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優しい詩11

「おれはラフィ。アンダルシア出身の吟遊詩人だ。旅をしながら歌を歌って生活してる」


 そう言って、ラフィと名乗った男は手にしたリュートを見せた。

 そして、にかりと親しみの籠った笑みをハニーとエルに向ける。

 自称詩人の男はハニーが血に濡れた女王だと知っても逃げ出したりはしなかった。

 初めのうちこそ怯えが見えたが、すぐにハニーもエルも自分に危害を加えることなどできないと判断したのだろう。

 どうやら噂の魔物――ブラッディー・クイーンが予想に反して普通の女の子であったことが彼の好奇心に火をつけたようだ。

 やはり噂好きのアンダルシア人だ。

 少々の危険を伴っても知りたいという欲望には勝てないらしい。

 そうなれば話は早い。

 怯えに色をなくしていた瞳は一気に冴え返り、爛々とハニー達を見つめてくる。

 その口以上に物を語るへーゼルの瞳にハニーは警戒心を顕わにした。

 何を根ほり葉ほり聞かれるのかと、穿った目でしか彼を見ることができない。

 だがハニーの予想に反して鼻歌交じりに焚き火を焚き出した彼は何も気にしない。

 どこからか自分の馬と荷物を持ってきて、彼は手際よく野営の準備をし始めた。

 あまりにも自然体でそんなことを始めるものだからハニーは逃げ出すことも忘れて、いや、もう逃げる体力もないのだが、呆然とラフィと枯葉に灯った火種を見つめていた。

 彼が育てた火種があっという間に大きな炎へと姿を変える。

 温かな炎が柔らかい光で森を照らしていく。

 離れた場所でも空気を伝ってやってくる熱波に、冷え切った体の表面が氷のように割れて、新たな自分が生まれてくるような感覚がした。

 すぐにでも側によって、自分を包む氷を溶かし元の自分に戻りたい。

 胸の奥からそんな欲が湧いてくる。

 でもハニーは一歩踏み出すことができなかった。

 まるで友達の輪になかなか入れない、不器用な子どものように、いじけた瞳で朱色の炎を見つめる。

 そんなハニーをエルが側で不思議そうに首を傾げて見上げてた。


「どうしたの?ハニー」


「えっ、あの……ちょっと……」


 上手に表現できない感情を持て余して、ハニーは困惑した。

 じっと自分に注がれる純情なエルの視線に耐えきれず、空々しく視線を漂わせた。

 ラフィはきっと三人で囲むために、焚き火を作ってくれている。

 それは彼が言わずともハニーは分かっていた。

 でも彼が優しく接してくれればくれるほど、近寄り難くなるのだ。

 本当は側によって、彼の裏表ない優しさに、自分も精一杯の優しさで答えたい。

 だが彼の優しさに甘えることは即ち、彼に疑いの目を向ける行為に他ならない。

 血に濡れた女王を助けた者として、悪魔崇拝者扱いだ。

 それこそ彼の優しさを踏みにじる行為ではないのか。


(ねぇ、気付いてよ。あなたが優しさを差し出している相手はあの血に濡れた女王なのよ?)


 ぐっと拳を握り、口を開こうとした。

 これ以上、わたしに関わらないで……それがハニーの為であり、ラフィの為でもある。

 このまま出会ったことすら忘れて、別の道を進むことがお互いの、一番いい道なのだ。

 だがラフィはこちらの考えを全て見透かしているかの目を細めて、ハニーを見返している。

 ハニーの出方を楽しみに待ち構えているようだ。

 彼は分かっているとも、分かっていないとも、ハニーに気付かせない。

 思わせ振りな笑みでじっとハニーが自分の側にやってくるのを待っている。


「あなたね、分かってる?わたしは血に濡れた女王なのよ?」


 腰に手を当て、少しでも傲慢な女王に見えるように背を逸らした。そして眇めるようにラフィを睨む。


「もちろん重々承知さ、麗しい女王陛下。お会いできて光栄でございます」


 そう言ってふざけるように、仰々しく腰を折る。

 事態をしっかり把握しているのだろうか。彼のふざけた態度からは皆目見当もつかない。

 把握していてあえてそのような行動に出ているのなら、彼は本当に馬鹿だ。

 物言いたげな眼差しでじとりと見つめられ、ラフィは困ったように頭を掻いた。

 口の中でもごもごと、何が気に入らないんだ?これだから、この微妙な年齢のお嬢ちゃんは苦手なんだ、などと呟く。

 声を大にして言わない辺りが彼らしいのかもしれない。

 ラフィは何かを思案するように二三度顎を捻っていたが、すぐに何かを思いついたらしい。

 しょうもない悪だくみを思いついた、薄っぺらな自尊心を張り付けた顔をにまりと歪めた。

 そんなラフィの頬笑みの意味をハニーが分かるはずもない。

 怪訝そうに眉を潜め、彼に何かを問おうと口を開いた。


「何よ……その顔、ムカつくわ!あなたって……」


 だが、全て言い切ることはできなかった。

 次の瞬間、「ほらよっ」っという間延びした声と共に彼女の頭上に降ってきたのは、バサリという乾いた布の落ちる音だった。

 眩い焚火を見つめていたハニーの視界が一気に黒く覆われる。

 思わずさっきまで言いたかった言葉がポンッと遥か彼方まで飛んで行ってしまった。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!な、な、何?何っ?何なのぉぉぉぉぉぉ~!!!」


 何が起きたのか咄嗟に分からず、ハニーはパニックを起こした。

 突如視界を覆った幕を掴んで、必死にもがく。

 ちょっと考えれば、それはラフィが投げてよこした布だとすぐに分かるのだが、今のハニーにはそんな余裕はない。

 そんなに暴れなくとも、と呆れるほど大混乱だ。

 しかしハニーはそれどころではない。

 彼女にとってみたら、いきなり夜が落ちてきたようなものだ。

 真っ暗な夜に溺れたかのように必死に泳ぐ。

 朝方に出会ったカンザスのような盛大さで両手を動かしているが、彼と同様、無闇矢鱈に動かしているだけで、ほとんど無意味だ。

 頭に落ちてきた布を被ったまま大暴れするが、なかなか被さった物は外れない。

 それもそのはずでハニーはただ激しく両手を動かしているだけなのだ。

 布を前に引っ張り、後ろに引っ張りしていれば、永遠にそれが取れる訳がない。

 そんな彼女を闇の世界から救い出したのは、側にいた冷静なエルだった。

 穏やかな彼の声と共に、被せられた布が取り除かれた。


「大丈夫だよ、ハニー。これ、ただのマント」


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