黎明の刻1
「………っとそんな訳でね、わたしは聖域に連れて行かれることになったの」
ハニーは掻い摘んで、今彼女が置かれている状況を少年エルに語って聞かせた。
エルは真剣な眼差しで話を聞きいていた。
エルはハニーの体にピタリと自分の身を寄せ、ハニーに覆いかぶさるようにして、小さな両手で、ハニーの左手を握りしめていた。円らな青の瞳が何か痛みに耐えるように震えていた。
一区切りつけ、ハニーは小さく息を吐く。体の奥から吐き出された吐息には痛みの粒子でも含まれているのか。痺れのような痛みが全身を駆け巡り、思わず眉を寄せた。
その様子にエルは心配げに首を傾げた。そっとハニーの頬に手を当て、顔を覗き込む。吸い込まれそうなほどに澄んだ青い瞳に傷ついたハニーが映りこむ。
ハニーが胸の奥に隠している恐怖を映しこんだかのように、瞳がざわりと揺れた。
飲まれそうな美しさにぞっとしてしまう。
そして、何より。
「近い!近い!!」
「え?」
鼻と鼻が触れ合うほど近くにある、愛らしい顔に思わずどきまぎしてしまう。
ハニーは自分の焦りがエルに気づかれないように、身を引くと神殿の向こう側に広がる鬱蒼とした森に目をやった。
カラ元気な声で大げさに視線を巡らせる。
「いや~本当、陰鬱としたいい天気だこと。ちょっとくらい日が差さないかしらね」
「今は夜だから、日は差さないと思う」
苦し紛れに言った言葉を幼い少年に冷静に返され、ハニーはさらに落ち込んだ。
エルから顔を背けると、イジッと両足を包み込んで丸くなる。
(うぅ~………わたしは何をやってんだか……もうっ!わたしのバカッ!こんな小さな子に何を動揺してるのよっ!いくら可愛いからってまだ子どもじゃないの!そ、そりゃね、確かにうちの弟達とは比べ物にはならないくらい、艶やかな顔してるし、時々びっくりするほど色っぽい表情するけどさ……ていうかわたし以上に……)
どうやら彼女のショックの大半は自分よりもずっと大人びて、際どい魅力に包まれた少年に向いているようだ。
しかし、この年端も行かぬ少年がそんな複雑怪奇な乙女の機微に気付く訳がない。
結果、エルは心底困った顔でハニーを覗きこんだ。
「どうしたの?ハニー」
その穏やかで労り深い眼差しにハニーは、身の置き場を無くした。
ぎょっと目を剥くと、顔を真っ赤に変えた。
近寄るエルから逃げるように、慌てて後ずさる。
動揺して、なんと答えていいのか分からず、ハニーは大げさに手を振ってみせた。
「いや、なんでもない!気にしないで!!そして、不用意に近寄らないでよ!もうっ!心臓がバクバクしちゃう!!」
(って、わたしは小さい子相手に何言ってるのよ~っ!もぅ~!バカハニーッ!)
余裕なく叫び声を上げて、その内容に自分で思わずショックを受けた。
だが今度は、微妙な言葉の意味合いなど分かるはずもないエルが目を剥く番だ。
ずいっと後ずさったハニーの方へと身を寄せ、その愛らしい顔を鼻先が触れ合うところまで寄せてくる。
真摯な青の瞳に余裕ない乙女が映りこんだ。
「心臓がバクバクだって?それって、とっても危ないんじゃないの?僕が診ようか?」
「見る?ダメよ!小さいクセに変態の発想よ!」
この小さい胸をエルの目に晒すなど断固拒否だ。
ハニーは全力で叫んだ。
よくよく考えればエルの言葉の意味が分かりそうなものだが、今のハニーにはそんな余裕はない。
「ええ?変態?ちょっと傷つくな」
脱兎のごとく自分から離れ、何故だか胸を守るように手を合わせているハニーにエルは傷ついたように眉を寄せてた。
困った表情のまま、理解不能の我まま女王陛下の足元に跪く。
そしてどこか大人びて、有無を言わせない表情でじっとハニーを見つめる。
「診せなくていいけど、痛くなったらちゃんと言ってね。ハニーの体が大事だから。無理しちゃダメ」
そう言うと、長いまつ毛に彩られた瞳を閉じ、流れるような仕草でハニーの額へと顔を寄せた。
愛らしい少年の唇がハニーの額に触れる。
触れられた部分だけが妙に冷たく、どれだけ自分の顔が火照っているのか痛いほどに分かってしまった。
「痛いのがなくなるお呪い」
ゆっくりと唇を離すと、エルはハニーの金色の瞳のすぐ側で円らなひとみを愛らしく細めた。
先ほどハニーの額に火をつけた唇で、更に心に火を付けるようなことを言う。