世界の終りで6
「ナイスアシストだったぜ!ハニー」
床にうつ伏せのまま、立ち上がれないハニエルにラフィが手を出しだす。
鼻を強かぶつけたハニエルは情けない顔でラフィを見上げる。
「ごめん。あなたを助けようと思ったのに、逆に迷惑かけたわ」
その意気消沈した顔にラフィはニヤリと笑うと、側で険しい顔で剣を構えているカンザスの肩を拳でトンっと小突く。
「サンキュ。お前、やるじゃないか」
「え?ああ、まぁな。これでも剣の腕だけは分隊長級や」
ちょっと自慢げに剣を振ってみせると、カンザスはまんざらでもない顔を浮かべる。
だがすぐにそんな場合ではないと気付いたのか、慌てて表情を引き締めた。
ラフィとハニエルに背を向け、向こう側で大暴れする闇へ一歩踏み出す。
「止まってる暇はあらへん!まだまだ行くで!」
覇気の籠る声で自分に一喝を入れると、カンザスは美しいペリドットの瞳を好戦的に輝かせた。
そのまま戦場を求めて駆け出した。
逸る気持ちが止められないとばかりに闇の中を暴れ出す。
「おいおい、ちょっと突っ走りすぎやしないか?」
床から起き上がり、新たな武器を探しているハニエルの側で、近寄る敵を一網打尽にしながら、カンザスの方へ目をやったラフィが苦笑する。
そんなラフィの言葉に応えるようにカンザスの剣が冴え渡る。
カンザスはそのまま扉を守る騎士達の方へと突っ込んでいく。
「うおぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁどけぇぇぇぇぇぇぇぇええええっ!」
猛る覇気をそのままにカンザスが吠える。
広間の空気が一瞬で彼の色に変わる。
そのカンザスの横を漆黒の影が走り抜けた。
「フッ……先走しって、一人で気持ちよくなってんじゃねぇよ」
「なんっ!」
カンザスが弾かれたように声のした方を向くと、カンザスと同じスピードで闇を駆けるサリエがいた。
彼の背でマントが激しく揺れるが、その冷やかにすました顔からはそんな余裕のなさは感じない。
常に変わらない斜に構えた様な顔でカンザスの方に顔を向ける。
彼の意図が分からず、カンザスは思わずスピードを緩めた。
その瞬間、サリエの瞳が鈍く輝いた。
素早くカンザスの襟首を掴むと、そのまま力任せに襟首ごとカンザスを自分の方へと乱暴に引き寄せた。
その細い体のどこにそんな力がと驚くほどである。
あまりに一瞬のことでカンザスは、咄嗟に身構えることもできず、サリエにされるがまま床に引き倒された。
サリエは一切気を使うことはなく、そのままの勢いでカンザスを床に投げ捨てる。
カンザスは顔面から床に落ちた。
「っいってぇぇぇえぇえぇぇぇぇぇぇっ!何さらしとん……」
慌てて体勢を立て直そうとカンザスが顔を上げ、サリエを睨みつけた。
だが開いた口がそこで止まる。先ほどまでカンザスがいた辺りに一匹の蛇がいる。
その蛇はサリエの剣に串刺しにされて、ピクピクと身を震わせていた。
比較的大きな騎士達や形なき闇に惑わされているが、この広間で一番恐ろしいのは、この小さな蛇である。
彼はあの醜悪な主人から悪魔のキスを与える使命を受けているのだ。
驚愕に揺れるペリドットの瞳を見返り、サリエが不敵な笑みを浮かべる。
「残念か?もう少しであいつらの仲間入りができたのにって」
「な、仲間入りって……」
流石のカンザスもこの敵に対しては一切警戒していなかった。
もしこの蛇に噛みつかれていたどうなっていたのだろうと思うと、背中を冷や汗が流れる。
言葉を上ずらせ、床に足を投げ出した状態のまま、呆然とサリエを見上げた。
サリエは変わらず淡々とした顔のまま、さも当たり前のように答えてやった。
「こいつに噛まれたら、どうも頭をやられてしまうらしいな。そしてあそこの蛇の親玉の意のままに操られる」
「意のままに………」
カンザスは広間の騎士達の胡乱な表情を思い出し、ゴクリと喉を鳴らした。
あれはもう生きているなどと言える状態ではない。
この時カンザスは、城の入り口でアクラスが言わんとしていたことを悟った気がした。
あの聡い従者は短い間にそこまでの見地を持っていたのだ。
「そ、そいつ、どないすんねん……」
悪魔から生まれた蛇は果たして切り裂くだけで動きを止めるのだろうか。
どれだけズタズタに、それこそミンチにしてもまだその鋭い歯で噛みついてきそうな妄執を感じ、カンザスはゾッと身を震わせた。
しかし対するサリエは、まるで羽虫をあしらっているような気軽さで蛇を見つめている。
「どうする?まぁ飼ってもいいが、そんなことをすればラフィに恨まれそうだ。だから……」
床に打ちつけた剣先でグリッと蛇の身を抉るように押さえつけると、サリエはカンザスの方に意味ありげな視線を投げかけた。
余裕に溢れているようで、しかしどこか切迫した思いを前に迷っているようなミステリアスな表情にカンザスは怪訝そうに眉を寄せる。
「だから?」
情けないほど間抜けな顔で、ただ鸚鵡返しに聞き返す。
この男はどんな顔をしても様になる、などとどうでもいいことを思った頭ではサリエの言うことが何一つ分からない。
首を傾げるカンザスの目の前で、サリエは一度剣先を床から離すと、蛇目がけ勢いをつけて剣先を振り下ろした。
その瞬間、目が弾けるような閃光が辺りを支配した。
「破壊―――――――」