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優しい詩14

 真っ赤な頬を隠すようにハニーはマントの淵に顔を半分埋めた。

 それを切っ掛けにエルの手がハニーの髪を梳いて離れていく。

 そのままハニーから視線を外すとエルはラフィに屈託ない頬笑みを向けた。


「ありがとうございます。ラフィのお陰でハニーを温めることができる。僕だけじゃどうしようもできなかったから、ラフィに感謝します」


 素直な感謝の意をラフィに述べ、ぺこりと愛らしく頭を下げる。

 エルはくりくりした円らな瞳でまっすぐにラフィを見つめた。

 目映い炎に照らされたエルは可愛らしく、それ以上に神々しく見えた。

 エルの頬笑みは誰に対してもその効力を発揮するのだろう。

 その純真で真っ直ぐな瞳にラフィも心なしか頬を染めて、恥ずかしそうに頭を掻いている。


「いい子だな。ワガママな女王のお伴で大変だったろ?」


 ラフィはそっと目を細めると、大きな手を伸ばしてエルの肩をポンポンと叩いた。

 まるでエルを哀れんでいるような仕種だ。

 目を細めてされるがままにいたエルだが、屈託ない天上の頬笑みで彼の言葉に応えた。


「そんなことないよ。ハニーは僕の全てだから」


 純粋過ぎる言葉にハニーもラフィもズキュンと胸を撃ち抜かれた。

 思わずくらくらと目眩がするほどだ。

 どんな時もエルの言葉には裏などない。

 誰でもないハニーがその事実を痛いほど知っていた。

 エルは崖から落ちることも厭わないほどハニーを慕ってくれている。

 そしてけしてハニーを疑わず、純粋で真摯な思いを余すことなく自分に注いでくれる。

 変わることない愛情は海よりも深い。

 彼の優しさに触れる度に、その深さを見せつけられる。

 対する自分はなんと感情的で、癇癪ばかりをおこして、自分のことしか考えていなのだろう。

 自分は彼の愛情にちゃんと応えられているのだろうか。

 時折見せる寂しげなエルの横顔にハニーは焦燥感を抱かずにいられなかった。

 そっとすぐ側にいるエルを見下ろす。

 彼は穏やかな笑みを浮かべてラフィに答えている。


「ハニーが望みは、僕の望みなんだ」


 屈託ない言葉に胸が締め付けられた。

 ハニーは掻き合わせたマントの端をぎゅっと握りしめ、感情の波が去るのをなんとか待った。

 ラフィもハニーと同じ気持ちだったのかもしれなない。

 彼は大きな手でエルの金髪をわしゃわしゃかき混ぜるように撫でた。

 そして呆れた眼差しをハニーに向けてきた。


「主人とは大違いだな」


「放っておいてっ!」


「ぎゃはははっ!やっぱり信じられん!これが悪魔の女王だっていうのかい?どこでどうなったら、そんな話になるんだ?ただの可愛い女の子じゃないか!血に濡れた残酷なレモリー?恐ろしい悪魔崇拝者?じゃあ、この少年がその悪魔?」


 ハニーが弾かれたように声を荒げると、ラフィはばしばしと自分の膝を叩きながら大きな笑い声を上げた。

 その声には怯えも恐れもない。

 道々聞いた噂とあまりにもハニーがかけ離れ、その意外性がいたく壺にハマったらしい。

 ラフィは腹を抱え、涙を流す。

 一度は落ち着きを取り戻したハニーだが、ハニーの怒りをあえて誘発する言葉に乗せられカッとなる。


「馬鹿言わないでっ!エルは普通のいい子よ!森の神殿でたまたま出会ったの。悪魔だなんて呼ばないで!」


 冗談めかしてからかうラフィに噛みつくようにハニーは叫ぶとエルを抱き締めた。


「エル!こんな男に返事してやることないわ!アンダルシア人なのよ?きっとわたし達から何か噂のネタになる言葉が出ないかと待ち構えてるんだから!」


 キッと睨みつけると、ラフィに向かってい~と歯を剥いた。

 そんな態度がさらにハニーを幼く見せた。

 その姿は森を駆け抜けた血に濡れた女王ではない。

 どこにでもいる、素直になれない、純情な少女そのものだ。

 暗い森のような影も帯びていない、まるで生まれたての星のように屈託なく眩い。

 むきになるハニーを宥めるようにラフィは両手を広げて、ハニーを諌めた。


「そう怒るなよ。君たち二人を見て、流石のおれも噂はデマだって思ったよ。君は見た目にも、夜な夜なサバトを開く魔女には見えないもん。悪魔を呼ぶなんてまだろっこしいことは苦手そうだし、失敗してはヒステリーを起こしてそう。何より君は悪魔を召喚して頼むなんて絶対にしないだろ?世界征服だろうがなんだろうが、自分でやらなきゃ気がすまないって顔してる」


「う……その解釈、ちょっと腑に落ちないわね。ま、まぁ間違えないけど……でももっと他に言いようがあるでしょうが……」


 ハニーはむっつりと顔を顰めた。

 ラフィの見たてに間違えはない。

 だが素直に喜べないのは、その分かり方故だろうか。

 ラフィはまるでハニーが単純で、裏で暗躍するなどできなさそうだから、噂が全て嘘なのだと思っているらしい。

 側近すら血に濡れた女王の噂を信じ、仕えるべき主君を裏切った。

 なのに偶然深い森で出会った異国の吟遊詩人が噂を一笑して信じないと言ってくれた。

 彼の言葉には感謝してもしきれない。

 そう頭では分かっている。

 頭では分かっているのだが、心はどれだけ言い聞かせても納得しない。

 ハニーとしてはそんな理解のされ方は不本意だ。


(まぁ間違えじゃないのだけど……でもさ、もっと言いようがあるでしょ?わたしのいたい気な姿から闇なんて想像できないとか、神々しく美しい顔から血に濡れた様子なんか思いつかないとかさ~)


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