女王の帰還7
キャメルとエルは同情の視線をラフィに向けたが、何も言わなかった。
その視線はそのままハニーにも向けられたが、ハニーは気にとめないことにした。
自らの脛を抱え、一本足で飛びあがっているラフィに冷たい視線をくれてから、ハニーはもう一つの牢の方へと寄った。
牢の中ではロロンが身動き一つせずに横たわっている。
微かに聞こえる息だけが彼の命を伝えていた。
「こっちの牢も鉄格子が腐っているといいんだけど………」
ハニーはすうっと息を飲むと、力強く鉄格子を掴みにかかる。
だがどれだけ力を込めても、鉄格子は悲鳴のような音を立てて震えるだけだ。
何事もうまくはいかないらしい。
ぎゅっと錆付いた鉄の棒を握りしめ、ハニーは眉を寄せた。
だが、どれだけ押して引いても鉄格子がびくともしない。
「この鉄格子さえなんとかなれば………」
「おいっ、ハニー。どいてなっ。そういうことはお兄さんが適役だぜ」
悔しげに唇を噛んだハニーの肩に手をかけるとラフィが、顎をしゃくった。自分と場所を代われと言いたいらしい。
さっきまであんなにも痛がっていたのに、こういう変わり身の早さが抜け目ないというか、卒がないというか……。
何故か悔しくてハニーはぶすりと頬を膨らました。
「……もうちょっと、きつめに蹴ればよかったわ」
「おいおいっ、そんな物騒なことを言うんじゃないよ。あれでもかなりの蹴りだぜ?おれみたく普段から鍛えてる奴じゃなきゃ、立ってられないだろうな。……まぁそんなことは置いておいて、君がやるよりおれがやった方がなんとかなるかもしれな………って、ぉぉおおっ?」
ハニーに代わり、ラフィがロロンのいる牢の鉄格子に手を着いた瞬間、鉄格子が呆気なく傾いた。
撓む様に歪んだかと思うと、鉄格子がその場に崩れさる。
ガシャンガシャンとけたたましい音共に、がらくたと化した鉄片がハニー達の足元に広がった。
錆付いた臭いを含んだ土煙りが立ち込める。
流石にラフィも目を丸くするしかない。
さっきまで押しても引いても何事もなかったはずの鉄格子がこうも木端微塵に砕けてしまうなど、誰が思うだろう。
「……な、な、なんだ~?」
頓狂な声を上げて、ラフィは後ろに下がった。
彼の足があった場所に最後の一破片が落ちて、石の床を跳ねた。
まさかの展開にしばし四人は言葉を失った。
呆然とかつて鉄格子だったものを見つめる。
だがいつまでもそのままではいられない。
ハニーはガバリと頭を上げた。
「流石ね!ラフィ!普段から鍛えている人はやっぱり違うわ」
「ああ、造作もないことだぜ………って言いたいが、これは鍛えているとか関係ないような………」
「何はともあれ、よかった!これで助け出せる!きっと古すぎて何の拍子に壊れるか分からない状態だったのよ。さぁ、ラフィ。驚いてる暇はないわ。早くロロンを抱えて」
不意に声に名前を呼ばれ、ラフィは焦ったように顔を上げると、ああっと呟いた。
未だ驚きが頭から抜けないのか、その表情は硬いままだ。
だが、流石ここまで付いてきただけあり、度胸も即座の対応力もある。
彼は強張った表情のまま、何も言わず素早く行動に移した。
長身を折り曲げて、窮屈そうに牢の中に入るとロロンを背に抱えて出てくる。
彼はつい先ほどまでロロンが抱えていた宝剣を床から拾い上げると、ハニーの方に手渡した。
「こいつが大事に守っていたんだ。本当なら手放して逃げてもいいところを、ずっとな。これは君が持っておくべきだろ?彼の意思を受け継いで………」
「ええ………」
宝剣を両腕できつく抱きしめ、ハニーはその宝剣に染みついたロロンの苦悩を感じるように頬を寄せた。
小さく息を吐くと、キッと眩い金色の瞳で前を見据えた。
それは闇を切り裂くような燦然とした光を放つ。
闇を照らす星は、どんな苦悩も限界も知らず、どこまでも乗り越えていく光を宿していた。
「ねぇラフィ、お願いがあるの」
「なんでしょうか。麗しい女王陛下」
固いハニーの声に、ラフィがおどける様に腰を折って応えた。
背にロロンが乗っている所為か、どこか不格好な礼である。
だがハニーはラフィの軽口に答えず、前を見据えたまま、今考えたこれからの計画を口にした。
「この宝剣にはウォルセレン王の紋章が刻まれている。本来ならロロンはこの紋章に守られ、誰にも手出しされることはなかった。でも今この城で、そんな常識はまかり通らない。ここはわたし達の感覚など何一つ通じない、異世界なのだわ」
姿なき不安が見せる幻想に、どれが現実か分からなくなった者達が住まう城は、地獄にある悪魔の城と何が違うのだろう。
誰もが疑心暗鬼で、大切な人の言葉すら信じることもできない。
「この城を変えるのは、中から訴えかけるだけじゃ無理かもしれない。外から揺さぶる必要があるわ。だから、ラフィにお願いがある。この宝剣を持って、キャメルとエルとロロンを連れて、ウォルセレンに行ってほしいの」