約束の証5
大声を上げるとハニーはそのまま美しい赤の髪を激しく揺らして、マントの中に顔を埋めた。
頬が燃えるように熱くなる。
(も~!!絶対に言いたくなかったのに~!!)
マントの中で百面相をしながら、ハニーは恥ずかしさに身悶えていた。
不意にマントから出ている頭に手を置かれた。
その手がハニーを労わるようにそっと滑って行く。
マント越しにハニーの耳元にエルの唇が寄せられる。
「ハニー。恥ずかしがらないで出てきて。僕は今、とっても嬉しいから」
柔らか声に導かれるように、そっとマントの縁から目だけを覗かすと、エルの美しい瞳と目が合った。
途端に清廉とした青が愛らしく破顔する。
「ごめんね、ハニー。本当はちょっとだけそうなのかなって思ってたんだけど、でも確認するまで分からないでしょ?」
「なっ!」
エルは愛らしく小首を傾げて許しを乞う。
申し訳なさそうにしているが、円らな瞳は許されることを確信しているように見える。
そんな高度な技をどこで習得したのか。
そんな顔をされたらもう、何も言える訳がない。
ハニーは勢いよくマントから顔を離し、目を剥いた。
信じられないとばかりに見開かれた金色の瞳をじっと見つめ、エルは愛しくてたまらないとばかりに笑みを深くする。
「やっと顔を出してくれたね。僕の太陽さん」
ハニーの頬を両手で包み、エルはそっと額に口付けをした。
ゆっくりとハニーの額から顔を離すと目を細める。
「ハニーは自分のことをワガママだって言うけど、本当は誰よりも他人に優しくて、幸せに対して謙虚なんだ。だから時々ハニーの本音を引き出さないとね。ハニーは絶対に言ってくれないから」
「な、なによ~!わたしが謙虚?すごい勘違いよ。そんなこと、ない………」
「あるよ」
俄かに信じがたいと思わず自嘲したハニーの言葉を打ち消すようにエルが力強く言い切った。
あまりの切れの良さにハニーは二の句が告げられない。
そんなハニーの顔を愛しげに見つめると、エルはふんわりと蕩けそうな笑みを浮かべる。
「ハニーは、誰かの為に本音を隠していることを自分でも気付ず、それが真実の気持ちだって思いこむ時がある。だから僕は不安なんだ。僕はちゃんとハニーの心に応えられているのかって」
包まれる両頬が燃えるように熱い。
すとんっと胸の奥に落ちた言葉がハニーの心で燃え上がっているのだ。
その言葉が俄かに育ち、ハニーの中で大きな花を咲かせる。
大きく咲き誇る花はきっとハニーの中でのエルの象徴で、彼と同じくなくてはならないものだった。
エルはハニー以上にハニーの心に敏感で、そしてよく理解しているらしい。
そんなエルを前に何を繕えばいいのか、もうハニーは分からなくなった。
驚きに見開かれた瞳が気恥しげに細まる。
何かうまく言えない感情を噛みしめるようにはにかんでいたハニーはふとその腕を広げ、マントで包むようにエルを抱きしめた。
そのまま彼を自分の横に座らせる。
正面から見つめてくるエルはどこか苦手だか、横に並んで抱き締める彼はいつだってハニーの心を癒してくれる。
これが友達の距離間だとハニーは思った。
そして横並びの関係だからこそ、偽りのない自分を曝け出せる。
「わたしはきっと、あなたを守っているつもりで、でもそれ以上にあなたに守ってもらっているのね。あなたがいなければ、きっとここまで辿り着けなかった」
じっと焚き火を見つめた。
先ほどまで静かだったラフィの高いびきがまた始まる。薪の爆ぜる音とラフィのいびきで森が俄かに騒がしくなる。
その騒がしさが何故だか今は心地よい。本音を語る時に、妙に静かにされている方が話しにくい。
これぐらい賑やかで、なんてことない雰囲気の時にさらりと言うのが丁度いいのだ。
「あなたと出会えてわたしはどれだけ救われたか。あなたはわたしのことを大事だって言ってくれるけど、それ以上にわたしはあなたのことが大切で、いつも愛しくて堪らないわ。これだけはエルにだって否定させない!」
「ハニー………」
「聞いて。エルはわたしのいいところばかり見て、それがわたしだって思ってくれる。でもわたしは正真正銘のワガママで、超自己中心的で、びっくりするぐらい強欲なのよ?よくハニーは、清々しいほど前向きなワガママねってエルに言われるもの……ああ、このエルはあなたじゃなくて、もう一人のわたしの親友のことね」
ハニーはどこか照れくさそうに頬を掻くと、顔を下げ上目使いにエルを見上げた。
「あなたは彼女と同じ。いつだってわたしのことばかりを優先してくれようとする。でもね、そんな優しさはいらないのよ?あなたがあなたらしくいてくれるだけで、わたしは十分。時にはワガママを言って、逆にわたしを困らせて。じゃないとわたしばっかりがワガママでバランスが取れないわ。言っておくけど、わたしのワガママは半端ないのよ?」
「僕が僕らしく………」
「そうよ。それがわたしの本音。そして、わたしの願いね」
ぼんやりと呟くエルをもっときつく抱き締めるとハニーはエルの金髪を撫でてやった。それだけじゃ足りず、自分の頬をエルの頬に当て頬ずりする。
「エル、大好きよ。ありがとうじゃ足りないほど好き。愛してるって言葉じゃ足りないほど、抱きしめたい」
「ハニー、それは僕の科白だよ。僕の方が貪欲にハニーを求めてる。貴女という眩い星がこの世に生まれたことに感謝してもしきれない。あの時、僕を見つけてくれたのが貴女でよかった」
自分を包むハニーの手を取ると、エルは目を伏せ口付けた。
ハニーはそれをはにかむように見つめた。
エルはゆっくりとハニーの指先から唇を離すと、そっと視線を上げた。
深く美しい青がハニーの眩い金色と混じり合い、不思議な色を生み出した。
ハニーはエルに握りしめられた手で、エルの手を握り返した。
そして小さなエルの掌自分の掌を重ね合わせた。
不思議そうに自分を見つめるエルの瞳に微笑みかける。
「ねぇ、約束ね。わたし達はこれからずっと友達。健やかな時も病める時も笑顔の時も涙の時もずっと……。どれだけ離れていても一番にあなたを思うわ。どれだけ苦難の時でもあなたの幸せを一番に願うわ」
厳かな気持ちでそう誓う。真摯なハニーの言葉にエルは戸惑うように瞳を揺らした。
ハニーが何を言い出したのか、分からなかったのかもしれない。
驚きを含んだ青が、じっとハニーを見つめる。
「約束……」
「そう約束。法律と違ってこの約束を破ってもバツなんてないわ。どれだけ時が経とうと約束がなくなることもない。どんな契約よりも強固な信頼がわたし達を結び続けるだけ。そう、未来永劫………」