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途切れた道2

 カンザスは聖域の下っ端の衛兵だが、心は気高き騎士だ。

 先ほどはあまりの余裕のなさに思わずアシュリの腹を蹴り上げたが、本来、騎士とは女性に手をあげないものなのだ。

 男よりも力が弱く、また男と違って命を生み育むことのできる女性は、何があっても大切にせねばならない。

 彼はそう言われて育てられた。

 今まで疑いなど抱かなかった教えが今は彼を苦しませる。

 なまじ技術が拮抗しているものだから、絶対的な力の差でアシュリに傷を負わせずに負かすことができない。

 追いこまれ、無表情ながらどこか先ほどの勢いを失った顔を見つめ、カンザスは舌打ちをした。

 はっ、はぁっと次第に早くなる呼吸をすぐ側で聞き、大きく叫んだ。


「アシュリ!鎌を止めろ!今は殺し合いをしている場合やない!」


 アシュリの手を止めようとカンザスは大きく剣を打ち払う。

 渾身込めた力に大鎌が大きく流れて、地面に頭を付けた。

 そうだ――今は殺し合いをしている場合ではない。

 カンザスとアシュリは、同じく血に濡れた女王を追う者同士だ。

 その女王は突如現れた馬車に乗せられ、いずこかに消えてしまった。

 本来なら共にその背を追うべきではないのだろうか。

 早くその後ろを追いたいと気が気でないカンザスだが、対するアシュリは攻撃の手を緩めない。

 顔はずいぶん冷静だが、もしかしたら頭に血が上って何も考えられないのではないか。そうとしか考えられない。


(どれだけ打ち合ってもだめ。叫んでもだめ。なら、一か八かに賭けて訴えかけてみるか!)


 余裕無げに顔を歪め、カンザスはアシュリの意表を突こうと行動に出た。


「これは決死の訴えや!鎌を止めろ!この争いに意味はないっっ!」


 カンザスは構えを解くと、剣先を地面に垂らした。

 争う意思はない。

 この攻防の最中に、負けを意味するポーズを取る。

 同じ武に生きるものならば、その無謀とも言える覚悟の意味を知るはず………そう淡い期待に全てを駆けた。

 だがしかし、冷たいアイスブルーの瞳が解けることはない。


「却下!一度でも私にはむかった者を捨て置くことなど出来ない。お前は私を死の天使と知ってまだ刃を向けた!お前は聖域に敵対したのだ。世界の調和を乱す行い、断じて許し難し!」


 死の天使としての気高き自尊心ゆえか。釣りあがった瞳が頑なにカンザスを否定する。

 肩で大きく息をするが、今にも壊れそうな繊細な色合いをした瞳は使命感に燃えあがっていた。

 その瞳が映し出すものはたったひとつ。


 聖域の栄光だけ――――。


 再度地を這うように大鎌が空を薙ぎ、無情なアシュリの鎌がカンザスの身を切り裂くところまで迫る。

 カンザスの剣はまだ、地面を向いている。


「くっ!」


 迫りくる剣圧にカンザスは咄嗟に剣を構えようとした。

 しかし、僅かにその反応が遅れる。

 どれだけ俊敏にアシュリが動いても見切れる自信があったのに。

 あまりの剣幕に一瞬、アシュリに飲まれてしまっていた。

 その一瞬が絶対の力の差となって迫ってくる。

 ちっと舌打ちをするが、その時には想像を絶する衝撃波を携えた鎌の先が、カンザスの目の前にあった。

 宙に伝播する振動に体の芯が痺れる。


(万事休す――かっ。オレはなんて間抜けなんや………)


 もう避けられない。

 それは剣の道に生きるカンザスだからこそ容易に想像のつく結果だった。

 自分の甘さが引き起こした、最悪の結末。

 それはあまりにもあっけなくて、騎士として華々しい最期を遂げる覚悟すらできない。

 だがこのまま簡単に殺されて、自分は満足なのか?

 瞬きよりも短な一瞬に、カンザスは自分に反問する。


「くっそ~!満足な訳あるか~!オレは絶対に死ねへんぞっっっっっ!」


 剛速で迫りくる兇器は禍々しく煌めき、カンザスを圧倒する。

 迫りくる切っ先を負けじと睨みつけ、手にした剣を振り上げた。

 神の采配に抗うように、カンザスは顔を上げる。

 だが、それよりも前に鎌の切っ先がカンザスの脳天へと振り落とされる。

 そのペリドットの瞳に尖った銀が映り込み、そして――――。


「………だから言ったろ?カンちゃんにはおれがいないとダメだって」


 弾け爆ぜた衝撃波の中で、場違いなほど軽やかな声がした。 



     ***

 ハニーは命からがら森を駆けた。

 何度も馬車の轍に足を取られ、その度に無様に地面に這い蹲る。

 馬車から落ちた衝撃の所為か、まだ背骨の奥が引き攣って走る度に激痛が響く。

 それでも後ろを振り向くことはなかった。

 後ろを向けば、すぐ側にあの漆黒の馬車が迫っているような気がしたのだ。

 耳を澄ませば今でもガラガラと鳴り響く、歪な車輪の音がすぐ側にあった。


(怖い、怖い、痛い………―――でも立ち止まれば全て終わりだ)


 自分の背にある姿なき恐怖に怯え、ハニーはひたすらに駆けた。

 痛みも苦しみももう体は感じなくなっていた。

 ただそうあるのが当然とばかりに、ただ規則正しく交互に足を動かす。

 進むのは道なき道だ。

 しかしその金色の瞳は怯えながらも、自分の目指す先を見失っていなかった。


(まだよ、まだ終われない……わたしはまだ戦えるっ!)


 深い森を照らすその瞳が一際輝いたその時、ハニーの視界が開けた。

 あまりの眩しさに思わず目を瞑る。

 瞑る寸前に見た世界は、この世の楽園かと見まごうばかりに輝かしい色彩だった。


「……ぁぁ………」


 瞼に感じる眩しさに、思わず吐息が漏れた。

 徐々に光に慣れた金色の瞳をゆっくりと開く。

 そこに見たのは底知れない水色。黒い緑が一気になくなり、ハニーの前には透き通る眩しい青空がどこまでも続いていた。

 長らく弱々しい日の光しか受けていなかった、弱った体にはその光は少々きつすぎた。

 しばらく焼かれるような光に耐えるように身を縮めていたが、ようやっと光に肌も目も慣れたハニーは一歩光の方へと進み、そして足を止めた。


 

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