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掴めぬ真実7

「何や、これ………」


 城門から一歩、城の敷地に足を踏み入れたカンザスは空恐ろしい感覚に身の毛を弥立たせた。

 この城は城壁を隔てて、外と驚くほどに温度さがある。

 今はその底冷えする気配に足が先に進むことを躊躇っている。

 城壁の外で幕を張っている各国の聖十字騎士団は誰一人この異様な空間に気付いていないのだろう。

 彼らは掲げられた松明の元、森の方しか見ていなかった。

 いや、もしかすれば無意識に城を見つめることを嫌がっているのかもしれない。

 一度目に入れば、否が応でも見せつけられるのだ。この城の異様な空気を。

 そう――――ここは人がいるような場所ではない。


「一体この国では何が起こってるんや?」


 掠れた声がようやっと、それだけを言葉に出来た。

 カンザスは辺りに気を巡らせるように、視線を鋭くして目の前に立つ荘厳にして禍々しい石造の城を見上げた。

 圧倒的なオーラを纏って侵入者を拒絶し、それでも足を踏み入れた愚か者を飲み込もうとしているようだ。

 さっき遠くから見つめていた城とはまったく様相が違う。

 この城の中だけ、もう何年も、それこそ千年以上眠りについているような、色ない静寂が支配していた。

 城門から真っ直ぐに伸びる大理石の石畳を抜け、重い石造りの城の真ん中に重厚な両開きの大扉が見えた。

 深い藍色の扉に白銀の装飾が成され、扉を越えんとする者の真価を問うているように、どっしりと腰を下ろしている。

 俊巡したのは束の間。

 カンザスは自分に踏ん切りをつけるように大きく頷き、そして衛兵一人いない異様な扉を押しあけ、一歩踏み出した。 

 城の大扉を入ってすぐはぽっかりと開けた広間になっていた。

 低く圧迫感を与える天井を太い三本の柱が支えている。

 その柱は等間隔で並び、まるで不審者を畏怖させる門番のようだった。

 そこから三方に廊下が続いているが、明かりが少なく、どの道がどこに続いているのか分からない。

 離宮といえど、敵からの侵略を想定して造られているようだ。

 一歩踏み出すと足音が妙に響き、まるで闇のそこここから別の人間がやってくるかのような錯覚をおこす。

 反響した足音にカンザスは思わず足を止めた。

 そしてあちらこちらで響き合う足音が去るのを待って、大きく息を吐いた。


(アカン、アカン!こんなところで立ち止まってる場合やない!あれはただの足音!ビビんな!オレ!!)


 そう自分に言い聞かせると、ビクつく自分の頬を激しくはたいた。

 力加減などできず全力で叩き過ぎた所為で、目の奥がチカチカした。

 少しやり過ぎたかと後悔したが、カンザスはそんなことはどうでもいいとばかりに目に力を入れ、真ん中の道を見据えた。

 ペリドットの瞳が少し潤んでいるのは御愛嬌だ。


「よしっ!行くぞ!アクラス!!」


 振り向かずとも自分に忠誠を誓う、卒のない従者がすぐ側に控えていることは分かっている。

 カンザスは肩を怒らせ、どっしりとした足取りで進んでいく。

 もう一々小さな足音に驚いてなどいられない。

 あえてドシドシと足を踏み鳴らし、カンザスは城の奥へと向かっていく。

 そんなカンザスを見つめ、アクラスは彼に気付かれないよう小さく吐息を洩らした。

 鈍い叡智の光を宿した瞳は切なげに細まり、ズンズンと先を行く小さく頼りない主人の背を追い続ける。

 アクラスの紫の瞳はカンザスと違って、冷静に事態を見極めていた。

 今この城で何が起きているのか。そしてこの城で何が待ち受けているのか。

 深いアメジストの瞳が悲しげに揺れた。


「ねぇ、カンちゃん、ここで引き返さない?関わっていけないことも世の中にはあるんだぜ?」


 肩を怒らせる背に向かって呟かれた声は、何事も余裕綽々な男とは思えないほど、弱々しかった。

 いつもカンザスの行動を揶揄しても、アクラスが彼を引きとめることなどありえない。

 どれだけ無謀な場面でも卒なく動き、後戻りの利かなくなったカンザスを小馬鹿する余裕を見せて、事態を打開する。

 それがアクラスだ。

 そんな常に自信に満ちた男の言葉とは思えず、カンザスは怪訝な表情で後ろにいるアクラスを振り向いた。 

 何故だか魅惑の紫が色を無くして見えた。


「はぁ?ここまで来て、何言ってんねん。この城の中にこそ、オレの追い求めるものがあるんや!」


「それはカンちゃんの勝手な想像だろ?本当に求めている物があるのかい?ここには真実なんて何一つない。あるのはただ………見捨てられた神の幻影のみ」


 全てを確信しているような声だった。

 二人はしばし見つめ合った。

 お互い瞳に答えを求めるように、暗い空間の中、ペリドットの瞳がアメジストの絡み、弾けた。


「それでもオレはこの目で全てを見通したい」


 真っ直ぐにアクラスを見つめ、カンザスは力強く言い放った。

 意志の強いペリドットの瞳は闇をも打ち砕く勢いだ。

 もう何を言ってもアクラスの言葉を受け入れないと、言葉なく語っている。


「それから全てを決める。アクラス、お前は帰りたいんやったら帰ったらええ。オレは先を行くだけや」


 陰鬱な城の中を突風が駆け抜けていった。

 カンザスの焦げ茶の髪を揺らしていく。

 それでも射抜くような眼光は逸れることなくアクラスを見つめている。

 何と気高く、堂々とした姿だろう。

 普段は感情的で、何事も簡単に信じ込んでしまうほど素直で、見ているこちらが危ういと気が気でなくなるほどに愚かだ。

 だが今、アクラスの前にいるのは、自らの選んだ道を疑わない威風堂々とした王者だ。


(これだからカンちゃんの側は面白くて仕方ないんだ)


 そう心の中でアクラスは苦笑した。

 力なく、知恵もない。

 なのにこうやってアクラスの想像を凌駕する意志の強さで圧倒する。


 元より自分の言葉を彼が聞き入れるなど思ってはいなかった。

 彼は一度決めたことには頑としても道を譲らないのだ。

 それでも……万が一でも引き返してくれればと願わずにはいられなかった。

 だが彼はアクラスの一縷の望みを裏切り、先を進むことを選んだ。

 もちろん返ってくる言葉も初めから想定内だ。


(これもあの、高潔な女王陛下の影響なのかな?こんなことならエクロ=カナンまで連れて来なければよかった)


 アクラスは遣る瀬無いとばかりに苦笑し、頭を掻いた。

 あの赤毛の乙女と出会った瞬間から、アクラスの中に流れるビートが変わった。

 ちゃちでめちゃくちゃなリズムが勇猛な行進曲へと高められていく。

 これも運命なのだろうか―――。

 もしエクロ=カナンまで連れてこなくても、彼らは巡り合う運命だったのだろうか。

 すれ違いながらも互いを求めようとする。

 これは神の決めた真理なのか。

 ならばこんなところでグダグダしていても仕方ない。

 変えようのないことに拘るほど、愚かなことはない。

 アクラスが望むことはただ一つ、カンザスだけ。

 どうあってもこの愛しい存在を手放してなるものか。

 アクラスは人知れず、拳を固く握った。

 そしてわざとらしく、長いため息を吐くと、被りを振った。

 いつものように余裕に満ちた瞳を輝かせ、からかうようにカンザスを見下ろす。

 そして一歩カンザスの方へと足を進めた。   


「おいおい、冗談も大概にしてくれよ?カンちゃん一人をこの城に残すなんて、それこそ森に一人にするよりも危険だ。なぁ、おれがカンちゃんを見放さないと知ってて、そう言ってんの?」


 馬鹿にしたように顔を歪め、思いっきり肩を竦めて見据える。

 こうやればカンザスがどう反応するかなどアクラスはお見通しだ。

 そうとも知らずカンザスはいつものように、ツンツンの髪を逆立てて、目を怒らせる。


「なっ、そんな訳あらへんやろ!オレが言いたいのは、お前がオレのワガママ付き合う必要はない訳で、お前が嫌なら………」


 弾かれたようにカンザスが全力でアクラスの言葉に応える。剥きになればなるほど、美しいペリドットの瞳が感情の熱に潤んでいく。

 その言葉を遮るように、アクラスの長い指が大きく開いたカンザスの口元に押し付けられた。

 カンザスは思わず言葉を飲み込み、ブフッと噎せた。

 非難がましい視線でアクラスを見上げる。

 何してんねんっと言いたげなペリドットの瞳に、優しく微笑み返すとアクラスはその場で膝を折った。

 縋るようにカンザスの手を取ると、その甲に自分の額を押し付ける。

 そしてまるで忠誠を誓うような仕草で、静かに瞳を閉じた。


「おれの進む道はカンちゃんの側以外ありえない。地獄の底だろうがあの世の果てだろうがお供しますよ?」


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