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世界の終りで7

 目映い光の中、全てを凌駕する気高い声が広間を席巻する。

 全ての息の根を止めるような気迫に反して、とても淡々とした響きだけがカンザスの耳に届いた。

 だが闇の中にあってそれだけ別世界から聞こえてきたような声は文字取り、カンザスの見つめる目の前の世界を壊した。


「な、なんやっ」


 衝撃を前に頓狂な声を上げたカンザスの目の前で蛇が跳ねた。

 まるで池の鯉のように大きく身を捻じった姿はどれだけ恐ろしい姿をしていても滑稽に見えた。

 しかし笑い声をあげる余裕などない。

 食い入るように見つめる先、蛇が罅割れた。

 いや、割れたというよりもまるで空間に食われていっているかのようだ。

 剣を刺された部分から、まるで黒い炎が燃えあがって蛇の身を焼失させていくように、音もなく、蛇が闇に消えていく。

 あっという間に蛇はなくなった。



 そこに蛇のいた形跡すらない。

 あるのはただ床を突き刺すサリエの剣先のみだ。

 先ほどのラフィの攻撃でも同じようなに大蛇が灰と化して消えていった。

 だがそれとはどこか違う。

 カンザスは自分の見つめるものを疑った。

 先ほどまで見ていたものは幻だったのだろうか。

 いや、そんなことはない。自分の見つめる物を信じ切れず、カンザスは縋るような視線をサリエに向けた。


「なっ、なんや………それ」


「ん――?ちょっとした手品だよ。俺の得意技」


 にべもなく答えるとサリエはまた近寄る敵に向かって、鋭い剣を向ける。

 まるで今の光景などなかったかのようにサリエは淡々と敵を裁いている。

 一人呆然としているカンザスに対して、サリエは目の前の敵を蹴り上げながら、冷たい視線を投げかけてくる。


「ボケッとすんな。お前は役立たずな頭じゃなく、手と足だけを動かせ」


「何をっ」


 怒りに感情を爆発させるが、もうサリエは聞いていない。

 その向こうではサリエの得意技を見逃していたと見えるハニエルとラフィが一生懸命に近寄る形なき黒い霧を打ち払っていた。

 一瞬のことだ。だが見た者に与える衝撃はラフィの風の刃以上である。

 もちろんショックを受けたのはカンザスだけではない。

 広間の奥、玉座に向かう階段の中腹では同じようにウヴァルが目を見開いていた。

 サリエまで不可思議な特殊能力を使ったことが驚きだったのか、サリエが何をしたのか分からなかったのか、その青銀の瞳が初めて余裕なく戦慄く。


「あれは……なんだ?」


 ポツリと彼の従順なる従者に問う。従者は未だ玉座の側に控えており、申し訳なさそうに目を伏せた。


「分かりかねます……ただ、人の恩恵というより我らの持つ魔の力に近いものを感じます」


「なんだと……あの男は人でありながら、神の領域の力を持っているのか」


 知らずの内に握りしめられたウヴァルの拳が震える。今まで絶対的な力の差を持って追い込んでいた気高い王の顔に、一握の焦燥が走る。


「いや、しかし所詮人間だ……だが……」


 一人でブツブツと呟き出した主人を労わるように、アスタロトがそっと寄り添う。

 ウヴァルの頬を両手で包み、その落ち窪んだ眼窩で心配げにウヴァルを見つめる。

 されるがままに上を向きアスタロトを見上げたウヴァルの瞳が清く切なく輝く。

 焦りに歪む顔が硬質な精悍さを取り戻す。

 アスタロトの死人のように爛れた頬へ手を伸ばし、そっと撫で返す。


「すまない、アスタロト。これから世界を千年前に戻して安寧の時を取り戻す約束だ、こんなことで足止めをくらってはいられない」


 ゆっくりとアスタロトが首を振る。心底彼を心配しているその眼差しは、まるで乳母が幼い主人に向けるような慈愛が籠っていた。

 ウヴァルはそっとアスタロトから視線を外すと、未だ冷たい床の上で眠る最愛の姉の方へと視線を向ける。


「姉さん……そうだ、姉さんを助けなければ……。姉さんの魂をハニエルに植えこめば、姉さんは健康な体を取り入れ、そして俺と一緒になれるんだ……」


 唯一の希望に縋りつき、必死に置いていかれないように顔を険しくする。

 その姿はもう高潔の王ではなく、たった一人の姉のことしか見えない、幼い子供だった。

 大きく育った精悍な青年の中には、自分を置いて高みへと駆ける姉の背を追うしかできない小さな子がいる。

 その子は暗闇の中に置いてきぼりにされ、このまま姉の気配すら無くしてしまうと自分の居場所がなくなるとばかりに押し寄せる孤独に膝を抱え震えているのだ。

 幼い故に無垢で、真っ直ぐで、そのために残酷な道を選ぶ。

 ウヴァルがギリリと歯を食いしばった。勢いよく顔を上げる。


「アスタロトッ!一気に追い詰めろっ」


 ウヴァルの叫びに応えるように広間がズズッと横に歪んだ。

 一瞬の静寂、そして次の瞬間に脅威は起きた。

 今まで何が起きても沈黙を守っていた床が隆起したのだ。

 それも長身のラフィを越すほどに高く。

 まるで大波のように大理石がハニエル達目がけ押し寄せる。


「なんやこれっ!」


 敵も味方も関係なく広間の端からやってくるその石の荒波は的確に4人を追い込んでいく。

 4人は一か所に身を寄せるまで小さくなった。

 まるで鳥籠の中の鳥のように、それぞれの身を守るように背中合わせになる。

 床は一か所だけ、ウヴァルのいる辺りだけがポッカリと空いており、その間には眠れる美しい女王がいる。


 そこだけはまるで時が止まったように、誰の干渉も受けない。

 隆起した床は4人の退路を断ち、広い広間の一か所にハニエル達と敵の騎士達を押し込んだ。

 それぞれ四方から押し寄せる敵を見定め、表情を険しくする。

 現状は今まで一番最悪だ。

 行動範囲を限られてしまった。

 せっかく扉の側まで至っていたというのに、唯一の扉が今はあんなにも遠い。


「さてと……サリエ、おれとのキスも嫌で、ついでに悪魔に殺されんのも気に食わないお前は、この現状をどう打開するつもりだ?」


 軽口を叩くラフィの顔には冷や汗が流れている。

 自分の力の稼働を遥かに超える攻撃を前に次の手すら考えつかない。

 それは誰も皆同じで、強張る顔のまま、現状を打開できる術を求め、サリエの方に縋る。

 悪魔の力を一瞬で打ち払う神の奇跡を求めずにはいられない。

 皆の真剣な眼差しを見返すこともなく、サリエは目の前のウヴァルとアスタロトへ顔を向けながら、皆の期待を一蹴する。


「ないな」


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