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優しい詩13

 三人で焚火を囲み、じっと温かな炎見つめていた。

 その間にも夜は色を深め、更けていく。

 炎が空気を揺らす影に混じり、ハニーの背にも影が揺らめく。

 しぶしぶハニーが火の側に腰掛けてから、もう数刻は経っている。

 血に濡れた女王について質問責めにされるものと警戒していたハニーだが、予想に反してその間、延々とラフィの語りを聞かされる羽目になった。

 自分はアンダルシアの西部の出身で、音楽家の家に生まれだの、アンダルシアとウォルセレンの南の国境付近にある国フィゼランで有名な詩人に学んだなど。

 ラフィの話は留まるところを知らなかった。

 どれだけ自分が好きなのだろうかと呆れるほどに、彼の話す話は全て自慢である。

 どうして聞きもしないのに、こんなにも自分のことを話せるのか。

 人見知りしない性質のハニーでも、初対面相手にここまで自分のことを話すことなどできない。

 感心するやら驚くやら、ハニーとエルはラフィの語りをポカンとしながら、相槌も打たずに聞いていた。

 その話も一区切りついたのか、パチパチと音をたて爆ぜる焚き火に小枝を足しながらラフィは好奇心を隠さずにハニーに目を向けた。

 ラフィの背では、彼と同じように影が彼と同じように面白がるように揺れていた。

真っ赤に燃え上がる炎が囲む三人の顔を赤く染める。


「それで?何で女王様がこんなとこにいるんだ?森で迷って城に帰れなくなったのか?」


 そう言ったラフィの顔には意地悪な笑みが浮かんでいた。

 ハニーが噂どおりの血に濡れた女王でないと知っていて、あえてそう話題を投げかけるのだから彼も人が悪い。

 彼はハニーの警戒心を解くためにか、ここに至るまで道なりに聞いた噂を教えてくれた。

 エクロ=カナンの女王レモリー・カナンは世界を混沌に帰そうと悪魔を召喚した。

 そしてその悪魔にとり付かれ、夜な夜な悪魔に捧げる生贄を求め、深い森を彷徨っているらしい、と。

 そして最後に噂ってのは本当に当てにならないな、と付け加えることも忘れなかった。

 そういうさり気ないフォローが彼の優しさの形なのかもしれない。

 ラフィの聞いたという噂は、ハニーが今まで聞いた血に濡れた女王の噂とそう変わりないものだ。

 しかし彼は遠くアンダルシアから国境越えてここに至る途中、エクロ=カナンはおろかアンダルシアでも同じ噂を聞いたと話した。

 よもや他国にまでこの醜聞が流れているのだと人づてに聞くと、そうと分かっていても落ち込まずにはいられない。

 先ほどハニーに刀を向けたのはアンダルシアの騎士団だ。

 彼らが聖十字を背負い、この地に踏み込んでいるのだから、アンダルシアまで噂が広まっているのは想像に難くないことだ。

 だがこうもはっきり噂の元を示されると落ち込んでしまう。

 彼ら騎士団は聖域の要請でこの地に来て、血に濡れた女王を追うことを使命としている。

 だがラフィは違う。

 気ままに国を渡り歩き、偶然血に濡れた女王の噂を聞いたのだ。

 命ではなく、彼の気持ち一つで受取り方が変わってくるのだ。

 まぁ、ラフィは異国の王室のゴシップネタぐらいに考えていたようだが………。

 自分に向けられる好奇の視線から顔を背けるようにハニーはぶすりと頬を膨らました。

 出会った瞬間はまた新たな敵だと戦々恐々としたが、彼の人となりに触れるにつけ、警戒した自分が馬鹿らしく思えてきた。

 彼は見た目通りの男なのだ。

 慣れ慣れしくて、軽々しくて、まめまめしくて、それでいて途方もないお人よし。

 軽薄で調子のいい男だが、根の優しい気のいい男なのだろう。

 あまり深いことには拘らない質らしく、ハニーに男のロマンとやらを裏切られたことも、エルに石礫を投げつけられたこともすっかり忘れているように見える。

 その素朴な優しさに感謝してもしきれない。

 だが、未だ頑なになってしまうのは出会い方が悪かった所為だとハニーは思っていた。

 出会い方さえ違えば素直に礼を言えたのにと、自分の天の邪鬼さを棚に上げて、ラフィを責めた。

 殺気立った据わった眼で睨まれ、調子のいいラフィはその睨みを別の意味で捉えたのか怯えるように身を引いた。

 引きつったような笑みは血に濡れた女王に怯えているというよりもハニー自身に怯えているようだ。


「そんな睨むなよ、おれは君のことを騎士に売ったりしないから」


「どうだか」


 ふんと鼻を鳴らし、ハニーはそっぽを向いた。

 赤い髪が勢い良くエルの頬をはたき、エルが目を白黒させている。

 ふんだりけったりのエルだが、自分のことで精一杯のハニーにはそんな彼のいたい気な心は分からない。

 ご機嫌斜めなハニーにラフィはやれやれと頭を掻いて肩を竦ませた。


「とんだワガママ女王様だな~」


「失礼ね!あなたがそんなだから、わたしもそれなりの態度で応えてるんでしょう!」


 むっと金色の瞳をつり上げ、つんけんと声を荒げる。

 その顔にラフィは大層に目を剥いて、大げさに両手を上げてみせた。

 そんなリアクションが更にハニーの怒りに火を付ける。


「あのねぇ!バカにしないでよ!ちょっと下手に出てるからって!」


「いやいや、出てない、出てない。それは絶対に下手って態度じゃないよ、女王ちゃま」


 興奮気味のハニーに対してラフィは冷静なものだ。

 呆れたように目を眇めて、顔の前で掌を振ってみせた。

 そんな態度が更にハニーの堪忍袋の導火線に火をつける。


「じょ、女王ちゃまって何!何それ!絶対にあなた、わたしのこと、貶してるでしょ?」


「まさか~!一介の吟遊詩人が一国の女王ちゃまを捕まえて、貶すなんて恐れ多いこと出来る訳ないだろ?」


「また言った!その態度も言葉も全然恐れ多く思ってないじゃない!嘘を吟じて何が詩人よ!ただの調子のいい、遊び人でしょうがっ!」


 激昂したハニーは火を飛び越えてそのままラフィに飛びかからん勢いだ。

 そんなハニーをからかうことに楽しさを見出したラフィは、顔を真っ赤にするハニーをニマニマと見つめて、大げさなほど肩を竦めてみせた。


「もぉぉぉぉぉぉっっ!ぜっっっったいっっに許さないっ!」


「落ち着いて、ハニー。全部ラフィの冗談だからさ。ハニーは怒ってる顔も可愛いから、いつまでも見たくなるんだよね」


 そう言って怒り心頭のハニーを冷静にいなしたのは、もちろんエルだ。

 鈴のような愛らしい声がまぁまぁと二人の間に割っていった。

 そのハニーよりも数倍落ち着きはらった声に、流石に感情的なハニーも口を閉じずにはいられない。

 自分よりも幼いはずのエルに諭されている自分が恥ずかしくて、ハニーは気まずげにちらりと自分の横に腰掛ける少年を見下ろした。

 赤く燃える金色の瞳が、炎を映してもまだ深く青いエルの静かな瞳とぶつかる。途端、静謐とした青が柔らかく揺れた。


「でも僕は笑っているハニーの顔の方が好きだな」


 エルはそう言うと絶妙のタイミングで極上の笑みを浮かべて、小首を傾げてみせた。

 天上の天使もかくやあらん。

 春の微風が吹き抜けていったような心地よさと蕩けそうな甘さを含んだ頬笑みに、コロコロと愛らしい声で囁かれる殺し文句。

 先ほどまでぎゃんぎゃんと言い合っていたハニーとラフィは、口を開けたまま、その小さな仲裁者の必殺技にノックアウトされていた。

 それを自分の言葉への肯定と捉えたらしいエルは、更にニコニコと笑って、ハニーの頭を小さな手で撫でた。


「うん、いい子いい子。ハニーは疲れてるんだから、ちょっと休憩しないとね」


 そう言う少年にハニーは二の句が告げられなかった。

 されるがままに前髪辺りを撫でられ、気恥しそうに目を細める。

 天の邪鬼なハニーが反発心を覚えずにいれるのは、エルがこうやって優しく真綿に包む様にハニーを扱ってくれるからだろう。


(やっぱり、天然危険なタラシだわ)


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