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世界の終りで2

 一瞬怒りの沸点まで上昇していたハニエルの思考が別の感情に湧きあがる。

 サリエの腕から逃れんと大きく身を捻じって、後ろを振り返った。

 サリエの黒々とした髪の向こうに、こげ茶色の髪をした青年が見えた。

 ハニエルの胸が高鳴る。

 丁度彼は大蛇から飛びのき、手を着いて上体を立て直そうとしていた。

 大蛇に再度切りかかろうとしていた体が、ぐるりとこちらに向けられる。

 カンザスは飛ぶように立ち上がると好き勝手なことばかり言う聖域の異端審問官に食ってかかってきた。

 きっと本能的に自分を貶しているのだと判断したらしい。

 反射的にこちらを振り返った彼はその大きな目を限界までつり上げ、そこにいるサリエに一瞬驚いたように目を瞬いた。


「お、お前は、あの………」


 カンザスは声を上ずらせ、サリエを指さす。

 深い森の奥にひっそりと立つ塔で出会った聖域の異端審問官がこんなところにいるのが意外だったのだろう。

 何か文句を言ってやろうと開いた口をあんぐり開けて、しばしサリエに釘付けになっていた。 

 サリエはそんなカンザスを小馬鹿にするように、眉を寄せて鼻を鳴らす。


「まったく、誰かさんと同じだな。人に指を向けるなど、どういう教育を受けてるんだ?今日びのお坊ちゃまは……」


「な、なんやとっ!」


 弾かれたようにカンザスが叫んだ。

 その声がハニエルを更に熱くする。

 ハニエルは押さえられない感情のまま、サリエの肩の上で暴れ出した。

 また彼に出会えるなど思いもしなかった。

 あの森の中で偶然出会い、そして引き裂かれた。

 彼と再会する約束する時間すら運命は与えてくれなかった。

 なのに、今、こんな状況で彼に出会うことができるなんて。

 ハニエルの瞳が嬉しさに濡れていく。

 闇の中にあって心だけは陽光に照らされたゼル離宮の湖のように煌めいている。

 彼にあったら一番になんと言おうと思っていたのだろう。

 色々言いたいことがあり過ぎて、ハニエルは歓喜する感情を治める術を失っていた。

 ハニエルは感激を口だけでは表せず、身ぶり手ぶりで伝えようとするが、如何せんサリエの肩の上というあまりにも狭い空間に縛られていて、好きに動けない。

 しかも相手は他人の為に何かしてやるなどという奉仕の精神など欠片もない非道な男だ。

 ハニエルを肩に抱えたまま、カンザスを見下す。


「礼儀を弁えない衛兵などと話す気はない」


 その言葉にはカンザスもカチンときたらしいが、目上の立場であるサリエは、態度に問題があるものの一応間違ったことは言っていないので返す言葉がないらしい。

 ペリドットの瞳を血気盛んに潤ませながら、拳を握りしめている。

 カンザスとサリエの関係などまったく知らないハニエルはサリエの肩の上でやきもきするばかりだ。


(こいつ~絶対に分かってやってるんだわ!)


 ハニエルが穿った見方でサリエを睨みつけた。

 その時、不意にサリエはハニエルの腰を掴んだ。


「きゃっ!」


 驚き、身をビクリとさせたハニエルに構わず、サリエはそのままひょいっと無造作にハニエルを床に捨て置く。

 まるで荷物のような扱いだ。

 そして肩からハニエルがいなくなって清々したとばかりに抱えていた腕を回している。

 ハニエルの、感動の再会で膨らむ穏やかな心が一気に台無しになった。


「何するのよ!」


 そのあんまりな扱いに何か文句を言ってやろうとハニエルが口を開く。

 その前にサリエはしかめっ面で、嫌そうにハニエルを睨みつけた。


「ったく、ギャ~ギャ~耳元で煩えんだよ……」


 そう言うとハニエルの顔を無遠慮に掴み、無理やりカンザスの方へと向けた。


「お前、あいつに見覚えがあるのか?」


 ハニエルの金色の瞳が映し出したのは、森で別れた時と何一つ変わらないツンツン頭の小柄な青年だった。

 つり上がったペリドットの瞳がハニエルだけを見つめ、大きく見開かれた。

 淡々と聞くサリエにハニエルはブンブンッと激しく首を振った。

 今更扱いが悪いなどと叫んでいる場合ではない。

 サリエの非礼を責める前にすべきことがハニエルにはあった。

 掴まれた頬が俄かに紅潮する。


「ええ!見間違える筈がないわ。ゴモリの森でわたしを助けてくれた聖域の衛兵、カンザスよ!」


 ハニエルの歓喜に満ちた声に反応するように、震えた声がハニエルに向けられる。


「ブラッディ・レモリー………」


 あんぐりと口を開き、元々大きな瞳が飛び出してきそうなほど見開かれている。

 美しいペリドットの瞳が見つめる者を疑って、戦慄いた。

 サリエを指さしていた指が自信なさげに折れ曲がっていく。


「そう、わたしよ!森であなたが助けてくれた血に濡れた女王!ああ、よかった。あなた、無事だったのね!」


 ハニエルはカンザス目がけ駆けだした。

 驚くカンザスにそのまま抱きつく。

 カンザスは顔を真っ赤にしてハニエルを抱きとめる。

 その顔はサリエを見つけた時よりもさらに混乱しているように見えた。

 声を上ずらせ、ハニエルに何か言いたいらしいが、うまく言葉になっていない。そんなカンザスにハニエルは、勝手に合点したとばかりに頷き返した。

 カンザスの両手を自分の両手で包む。


「驚くのも無理はないわ。現状を手短に説明するとね、わたしは血に濡れた女王じゃなくて、真の黒幕はあそこにいるウヴァルで、この世界には悪魔がいて、今、わたし達はその悪魔に襲われているの。ああ、ちなみにわたしの名前はハニエルよ」


「ハ、ハニエル……?」


 早口で捲し立てられた言葉など一切理解できていないだろうカンザスは、唯一理解できた名前を呟いた。

 名前を呼ばれハニエルは嬉しそうにカンザスに抱きつく。


「あなたにもう一度会いたかった……」


 清らかな雫がハニエルの金色の瞳から流れる。

 それはとても穏やかな温かさだった。

 この広間に一人で乗り込んだ時からずっと冷え切った体は、どれだけ仲間が増えても温まることはない。

 現状は最悪だ。

 世界広しといえどこれほどの未曾有の惨劇を誰が預言しただろう。

 だがハニエルは何物にも代え難い心の安寧に涙を流さずにはいられなかった。


(わたしを想ってくれる人がわたしの目の前にいる……これほど幸せなことが世の中にあるかしら)


 後の世の者がこの惨劇を血も涙もない、情の欠片もないものだと言い伝え、誰一人足を踏み入れたくない悲劇だと評しても、ハニエルは進んでここに足を踏み入れた自分を胸を張って誇れた。

 その喜びのままハニエルはカンザスを抱き締める。

 対するカンザスは混乱を極めて、顔を赤くしたり青くしたりと忙しない。

 遠巻きにハニエルとカンザスを見つめるラフィが同情するように呟いた。


「あいつ、絶対にハニーの言葉理解出来てないだろうな……」


「仕方ない。あんな脈略のない説明で理解しろという方が無茶だ」


 そう言い捨てるとサリエは、そんな二人の再会などどうでもいいとばかりに鼻を鳴らす。

 そしてラフィの胸に自分の拳を押しつけた。


「ん?何だ?」


 ラフィは不思議そうに小首を傾げた。

 しかしサリエは何も言わない。無言で拳を開く。

 ラフィはその押し付けられた拳の中身を受け取ると目を眇めた。

 大げさに片眉を上げると、サリエの意図を悟りニヤリと笑った。


「了解っ」


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