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優しい詩15

 認められて嬉しくもあり、貶されて落ち込んでみたり、妙齢の乙女の心は複雑だ。

 誰に聞かせるでもなく、ぶつぶつと口の中だけで不満を呟いた。

 それにしても……と、ハニーはじとりとラフィを見つめた。 

 この男はハニーが思うよりも単純な男ではないらしい。 

 ラフィは彫の深い瞳を優しく細め、さらりと真実を見極めてくる。

 噂に惑わされない心を持ち、どんな状況でも的確に分析する冷静さを持ち合わせている。 

 初めのうちこそ、血に濡れた女王という身分に驚きと恐れを抱いていたが、話すうちにハニーの真実の姿を理解したのだろう。

 彼はもうハニーを前に怯えたりはしない。

 今の彼からはハニーを蔑むような視線も、恐れるような意思も感じない。

 さらっと自然体で、格好悪いところも普通に見せてくる彼の雰囲気に飲まれ、ついついハニーも血に濡れた女王の仮面を外し、ただのハニーとなって彼に応えてしまう。

 だからこそ、ラフィが調子に乗るのだろうが、一度剥がれた仮面は容易に戻せない。

 なんとか感情を押し留めているつもりでも、顔は言葉以上に物を言う。

 面白可笑しそうにハニーを見つめるラフィの柔らかな瞳の中で、ハニーは嬉しかったり、気恥しかったり、落ち込んでみたり、怒ってみたり、ころころと表情を変えていた。

 そんな自分を正面に見据え、ハニーは素の自分を見られていることに更に恥ずかしさを感じ、思わずマントの中に顔を埋めてしまった。


(もうっ!なんでこんなにも自分のコントロールがきかないのかしら。こういう顔、見られたくないのに………)


 余裕のある、毅然とした姿でいたいのに、いつもいっぱいいっぱいだ。恥ずかしさに泣きだしたくなる。

 羞恥に真っ赤に燃え上がる耳を手でぎゅっと包み、感情の波が治まるのを待つ。

 そんなハニーの脳裏に、嫌味な声が不意に響いた。


『思ったことをすぐ顔に出す癖、改めた方がいいぞ』


 ハニーを揶揄する声が、ハニーが単純だから簡単に見極められるのだとせせら笑う。

 それが誰の声であるかハニーは一瞬で悟り、更に感情の波を荒げた。

 聞き心地よい、低音は冷やかなのに甘く、一度聞けば二度と忘れられないほど魅惑的だ。

 だがその声には嘲笑が込められているとハニーは知っている。

 簡単に素の自分を見せることは、即ち何の鎧もなく敵に自分の弱点を晒すようなものだ。

 いくらラフィがハニーに優しくあっても簡単に心を開いていけない。

 それはこの深い森の掟のようなものだ。

 腹立たしさにハニーは心の中で、いけすかない異端審問官に叫んだ。


(うるさい!黙りなさいよ!)


 しかしハニーの心の幻想であるにも関わらず、その幻想は口さがない。

 皮肉げに片頬を歪めると、更にハニーを嘲笑する。


『ま、今更だがな』


 くっと喉を鳴らし、大げさに被りを振るサリエに猛烈に怒りが込み上げる。

 激昂をそのままに、黒い影にぶつけた。


(あんたは、その歪んだ性格をなんとかしなさい!)


 ハニーは姿の見えない敵と心の中で嫌味の応酬を続けた。

 一人で百面相をするハニーにエルは不思議そうに小首を傾げた。

 だが、くいっと彼女の腕を掴んでもなかなかハニーは現実に返ってこない。


「……こんの、変態ナメクジ真っ黒黒すけの、意地悪で、不届きな不良司教め!次は絶対にギャフンと言わせてやるんだから!城に帰ったら見てなさいよね!!」


 ハニーの中で何か逃亡の目的が変わろうとしていた。

 一瞬だが、自分がなんとしてでも城に帰りたい理由がサリエ討伐だと錯誤してしまった。

 だが仁義なき争い真っただ中のハニーにはその齟齬に気付くはずもない。


「ハニー……顔が怖いよ?」


 エルは心配げに眉を寄せるが、ラフィはそんなハニーなど構いもしない。


「少年、ほっとけ!年頃の乙女は複雑なんだ。取扱い注意だぞ!」


 などと適当なことを言いながら、完全に楽しんでいる。

 彼はハニーをそのまま、何かを思いついたように、いそいそと自分の荷物の中から小瓶と小さな袋を取り出した。

 彼の良さはこの程好く空気を読まない態度なのかもしれない。

 頻繁に妄想の世界に行ってしまうハニーと話をするにはこれぐらい適当な方が丁度いいのだ。

 彼は立ち上がると、ズンズンとハニーの方へと向かい、すぐ側に腰を下ろした。

 しかしあっちの世界にいるハニーは気付かない。

 だがそんなことでめげるラフィではない。彼は口笛を吹きながら、むんずとハニーの両頬を掴んだ。

 そしてそのまま遠慮なく横に引く。


「っっっいったぁぁぁ~いぃぃぃっ!!!!」


 流石のハニーもその強引な手段に、現実に戻ってきた。

 真っ赤になった頬を労わるように包みながら、何が起きたのかと挙動不審に顔を左右に振っている。

 そんな彼女の驚きに答えを与える訳でもなく、ラフィはハニーの顔の前に、暑苦しい男前の顔を寄せて、にかりと白い歯を輝かせて微笑んだ。

 ついでに手にしたそれをハニーの眼前に突き出すことも忘れない。


「積もる話になりそうだ。どうだい?こんなものがあるんだが?」


 突如目の前に現れた茶色の小瓶にハニーは目を瞬いた。

 ポカンと目の前に突きつけられた小瓶を見つめる。

 突如、妄想の世界から現実に引き戻され、思考がうまく現実とかみ合っていない。

 うまく認識できず、じっと小瓶を凝視したまま、ハニーは首を傾げた。


「えっと、それは……」


「もちろん、酒とつまみだ。長い夜の必需品だろ?」


 そう言ってラフィは小瓶を揺らして見せた。小瓶の中で液体が波打つ。

 ずっと飲まず食わずだったハニーにとってこれほどありがたい申し出はなかった。

 それに答えるように彼女の腹が大きな音でぐうと快諾の声を上げた。

 ラフィがにやにやと笑う。それが癪に触って、ハニーはそっぽを向いた。


「ま、まあ、ありがたく貰ってあげないことも、ない……かな?」

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