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悪魔の正体3

「セレモニーって……」


「そう、セレモニー。エクロ=カナンが新しく生まれ変える儀式さ。その為の捧げ物もちゃんと用意しないといけないだろ?」


 不安に揺れる金色の瞳をひどく愉しげに見つめながら、ウヴァルは洋々と語る。

 まるで大成功の悪戯の後に、子どもが得意げに種を明かしているようだった。

 ウヴァルは玉座の上で足を組みかえると、膝の上に肘を乗せてハニエルに語りかける。


「まぁ本当は、もうちょっとじっくりと計画を練って行う予定だったんだね。あの愚かなハールートが余計な真似を仕出かした所為で予定が狂ってしまった。あいつが姉さんを聖域に売ったから、聖域のこの国に対する監視がきつくてなった。別に聖域など毛ほども気にしてないけど、蠅のように纏わりつかれるのは面倒だろ?だから早急に何らかの形で、エクロ=カナンの醜聞に決着をつけなければならなかった」


「決着をつけるって………」


 ハニエルは呻いた。

 淡々と語られる言葉の一つ一つには何の感情も籠ってはいない。

 しかしそれらが紡ぎ合い、重なり合い、意味を成した時、底知れぬ闇を内包した物語が描かれた。

 それこそ、ハニエルが一役を演じていた物語の真相である。


「幕を閉めてやれば全て解決したと信じ込む。人って本当に単純だ。聖域もそうだ。自分達が出張っていって解決した事柄に関心など抱かない。その為にハールートを使って、こちらが優位に事を運ぶ根回しをした。禁忌の書の存在をチラつかせてね。結果は君も知っているとおり。何かも知らずに、短絡的で実に扱いやすい奴らはホイホイとこの国に来た。生きて帰れるはずもないのに……」


 自分の目の前の基盤で、駒達が思い通り動くことが楽しくて仕方ないと言わんばかりにウヴァルは愉しげに喉を鳴らして笑った。

 世界の旋律すら手玉に取ったのだ。

 愉悦に浸るのも分からなくはない。

 そこにはもう高潔な少年の面影はなかった。

 ひたすらに歪み、傾き、壊れた残虐な素顔のみだ。

 潔癖な彼は自分達を蔑む他国が許せず、そして愛する姉が薄汚い噂に晒されるのが何より許し難かったのだ。

 全て愛情の裏返しだったのかもしれない。

 だが屈折した思いは間違った方へと落ちていった。

 自らを切り裂く闇の中に真っ直ぐに堕ちて、そのまま這いあがれなくと知っていても、もう引き返せないところまで来てしまった。

 もしかしたらレモリーはウヴァルのこの狂気を知っていたのかもしれない。

 彼女は自分が血に濡れた女王として死ぬことで弟の眼を覚まさせようとしたのだろう。

 弟の犯した罪共々彼女は地獄に堕ちる覚悟で、あの日自分自身に剣を突き立てた。

 森の中では見えなかった事象が徐々に真実となって、一つの絵を描く。

 どこに埋めれば分からない欠片もまるで元々そうであったと言わんばかりに、その絵の中に収まっていく。

 今ハニエルの前にあるのは、誰も見たことない黙示録だった。

 ハニエルは突き上げる激情に堪え、じっとウヴァルの独白を聞いていた。


「この国にはかつて崇高な館の神がいた。名をバアル・ゼブルと言った。エクロ=カナンの王都ベルゼルはここからきている」


 急に話題を変えたウヴァルにハニエルは怪訝な視線を向けた。

 そんな国の成り立ちなど今はどうでもいい。

 今、本当に大切なのは、レモリーとそして彼女が導くこの国の未来だ。


「何よ、いきなり。それはユーティリアが現れる以前、邪神が国を治めていたと時のことでしょ?」


 突如、ハニエルの言葉にウヴァルの表情が豹変した。

 静謐な青銀の瞳が血走り、顔が醜く歪む。

 ウヴァルは自分の坐る椅子を拳で激しく打ちつけると、怒りのまま身を震わせた。

 ハニエルはただ、そんなウヴァルを見つめるしかできなかった。

 圧倒されて、もう何も言えない。


「邪神だと?ふざけるな!!それは聖域が勝手に我らを陥れいれるために呼んでいるにすぎない。己の立場を確立するために聖域がこの国の信仰する神を悪魔にした!―――そう、この国には多くの神がいた。なのに、お前らの信仰する絶対不可侵の唯一神とやらが彼らを闇に追い込んだ。俺らエクロ=カナンの民も一緒にね。いつもお前らに奇異な眼で見られ、暗い森に囲まれた陰鬱とした国だと罵られるんだ。なぁ君だって、そうだろ?」


 闇の中でその青銀の瞳だけが異様に輝いていた。

 その光はハニエルを射竦め、ハニエルの全てを否定せんとしている。

 自分を見下げる視線に抗うようにハニエルは叫んだ。

 誰もハニエルの味方はいない。

 そんな孤独に耐えるように、頼りない胸元を握りしめ、ハニエルはウヴァルと対峙するように見つめ返した。


「そ、そんな訳ない!」


「違うね、心の奥では邪神を憎むように俺らを蔑んでいる。君と俺らは似て非なるものなんだ」


 その抑揚のない声に、過去の記憶が甦った。

 触れあった手と手。その向こうで幼い青銀の瞳がハニエルを警戒するように見つめていた。


「隣合わせの光と影。天使がその手を鏡に添えたなら、その向こう側にあるのは悪魔の手。所詮、わたし達は相容れない存在なのよ」


 ああ、そうかとハニエルは今さら納得した。

 レモリーは幼いころから自分とハニエルの違いを感じていたのだ。

 幼い少女であっても自分が隣国からどう思われているか自覚していた。

 今まで気付きもせず、友情ばかりを口にしていた自分はなんと愚かで、殴りたくなるほど考えなしだったのか。

 彼女は相反する感情を胸に抱きながら、それでもハニエルを温かく迎えてくれた。

 それが意味するところを知って、ハニエルは身を切り刻まれる後悔と共に、胸を突く激情を感じた。


(確かに違う民族だわ。髪の色も瞳に色も違う。重ねた歴史も違う……もしかしたら見つめていたものも全て違うのかもしれない。でも、それでもわたしたちが一緒に過ごした時は間違いのない真実だわ)


 ねぇそうでしょ。エル……そう祈るようにハニエルは叫んだ。

 心の中で、何度も何度も力強く。

 両手を握りしめ、そこに籠った僅かな熱を体中に沁み渡らせるように意識を持っていく。

 何が真実で、何が違って、何が過ちだったのか。

 そんなことはきっと誰にも分からない。

 でもたった一つ信じれるものがあるならば、それはその両手の中にある温かさだけだろう。

 それは即ちハニエルが生きている証拠であり、ハニエルが様々な人と関わって生きてきた証だ。

 儚く頼りない明かりのような温かさ。

 でもそれこそがハニエルを動かす全て。

 そう胸に刻み込み、ハニエルは顔を上げた。

 限界を知らない金色の瞳が映し出したのは、闇に覆われた少年の憎悪の表情だった。

 毒を撒き散らした禍々しい気配がハニエルを殺さんとしている。

 ハニエルは凛と胸を反らし、目の前のウヴァルを睨みつけた。

 全ての闇を吹き飛ばす気迫に一瞬、広間を占拠する闇がたじろいだ。

 エクロ=カナンの者が被った痛みは、きっとどんな言葉を尽くしても癒せるものではない。

 それは千年の時を経て、より一層深い傷になっていったのだろう。

 千年という長い時間は確かに多くの変化と進化をもたらした。

 互いの国を行き来するのも命がけであった時代は終わり、互いの国を1日半で行き来出来るまでに移動手段が格段によくなった。

 文化も発展し、互いの国の情報が物以上に流通し、他国に行かなくてもその国のことを知れるまでになった。

 だが、人の心は千年前と変わらないのかもしれない。

 見えない闇を恐れ、自分達が理解できるような名前を付ける。

 もしかすると豊かになればなるほど、見えない闇が恐ろしくなっていくのだろうか。

 会って触れ合うことができるのに、それを拒絶し、自分たちと異なる者を受け入れようとしない。

 そうやって闇は深くなっていき、時を重ねるごとに歪な塔を築いたのだ。

 そして、今、なんとか均衡をとっていた高大でアンバランスな塔は限界を迎え、崩壊した。

 だが………ハニエルは唇を噛みしめた。

 エクロ=カナンが経た歴史はそのまま事実として受け入れよう。

 そして自分が見ていたものとは違う世界が存在することも認めざるを得ない。

 しかし、まるで相容れないものと切り離され、差し出す手も握り返してもらえない現実は何としても受け入れることはできない。

 違うものだと初めから拒絶しないで、過ちに気付くまでかかった時間以上に長い時間を要してもいいから、歩みよっていけると信じさせてほしかった。

 燦然と輝く金色の瞳がウヴァルの闇を打ち払わんと輝いた。


「ウヴァル!何が言いたいの?横道に話を逸らしてないで、本音で話しなさいよ!」


 一歩闇の中に足を踏み入れ、ハニエルは押しやられそうな威圧感に逆らった。

 少しでも気を抜くと、全てを持っていかれそうだった。

 壊れ掛けの体も襤褸切れのような心も、それらを繋ぎとめている唯一の温もりも全て……。

 そんなハニエルの姿を小馬鹿にするようにウヴァルは嘲笑した。


「あははっっっっっっ!相変わらず短絡的だね、ハニー。仕方ないな、君にも分かるように教えてあげる。俺はこの国を元に戻すつもりだ。千年前のあるべき姿にね」

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