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死と絶望のダンス1

ハニエルはその場にがくりとへたり込んだ。

怖いや恐ろしいという感情はない。

もう感情を抱く余裕もない。

ただ流されるままに流されていくだけ………。


「ハニエルッ!」


 サリエの声が聞こえた気がした。

 だがもうそれが誰の声で、何と叫んでいて、何を求めているのか、全てハニエルには分からなかった。

 一瞬にして全ての音が奪われた。

 目の前にあるのは黒い旋風のみ。

 瞬く間に視界の中の風景が豹変していた。

 そして刹那、最悪の未来が発動した。

 ハニエルの金色の瞳が見つめる先で、全てを破壊する波動が広がる。

 それはまるで大輪の花が音もなく、ぐしゃりと握りしめられて、残骸が散らばる様子に似ていた。

 世界の終りを告げるように、巨大なシャンデリアが地に落ち、代わりに隆起した床が天上目指し鋭さを増す。

 ここが城の一部であるなど、もう誰も信じないだろう。

 どこまでも続く黒い荒野に灰色の岩石が突き出ている。

 天上は見上げてもどこまでも続く闇しかない。

 朝も夜もない、永遠の深淵―――死の支配する痛いほどまでの孤独がどこまでも広がる。

 金色の瞳の先にあるのは、瓦礫の上にある煌びやかな玉座だ。

 この広間の中でそれだけが浮いていて、そしてそれ故に廃退しているように映る。

 その光景をハニエルは広間の端から見つめていた。

 いつの間に吹き飛ばされたのかも分からない。

 自分がどんな状態なのかも分からない。

 ただやけに視界が狭く、視界の端をぬめりとした液体が流れていく。

 自身の個体を把握できず、まるで自分の体が宙に溶け込んでしまったかのように思える。

 それでも心臓だけはどこにあるか分かる。

 もう痛覚もない体で、力強い鼓動だけが自分の存在を主張する。



 何が起きたのか。

 いや、自分は何故こんなところにいるのか、自分の価値すら頭からごっそりと抜け落ちている。

 動きを奪われた瞳が答えを探すように広間を見渡す。

 どこまでも続く荒野は闇一色だ。

 その中でハニエルの瞳は求めるように違う色を探す。

 ゆっくりと巡る金色の瞳が何もない世界に赤い色を見つけた。

 ポトッ……ポトッ……と赤が滴り落ち、荒野に広がっていく。

 あれはなんだろうとハニエルは心の中で首を傾げる。

 その赤い雫の元を探るように視線を漂わせる。

 それは大理石でできた杭のようだった。

 研ぎ澄まされた杭が幾つも広間の壁に刺さっている。

 そこから赤が漏れているようだった。

 ぼんやりとするハニエルの視界で、俄かにそれらが色を帯びる。


 杭によって壁に磔にされているのは亜麻色の髪の男だった。

 その目は大きく見開かれており、彼が正気を失っているのは想像に難くなかった。

 ハニエルの心が震えた。

 男の体から杭を伝って、彼の命の水が漏れだす。

 ピチャンと弾ける赤い雫の音がハニエルの胸を抉る。


「……ぁ……ぁぁ……」


 信じられない光景だった。

 見つめる先から逃げ出すように金色の瞳を背ける。

 だがそこにも赤があった。

 巨大なシャンデリアの下、たった一つ残った蝋燭が燃え尽きそうな儚い炎を揺らすそこにはこげ茶色の髪があった。

 その身をシャンデリアに押しつぶされ微動だにしない。

 シャンデリアの下には赤黒い水溜りが出来ている。

 元々床に描かれていた円がその水溜まりに浸食され、消されていく。

 あれほど巨大なシャンデリアに圧し掛かれたら、どんな人間もひとたまりもないだろう。


「……ぁぁ……ラフィ……カンザス………………」


 今にも泣き出しそうな声が零れた。

 だがそれ以上声は出なかった。 

 胸の奥で燻る感情が何なのかも分からない。

 絶望を超えた先にある絶望は、ハニエルから全てを奪い去っていく。

 いやいやをする駄々っ子のように、現実から目を背けようとするが、そう簡単には逃げ出せない。

 シャンデリアの奥で天へ向かい隆起する巨大な石柱が金色の瞳に映り込む。

 石柱の研ぎ澄まされた切っ先には黒いマントが引っ掛かっている。

 ズタズタに引き裂かれ、天井近くにまで押し上げられていた。

 そのマントの下はもちろん真紅の薔薇よりも赤く濡れている。


「……サリエ…………」


 そのマントが示すものが何なのかを理解し、ハニエルは絶望に打ちひしがれる。

 金色の瞳から、はらはらと音もなく失意の念が零れ、ハニエルの頬を濡らす。


「衝撃波で意識も飛んしまったようです。きっと苦しむことなく、このまま逝けるでしょう」


 何の感慨もない、穏やかな声がすぐ側で聞こえた。

 ハニエルの濡れた瞳が声の主を探すように、彷徨う。

 それは苦労することなく見つかった。

 ハニエルのすぐ目の前、それは手を伸ばせば触れるほど近くで、じっとハニエルを見つめていた。

 いや、見つめているだけではない。

 その手でハニエルの喉を掴み上げ、天高くまで持ち上げている。

 嫌悪感しか抱かない相貌に、このあらゆる憎悪を固めた瞳。

 近寄ることも目を見ることも厭う闇が、すぐ側にある。

 締め付けられる喉がひどく熱い。だがそれ以上のことは感じなかった。

 ハニエルはただ、今息苦しいのはかの者の所為かと胡乱な瞳を返すだけだ。


「さぁ貴女にも安寧の終わりを捧げましょう」


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