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廃墟の天使4

 出来るだけおどろおどろしく聞こえるように、声を低くして非情な血に濡れた女王を演じてみた。

 自分の言葉が果たして騎士達の期待通りになっているだろうか。なんて陳腐な演技だと白けられたりはしないだろうか。

 一抹の不安が胸を過るが、だがもう引き返せない。

 ハニーの言葉に騎士達は次々手にした槍を構え、目の前の敵に向けて身構える。

 彼らの顔は一様に焦燥にかられ、瞳には恐怖が滲んでいた。その中心で、カイリがハニーを射殺さんと目を怒らせた。


「少年をこっちに渡せ、そして大人しく投降しろ!」


「はっ!頭が高いわ!誰に口をきいてるつもり?わたしは……わたしはエクロ=カナンの女王っ!!!お前達など相手にならないっ!」


 低い声で恫喝してやった。その声に弾かれるように、ガシャンガシャンっと鎧に包まれた足を踏み鳴らす音が響く。その甲高い声はまるでヒステリックな女の叫びのようで、直に頭に響いて、ハニーの神経をすり減らそうとする。


「この期に及んで何を馬鹿なことを!」


「この期?何も知らないくせに!下賤の者が分かりきったように口を開くなっっ!恥を知れっ!」


 また一歩下がり、少年に向こう側へ行くように眼で促した。

 だが、滔々と流れる水のように透き通った瞳はハニーを見つめたままだ。今にもハニーに追い縋ろうと駆けださんばかりにこちらに身を乗り出している。

 態度で悟らせようとしたが、幼い少年に場の機微を読めというのはいささか無理な話だ。ハニーはゴクリと唾を飲むと、今まで少年には向けたことのない険しく、醜悪な顔で自分に縋りつく少年を睨みつけた。


「………お前など何の役にも立たない。もう必要じゃない……早くどこへなりと行きなさい!」


「さあ、子ども。こっちへ来るんだ。怖かっただろうが、正義の騎士が来たからにはもう大丈夫だ」


 カイリは懸命にその形相を崩し、少年に微笑みかけた。だがいかつい顔がゆがんだだけで、怖さはさらに増すばかり。

 少年は目を見開き、ハニーに真摯な青い瞳を向けてくる。誰よりも頼りなげな幼い姿だ。だが何故だか、この場の誰よりこの少年は堂々としていた。

 今までのハニーとカイリ達とのやりとりを一切無視したまま、真っ直ぐとハニーに相対する。


「今のは……命令?」


 小さな口から零れた声は思いの外落ち着いていた。まるで念を押すような押し殺した声に、ハニーは思わず声を詰まらせた。


「め、命令?……分からないこと言わないで!もうあなたなんて必要ないって言ったのよ!早くあっちへ行きなさい!」


(お願いだから!早くこの場を去って)


 目を強張らせ少年を睨みつけながら、ハニーは心の中で悲痛な叫びを上げていた。

 何故この少年はこんなにも真っ直ぐな視線を自分に向けてくるのだろう。そして何かを一つ一つ噛み砕くようにハニーの言葉の意味を聞くのだろう。

 懸命に血に濡れた女王を演じる悲壮な顔に浮かんだのは弱々しい笑みだった。

 引きつった声で祈るように言葉を紡ぐ。


(どうか私の心があの子に届きますように……早く……お願いよ……)


「早く!早くわたしの視界から消えなさい!」


 もう形振り構っていられない。ヒステリックに叫ぶと同時にガバリと髪を振り上げた。

 淡く透き通る髪が光の中でゆらゆら踊る。そこに現れた金色の瞳は逼迫し、血が滲んでいるようだった。

 その瞳に射抜かれたように少年は息を飲む。愛らしい瞳が一瞬動きを止めた。まるで彼の時間すら止まってしまったかのように表情すら凍りついている。

 傷ついているのだろうか、とハニーは内心気が気でないが、そんなことを問える状況でもない。幼い心に傷を負わせてしまったことは申し訳ないが、それでももう後戻りはできない。

 彼には何としてでも無事にこの広間から逃げてもらわないといけない。幼い彼が次代のエクロ=カナンを率いて生きていくのだから。その眩い人生を道半ばで断ってしまう訳にはいかない。


(…だから………)


 まるでハニーの心の声に応えた様に、少年はハニーに背を向けた。その小さな背に多くのものを背負っているかのようにハニーには思えた。

 少年は一歩、カイリの方へと足を進めた。


(お願いよ。あなたにはこれから穏やかで幸せなエクロ=カナンを生きてもらわないと………誰も悲しまない、そんな時代を………)


 自分は未だ崖の淵に立っているにも関わらず、ハニーは心底ほっとして胸を撫で下ろした。胸から安堵の思いが溢れかえってきそうなほどだ。

 しかしまだ気を抜いている場合ではない。一瞬緩んでしまった目元を慌てて険しくし、ハニーは非情な血に濡れた女王へと姿を変える。


 長い鮮やかな金髪を揺らし、一歩一歩とハニーから離れていく小さな背。少年は一度も振り返られない。

 ただ、未だ心はハニーの側にあるとばかりにその歩みは牛のように遅い。


(後少し……。あの子がカイリとかいう男の側にいったら、そしたら………)


 問題が一つ片付いたと言っても、ハニーが過酷な道を歩まなければならない事実は変わらない。

 ハニーの進む道に立ちはだかるのは天にも届く塔だ。ハニーの目指す道をその塔が阻み、そしてその背を幾千もの怒号が追いかける。ハニーがその追跡から逃れるためにはその塔を乗り越えなければならない。

 少年の姿をじっと見守りながらハニーは素早く先のことに頭を巡らせた。

 だが、その思考も無情な男の声で遮られた。


「待て」


 静かに口を挟んだのは状況をじっと見つめていた隻眼の異端審問官だった。


「子ども、何故こんな深い森の神殿にいる?その子どもこそ悪魔では?」


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