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帝国の騎士1

 瞼越しにまばゆい光を感じ、ハニーは薄目をあけた。


 いつの間に眠りについたのか、まったく記憶にない。

 何か夢を見た気がするが、それすらも眩い朝日を前に霧散してしまったようだ。

 心底疲れ、泥のように眠ってしまった。 

 気が付いた時にはすでに日が高く上っており、灰色の広間に少しばかりの朝の光が届いていた。

 ひんやりとした朝の気配に身を竦ませ、子猫のように小さく身を震わせた。

 その刹那、自分の置かれた立場を思い出す。

 ハニーは慌てて身を起こし、緊張に体を固くした。

 逸る鼓動をなんとかなだめながら、辺りに厳しい視線を向ける。

 どこかに昨日の騎士の残党がいるかもしれない。

 金色の瞳はゆったりと流れる朝の静謐さとは裏腹に、疑心に染まっていた。

 しかし見渡しても清浄な朝の空気に包まれたこの広間はどこまでも静かでハニーを追い詰めるものなど存在しない。

 何度も広間を見渡し、ようやっとその事実に気が付くと、ハニーは盛大に息をついた。

 猜疑心に凝り固まった体から一気に力が抜ける。

 情けなく緩んだ顔で、側の石櫃に項垂れかかった。


「こんなに寝てしまうなんて………」


 追われる立場にありながら、なんと胆の据わったことだろう。

 あれからどれだけの時間が流れたのか。

 時間の感覚が掴めないハニーには今が朝であることが分かっても、あとどれほどで昼になるのかも想像がつかない。

 こんなに追い詰められていても意地汚く惰眠を貪るなど、自分でも驚くほどの豪胆さだ。


(敵の存在をも忘れて爆睡…。国を追われた女王ってのは、もっとこう、儚げなものなのに~)


 自分の鈍感さと神経の図太さに打ちひしがれ、ハニーは冷たい床に突っ伏した。

 眩い光に照らされ、ハニーの顔に影が出来る。

 別に誰かの思惑に彩られた女王を演じる気などさらさらないが、それでもこれはいただけない。

 眠っている間に捕まっていましたでは、あまりにも滑稽すぎる。

 悔しげに床を叩いて、自分の浅はかさを悔やんでいると上から天使の愛らしい声が降ってきた。


「起きたの?ハニー」


 落ち込むハニーと違い、朝の光を受けその美しい金髪を輝かせる少年エルは極上の天使の笑みを浮かべている。

 ハニーの表情を窺うように首が横に傾く。

 後ろで一つに括られた長い髪が淡い光の糸のように優雅に揺れた。

 深く鮮やかな青が優しく細められる。

 その神々しさに自らが薄汚れて見え、ハニーは思わず落ち込んだ。


「エル…朝から元気ね」


「ハニーが側にいるからだよ」


 屈託なく微笑むエルは見惚れそうなほど愛らしい。

 起きぬけに見ると眩しすぎて心臓に悪い。

 どっどっと弾む鼓動を抑えようとハニーは胸を掴もうとしたが、そんなことで治まる愛らしさではない。


(そんな可愛いこと、そんな素敵な笑顔で言わないでよ!)


 心なしか赤く染まった頬に手を当て、心の中で絶叫した。

 しかし当の本人はその声に気付くはずもなくにこにこと笑顔を浮かべ、ハニーを見つめている。

 自分だけ余裕ないなどと思われたくない。

 それはハニーのなけなしの自尊心だったのかもしれない。

 心の叫びをエルには悟られぬように、ハニーはお得意の澄ました女王の顔を浮かべた。


「そ、そう?」


「そうだよ。ハニーが側にいるから、朝がこんなに素敵に感じる」


 朝の気配に目を細めて、その空気すら慈しむ微笑みにハニーは胸を鷲掴みされた。

 もうこうなれば生きてきた年齢など関係ない。

 天上のどんな至宝さえも叶わないだろう笑顔は老若男女を問わず虜にする。

 それはあのいけすかない異端審問官とは相反する魅力。

 だが対極にありすぎるあまりにとても似通って思えた。

 くらくらと愛らしい魅力に翻弄されたハニーは逸る動悸に目まいを覚えた。


(この子、小悪魔だわ) 


 ははっと乾いた笑いしか浮かんでこない。

 人の心を惑わす可愛い小悪魔。

 彼らはせいぜい悪戯ぐらいしかできないが人を翻弄させて喜ぶという。

 見た目は天使なのに、性格も純情なのに、何故こんなにも人の心を無意識に弄ぶのだろう。

 悪魔は人の心が描いた幻影だという、あの男の言葉が不意に思い出された。


(なら、この子が小悪魔に見えるのは、わたしの心のせい?いいえ、絶対わたしだけじゃないわ!この子の笑顔に見惚れちゃうのは!!きっとこの子が生まれ持った素質なのだわ………なんて恐ろしい!!)


 目の前にいるエルにハニーは勝手に衝撃を受け、よろりと傾いた。

 愕然と顔を強張らせる。

 一人芝居のようにのめり込んで、コロコロと表情を変えるハニーに声をかけることもなく、エルはただ興味深かそうにその顔を見つめていた。

 

(可愛いのはいいわ!あどけないその表情は幼い年頃特有の魅力ですもの!百歩譲ってそれは許せるわ!でも…でも……それを差し引いてもわたしより色っぽいってどういうこと?神様、これは不公平よ!)

 

 ハニーの中で事態は脱線し続けていく。

 だが譲れない思いに捕らわれた彼女にはそんなこと分かりはしない。

 冷たい広間の床に手を付き、訳の分からない事柄に打ち震えるハニーにはエルの姿など見えていない。

 ぐっと拳を握ると心に誓った。


「最後の審判で絶対に異議を申し立てるわ!」


「ハニー、そろそろ帰ってきて~」


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