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優しい詩12

 一気に開けた視界の先ではエルが困ったように笑ってハニーを見つめていた。

 彼は茶色のマントをハニーに差し出していた。

 それが自分を混乱に陥れた張本人だとハニーはすぐに気付くことができなかった。

 ぜいぜいと肩で息をして、食い入るようにエルの手元を見つめた。


「……えっと……それ、何?」


「だから、ハニーの頭に乗っていたマントだよ?」


「わたしの頭に、乗ってた、マント?」


 疑問符がいっぱい飛び交うハニーの言葉を遮ったのは、盛大な笑い声だった。


「ぎゃははっ!てんぱり過ぎっ!」

 

 自分を馬鹿したように笑い声にハニーはきっと鋭い視線を向けた。

 その視線の先、焚き火の前でラフィが腹を抱えて笑っていた。

 ハニーにマントを被せた犯人は何一つ悪びていない。

 ラフィがマントを投げかけた。

 それは考えればすぐに分かることだ。

 それをすぐに気付けなかった自分が悔しい。

 それ以上にラフィに笑われるほど情けない姿を晒してしまったことが腹立たしかった。

 恥ずかしさにハニーの頬が紅潮する。

 怒りに震え出す拳をなんとか握り締めた。

 何か文句を言ってやろうと口を開く。


「ちょ、ちょっと!あなたね!」


「あははっ~そんな薄着じゃ寒いだろ?それ着なっ。おれサイズだけど二人で入れば丁度だろ?」


 ラフィはそう言って目尻に溢れた涙を拭いながら、ウインクをしてみせた。

 そんな顔も自然体で、温かな空気に馴染んでいる。


「そら、いつまでそんな所に立ち尽くしてんだ?君が来ないとそこの少年が火にあたれないじゃないか」


 あっという間に大きな塊にまで育った火の側で、ラフィが手招きをしている。

 エルは変わらす、透き通った青い瞳でじっとハニーを見つめていた。

 いつもと変わらない深い情を湛えた青の瞳が困惑のハニーを映し出していた。


「も~世話の掛けるお嬢さんだな~」


 そう言って顎を捻ると、ラフィは焚き火の側を離れずんずんとハニーに近寄った。

 目と鼻の距離まで来ると、その暑苦しい男前の顔をずいっとハニーの鼻先まで寄せた。

 さっきまでの勢いが嘘のように、怖気づいたように一歩引きさがる。

 だが生まれつきの勝気は譲れない、そう言わんばかりに目だけはきっと吊りあがらせて、ラフィを睨みつけた。

 ぶすりと頬を膨らまし、口をすぼめる。


「な、何よ?」


「いい女の条件はな、男の優しさに上手に甘えることだぞ?」


 そう言って嫌味なほど大きく口の端を上げて、ラフィはにんまりと笑った。

 そのラフィの言葉と彼の表情にハニーはカチンときた。

 瞬く間に顔を険しく顰めた。弾かれたように声を荒げる。


「ど、どういう意味よ!」


「はいはいっ、お返事はちゃんと聞くからさ!そう、火の側でね?」


 にかりと笑った白い歯が焚き火の炎に照らされて輝いた。

 一瞬言葉に詰まったように、ハニーが膨らました頬から情けない音を立てて、空気が漏れた瞬間をラフィは見逃さなかった。

 ぐいっと強引にハニーの手を掴む。


「ちょっと!離しなさいよ!」


「はいはいっ。おっ、少年、そっちの腕を持ってくれるか?女王様はワガママだから、自分で行くのは嫌なんだってさ!」


 そう叫んでもラフィは聞く耳もたず。

 強引にハニーを引きずり、火の元まで連れていく。

 立っているのもやっと、叫ぶ度に体力が消耗していることをありありと自覚しているハニーがその力に抗えるはずがない。

 あれよあれよという間に火の側に置かれた木の幹に座らせられる。


「ねぇ、わたしは坐るなんて言ってないわよ!」


 せめてもの抵抗とばかりに口を尖らせてみせたが、体は正直で、もう火の側を離れることなど出来なかった。

 火に照らされてか、青白かった肌が朱色に染まる。

 天の邪鬼なハニーにラフィはにやにやと笑うばかり。

 何も言わないその態度が更にハニーを刺激する。


「あのね、わたしを誰だと思ってる訳?こんなことして、後で後悔しても知らないからね!」


 自分は追われる身だ。

 その自分に施しをする意味をこの男は分かっているのか。

 色々な感情が頭の中を駆け巡る。

 そう思って叫んでも何の強がりにもなっていなかった。

 悔しげに唇を噛みしめ、余裕のない自分を見透かす男に無言の殺意を向ける。

 だが、

 相手はもう慣れたものだ。片眉を上げて、殺意の籠ったハニーの眼差しをかわす。


「まぁまぁ、そんな怒るなよ?旅は道づれ。ここで出会ったのも何かの縁だ。今宵一夜、一緒に火を囲むのも誰が咎めるんだ?そんな真似はお偉い司教様でも大臣様でも許されないぜ?」


 そう言ってウインクして見せる彼は、全て分かって上で何も言わずにハニーに手を差し出しているのだ。

 あえて口にしない。勘ぐるならお好きに、とばかりに柔らかく揺れるへーゼルの瞳が告げていた。

 彼は意外に卒ない男前なのかもしれない。

 上手に御され、ハニーは返す言葉も思いつかず、余裕に満ちたその横顔をじとりと睨みつけた。


「もうっ、何があっても知らないわよっ!」


 その言葉にラフィは大げさに肩を竦めて答えた。

 ハニーなりに考えた「ありがとう」の言葉なのだが、きっとラフィにはうまく伝わっていないのだろう。

 いや、ふっと口元を和ませているところを見ると、少しはハニーの心の内を分かってくれているのかもしれない。


「噂以上におっそろしい女王様だな~!こりゃいい魔除けになる!」


「なんですって!」


 前後撤回。

 こんな男はがっつり巻き込んで、痛い目に合わせてやろうとハニーはその場に居座る決意をした。

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