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悪夢の始まり3

 鷹揚とした声でその悪魔は呟くと手から蛇を下ろした。

 アスタロトから離れた蛇は一度、かの物の主人を振り返り、しかしすぐに目の前の獲物に気付き、真っ赤な舌を出して鎌首を擡げた。

 人と異なる瞳が爛々と輝き、ハニエル達を標的に捉える。

 蛇は音もなく地面を這うと、ハニエル達目指して襲いかかってくる。

 蛇は近付くほどにその大きさを増して、人を丸々と飲み込まれるまでに巨大化していく。

 テラテラと輝く鱗がシャンデリアの光を受け、光沢を放つ。

 それは美しさとは真逆にある鈍よりとした輝きだった。


「ど、どうしよう?」


 ハニエルはサリエのマントを縋るように握りしめながら、頼れる二人の男の顔を交互に見た。

 その間にも蛇は刻一刻と姿を変え、ハニエル達を飲みこまんとしている。

 今まで精神的にも肉体的にも追い込まれてきたが、その相手はずっと人であり、人の心が見せる闇であり、そして自分自身だった。

 まさか人智を超える存在がこの惨劇の裏に隠れているなど誰が知っていただろう。

 地獄の底に突き落とされたハニエルはそれでも天上を焦がれる罪人のように、偉大な二大天使に視線を投げかける。

 彼らは曲りなりのも聖域の、そして教皇直属の異端審問官―――死の天使だ。

 悪魔の姿を見るのは初めてでもハニエルと違い、こういう時の対処法ぐらい知っているはずだ。

 そう確信していた。だが―――……ハニエルの期待はたった一言で打ち砕かれた。


「うっわ!おれ、ヌメヌメ系苦手なんだよな~!あんなの絶対に触りたくねぇよ」


「専門外だな」


「な、なんですって!」


 心底嫌がっているラフィの声と淡々としたサリエの声が妙に弾んで広間に響いた。

 ハニエルはギョッと目を剥く。

 さきほど聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたが、空耳だったのだろうか。

 そんな浅はかだと自分でも思う期待を抱きつつ、サリエのマントを強く引っ張る。

 ハニエルに引っ張られた所為で、自然と視線を下に向けられたサリエが面倒くさそうにハニエルを見返した。

 言葉にしなくとも不機嫌なのは眉に寄った皺の本数で分かった。

 だが、それでもハニエルは聞かずにはいられない。


「ちょっと、どういうこと?」


「ああん?どうもこうも、異端審問官は異端の人間を裁くのが仕事だ。悪魔払いはエクソシストにでも頼め」


 生きるか死ぬかの瀬戸際で一気に手の平を返され、ハニエルは一瞬恐怖を忘れた。大声で叫ぶ。


「この期に及んで、何がエクソシストよ!同じ聖域の司教じゃない!屁理屈言ってんじゃないわよ!」


「そうは言ってもハニー、エクソシストってのは、それなりに資格のいる職種なんだぜ?」


 ハニエルの無知を哀れむような顔でラフィがどうでもいいことを説明してくれた。

 だが、そんなことでハニエルが納得できるはずがない。

 ただ唖然と息を飲む。

 どこかの腹黒な誰かさんが格好をつけて悪魔を裁くのが仕事だの、悪は裁かなければならないだの、それっぽいことばかり言うから、自ずと悪全般を裁くのが死の天使の仕事だと誤解していた。


「異端審問官ってのは、異端思想を持つ悪魔みたいな奴を裁くのが仕事だ。司教のくせに聖人顔して裏であくどい事やってる奴とか、聖域や一般社会では到底受け入れられない思想の持ち主とかね。その中でも死の天使は、そういう奴らを秘密裏に調べて自己判断で裁く権利を持っている。全ては聖域によって治められている世界の調和のため、世界の旋律を乱す思考の持ち主は消さなければならない。中には悪魔と契約を結んだって野郎もいたけど、基本人相手の商売だから、簡単に言えば悪魔自体は専門外」


 困ったようにラフィが肩を竦めた。

 サリエに比べれば断然優しい言葉だが突き放されたように感じるのは何故だろう。

 確かに異端審問官の仕事は一神教に仇をなす危険な思想の弾圧や神の教えに叛く者を裁くことだ。

 悪魔を崇拝している者をその罪で裁くことはあっても、悪魔自体を裁いたという話は聞いたことがない。

 確かに、その男が裁くと言ったのは悪魔を崇拝していた血に濡れた女王であり、その女王が召喚した悪魔ではない。

 その事実に今さらながら気付き、ハニエルは愕然とした。


「も~紛らわしい言い回しばっかりするから、誤解するんじゃない!このバカ、バカァ~!!」


 行き場のない怒りをぶつける先は全ての元凶であるサリエしかない。

 サリエのマントを力の限り掴み、振り回す。


「あなた、悪魔を裁くのが仕事だって言ったじゃない!」


「お前が勝手にそう思っていたんだろ?俺は悪魔など信じん」


「目の前にいるでしょうが!」

 

 屁理屈ばかり捏ねるサリエにハニエルは感情のままに叫んだ。

 しかしサリエは一切表情を変えない。

 そうこうしている間に蛇は段々その姿を大きくし、そして真っ赤な下を出しながらこちらへ近付いてくる。

 合わせて、広間の端に控えていた騎士達がその手に持った槍をこちらに向けてくる。

 彼らの瞳はまるで死人のようだった。

 彼は生きている者なら誰でも持つ輝きすら持ち合わせていない。

 青銀とは言い難い瞳には薄い膜の張っているように胡乱だった。

 もしかしたら彼らにはもう人の心すらないのかもしれない。

 彼らの顔には恐れも怒りも悲しみも慈しみも何もない。

 ぽっかりと感情が抜け落ちた人形のような顔の中で、落ち窪んだ眼が恨みがましくこちらを見つめている。

 四方八方から押し寄せる絶望にハニエルは身を竦ませた。

 

「もぉ~!やっぱりインケン最低男、決定だわ!!」


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