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約束の証6

「未来永劫………僕達は繋がり合う……」


 エルは大きく瞳を見開いたまま、ハニーの言葉を繰り返した。

 自分の中に取り込んで、咀嚼しているようだ。 

 そんな姿が、年相応に幼くて、ハニーは思わず微笑んでしまった。


「そうよ?ちょっと分かりにくいかしら?要約すれば、ずっと友達ってことね!」


 ざっくり纏めたその言葉にエルは小さく噴き出した。

 クスクスと喉を震わせながら、真摯な瞳をハニーに向ける。情熱が籠ったような眼差しだ。


「それはとっても分かりやすい。なら、僕もハニーに誓う。永遠の繋がりを……。どんな時も貴女の幸せを一番に願い、行動する。どんな契約もどんな盟約も命令さえも、貴女の存在以上のものはない。貴女こそ僕の存在意義……。もし僕がこの約束を違えた時は、この世界から消え失せても構わない。まぁ違えることなんてないけどね。大好きなハニー以上はこの世にもあの世にもないから」


「ちょ、ちょっと、それ重たすぎない?エル、そんな気負わなくていいのよ。ずっと友達宣言なだけなんだし……」


 思いもしない言葉にハニーは焦るが、エルはけろっとしたものだ。

 極上の笑みでニコリと微笑むとハニーの言葉を遮る。


「それくらいハニーが大事ってこと。どうか誓わせて。僕に出来ることはこれくらいしかないから」


「ならいいけど……。でもそれほどに思ってくれるエルの気持ちが嬉しい」


 そう言うとハニーはそっと瞳を閉じた。

 そのまま合わせた掌を握りあう。

 エルもハニーに倣うように瞳を閉じた。

 いつの間にか小さな空に三日月が戻ってきている。

 さやさやと降り注ぐ静謐の光の下、ただ炎に熱せられた優しい風がゆっくりとハニーの髪とエルの髪を揺らした。

 ラフィの高いびきもない。

 心休まる静寂の間はどこまでも清浄で、二人の誓いを祝福しているかのようだ。


「約束の言葉をね、今、この掌の中に閉じ込めたの」


 そう呟いて、金色の瞳で空を見上げる。

 小さな三日月は自分も仲間に入れてほしそうに、二人を見下ろしている。

 ハニーは自分の胸元にある首飾りを取り出した。

 それを首から外すと月に掲げた。深い色合いの紅玉が赤い月のように輝く。


「とりあえず急場しのぎだけど約束の証ね。城に帰って落ち着いたら、お揃いの物を作りましょう!それまで預かっていてね。それ、わたしの宝物だからなくしちゃ、承知しないわよ?」


 冗談半分に語気を強くして、そのままエルの首に恭しい仕草でかけた。

 エルはされるがままに、目を細めて自分の胸元に落ちてくる美しい飾りを見つめていた。


「とっても気品に満ちて、美しい首飾りだね。まるでハニーのようだ」


 エルは先ほど誓いを握りしめた手で飾りをそっと掴むと、ハニーによくするように優しく口付ける。

 青い瞳でじっと見つめ、宝物を手に入れたように恍惚と微笑んだ。


「はじめまして。小さな僕のご主人さま」


「いやいや、エル。友達だって言ってるでしょ!も~そんな恥ずかしいことばっかり言わないでよ!」


「恥ずかしい?これが僕の本音なのに……」


 エルは不満そうに眉を寄せた。ちょっといじけた横顔はどこかあどけなくて、年相応の少年の顔だった。

 ふと何かを思いついたように、エルはハニーを仰ぎ見た。


「じゃあ、僕も……」


 言うが早いか、エルは自分の服の下から同じように光る物を取り出した。

 それは細い革の紐で括られた首飾りだった。

 円を描く細い三日月の中にある十字の星の中には荘厳な城が描かれていた。

 多分銀細工であろうそれは随分古いものようだった。

 くすんで、元の色合いも分からないが、それでも首飾りが纏う本来の高潔さは何一つ失わせていない。

 エルが持っているのが不思議なほど高価な品だと一目で分かる。


「それは……?」


「僕の宝物。僕の、僕である証ってとこかな?」


 そう言って曖昧に微笑むエルにハニーは胸を締め付けられた。

 もしかしたら、それは彼の家の家宝なのかもしれない。

 彼の親がどんな理由で彼を森に置き去りにしたのか、ハニーには皆目見当もつかないし、どんな理由を述べられても聞き入れたくはなかった。

 でもたった一つ分かったことがあった。


「あなたのお父さんもお母さんも、あなたが大切だったのね。それはきっとせめてもの罪滅ぼしに置いていったのかもしれない……」

 

 胸が締め付けられる。

 そんな細やかな事でしか愛を残せなかった彼の両親が不憫で、だからこそ自分がこの哀れな少年を守り続けなくてはと誓いを固くした。

 金色の瞳に涙が滲む。対するエルはぎょっと目を剥く。

 この流れで何故ハニーが泣きだしたのか、彼には想像もつかなかった。

 それも仕方ないことでハニーの妄想が暴走した結果でしかない。

 エルは困惑に瞳を揺らし、どうすればその涙を止めれるかとハニーを見つめる。

 ハニーはぐいっと涙を拭うと、屈託ない笑みを浮かべた。


「ちょっとあなたの両親に思いを馳せ過ぎたわ。何でもない。そうだ。ねぇエル、あなた、なんとなくでも、自分のことを思い出し始めてるんじゃない?それが自分の証だって思うってことは!」


「………えっ…………」


 ハニーは何気なく言ったつもりだった。

 しかしエルはその言葉に絶句した。

 大きく見開かれた瞳は風の舐めていった湖面のようにさざ波だって見える。

 衝撃の表情のまま固まってしまったエルに今度はハニーが驚く番だ。目を瞬かせ、首を傾げた。


「あれ?わたし、何か変なこと言った?」


「ううん、違う。やっぱりハニーはすごいなって驚いただけ。僕が気付かないことに気付くんだもの。そうだね、おぼろげに本来の自分を思い出しているのかもしれないね………」


 そう言う顔はどこか辛そうで、ハニーには想像もつかない物を抱え込んでいるかのようだった。

 幼い顔が必死に何かを耐えている姿が痛々しい。ハニーは思わずエルを抱きしめた。


「ごめん!辛いなら無理しなくていいのよ。いいの。ゆっくり思い出せばいい。それでもしんどいなら、いっそ忘れても構わない。これから思い出したくなる楽しい思い出を一緒に作りましょう。わたしはあなたがどんな場所に生まれ、どんな人生を重ねてきたかなんて気にしないわ。今、わたしの側にあなたがいる。それだけで幸せ」


 ぎゅっと腕に力を込め小さなエルの体を包み込むと、ハニーは励ますように微笑んだ。

 その力強い頬笑みに強張っていたエルの顔も次第にほぐれていく。

 エルははにかむ様に目を伏せると、ハニーの腕の中で身じろいだ。

 ハニーが少し腕の力を緩めると、エルはその手に握りしめていた首飾りをその首に捧げようと手を伸ばした。

 ハニーはそっと頭を下げ、戴冠の儀式のように慎まやかな面持ちでそれに応えた。

 すとんと首飾りが落ち、ハニーの胸元で揺れて輝く。


「確かにお預かりしました」


 その耳元にエルが口を寄せた。

 そっと囁きかける声はまるで今宵の月のようだ。

 柔らかく夜に溶けていく。


「貴女は僕の全てだ。空に輝くあの月のように、どんなに姿を変えようと、時には消えて見えなくなろうと貴女に僕の全てを注ぐ。何かあればいつでも名前を呼んで。僕は貴女の心に応えるから、愛しいハニー………」

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