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優しい詩8

 この地に審判の立会人として現れた枢機卿達が漏れることなく、皆あの惨劇の場で命を落としたのだと、ハールートの口から彼女らに告げられたのはつい先ほどのことだ。

 必要な情報であれ、もう何度も口にしたくないと、ハールートは悲痛に歪んだ瞳を濡らして語気を震わせた。

 ハールートから三人に告げられた衝撃の事実にサリエは僅かに眉を寄せて応え、アシュリは大きなアイスブルーの瞳を細めて応えた。

 イオフィエーラだけがなんと恐ろしい……と声を震わせ、ついでに飾り扇を落として悲しみに耐える演技でハールートに応えた。

 聖域の枢機卿達が一度に何人も殺害されるなど聖域の根幹を揺さぶる大事件だ。

 偶然であれイオフィエーラが審判の場に遅れたことは不幸中の幸いであるのは間違えない。 


「駆け付けた猊下達が皆命を落とされたと聞き、ワタクシ、胸が引き裂かれる思いです。皆様、とても徳の高い方々ばかり。聖域は……いいえ、世界はかけがえない人を失いました。ああ……彼らの死が安らかでありますように」


 イオフィエーラは掲げていた飾り扇をそっと自分の膝の上に置いた。

 そして祈るように手を握り合せ、妖艶なエメラルドの瞳を閉じる。

 飾り扇で隠されていた左頬の鮮やかな赤い花が顕わになる。

 白い肌に浮かぶ赤がより肌を白く際立たせ、妙に艶めかしい。


「そう嘆かないでください。美しい人。同じ志を抱く者を悼む貴女の心はなんと清楚なのでしょうか。まるで天上に咲く百合の花のようだ。でも、悲痛に満ちた貴女を見るのはしのびない。どうか、失われた命よりも失われなかった貴女の命を思う私の心を汲んで下さい」


「まぁ大司教様!なんとお優しいお言葉。流石一国の中心教会の大司教を任されていらっしゃるだけあるわ。出来た方ですのね」


 手を緩め、そっと飾り扇で口元を覆ったイオフィエーラはまるで少女のように頬を染め、感激に濡れた瞳をハールートに向けた。

 サリエはぬるま湯に浸かっているかのような、無意味なやり取りを聞くともなしに聞きながら、いつこの場から解放されるのかと辟易していた。

 だがそんなことは美麗な顔には臆面も出さない。

 まるで空気のように自分の気配を消し、ひたすら無意味な時間をやり過ごしていた。

 

(狐と狸の化かし合い……と言ったところか。巻き込まれる方が悲惨だ)


 そんなサリエの心の揶揄など露知らず、美しいイオフィエーラに心乱された様子のハールートハは熱心に彼女に慰みの言葉をかけている。

 彼の眼中にはもうサリエもアシュリも映ってはいまい。

 サリエはハールートから離れた、窓際に置かれた木製の椅子に浅く腰かけていた。

 長い足を組んで、夜に沈む城下に漆黒の瞳を向けていた。

 森の縁が燃えるように赤い。

 だがそのすぐ側まで濃紺の闇が迫っている。

 対極にある色が空の陣地を巡り、争っているようだ。

 追い詰められ一際燃える昼の赤はもう半分以上夜の黒に飲みこまれていた。

 闇に沈んだ森には時折、火の球が浮かび上がる。

 それは意思を持ったように揺れ、不意に闇に消えていく。

 きっと女王を追うどこぞの騎士団だろう。

 また一つ森に灯った騎士達が掲げる松明を見つめ、実にくだらないとサリエは顔を歪めた。


(何も知らずに踊らされ、無意味に森を歩かされている。まるで操り人形だな。滑稽で哀れ……見ているのが忍びないほどだ。まぁこの伏魔殿に比べれば、森にいる方がまだマシかもな)


 生まれては消え、星の瞬きのような炎からそっと目を離し、サリエは鋭い眼差しだけを部屋に戻した。

 部屋の中心に立つ小賢しい男としたたかな女。

 その奥、サリエとは対極に位置するドアの近くでは、アシュリがじっと壁を見つめて佇んでいる。

 彼女もサリエと同様、無機質なアイスブルーの瞳を揺らすことなく、無を貫いていた。

 まるで人形のよう、相変わらず感情など存在しないかのような眼差しでずっと一点を見つめている。

 常と違っているのは彼女の纏う空気だった。

 彼女自身は隠してるつもりなのだろうが、常と同じように振る舞おうと躍起になっている、そんな余裕のなさがヒシヒシと空気を通して伝わってくる。

 それもそのはずで、アシュリはその身の至るところに傷を作っており、立っているのがやっとなほどだ。

 アシュリはカンザスやアクラスとの死闘を経て、今ここに辿り着いた。

 彼女は認めないが、カンザスとの長いやり取りで彼女の体力も精神も多大なダメージを受けている。

 ここにいる者には何一つ言わない。

 だが手負いの獣のような顔を見れば誰もが彼女の歩んだ道に想像がついたことだろう。

 神経を尖らせ、無表情の瞳から余裕をなくしている。

 それなのに、彼女は眉一つ動かさずに佇んでいる。

 精神力の高さが為せる技なのか、それとも使命感ゆえに体が痛みを感じないのか。

 サリエはアシュリの頭の先から足先までを見つめ、呆れたように目を細めた。

 下らない見栄を張って弱さを隠し、今ここで気丈に振る舞うのはいいだろう。

 しかし一度有事が起きれば、その傷だらけの身で対応せねばならない。

 自分の矜持を守った所為で足元をすくわれる事態になる可能性もある。

 先を見据え、二手、三手を想定しておく。

 そんなことも出来ない、短絡的な者の末路は無様な死のみだ。

 ストイックで自分に厳しいと言えば聞こえがいいが、サリエに言わせればアシュリは引き際も自分の力量も分からない愚かな子どもでしかない。


(面倒くさい女)


 サリエは直立不動のまま、自分に背を向ける小柄な少女の背にため息をついた。 

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