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終章~そして、歴史は語り継がれる8

「カ、カマ掛け、ですって………」


「ああ、だが俺の読みは外れていなかったようだ。お前の顔を見て確信した」


 サリエはいけしゃあしゃあと答える。

 それでも少しハニエルから距離を取ったのは、今までの行動パターンを読んで、ハニエルが怒り出すと思ったからだろうか。

 しかしハニエルは呆然とサリエを見つめたままだ。

 何かを自分の中で納得させようとしているように、ぐっと目に力を入れている。

 ゆっくり、ゆっくり、自分のペースでそれを咀嚼すると、ハニエルは大きく息を吐いた。


「一つ、聞いていい?」


「なんなりと、聖女殿下」


 サリエは無表情のまま、恭しく目を伏せた。


「最初の質問よ。何故、わたしの身に危険が迫った時が証明になるの?」


 それは質問というよりも希望だったのかもしれない。

 自分じゃない誰かにもその希望が現実だと認めてほしかったのだ。

 他の誰かはサリエしかいない。

 目下ベルビュートの正体を知っているのは彼だけだ。

 ハニエル以外にベルビュートを知っている者に認めてほしかった。

 その問いの後に続く答えを………。

 だが、漆黒の男は不敵な笑みを浮かべただけだった。


「さぁ?それはその時にならないと分からない。だから証明といった。まぁその時が来るまで気長に待つことだな」


 ハニエルは悲しさを絞り出すように儚げに微笑んだ。

 やはりこの男はハニエルが思うようには動いてくれないらしい。

 だがその突き放したような言葉が今は何よりもハニエルの胸を熱くする。

 証明されるまできっとハニエルの胸の中で、この希望は続くのだ。

 ハニエルはごしごしと涙に濡れた瞳を拭き、悲しみを取り払った。


(泣いちゃダメよ!泣くよりも笑おう!そっちの方がエルも喜ぶ!)


 よしっと心の中でひとりごち、ハニーは金に輝く瞳で天高く見上げた。

 その瞳に映った空は先ほど見た空よりも一層輝いて見えた。

 ハニエルはすぐ側で遠くの森に目をやっているサリエに目を向けた。 

 変わらず無表情の男の横顔は何を考えているか分からない。

 何故今までとんと見舞いにも来なかったのに、今日の、このタイミングでここに来たのだろう。

 サリエの意図が読めず、少ししてやられた感が悔しいが、それでもハニエルの心は爽快だった。

 晴れ渡ったような心にはもうどこにもいかない大切な人の瞳の色が映り込んでいる。

 ハニエルは今まで下ばかりを見つめていた自分に別れを告げると、大きく伸びをした。 

 大きく息を吸い吐き出すと、ふと気になったことを口にした。


「ねえ、それにしてもよくわたしがハニエル……マリス・ステラだって分かったわね。いつから気付いてたの?」


 勝気な瞳をくりくりとさせて、サリエを見上げる。

 これはあの広間で彼がマントを取り払った時からの疑問であった。

 だがあの場ではそう話し込んでいる間もなく、流れてしまっていたのだ。

 確かにレモリー・カナンと別人だと思われても仕方はない。

 一度でもレモリーに会ったことがあるならば、2人の顔の違いなどで気付くだろう。

 むしろその場の空気や自分達の思惑の為に、審判の場に乱入したハニエルを血に濡れた女王と呼んだ者達の目を疑ってしまうほど、2人は似ていないのだ。

 そのお陰でハニエルは自分の意思を貫けたのだが、一度たりともレモリーに会ったこともないサリエは何時の段階で自分が追っているのが真の女王ではないと気付いたのだろうか。

 ちらりとハニエルに目を戻したかと思ったら、サリエは見下す様に鼻を鳴らした。


「ああ?莫迦か。そんなことも分からないのか?赤い髪と金の瞳なんて珍しい特徴の人間がそういる訳ないだろ。これはウォルセレン王家の始祖の特徴だ。ついでになかなか人前に現れないという出し惜しみしまくりの現聖女殿下の特徴でもある。まぁ出し惜しむほどの女じゃないと思わされたがな、あの神殿で一目見た時からね」


 そのさも当たり前のように言い放つと、サリエはこんな簡単なことが何故分からないんだと顔を歪めた。

 麗しい氷の華が嬉々としてハニエルを見下す。

 その絶妙な顔にハニエルは弾かれたように叫んだ。

 

「な、何ですって!!」


 さっきまでの清らかな心が彼方に吹き飛び、今ハニエルを突き動かすのは雄々しい敵愾心だ。

 これでもかと目に力を入れて睨みつけてやると、そのハニエルをサリエは実に楽しそうに目を細めて答えた。

 その顔に、ハニエルはいいようにからかわれている事実に気付き、羞恥に頬を真っ赤に燃えあがらせた。


「ふ、ふざけてんじゃないわよ。この嫌味傲慢変態不届き司教が!」


 膨れ上がった感情のままに拳を振り上げた。

 やはり、この男には一度身を持って分からせておかなければならない。

 そう自分に言い聞かせ、熱い鼓動に任せて拳を振り下ろした。

 拳は俊敏な勢いでサリエの顔面目がけ飛んでいった。

 だが、その手は簡単にサリエに押さえられてしまった。


「は、離しなさいよ!」


 カッと感情的に叫ぶが、サリエは不敵に微笑む。

 ハニエルばかりが余裕をなくしていく。

 そんな現実が腹立たしく、でも悔しがっていることに気付かれたくない。

 複雑な乙女心はなんとかサリエの手を振りほどこうとするが、そう簡単に死の天使の束縛は解けない。

 サリエは無表情のくせに、どこか楽しげにハニエルで遊ぼうとしている。


「くくっ。大国ウォルセレンの聖女殿下の手を握れば不敬罪に当たるか?」


「あのね!その前にいろんなことが不敬なのよ!あなたは!いいことっ!わたしのこと、いっこも敬ってない癖に、口先だけで馬鹿みたいに聖女って言わないで!いいわよ、いいわよ!どうせ、わたしは聖女らしくないわよ。自分でも分かってるんだから!聖女らしく振舞えないから表舞台にも出れないんだって!」


 少し八つ当たり気味に手を振りまわすが、それでもサリエの手はハニエルの手を離さない。

 自分で言っていて興奮してきたハニエルはもう全身真っ赤になり、自分がどんな顔をしているのかも分からない。

 ハニエルに反して冷やかなほど冷静なサリエはキャンキャン叫ぶハニエルを見つめ、しばし何かを考えていたが、ふとその優美な顔を歪ませた。

 凄艶な笑みは傾国の至宝だ。

 駄々漏れな色気を前にハニエルの癇癪もピタリと止まる。

 自分の思い通りに事が運んだことがご満悦なのか、サリエはその笑みを更に蕩けるほど甘く緩ませ、恭しく腰を折った。


「サ、サリエ?」


 サリエに見惚れながらも、これから何が起きるのかと不安げに瞳を揺らすハニエルに一瞬視線を向けると、優美な笑みが何か意図を含んだ不届きな悪い笑みに変わった。

 ハニエルが問う暇もない。

 えっ?っと息を飲んだ時には、サリエは掴んだハニエルの手をそっと自分の方へと寄せていた。

 そのまま、その小さな傷を幾つも抱える華奢な手にそっと赤く薄い唇が触れた。


「とんでもない。心より敬愛しておりますよ。聖女殿下」



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