自らの身を守る術を手放した。

 呆然とアクラスを見つめて立ち竦むのは人形のように愛らしい少女。それ以外の何者でもない。

 その首筋から未だ細剣の切っ先を逸らさず、そのくせフェミニストだと言わんばかりの笑みを浮かべているアクラスはどこまでも底の知れない男だ。

 余裕のない少女と余裕綽々の男。

 その間にある白銀の境界線を乗り越え、カンザスが一歩前に躍り出た。


「アクラス、剣を引けっ!アシュリ、馬鹿なこと言ってんとオレの話を聞け!」


 カンザスの言葉にアクラスは頬笑みを浮かべたまま、剣を引いた。

 カンザスはその剣先を視線で追う。

 カチンと音をたてて鞘に納まったところまで見届けると更一歩アシュリに近寄る。

 アシュリは大きな瞳を戦慄かせながら、唇を噛みしめ、次の事態に備えていた。

 そのアイスブルーの瞳をじっとのぞき込むとカンザスはアシュリの心に訴えかけた。


「オレとお前の目的は同じ、エクロ=カナンの女王レモリーを捕まえることやっ!反目しあうことやないっ!何故聖域に連れ帰る前に女王を殺そうとするんやっ!お前は……聖域は何を隠してるんやっ!!!」


 聖域の中で十二人しかいない死の天使の内二人も派遣するほど、聖域は今回のエクロ=カナンの件を重く見ている。

 なのに碌に調べもせずに殺そうとするのは何故なのか。

 カンザスは聖域に対して漠然とした不信感を抱いていた。感情のままアシュリにぶつける。

 カンザスのペリドットの瞳とアシュリの氷の瞳が絡み合い、冷たい火花を散らした。


「それは……」


 アシュリは言いよどむ。

 カンザスから視線を背け、唇を噛みしめた。

 たたみかけるようにカンザスが一歩前に出る。


「それは、何や!」


「神の崇高なご意思に理由などない!」


 長い髪をばさりと払うとアシュリは目をつり上げた。

 追い込まれようが死の天使。その誇りが彼女を孤高の殉教者へと駆り立てる。


「アシュリッ!」


「お前の言葉に従う気はない!」


 その小さな体からは想像もつかない覇気を含んだ怒声が森を震撼させた。

 そして森の方へと駆けだす。

 途中素早く大鎌を拾い上げるとアシュリは森の陰に消えていった。

 その背を追うように音もなくアクラスが一歩踏み出した。

 だがカンザスは手でアクラスを制した。


「追うなっ!それよりもオレらがせなアカンのは女王を追うことやっ!女王を見つけ、今この国で起きている真実を見つけ出さなアカンッ!」


 死の天使が消えた方を見つめ、信念の灯を燃やす帝国の騎士。彼はこの森で繰り広げられている悲劇の綻びに気付き始めていた。

 彼が追うは、血に濡れた女王の真実。だがその女王が佇むのは絶望の淵だった。

 幾重にも絡まった悪意に落ちていく女王を抱きとめるのは果たして天使の翼か、悪魔の舌か。


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