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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

マーメイドソングシンドローム

作者: クロズアキ
掲載日:2026/07/03

すごい久しぶりの投稿になりました。昨日投稿する予定でしたが、間に合いませんでした。本当に申し訳ございません。


あらすじ

歌い手を目指す高校生・あまねは、自分のチャンネルがなかなか伸びないことで悩んでいた。親友に支えられつ活動を続けていたある日、あまねにとある事件が起こる。


 昔から、わたしは歌い手に憧れていた。

 透き通るような美声。力強い歌唱力。

 その全てが好き。


 だって、自分の歌声でファンのみんなを幸せにできるのって、素敵じゃない?

 いつかわたしも......。

 と言うわけで、中学三年生の頃から歌ってみたを投稿してるんですけど......。

 「62再生......。」

 目標のチャンネル登録者数10万人までは、まだまだだなぁ。

 わたしの名前は灯路井天音。活動名『泡歌』で歌い手をやってる。現在登録者数約800人。コツコツ投稿してるけど、反応はパッとしない。

 「お、あまねまた動画出したの。今度は何歌った?」

 大親友のとーること音羽透が、話しかけてきた。

 「『ラブラブラックホール』にしたよ。」

 「いいね。帰ったらすぐ観るわ。ここ最近2週間に一回は投稿してるし。すごいよ。」

 「とーるだって本当にすごいよ。わたしと同い年なのにチャンネル登録者数20万人いるし。」

 「あたしは運が良かっただけだよ。歌唱力と声のかわいさならあまねの方が上だよ。わたしは歌う以外あんま得意じゃないけど、あまねは自分で曲も作れるし、勉強もできるじゃん。」

 とーるは昔から、みんなの長所や得意なことを引き合いに出して謙遜する。

 とーるの両親は世界的に有名な歌手で、小さい頃からいろんな楽器をやっていたから、そこら辺の知識は博識と言えるほどだ。

 加えて歌詞も覚えるの早いし、人気歌い手グループ「sirena」のメンバーだ。

 とーるは現役歌手活動で毎日忙しいけど、本当にお互いにいい友達。

 「とーる。わたし、今年中にチャンネル登録者数1000人目指そうと思ってて。」

 「灯路井。おまえには無理だって。」

 クラスの男子が急に口を挟みに来た。とーるの顔が一瞬で怒りに染まった。

 「は?何あんた。人の努力を笑うなよクズが。ほんっとむかつく。」

 とーるがキッと睨みながらそう言うと男子はびびって逃げていった。

 「ごめん、とーる。わたしのことは気にしないで。」

 「気にしないわけないでしょ?親友を馬鹿にするやつに怒って何が悪いの。あまねは優しすぎるんだよ。もっと自分のこと大切にしなよ。」

 「はは......。」

 ときどき言葉使いの荒いところもあるとーる。わたしは大好き。


 朝起きて、朝食をとりながらテレビを見る。

 テロップには、『連続怪死行方不明事件。今日で4件目』と出ていた。

 「もう何日もこんなニュースばっかり。怖いなぁ。」

 この事件。新種の感染症とか、陰謀とか、さまざま憶測が囁かれている。

 けど、未だその謎は解明されていない。

 そこに弟の茉由が、ネクタイを結びながらリビングへ入ってきた。

 「怪死とか行方不明なんて、ぼくたちには関係ないよ、姉さん。」

 茉由は、真面目で努力家だけど、こういう自分たちに直接関わりのないものは、あまり興味がない。

 「言っとくけど、あんまりSNSばかり見ても不安を煽るだけだから、気をつけるんだよ?」

 「もー。わかってるもん。」


 学校でも、みんなさっきの怪死事件の話題でもちきりだった。

 「なんか防犯カメラによると、犠牲者は死ぬ直前に眩暈を起こしてる疑いがあるんだって。」

 「しかも、現場となった場所の防犯カメラには不審なものは写ってないんだって。」

 「なにそれー、ちょーこわーい!」

 「ニュースもこればっか報道してるもんね。」

 クラスの女子たちが騒いでる。

 (くだらないなぁ。)

 わたしは真っ直ぐに自分の席に座った。

 「あまね。今日部活あるじゃん。久しぶりにいっしょに帰らない?」

 「いいよ。最近とーるずっと活動忙しかったもんね。」

 「じゃあ、決まりだね!」


 その日の夜、夏休み前日の8時半。わたしたちは部活からの帰りの準備をしていた。

 「あまね、わたし今日鍵当番なんだよね。門で待ってて。」

 とーるがトランペットをしまいながら聞いてきた。

 「わかった。待ってるよ。」

 とーるが「了解」と言うと、わたしは学校の正門へと向かった。

 もうこの時間だから、周りには誰もいない。

 月明かりと星が綺麗な、7月下旬の夜。

 明日から夏休みだ。どこ行こっかな。また海に行けたら音楽のインスピレーションも得られるかな。

 家帰ったら宿題をパパっと終わらせて、動画編集して、MIXの作業を進めて、それから......。

 そう考えていると、

 「あまねちゃん。」

 背後から、知らない男性の声がした。

 恐る恐る振り返ると、そこにはフードをかぶり、青いパーカーにジーンズの三十代くらいの男が立っていた。

 「泡歌こと、あまねちゃんだね?」

 恐怖で体が震えているのを感じた。なんでこの人はわたしの名前を知ってるの?

 「歌ってみたいつも見てるよ。よければおじさんとカラオケ行かない?」

 「い、嫌......。」

 男はわたしの腕を掴むと、小さめの声でわたしの耳元で歌いはじめた。

 逃げたくても逃げられない。大人の男性の力の前ではなす術もなかった。

 わたしの頭の中を一瞬だけ、めまいが襲った。

 あれ?なんか、この感覚、どこかで聞いたような......。

 刹那。

 「おりゃァァァァ!」

 男の顔が真横からひしゃげるようにして歪んだ。同時に骨が折れる音がした。トランペットが飛んできた衝撃で。

 そのまま体格のいい男の体は数メートル飛んでいった。

 「テッメェ!あまねに何したんだ!」

 トランペットを投げたのはとーるだった。男はあれだけの衝撃をまともに喰らったはずなのに、すぐに起き上がって「へへっ。」と笑い、こちらを向いていた。

 「ただのファンだよお。あまねちゃんのね。」

 「あ?他人の、しかも学生の個人情報割って押しかけてる時点でファンな訳ねぇだろうが、テメェはただのストーカー、犯罪者だ!」

 わたしは怯えることしかできなかった。何が起きてるんだ?

 「ふへっ。これであまねちゃんも、おじさんたちと......。」

 そう言うと、男はへらへらと笑いながら鼻を抑えてどこかへ逃げ去っていった。

 「?」

 「おい待て!なんだあいつ、キッショ!大丈夫?あまね。」

 「うん。でも、とーる。トランペットが。」

 「大丈夫。親がまた買ってくれるから。それと、警察呼ぼう。個人情報を握られた今なにされるかわからない。」

 わたしはなにが起きたかあまりわからないまま、頷いた。

 その後すぐに警察を呼んだけど、ストーカーは見つからなかった。

 帰りはおまわりさんに家まで送ってもらった。


 次の日、わたしは朝起きるとぼーっとしつつも朝食を食べるためダイニングに行く。

 相変わらず。ニュースは怪死事件の話のままだった。

 『連日世間を震撼させている連続怪死行方不明事件は、今日新たに発生し、今回は3人の犠牲者が出ており......』

 「昨日は大変だったわね。あまね。今日の朝ごはんはあまねの好きなフレンチトーストだよ。」

 母の呼びかけに応じた、そのときだった。

 「おはよう。」

 ん?なんか、いつもと声の感じが違う。

 お母さんと茉由も、こちらを見て固まっている。どこかなにかの違和感がある。

 「姉さん。その声。」

 「いつもより綺麗。あまね。」

 なんでだろう。昨日は怖いことが起きたのに、気分が良い。

 今ならなんでも完璧に歌える気がする。

 「ねぇ、ちょっと歌っていい?」

 「いいよ。」

 カラオケの十八番の曲を歌いはじめた。弟と母がうっとりとしている。初めてだな、ここまで気持ち良く歌ったのは。

 そうだ。この声で歌ってみた投稿したらどうなるんだろう。

 「どーせしばらく家出れないし、いっぱい歌っちゃおうかな!」



 さっそくレコーディング部屋へ足を運んだ。

 このレコーディング部屋は元々は物置のクローゼットで、中3の誕生日の時に母さんにねだって買ってもらった歌い手用の器具を置いた、ちょっぴり狭いわたしの専用のアトランティス。

 そこからはもう無我夢中で歌いまくった。 


 「毎晩君の言葉が救いとなってぼくの心を駆け巡る♪」

 「君がいない日々を生きつづけても、この毎日に意味はない♪」

 

 「よし!」

 わたしはすぐにMIX作業をはじめた。

 (すごい。わたし、絶好調だ。)

 作業を進めていると、電話がかかってきた。とーるからだ。

 「もしもしとーる?」

 机にスマホを置いて通話する。

 「あまね?なんか、声綺麗になった?」

 「うん。電話越しでもわかるんだ。朝起きてからずっと声がいい感じなの。」

 「へぇ。昨日あんなことがあったのに。心配しなくてよかったわ。」

 「へへ。このまま行けば明日の夜には今日歌ったやつ投稿できるから、楽しみに待ってて。」

 「わかった。SNSで告知しといて、RPするから。」

 「うん!」

 

 「よし、投稿っと。」

 次の日わたしはプレミア公開の設定を終わらせ、SNS告知した。と言っても、フォロワーさんは500人くらい。

 「今回も、あんま伸びないのかな。」

 それを考えた瞬間、さっきまで高揚してた感情が、一気に落ち込んだ。

 3年前からずっと月に一回以上、多い時では一週間に一回くらいのペースで投稿し続けてるけど、2万再生を突破したことは一度もない。

 多分、一生趣味のままで終わるのかなぁ。

 そう思ったとき。 

 ピコンっ

 通知を見ると、RPが2件きていた。

 片方はとーる。もう片方は......。

 「『シンドローム』?」

 知らないユーザーだった。

 プロフィールを見てみると、

 しかもこの人、相互フォロワーでもなければ、普通のフォロワーですらない。

 フォロー数は0でフォロワー数も0人。アイコンも設定されていない、最近作られたアカウントだ。

 (もしかして。)

 昨日のストーカーが頭をよぎった。

 「で、でも、たまたま見かけて拡散してくれた可能性もあるし......。」

 

 『ふへっ。これであまねちゃんも、おじさんたちと......。』


 昨日の人。小さい声で歌ってきたけど、その歌声自体はものすごく綺麗だった。

 なんか、関係あったりするのかな。

 あのとき、一瞬眩暈がしたけど。

 そう考えているうちにプレミア公開の時間が来てしまった。

 みんなの反応が見たいという好奇心から、わたしは自分のプレミア公開を視聴することにした。

 午後19時30分。プレミア公開が開始した。


 「うそ。コメント、さっそくついてる!」

 

 『なんか、歌唱力あがってない?』

 『俺も古参ファンになりたいからこれから応援するんゴw』

 『チャンネル登録しました!』


 こんなわたしでもちゃんとわざわざ見に来てくれる人が居ると、改めて実感した。

 「わたし、活動し続ける選択したのは正解だったんだ!」

 だった2分半の歌ってみたのプレミア公開だったが、四年くらい続いているような感覚だった。


 終わったあと、わたしととーるで通話した。

 「あまね、すげーじゃん!もうチャンネル登録者数1000人真近だよ。RPしてよかったわ。やっぱやればできるじゃん。」

 「そうなの。わたし、今ならなんでも歌えそうな気するの。」

 「じゃあ『感情論の国のテーマ』とか、『白蛇王子!』とか歌おうよ。」

 「了解!」


 それから夏休みの間、わたしは家にこもって歌ってみたを出し続けた。

 毎回トレンドに入るくらいの再生回数だ。

 歌ってみただけじゃなくショート動画もドンドン投稿した。学校の課題も頑張った。

 その日の夜。

 毎日のように見てるSNSで、わたしはエゴサーチしようとして、トレンド一覧を開く。

 そこには、わたしの活動名『泡歌ちゃん』の下に『連続怪死』と出ていた。

 わたしはなぜかストーカーのことを思い出して、フラッシュバックした。


 『これであまねちゃんも、おじさんたちと』


 急に心臓の鼓動が早くなって、やっとの思いで携帯をとって、とーるに電話する。

 「ねぇ、とーる。」

 「どーしたあまね。」

 「あのさ。最近連続怪死事件の話、あんまり聞かなくなったけど......。」

 「あの話?あたし忙しくて全然知らないんだよね。学校でもずっと課題とレコーディングのこと考えてて。」

 「そっか。」

 「なにかあったの?」

 「ううん。なんでもない。とーるの声聞けてよかった。」

 結局言えずじまいになっちゃったけど、連続怪死行方不明事件の話題は、その日以降テレビで報道されることもなくなって、わたし自身も忘れていった。


 いつの間にかわたしのチャンネルの登録者数は10万人を超えていた。

 真っ先にメッセージでとーるに連絡する。

 「あまね!わたしやっと夢、叶った!」

 「よく頑張ったじゃんあまね。記念にあたしとコラボして歌わない?」

 わたしはすぐ「うん。」と返信して、日程を話し合った。


 期末テストが終わり、冬休み間近。

 その頃にはわたしの登録者数はとーるを超えていた。

 今となっては毎日のようにコメントが来て、過去の動画のインプレッションも伸び続けている。

 わたしのチャンネルに投稿した、とーるとデュエットした歌ってみた動画は一番再生されていて、650万再生を突破した。

 あの日から、わたしの人生は絶好調だ。

 そんなとき、スマホから通知がピコンとなって、開いてみるとそれはメールだった。

 「セイレーンプロダクション......?活動のサポートはもちろん企業からのお仕事もお願いしたい......!」

 それは、事務所からのスカウトだった。

 「うそ、おかあさーん!」

 高校を卒業したら、とーると同じ音楽関連の大学に進学する予定だったけど、事務所のお仕事がもらえたら、もっと楽しく歌えるかも。

 もっと、わたしの歌でファンのみんなを幸せにできる。

 高卒で歌い手活動もいいかもしれない。現に、わたしは自分で作った曲だけで結構な額の収益がある。

 家族も一緒に喜んでくれた。とーるにも電話で報告する。

 「おめでとう。あまね。またコラボしてよ?まだまだあたしたちの人生長いんだから。」

 「もちろん!」

 その瞬間、わたしはもっと高みを目指してみようと思った。

 まだわたしは高校生だけど、もっと上を目指す決意が、心の中で固まった。


 事務所に入ったわたしは、高校生生活を送ると共に案件のお仕事をもらって歌ったり、歌ってみたのMVについて事務所の人とイラストレーターさんや映像ディレクターさんたちと通話して予定を決めたり。

 こんな楽しい日々は、生まれて初めて。  

 だから、わたしは精一杯応えなくてはいけない。

 『みんなに期待されてる。』そんな思いがわたしを動かしてくれる。


 毎日歌い手の仕事をする日々が三ヶ月間続いて、わたしととーるは高校を卒業した。 

 その後の進路をマネージャーさんや事務所の人、家族と話し合って、最終的に高卒で歌い手活動をすることになった。

 それを連絡したとーるは、「あまねがどんな進路を進むとしても、あたしは応援するから。」と、いつもと同じ空気で言ってくれた。

 今のチャンネル登録者数は50万人。他のSNSのフォロワーも含めれば、150万人。

 アルバムも出した。

 マネージャーさんから、ドーム公演に出ることが出来るかもしれない。と連絡があった。

 「今年の夏に、ってのはどう?」

 「出たい!出たいです。」

 こうして武道館公演の日が決まった。

 すぐ電話でとーるにも伝えた。

 「とーる。今わたし、すごく楽しいよ。」

 『それは良かった。』

 


 武道館公演の予定をスタッフさんがわたしの公式インフォメーションアカウントでポストしてくれた。

 引用ポストでわたしのアカウントでも告知する。  

 ピコンっ。

 すぐにいろんな人がわたしの告知を見て拡散してくれている。

 

 『泡歌。ワイを古参にしてくれてありがとう!』

 『おめでとう!わたしの生きがいのひとつは泡歌ちゃんだよ。絶対行く。大好き!』

 『最近知った者です。公演。行きます!』


 「これだから、歌うのやめられないんだよ。」

 静かな部屋で、わたしはそう呟いた。


 ふとエゴサーチしてみると、中にはわたしのこと悪く言う人もいた。

 それでも、わたしは精一杯頑張ってきた。だから、気にしない。

 活動をはじめる時からそうするって決めてたんだもの。

 再びスクロールしていくと、

 

 『泡歌ちゃん。もうすぐですね。おじさん楽しみだよ。』

 

 「え。」

 そのアカウントの主は、わたしが一気に伸びはじめたとき、RPしてくれた『シンドローム』のアカウントだった。

 (今回は、引用ポスト......。) 

 わたしはプロフィールに飛んで、シンドロームの過去の投稿を遡りはじめた。相変わらずフォロー・フォロワー共に0だ。

 すると......。

 「なっ、なにこれっ!」

 

 『泡歌ちゃん。声かわいいね。おじさんのものになってよ。』

 『泡歌ちゃんのすべてがほしい。』

 『泡歌ちゃんの耳元、いいにおいだった。』

 『泡歌ちゃんはおじさんのものになれ。』


 あまりに気持ち悪い文章に本気の吐き気をもよおす。

 この投稿。しかも、『泡歌ちゃんの耳元、いいにおいだった。』って、言葉。

 その投稿は、去年の7月20日。わたしがストーカーに遭ったあの日だ。しかも時刻は20時40分。ちょうどストーカーに話しかけられて、とーるに追い払ってもらった直後だった。

 やっぱりあいつだったんだ。ずっと気になっていた。けど、幸いそれ以上に歌い手活動が忙しかったから、深く考える余裕がなかった。


 「もしもし、あまね?」

 「とーる。去年のストーカーのこと、覚えてるよね。」

 「もちろん。もしかして、あいつに家まで特定されたの?あたしでよかったら警察引き連れて助けるけど。」

 「そうじゃない。あいつっぽいSNSアカウントを見つけたの。」

 「それって確定?ID教えて。」


 数分後。とーるは教えたアカウントを見て慄いていた。

 「なにこいつSNSまでキッショいな。マジ◯チじゃねぇか。」

 「これ、警察に伝えたほうがいい?」

 「当たり前だよ。」

 言われるがままに警察に報告した。

 マネージャーさん、家族、関係各所に注意を呼びかけて、その日は就寝した。


 しばらくの間。わたしは念の為外出を控えることになった。万が一の事態を避けるために。

 まぁそれはよかった。前々から家で生活するのも慣れてたから。


 わたしは中学に入ってすぐ不登校になった時期があった。

 理由は典型的な虐めによるもの。歌声が気持ち悪いって、クラスメイトから筆箱を捨てられたり、嘘の非行を先生にチクられて教室の外で正座させられたりした。

 見かねた父さんが怒って保護者会を開き、虐めはおさまったけど、クラスとのみんなとはマリアナ海溝くらいの溝ができてしまった。

 その後父さんが交通事故で亡くなると同時に引っ越して、転校先の学校で出来た初めての友人がとーるだった。

 

 何気なく好きな曲を口ずさんでいると、とーるが軽い感じで話しかけてきて。

 「あまねさんだよね。いつも歌ってるけど、音楽好きなの?」

 そんなにわたし、口ずさんでたんだ。またウザいと思われちゃったかな。そう思って視線を逸らすと、とーるは。

 「わたし、歌ってみた作ってんだけど、いい声してんじゃん。」

 「そうかな。前の学校では声がキモい言われちゃって。そこから色々あったから」

 「は?なにそいつキッショ!許せねぇわ。才能を潰しやがって。」

 わたしは困惑と一緒に心が軽くなるのを感じた。

 だって、自分のために本気で怒ってくれる人は、家族以外で初めてだったから。

 そのあとも、ちょくちょく音楽の話をして、嫌な同級生に揶揄われたときも助けてくれて、同じ高校に入学して。

 わたしたちは、いつの間にか大好きな親友同士になっていた。


 ドーム公演まであと二週間を切った。

 未だにあのストーカー、シンドロームは捕まっていない。いや、正確には捕まえられなかった。

 どうやらそいつは海外のサーバーを経由してからわざわざ日本語でポストしてて、警察も手を回せなかったとのこと。

 「ねぇ。明後日sirenaのメンバーと一緒にカラオケ行くんだけど、あまねも来ない?最近全然まともに話してなかったし。」

 「え、いいの?」

 ここ最近武道館ライブの準備で全然息抜きできてなかったから、その連絡をくれたとーるに感謝の念でいっぱいだった。

 「うん。変装して他に7人もいたらストーカーもなかなか寄ってこないでしょ。それに、もしまたストーカー来たらわたしがボコすから。」

 「ははは。」


 2日後。わたしは特徴的なピンク髪(地毛の)を黒いカツラで隠し、青い目(元から)にカラコンをしてその上から伊達メガネをかけて、とーるに近くまで迎えに来てもらった。

 「ど、どうかな。とーる。」

 「いい。あまねはどんな姿でもかわいいから。」

 「へ?」

 「いや、なんでもない。

 そのまま電車まで大きめのカラオケまで向かった。

 カラオケの前で待っていたのは、知らない人たちだった。

 「とーる。あの人たちはもしかして?」

 「ああ、sirenaのメンバー。ハクとノアと紅凛とタソガレ、あと葵とロクカ。」

 (わぁ。あの人たちが、SNS総フォロワー1000万人の人気歌い手グループ!)

 今までコラボはとーるとは何回かしたけど、どう喜べばいいかもわからないくらいにワクワクが胸いっぱいに広がる。

 「はーい、とーる到着。さっそくいきましょう!」

 赤いヘアピンをしたポニーテールの女の子が話しかけてきた。

 「初めまして。君があまねちゃんかい?50万人の登録者数を誇る割には地味だね。」

 「なによ紅凛。バカにしてんの?」

 「いや、そうじゃない。」

 「諸事情で変装してるだけなんだけど、本当あまねの姿見たら紅凛たちマジ絶対惚れるよ?」

 「ちょ、とーる。恥ずいんだけど。」

 わたしは特に気にしないけど、とーるはプンスコしている。

 なんか、いつになくかわいい。

 「じゃあ。君の歌声で俺たちを魅了してくれ!」

 「ずっと聴きたかったんだー。泡歌ちゃんね歌。」

 部屋に着くと、とーるは慣れた手つきで曲を設定していく。画面を見てギョッとした。

 「ちょっととーる。なんでわたしの持ち歌ばっかり入れるの!」

 「初めて仲間に大親友を紹介するのにはあまねの得意な曲を歌ってもらわなくちゃね。」

 「同意!」

 他のsirenaのメンバーが声をそろえてそう言った。

 はぁ。もう、仕方ないなぁ。 

 マイクを握り、深呼吸をする。

 全身に力を入れた。 

 「ガホッ。」

 イントロが終わって歌い出した瞬間。喉に今まで経験したことのないような痛みが襲った。

 そのまま倒れ込むわたし。気づくと床一面真っ赤だった。わたしの吐いた血で。

 意識が途切れる次の一瞬でかろうじて見えたのは、いつも冷静なとーるの焦る顔と、驚いてどうすればいいかわからなくなったような、sirenaのメンバーだった。


 気づくとそこは病院で、隣には母さんがいた。お母さんはわたしに抱きついて泣いた。

 「よかったあまね!」

 『母さん。』そう言いたかったけど、声が出なかった。気持ちの問題とかじゃなくて、本当に物理的に。

 そりゃそうか、いきなりあんな量の血吐いたんだもん。

 「姉さんさぁ。三日も寝てたんだよ?」

 茉由の言葉を聞いて驚いた。そっ、そんなに!?

 「あまね!!」

 とーるのよく通る声が聞こえてきた。

 「おい、とーる。ここ病院。」

 紅凛さんの声もだ。

 多分とーるかsirenaのメンバーの誰かが救急車を読んでくれたんだろう。声が出ないから『ありがとう』も言えないけど。

 そこで恐ろしいことに気づいた。

 (わたし、すごい量の血吐いてたけど、公演の日までに退院できるの?)

 「それとね。武道館は、延期になったわ。」

 (うそ。)

 最悪だ......。

 わたしが絶望の底に沈んでいると、とーるが気を遣ってくれた。

 「......あまね。武道館公演は延期になったけど、みんな待ってる。だから、早く喉治して盛り返そう。わたしも、そばにいるから。」

 わたしは横になったまま泣きながら何度も頷いた。

 そこに、わたしを見てくれたお医者さんだろうか、三十代半ばくらいの痩せ気味な白衣男性が入って来た。

 「灯路井さんの主治医となりました。神楽と申します。いろんな検査をしましたが、食道がんや胃静脈瘤破裂ではありませんでした。吐血した理由は、申し訳ありませんがわかりませんでした。」

 (え。それって......。)

 「何言ってんだよ、原因がわからないって。」

 「急性胃粘膜病変でもなければマロリー・ワイス症候群でもなくて、喉の粘膜や胃にも異常な場所は見当たりません。原因不明の大量吐血によるショック状態で三日間の昏睡に陥っていたのに、現状の数値はどれも正常か、良すぎる位なんです。かなり珍しい疾患が隠れている可能性もあります。念のため、2週間は経過観察で入院しておきましょう。」


 お母さんは仕事、弟は学校で、わたしはひとり病室の中でスマホを見ていた。

 最近沢山のインプレッションが来る様になったから、通知は相互フォロワー以外offにしてた。

 

 『延期かぁ。命に別状がなくてよかった。』

 『泡歌ちゃんが無事ならよかたンゴ。』

 『泡歌ちゃん、武道館ライブ延期かぁ。大丈夫かな。延期になっても大丈夫。わたしは泡歌ちゃん大好きだから!』

 

 エゴサーチって楽しいなぁ。そう思ってスクロールして行くと。

 

 『やっぱりおじさんの呪い。ここで発動して良かったです。またドーム公演時期が再び決まったら、そのときは楽しみにしてるよ。』


 シンドロームのアカウントが、わたしを引用ポストしてて、一気に青ざめた。

 「?!」

 (の、呪いって......)

 すぐにあまねにメッセージを送った。

 『とーる。あのストーカーが、シンドロームが!』 

 そのままやり取りするわたしたち。

 『なにがあった?!』 

 それぞれ学校と仕事帰りの茉由ととーるがすぐ駆けつけてくれた。お母さんはまだ仕事だ。

 今までの情報をみんなで確認する。

 茉由が軽蔑を隠さない表情で、「前に見せてもらった時より気持ち悪くなってる。なんだこいつは。」とつぶいやいた。

 「気色悪いにも程があんだろこの変態ど畜生!」

 「殺害予告とかじゃないけど、呪いってなに?厨二病?」

 わたしは病院の人が貸してくれたホワイトボードとペンを使い、筆談で話した。

 【わからない。けど、今の症状は、この人が関係してる気がする。】

 「関係?このストーカーにってこと?」

 わたしが縦に首を振ると、茉由がいつも愛らしい顔を歪めて、口元に拳を当てた。

 「姉さん。ヤバいやつに粘着されてて、凄いストレスなのは理解出来るけど、本当に呪いだと思ってるなら流石に不安からの思い込みだよ?」

 わたしは首を縦にふった。

 確かに茉由の言うことは正しかった。

 でも論理的根拠がなくても、わたしの直感は間違いないと思った。

 

 『これで、あまねちゃんもおじさんたちと......。』


 それを思い出した瞬間、冷や汗がドバッと出るのを感じた。あのときの意味深な発言はヒヤッとした。

 【とりあえず。わたしは調べたい。】

 「なに考えてんだよ姉さん。それは警察に任せるべきだよ。」

 やっぱりそう思うよね。

 「茉由。あんたの言ってることはあってるよ。けどあいつのポストを見てると、イベントのとき、絶対またあいつはあまねに近づいてくると思う。」

 とーる......。

 「あまねは喉がこうなってる理由以前の問題だよ。次のイベントではスタッフさんや警備の人ができる限り守ってくれるとは思うけど、あいつはあまねの学校はおろか、帰宅時間まで特定してきた。アイツにそんなスキルがあるとは思えない。多分誰かに依頼してる。しかも警察に捕まっても殺害予告や物理的な被害がないなら、特に刑事罰は下らないだろうし。よくて接近禁止命令くらい。あたしたちで自衛するしかない。」

 「いや、そうですけど......。あなただってヤバいじゃないですか透さん。あなただってストーカーを追い払う時にトランペットで殴りつけたんでしょ?過剰防衛じゃないですか。」

 「大丈夫あいつはあまねの腕掴んでた手を出そうとしてた危なかった正当防衛の範囲!茉由。あまねはあたしが傷つけさせないから、安心して。私がいない間は護衛をつけとくから。」

 とーるの言葉にわたしは慌ててホワイトボードにペンを滑らせた。

 【ダメだよ。うちにはそんなお金ないし。】

 「あたしが自腹でつけんの。あたしの小さな頃から守ってくれてる信頼できる方がいるから、任せて。あまねには金出させないよ?いいね?」

 「はぁ。透さんがそこまで言うなら......ね。」

 結局わたしはまたその場の空気に流されてしまった。

 

 次の日から、とーるに護衛を雇ってもらって、わたしは喉の回復に専念することになった。  

 休んでる間は、前みたいに曲を作ったり、イラストを描いたりしてた。何もできないのも嫌だからね。

 (まだ治らないのかなぁ。わたし、早くみんなの前で歌いたいのに。)

 そう考えながら、1週間が経った。タブレットとヘッドホンで、25秒ほどのインスト曲が出来上がった。結構気に入ってる。

 SNSに、生存報告も兼ねて、その曲を投稿した。

 

 『いきなり体調崩しちゃったせいでみんなに迷惑かけてごめんね!おわびのインスト曲です。』

  

 文章を書いて投稿ボタンを押す。


 『待ってました久しぶりの新曲!』

 『泡歌ちゃんが元気そうでよかった!』

 『大変だったね。でも新曲は最高!』

 

 やっぱり、ドがつくほど大好きなファンのみんなからの応援の言葉は、いつになっても嬉しい。

 声が出るようになったら、みんなといっしょに武道館でたくさん楽しむんだ。

 「よぉーし!頑張るぞぉ!」

 あれ?

 「声が、出る?」

 「姉さん!」

 ちょうどその時、茉由が病室に入ってきた。

 「姉さん、良かった。喋れるようになったんだねぇ。もう二度と姉さんの歌声聞けないかもって思ってた。」

 茉由が泣きついてきた。

 「茉由。わたしは希望を捨てたりしないから大丈夫だよ。」

 「うん。担当医の先生呼んでくるから、姉さんは部屋で待ってて。」

 茉由が部屋から出て数十秒後。茉由は神楽先生を呼んで戻ってきた。

 喉を診てもらった。

 「んー。信じられない。本当になにも変わってない。今まで原因不明でずっと喋れなかったのに、今度は原因不明でまた喋れるようになった。」

 わたしはなにがなんだかわからなくなったけど、とりあえずまた歌えることに安心した。

 「やっぱり、気持ちの問題だったのかな。」

 「いや、それなら血なんて吐きませんよ。」

 神楽先生のごもっともすぎるツッコミを聴いて、茉由が少し笑った。

 

 その後経過観察ということになって、病院は退院した。とーるにつけてもらってた護衛の人も一旦断って、わたしは家に帰ってきた。

 事務所との相談で、結局武道館公演は延期になったけど、本来開催できるはずだった日より、二ヶ月先に別の会場でやることになった。

 

 久しぶりに家だー!

 「ぼーくはー赤色がすきー。」

 「あまねったら、すっかり元気になったわね。」

 お母さんが微笑みながらいう。

 「もー。心配して損しましたよ姉さん。」

 「はは。」

 「あーあ、姉さんの武道館公演が延期にならなければ、姉さんの晴れ舞台、生で拝めたのになぁ。なんでこのタイミングで留学するの決めちゃったんだろ。」

 「大丈夫よ茉由。お母さんがちゃんとこの目に焼き付けてグッズもたくさん買うから。」


 気分が良くて、今ならなんでもできる気がした。

 まるでわたしが伸びはじめたあの日のようだった。

 『あまね。まじで無理しないで。またいきなり喋れなくなるなんてこともあるかもしれないし。』

 「ううん。大丈夫だよ。」

 『あのさあまね。』

 「なぁに?」

 『まだ。声が出なくなったのとあのストーカー、関係あると思う?』

 「んー。もうあんまり思ってないかな。でも、シンドロームは捕まって欲しいな。」

 『やっぱりそう?そこで、あまねに伝えておきたいことがあります。』

 「なに?」

 『シンドロームのアカウントがまた動いてます。』

 「え?」

 言われた通りにSNSを開き、シンドロームのアカウントのプロフィールから最新ポストを見た。


 『あまねちゃん。きみが武道館公演に出たら、おじさんも逢いに行くね。』


 「ど、どうしよう。また襲われる!」

 今度はなにする気なの?

 『ほんっとムカつくよねこいつ。でもね。』

 パニックになりそうだったわたしを、とーるが制した。

 『これって、あのストーカーをしょっぴくチャンスなんじゃない?』

 「で、でも。」

 『警備員とあたしであまねを守りつつ、あいつを探す。見つけたらあたしがボコして警察に突き出す。マネージャーさんと警備員には話しておくから。これでいいね?』

 あまりにも勝手に話が進んでいくので、オロオロしてしまう。

 『そんなに心配しなくて大丈夫。あたしが守る。』

 とーるは、やっぱりちょぴり暴走することもあるけど、どこまで行っても。

 『あたしの大好きな親友だもの。』

 わたしを大切にしてくれる大親友だ。

 「うん。わかった。」


 シンドローム捕獲作戦は、お母さんと茉由には伝えなかった。無駄に心配させても良くないし。

 茉由はわたしの武道館ライブと留学の予定が被ったことにずっと落ち込んでいて、それを母さんがなぐさめている。

 そうしている間に時間は過ぎていった。


 10月、茉由が日本から海外へ留学する日。

 「姉さんんん!僕、ずっと応援してるからねぇ。晴れ舞台生で見られないのは、本当に残念だけどぉ。」

 「大丈夫だよ茉由。たった半年で帰ってくるんだから。」

 「その半年が長いんだよぉ〜」

 「それに、まだこれでイベントが全部終わっちゃうわけじゃないじゃん。茉由が帰ってくる時にはアルバムもう一枚くらい出して全国ツアー行ってるって!帰ってきたら、また向こうで出来た友だちといっしょにイベント来てよ。」

 「うぅ。」

 「それに、ライブはネットで生中継される予定だから!」

 「わかった。行ってくる!ストーカーに気をつけてね!」

 そんな他愛もない会話を終えて、荷物を持って茉由は飛行機に乗り込んだ。

 お母さんもとなりで泣いていた。

 「茉由ったら、17年前はあんなに可愛くて、あまねと同じように恥ずかしがり屋だったのに。優しくて今はお父さん似でシュッとした凛々しいイケメンになって......。」

 (情報量多いな。)

 これはいつものことだけど、母さんは感動に浸った状態で口を開くと情報量が多いのだ。

 「お父さんか。」

 お父さんが今のわたしを見てたら、どんなふうに応援してくれてたんだろう。

 その日、茉由はドイツのベルリンへと旅立っていった。

 飛行機を見届けて帰ると、とーるからメッセージが来ていた。

 『大丈夫そ?あのシスコンブラザー。』

 「うん。ちょっと寂しがりやだけど、茉由はわたしよりは社交的だから、向こうでいっぱい友だち作ってると思う。」

 『ならよかったけど。』


 そして、いよいよ明日が武道館ライブ。というところで、またシンドロームに動きがあった。

 

 『おじさんのものだよ。』


 わたしの告知ポストをリポストしたのちに、そうポストしている。

 それをとーるに伝えた。

 『うん。やっぱりあのストーカーはなにか企んでる。絶対ひとりになっちゃダメだからねあまね。』

 「うん。わかってるよ。」

 その時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。お母さんだ。

 「あまね。いよいよ明日なんだから、今日はもう寝なよ。」

 「そうだね。じゃあおやすみ、母さん。とーる。」

 電話を終わらせて、深呼吸をすると、その日は眠りについた。

 (とーるも母さんもみんなも楽しみにしてる。絶対凄いパフォーマンスをするんだ。わたしだけの晴れ舞台で。)


 武道館公演当日。夕方四時半。

 「母さん。じゃあ、また後で!」

 「はあーい、楽しみにしてるよ、あまね。チケット、結構近いところでとれたから。」

 荷物を持って家の前にスタンバイしてくれてたとーるが雇った護衛の人と一緒に会場まで向かった。

 「泡歌さん。こちらです。」

 マネージャーさんが楽屋まで案内してくれた。

 時計を見ると夕方五時。いよいよあと2時間後かぁ。今日は平日だから、仕事帰りにきてくれる人もいるはず。

 みんなの疲れを癒すことができる歌声を出さなくては。そう思って歌った。

 「雪を溶かす春先の雨雲がこっちを向いているー♪」

 歌っている時だった。 

 ガチャっと、ドアを開ける音がした。

 わたしは、(え?)と思い、そちらを見た。

 「あまねちゃーん!」

 あの日わたしを連れ去ろうとしたストーカーが、よだれを垂らしながら部屋に入ってきた。

 「きゃァァァァ!」

 ご、護衛の二人は?

 「あまねちゃん。おじさんに着いてきて......。」

 そのまま部屋から連れ出されると、護衛のふたりは気絶していた。

 息はあるから、死んではいないみたいだけど。

 「こいつらにはぼくの歌を聴く資格はない。あんな汚い男なんかに聞かせるもんか。さぁ、こっちへ来て。」

 相変わらず強い力で腕を引っ張られて、両腕が脱臼しそうになる。

 でも、わたしにはみんながいる。今日こいつがくるかもしれないと話してきた関係者さんたちと、とーるが。

 助けて! 

 「ウォラァ!」

 男の顔に、こぶしがメキッとめり込む音がした。前より少し、硬い音。

 そのまま男は倒れ込み、ピクピクと動いてる。

 「琴坂さん鼓さん!こいつだ!」

 他の警備員が男を取り押さえる。

 「とーる!」

 「大丈夫?あまね。」

 「大丈夫。ほんとにっ、よかったぁ!」 

 「警察も呼んでるよ。だからもう安心だよ。それにしても、呆気なかったな。こいつ。」

 「ていうか、とーる前より強くなってない?」

 「今日のために仕事の間縫って護衛に護身術と柔術もう一回一通り教えてもらってたんだよ。まぁ、合計2時間くらいだけどな。」

 二時間でここまで覚えられるもんなのか......やっぱりホントの天才はどこでも天才だ。

 「で、お前はなにがしたくて泡歌に近づいた?シンドローム。」

 とーるがストーカー......シンドロームに問う。

 「おじさんのアカウント見てたんだね。」

 「はっ!軽率にSNSなんかで尻尾見せるから、お前は今からブダ箱行きになるんだけどな。」

 と、とーる。本気でキレてる......。

 「おじさんは恋人以外に自分の歌声聴かれるのは嫌だけど、あまねちゃんの声はみんなが聞くべき声だ。ますます欲しくなるよ。だから、今日はたっぷり楽しんでおいで。ぼくのあまねちゃっ」  

 とーるがシンドロームのアゴを殴った。

 「と、とーる!」

 慌ててマネージャーさんがシンドロームととーるを引き離す。

 「泡歌は、お前なんかのものじゃねぇよ。ほんっとキモいしムカつくなお前は。一年前と全く変わってねぇじゃねぇか。」

 「ははは!」

 「なにがおかしい。」

 「もう、あまねちゃん。人じゃないじゃん。」

 「は?」

 そのままシンドロームを警察に引き渡して、武道館公演への準備に取りかかった。


 衣装を着て、舞台裏に待機した。

 19時。ライブがはじまる。

 「じゃあ、行ってこい泡歌。」

 「行ってくる。とーる。」

 わたしがステージにあがると同時に、観客席から大きな歓声が上がった。

 『キャー!』

 わたしは精一杯感謝の念を口にした。

 「みんなー!今日は来てくれてありがとう!」

 『ワァァア!』

 「それでは、気持ちを込めて歌います。『泡沫のダンスホール』!」

 もう一度、大きな歓声が上がってそれが絶頂に達した瞬間。

 思いっきり喉に力を入れて、歌い出した。

 「_______________」

 キィィィン。

 その刹那。会場の中から、ライブ音源以外の音が消えた。

 そして次に、バタバタと人が倒れていく音がした。

 自分でも、なにが起こったかわからなかった。

 どうしたの?

 「え?」

 さっきまでワァァと騒いでいた会場にいる人全員の声が、消えた。

 「どーしたの!みんな!」

 わたしが歌いはじめたからみんなが黙ったんじゃない。

 ふと、周りの、ステージに近い席のお客さんを視た。

 みんな、うごかなくなって、耳から血を流していた。

 「み、みん......な?」

 人の声が消えて静かになった会場に、ただライブ音源が鳴り響いていた、

 わたしは恐ろしさのあまりまた動けなくなった。

 「みんな!お母さん!」

 わたしはやっとの思いで観客席席まで走って、お母さんを探す。

 お母さんは結構近くにいるはずだ。

 「!」

 倒れた観客を避けて必死に周りを見る。

 お母さんは、すぐに見つかった。他の人たちと同様、耳から血を流して動かなくなっていた。

 「お母さん!」

 わたしは必死にお母さんの体を揺さぶった。

 返事はない。瞳孔も完全に開いてる。

 「ああああ!」

 なんで、いきなりこんなことに。

 しばらくお母さんの身体に縋っていると、気づいた。   

 そ、そうだ。とーるは?

 「あ、まね。」

 後ろから声が聞こえてきた。とーるだ。よかった、とーるは生きてた。

 足元がふらついているのか、よろよろとこちらへ走ってくる。

 「逃げるよ。」

 とーるはそう言ってわたしの手をとり、会場から出ようとする。

 「で、でも待って、お母さんが、みんなが!」

 「これだけ大量出血してたらどの道助からない。なにかのテロかもしれない。とにかく今は逃げて助けを呼ぶよ!」

 「お母さん!ねぇ、とーる待ってよ、お母さんが。みんなが!助けなきゃ!」

 そのまま会場の外に出て、屋外まで逃げてきた。

 さっきまで舞台裏でわたしのことを応援してくれていたマネージャーさんが、会場の人と同じく耳から大量に血を流し、倒れていた。道中、わたしの関係者さんもみんな同じだった。


 警察が駆けつけてすぐ、わたしたちは保護された。

 なにが原因か判らず駆けつけた消防・救急隊は直ぐには中に入れなくて、大混乱だった。

 外から、警察の声が聞こえてきた。

 「ありったけの応援を呼べー!」

 「防護服を!」

 わたしととーるは別の部屋に一時隔離となり、わたしはもうなにがなんだか判らなくて、頭を抱えて泣いていた。

 「な、なんであんなことに......。」

 「あまね......。」

 わたしが歌いはじめた瞬間。みんな、あんな惨いことに......。

 お母さん......。

 「あっ、ああっ。」

 「あまね。」

 「ねぇ、とーる。みんな死んじゃったの、なんで?なんでお母さんまで死んじゃうのぉ!」

 「あまね。わたしがそばに居るから、今はここにいよう。」

 「ああああああっ。」

 とーるもどう声をかけていいかわからなかったのだろう。それだけは、今でもわかる。

 なんでこんなことになったのかあの時はまだ気づいてなかったけど、知らない方が良かったのかもしれない。


 あとから知ったことだけど、不幸中の幸いにも生中継は、別の場所に居た関係者の人が異変に気づいてくれたおかげで、みんなが倒れて数秒で切られていたらしい。

 だから、わたしがお母さんを探しにステージから降りたことや、とーるがわたしを会場から連れ出しすところは、晒されることはなかった。

 

 何時間たっただろう。警察に保護されたわたしととーるは身体に問題がないと確認され警察署で事情を聞かれた。

 「では、天音さんが歌いはじめた瞬間に、天音さんと透さん以外の人が、全員。」

 「そうです。わたしたちにも理由はわからなくて。」

 事情聴取は、泣き過ぎてうまく喋れなくなったわたしの代わりに、とーるが受け応えするかたちで進んでいった。

 あまりのことに、おまわりさんも困惑しているのがわかる。

 さっきまで元気にライブを楽しみに歓声を上げていた人達が、いきなり全員倒れたんだから。

 「あっ、あの。母は、お母さんは無事なんでしょうか?」

 「あまね......。」

 「あの場に居たんですね。わかりません。救急隊が対応しているはずです。」

 わたし啜り泣きながら、頭を伏せて言った。

 「わからない。わからないよ。」 

 とーるがわたしの手をそっと握る。

 「あまね。わたしもわからないよ。」


 会場に救急隊が駆けつけたとき、お母さんは出入り口の近くの席だったのと、出血が激しかったからすぐに診てもらえた。そして、直ぐに死亡が確認された。

 

 しばらくの間。わたしととーるは警察の保護管理の下とーるの実家で過ごすことになった。

 SNSを見たら、もうネットニュースになってた。

 

 【史上最悪のテロ!!死のコンサート!毒ガスか?未知のウイルスか?はたまた、集団ヒステリーなのか?人気歌い手泡歌さんのライブ館公演で集団死亡事件発生。現在警察と消防が確認中】

 

 「もう、こんなに拡散されて......。みんなが死んじゃう瞬間まで。」

 「あまね。今は見ちゃダメ。」

 

 次の日。とーるの実家のテレビで、昨日の事件が報道されていた。

[昨夜、SNS総フォロワー数150万人超えを誇る人気歌い手、泡歌さんの武道館公演にて、観客が突如耳から血を流して倒れる死傷事件が発生しました。現在までに警察は毒ガスなどのテロの可能性は低いと見ていますが、捜索をすすめています。現在、観客・スタッフ・公演主催者含め計8062人の死亡が確認されており、現場では今でもトリアージ・遺体の搬出と警察・消防の捜査が続けられています。]


 

 SNSでは、沢山の人たちが一時パニックになったのは勿論。事務所も沢山叩かれた。生放送は直ぐに非公開になったけど、ネットは怖い。直ぐにスクリーンショットや転載が出回った。


 あんまり見ない方がいいのはわかってたけど、わたしは情報から目が離せなくなっていた。

 『なにこれ、テレビが何こんなアホな嘘ついてんだよwww』

 『アホはてめーだよ。生放送のご様子ならSNSの転載で見れますが?』

 『泡歌ちゃんがこんな事件に巻き込まれるなんて。』

 『泡歌ちゃんかわいそう......。』

 『事務所は何やってんの?まだ謝罪しないの?』

 『いや主催者死んでんだぞ。』

 『うちの弟このライブ見に行ったせいで死んだんだけど、泡歌。どうしてくれんの?』

 『なに逆恨みしてんだよ、クズが。』

 『なに?もう泡歌ちゃんの歌聴けないの?』

 『まぁ、しばらくは聴けないだろうな。』 

 『いや一生、永遠にだろ。』

 

 「みんな、やめてよ......。」


 『SNSの転載見たけど、泡歌ちゃんが歌いはじめた瞬間にみんな倒れてたよね。よく見ると耳から血が吹き出してる。』

 『え、一年前にもこんなニュース流れてたよね?』

 『なんか、連続怪死行方不明事件のやつ?』

 『連続怪死の時も、遺体解剖した人が、[耳から脳にかけてぐちゃぐちゃになっていた]って言ってたみたいだね(画像参照)』

 『マジ?』

 『別のニュースサイト見たけど、これ、泡歌が歌った声を聞いたからみんな死んだとかじゃないよね?』

 『でも生放送見てた人は無事だったんでしょ?』

 『いや、うちの兄貴は急に体調崩して倒れてたよ。友だちもそうだったみたい。』

 『他にもそう言う人いたらしいな。』

 『そーなの?なら泡歌の所為だわ。』

 『絶対あいつのせいだよ。』



 「今はこういうの見るなって言ったじゃん!」

 必死なとーるの声で我にかえる。

 ブツっと音がして、つけっぱなしだったテレビの電源が切られた。

 「ごめん。」

 「これは一旦没収だ。」

 とーるはそう言うとわたしのスマホを取り上げた。

 「......とーる。わたし、もうお母さんに応援してもらえないの?もう活動できないの?」

 「あまねも酷い目に遭った被害者なのに、歌う権利を奪われたり、中傷される筋合いはない。」

 「でも、もう遅いよ。みんなわたしが歌ったせいでこんなことになったって......。」

 「違う!あまねは1ミリも悪くない!頼むから、そんなあまねのこと何も知らないクズどもの手口に乗るなって!ほら、朝飯食うぞ。」

 

 とーるはわたしの好きな食べ物をいっぱい作ってくれたけど、こんな気持ちだからか、まったく味がしない。気づけば食事をしていたはずの手は止まっていた。

 「残します。」

 とーるの実家の使用人がわたしの残した食事を片付ける。

 「あまね......。」

 わたしはとーるの言葉を遮って言った。

 「ごめんねとーる。今はひとりにさせて。」

 わたしは用意された部屋へと向かった。

 「......。」


 ベッドの上で、この一年と少しの時間について考えた。

 あの日。昨日も襲ってきたシンドロームに初めて遭った次の日から、わたしの人生は変わった。

 プレミア公開を皮切りに急に動画が伸びはじめて、あっという間にフォロワーも2000人、5000人、10万人30万人50万人と増えていって、アルバムも出して、武道館公演が決まって。

 sirenaのメンバーさんととーるの前で吐血したときはびっくりしたけど、直ぐ元気になったから大丈夫かなって思った。

 起きたら、お母さんは、いつもみたいに抱きしめてくれた。

 お母さんはわたしが虐められたときもそばに居てくれたし。

 お父さんが死んだあとも、茉由とわたしのために必死に働いてくれた。

 お母さんのフレンチトースト、美味しかったな。

 お母さんのあの優しい声は、もう聞けない。

 わたしの夢も茉由といっしょに応援してくれたよね。

 そうだ。茉由。わたしの弟。


 わたしは使用人の方に電話を借りた。 

 「もしもし、茉由?」

 「良かった姉さん。姉さんの電話、繋がらなくて、そっちからかけてきてくれて本当に嬉しい。大変だったね。ぼく、すぐ日本帰るから、明日そっち行くよ。」

 「え、茉由?でもそんな、危ないよ......。」

 もしかしたら、この事件の標的はわたしだけじゃないかもしれない。茉由だってその可能性はある。

 だから、わたしと今会うのは本当に安全なのか?

 「......実はぼくもライブ配信見てたんだ。姉さんは本当によく頑張った。」

 「でも。」

 「姉さん。もしかしたら知ってるかもしれないけど、さっきSNSでトレンドになってたよ。『とーるさんかっこいい』って。」

 「え、それってどう言う......。」

 「透さんが『あたしは泡歌の友だちとして、今泡歌を中傷している人に言う。勝手に決めつけるな。自分の憶測が合ってると思うのもやめろ。頼むからもっとあの子を労って。』って投稿してたよ。本当、いい友だちを持ったね姉さん。」

 プツッ。

 わたしはそのまま電話を切って、部屋に戻った。


 数秒後、さっきと同じようなノックのあと、後ろでドアが開く音がした。 

 「あまね。茉由が電話くれたんだってね。」

 わたしは振り向かずに聞いた。

 「ねぇ、とーる。SNSでわたしを庇ったって、本当?」

 「茉由に聞いたんだね。本当だよ。他人を平気でバカにするキッショいやつらに友だちが一方的にサンドバッグにされるのを、黙って観てるなんて、あたしにはできない。」

 「わたしはそんなこと望んでない!」

 「あまね。」

 「なんで余計なことするの?そんなことしたら今度はとーるが炎上しちゃう!」

 「大丈夫。あたしはどうなったって構わないから。あたしのことは気にしないで。」

 「構わないからじゃないよ。」

 「あまね。あまねを支えたいから、そのためなら......。」

 「もうみんなを巻き込みたくない!何もしないで!」

 そう怒鳴って布団の中に入った。

 「......。」

 パタンと、とーるがドアから出る音を聞いて、また泣き出した。

 わたしだってこんな形で友だちを巻き込みたくはなかった。

 側で支えてくれる人がいるなんて有難いことだってわかってる。でも、自分のために大切な人が傷つくなんて、わたしは望んでない。

 なんで、こんなことになっちゃったんだろう。

 

 その日、わたしは夢を見ていた。

 両親が生きてたころの。

 母さんがいて、そこに父さんと茉由、わたしの四人。食卓を囲んで、母さんの作ったフレンチトーストに蜂蜜をたっぷりかけて頬張る。ごくりと飲み込み、それを見て母さんが優しい眼差しでわたしを見て、父さんと茉由が屈託もない笑顔で笑う。

 そこに音楽が流れてきて、わたしは自然と歌い出す。  

 当時観てた、魔法少女のアニメのオープニング。

 『さぁなみだをふいて〜叶えたい夢をカバンに詰めて〜』

 歌っていると、気づいたときにはわたしが転校した先の中学校にいた。

 『ねぇ。』

 わたしが家族と同じくらい大切にしている大親友、とーるが出て来る。

 『その曲歌ってるってことは、あまねって【まほねこ】好きなの!?あたしもなんだけど。』

 そう言えば、【まほねこ】が好きっていう共通点を知ってから、とーるとの関係は一気に深まってた気がする。

 『うちグッズ全部集めてるから、今度家来てよ!あたし、こうやって話せる友だちができて良かった。マジでマジカルフィナーレで撃たれた気分だわ。』

 『わたしも嬉しいよ。とーる、さんじゃなくて、音羽さん。』

 『とーるでいいよ、わたしも【あまね】って呼んでんじゃん。』

 とーるが微笑んでそう言う。

 あたたかくて眩しい。そんな笑顔。

 『じゃあさ、あまね、歌い手やってみない?』

 『え、それって。』

 『あまねは声綺麗だし、やったら絶対化けるって、あたしはもうやってるから、いつかコラボしようぜ。』

 『じゃあ、やってみるよ。』

 そこに母さんが歩いて来る。

 『いいじゃないあまね。いい友だちにいい夢をもてるなんて、素敵ね。趣味を共有出来る友だちは大切にするべきよ。』

 『いいね姉さん!』

 うん。お母さん、茉由。わたし、今すごい幸せ。

 『あまね。』

 もうひとり、とーると友だちになってる時点では既に居ないはずの、父さんが話しかけて来る。

 『なあにお父さん。』

 『____』

 そう言えば、父さんが車に轢かれた日、父さん最期の言葉は聞けなかったけど、あのとき父さんはなんて言おうとしてたのかな。

 

  ***


 次の日、午後4時半くらい。

 わたしは起きた。とーると喧嘩してから泣き疲れて寝てたみたい。

 まだここに来てから二日しか経っていないのに、もう二十年くらい寝ていたように体が動かない。

 やっとの思いでベッドから起き上がり、ふと棚の方へ視線を移すと、そこにはさっき夢で見た【まほねこ】のグッズが並んでいた。

 妙に安心して寝れたなと思えば、ここはとーるの家の客室兼【まほねこ】グッズ部屋だった。


 『趣味を共有出来る友だちは大切にするべきよ。』

 

 かつて母に言われた言葉を思い出して、さっきとは別の涙を流した。

 「謝らなきゃ。」

 そう呟いてベッドから降りる。

 せっかく守ってくれる人がいるのに、大好きな人がいるのに、それを蔑ろにするような真似をしてごめんなさい。

 そしてお母さん。わたしを応援してくれてありがとう。わたしはこれからも、歌い続けるよ。

 ドアを開けて、とーるがいるはずのリビングに向かう。

 あと数メートル。

 「____」

 「え?」

 突然大音量で音楽が流れてきた。

 いや、違う。歌だ。

 この世のものとは思えないほど綺麗で、美しい声色の歌。

 この歌声は、誰?どこかで確実に聞いているのに、思い出せない。

 「あまねちゃあん。これでいっしょだねぇ。」

 その声を聞いて、泣き叫びそうになった。

 おととい捕まったはずの、シンドロームがそこにいたから。

 シンドロームが、わたしの右腕を引っ張ってどこかに向かおうとする。

 (なんで、自分の意思とは裏腹に?)

 わたしは抵抗したいのに、なぜかシンドロームに従うように着いて行ってる。

 そのとき、かろうじて動かすことのできた目線の先に、何かが見えた。この家の使用人が数人、おとといの母さんのように耳から血を流して倒れているのを。

 今すぐにでも悲鳴をあげて逃げ出してとーるのところに行きたいけど、何故か体を動かすのはおろか声も出ない。

 聞きたいことはいくらでもあった。


 なんでここがわかったの?

 なんでわたしに執着するの?

 なんでわたしは声が出ないの? 

 なんで、この人たちまで"こう"なってるの?


 そうわたしが思考をめぐらせている間も、ずっとシンドロームが、歌を歌っている。

 わたしは歌ってない。そこで一つの嫌な仮説が浮かんだ。

 『別のニュースサイト見たけど、これ、泡歌が歌った声を聞いたからみんな死んだとかじゃないよね?』

 『連続怪死の時も、遺体解剖した人が、[耳から脳にかけてぐちゃぐちゃになっていた]』


 去年の連続怪死行方不明事件の犯人が、こいつだったら。

 あのときわたしが歌ったと同時にこいつが歌っていたら。

 でも、なんで?なんでわたしととーるは生き残ったの?

 (とーる!)

 

 警備員も使用人とと同じように耳から血が吹いて倒れていた。

 とーるの家の外に出ると、なんでさっきまで気づかなかったのか、嵐だった。

 だから、ほとんど人がいない。視界もあまり良くない。

 どうしよう。このままだと誰にも見つけてもらえない。

 

 ***

 

 「くそっ、どこいんだあまね!」

 あたし、音羽透は不気味なほど静かになった自分の家で慌てていた。

 あたしは幼少期は歌手の両親が仕事で忙しかったから、遊んだり、一緒に食事をしたりしたことは殆どない。それは今でもだ。あたしと両親はあまり仲が良くない。

 あたしが風邪をひいたときですら会いに来なかったし。まぁ、お金に関しては感謝しかないけど。

 けどやっぱり、子どもの頃からずっと変わってないのが、音楽と歌が大好きだということ。

 小6になってすぐ歌い手活動をはじめて、(両親の子だったからってのもあるけど)瞬く間にバズった。

 あまねが転校してきた次の日の昼、あまねの弟の茉由が忘れた弁当を届けに来て、ほっこりした。

 自分と同じように歌を愛している上に、家族とも仲がいい彼女を見て、すぐ友だちになりたいと思った。

 そして友だちになって家族の話をするあまねに気づかされた。これが、家族の愛なんだと。

 そしてあたしはあまねを自分と同じ歌い手に誘った。

 それなのに、あたしはあの子を傷つけた。

 あたしが誘わなければ良かったのかと、一瞬考えてしまった。

 けど、そんなことない。大切な大親友との夢を見て、何が悪いんだ。

 そんな大親友を自分のせいでひどく辛い気持ちにさせたから、謝るべきだと思ったんだ。

 そして、そのために立ち上がったとき、歌声が聞こえてきた。

 あまねではなかった。男の声だ。

 すぐに出たが、急に家がこの有り様だ。

 おとといの茜さん(あまねの母親)と同じように血を流して倒れている。

 警察や救急車を呼ぶか迷ったが、今までの例を見るに手遅れだろう。

 「お嬢さま?」

 「メルさん?」

 使用人のひとりが、部屋から出てきた。

 「メルさん。今まで何してた?」

 「え、わたしは仮眠をとらせていただいてましたが、結構深く寝てしまいました。すみません。」

 じゃあ、メルさんはあの歌を聴いていない?

 「え?あ、きゃぁぁぁ!」

 倒れた別の使用人を見てメルさんが悲鳴をあげた。

 「ごめん。あたしはあまねを探すから、救急車頼む。」

 迷わずあまねの寝ていたはずの部屋に走ったが、そこはもうもぬけの殻だった。

 玄関のドアが開けっ放しだった。まさか、この嵐の中外に出たのか。

 怖くなったのか。また目の前で人が死んで気が狂って逃げ出したのか?

 おとといと同じシチュエーションだ。 

 あの歌声を聴いた瞬間、使用人たちがメルさんを除き全員死んだ。

 まさか。

 「あまねェ!」

 あたしは傘も持たずに家を飛び出した。

 

 ***


 (とーる。寒いよ......)

 連れて行かれる間にも続く土砂降りの雨と暴風は着実ににわたしの体力を奪っていく。けど、足は動く。

 一方シンドロームはまるで疲れる様子はなくて、顔を赤くしながらずっと歩いている。

 シンドローム......こいつはわたしをどこに連れて行く気だなんだろう。

 わたし、このまま殺されたりするのかな。

 「あまねちゃん。おじさんと初めて会ったときのこと覚えてる?」

 突然シンドロームが声をかけてきた。そこで気づく。

 (口が、動く!)

 わたしはすぐに答えた。

 「覚えてるよ。けど、なんでそれを今話すの?わたしを家に帰して!」

 「無理だよぉ〜もうあまねちゃんはぼくのもなのだから。」

 「なんで今までずっとSNSでわたしに気持ち悪いコメントしてたの?なんでおとといわたしの前に現れたの?なんで捕まってるはずなのにここにいるの!」

 「君が他人を殺す前に一度会っておきたくてね。」

 「は?」

 「ずっと君を不幸のどん底に落としたかったんだ。君はもうぼくのものであって人じゃないから、誰も助けられないよ。」

 「どういう意味?」

 「わからない?あまねちゃんはもう人じゃないんだよ。ぼくと同じように。あのとき唯一生き残った、君の親友もね。」

 「えっ......。」

 てことはやっぱり......。

 「一年前の連続怪死事件の犯人は、あなたなの?」

 シンドロームのフードから見える口が、少しニヤけるのが見えた。

 「まぁね。後で詳しく話すけど、ぼくは君に呪いをかけた。君の歌声を聴いた人間は死ぬよ。その呪いを感染したぼく自身の歌でもね。」

 (まさか......。)

 そのときだった。 

 「姉さん!」

 声に気づいて、シンドロームとわたしは振り返った。

 「茉由!」

 茉由だった。名前を呼べて良かった。この状況で思うのも変だけど。

 抱きしめて、泣き付きたかったが体は動かない。

 「透さんの家に向かう途中人影が見えて、追いかけてきた。何度か見失いそうになったけど。あんたがストーカーだな?姉さんに何してんだ!」

 「君が茉由くんか。悪いけど、君のお姉さんはもうぼくのものだ。」

 「キモイこと言ってんじゃないよ!あんたなんかに姉さんを奪われてたまるか!」

 シンドロームが何かが切れたように、低い声のトーンでこう言った。

 「ふーん。じゃあ、君には最愛のお姉さんの歌で死んでもらおうかな。」

 「は?」

 (ダメ!茉由!)

 ダメだ。今わたしが歌ったら、茉由まで......。

 嫌だ!弟まで失ったら、わたしはどうすればいいの?もうこれ以上失いたくないよ!

 わたしが自分の意思と関係なく歌おうと口を開いた瞬間。誰かが走ってきた。

 とーるだった。

 「ウォラァ!」

 茉由のお腹を、蹴り飛ばした。茉由は一瞬で気を失って、その場に倒れた。

 えっちょっとまって、なんで茉由が殴られるの?!

 「ごめんな茉由。」

 とーるは振り向いた。

 「あんたの歌声、気絶してたり寝てたりして、意識がなければ無事でいられるんじゃないか?」

 「なるほど、正解だよ。この短時間でぼくの 呪いの弱点を見抜くとは、賞賛に値する。さすがはぼくのあまねちゃんの友人だ。」

 あまりの気持ち悪さに絶句する。わたしの様子に気づいたのか、とーるが怒り、怒鳴りつける。

 「ふざけるなシンドローム。おまえ、おとといの事件もなんか関わってんだろ?捕まってたのに今ここにいるってことは、警察まで殺したのか?いい加減にしろ。おまえの目的はなんだ。なんであまねに執着する。」

 シンドロームは不気味な笑みを浮かべ、フードの脱いだ。

 顔が、露わになる。

 その姿は、普段の声とその気持ち悪すぎる言動からは想像も出来ないほどに美しかった。

 群青色の髪に、月のような金色の瞳。顔だけで食べていけそうな見た目だった。

 いやいやこんな状況で何を考えているのか。と我に帰ったとき、シンドロームは語り出した。

 「ぼくはね。自分歌声を聴いて『生き残った』人間に呪いをかけることができるんだ。ぼくの歌を聴いて生き残った人間は、ぼくと同じ様に『歌声を聴いた人間が死ぬ』呪いにかかる。ゆっくり時間をかけてね。」

 わたし驚きのあまり目を見開いた。信じられない。けど、さっき確かに使用人の人たちは耳から血を噴いて死んでたし、争った形跡もなかったし、変な臭いもしなかった。

 本能が、あの美しい歌は毒だと言っていた。

 その続きを言うなと言わんばかりにとーるが訴えるように呟いた。

 「おい......。」

 「その呪いの力が完全なものになったから、あまねちゃんはおととい自らの歌声であそこにいた人たちを殺した。」

 シンドロームはわたしの方を見て話し続ける。怖いくらい、綺麗な笑顔で。

 なんで、そんなに純粋に笑えるの?

 「ぼくはある日この身体になったときに、急にたくさんの人たちに自分の歌を聴いて欲しくなった。その結果多くの人がぼくの歌の犠牲になった。」

 とーるの怒りと軽蔑に染まった表情が、だんだんと畏怖のものへと変わっていく。

 「すごく寂しくなったんだよ。ぼくだけが自分の呪いに苦しむなんておかしい。自分と同じような人が欲しくなった。それから一年くらいたった時、ぼくは思いついた。ぼくと同じ、歌えばそれを聴いた周りの人間が死ぬ力を持った人がいれば、もう寂しくないと思って。色んな人に呪いをかけて、操って家に連れ帰って、ぼくだけの恋人にする。」

 吐き気がした。なんでこの人は、自分の不幸に他人を巻き込もうとするのか。

 わたしには理解できなかった。

 「まさか、去年の連続怪死行方不明のやつって!」

 「そう、ぼくが起こしたものだよ。」

 「......じゃあなんでおととい武道館まで来たんだよ。捕まるってわかってて来たよな?それにおまえは抵抗すらしなかった。それは何故だ?」

 「他人を殺す前のあまねちゃんにも会っておきたくてね。だから、おととい君の前に現れた。この呪いを人類最初に被ったぼくにだけは、誰が呪われても生き残るか分かる。そして、どうやらこの呪いにかかった人間はぼくの思い通りに動くようなんだ。」

 「あまねをどうする気だ?」

 「ぼくたちの家でずっとそばにいてもらうよ。家にはあまねちゃんと同じ呪いをかけて生き残ったぼくだけの恋人が何人かいるから!とーるちゃんも一緒に来る?」 

 「調子にっ!」

 とーるがシンドロームに殴りかかろうとしたとき。

 「ダメダメ、今のあまねちゃんはおじさんのもの。いきなり大声で歌い出すよう操ることもできる。いいの?これ以上友だちに殺人を犯させて。」

 今の今まで大嵐だった天候が、急に落ち着いた。まるで、空がシンドロームの意思を反映したかの様に。

 「雨音が少なくなったね。今あまねちゃんの歌唱力で歌えば、近くの家の中にいる人には聞こえるだろうね。それに、とーるちゃん。もう君にもぼくを止めることはできない。やっぱり天はぼくとあまねちゃんを祝福してる!」

 とーるは我慢している様だった。今動けば、わたしがまた他人を殺してしまうから。

 関係ない他人を巻き込んでしまうから。

 「そうやって、他人を自分の不幸に、自分の欲望に巻き込んで何が楽しい!」

 「そうだよ。ずっとこうやって他人を絶望させて自分のものにしてきた。ぼくだけの恋人にねぇ!」

 また口が動かなくなっていた。

 ねぇ、お父さん。お母さん。わたしどうしたらいいの?こいつにはもう一生逆らえないの?とーるはどうなるの?

 そう思って涙が出てくる。良かった。涙はちゃんと出るんだ。そんな関係ない思考回路が浮かんだ。

 ヒュンっ!

 とーるがシンドロームのお腹を蹴り飛ばそうとした。しかし、綺麗に避けられる。

 「あたしが、お前みたいな理不尽に人の幸せを奪うやつに、屈すると思うか?従うと思うか?何も言わずに友だちを奪われてやると思うか!」

 「無駄だよっ、とーるちゃん。」

 シンドロームはナイフを取り出し、綺麗と思えるくらいに軽やかに振り回して、とーるに襲いかかった。

 幼少の頃から護身術や柔術も習っていたとーるは柔軟に避けている。

 「君も一応ぼくのものだけど、君はぼくの恋人との時間には邪魔だ。死んでくれ。」

 「おまえがなっ!」

 戦うとーるとシンドロームを見て思った。いける。シンドロームはナイフを持ってるけど、とーるの身体能力なら勝てるよ!

 バシッバシッバシッっと、シンドロームの動きを読んで、攻撃を加えていく。

 キィーンと音を立てて、とーるはシンドロームのナイフを蹴り飛ばした。もうシンドロームはボロボロだ。あと一撃入れられれば!

 しかし、とーるがシンドロームに蹴りを加えようと脚を出した直後だった。 

 とーるの身体がよろめいた。

 「は?。」

 その隙に、シンドロームはナイフを拾い直し。

 グサっ

 「ごヒュッ。」

 とーるの右脇腹あたりにシンドロームのナイフが突き刺さった。

 (とーる!!)

 わたしは声にならない悲鳴をあげていた。目の前の状況を理解出来ない。とーるが仰向けに倒れ込む様子がまるでスローモーションのようだった。傷からみるみる広がる血の色の鮮やかさに、わたしも血の気が引いていく。

 とーるが脇腹に刺さったナイフごと、手で傷を押さえている。脂汗を垂らして苦しむとーるを残して、シンドロームは再びわたしの腕を掴んで歩き出した。

 今すぐにでも救急車を呼んでとーるを病院まで連れて行きたかった。

 でもやはり身体が言うことを聞かない。

 「待てよ。クズっ、やろぉ!」

 「もう遅いよ。とーるちゃん。君もおじさんのものだもの。君は、あまねちゃんの歌を聴いて生き残っただろう?あの時既に運命は決まっていたんだよ。」

 (へっ?)

 それってつまり、おとといわたしの歌を聴いた時点で、とーるもわたしと同じ呪いにかかったってこと?

 考えていても勝手に足が動く。

 その場から離れようとするシンドロームにわたしは抵抗すらできなかった。

 「あまっ......。」

 その時、誰かがシンドロームの肩に手を置いた。

 「5時56分。逮捕します。」

 まだギリギリ動かせる視線を移すと、制服を着ていた警官がいた。シンドロームの左腕に手錠をかける。

 「近くの人から通報がありました。救急にも応援要請してます。さぁ、離れて......。」

 別の警官が話しかける。

 シンドロームはわたしの手を握り直すと、警察官を睨んだ。骨の髄まで凍りそうなくらい憎悪に満ちた表情で。

 (まずい!)

 「おまっわり、さ、逃げっろぉっ!」

 わたしもとーると同じ気持ちだった。シンドロームのけたたましい笑い声がとーるの声を掻き消した。

 そして、わたしの喉に強制的に力が入る。

 (やめて!)

 「_______________!」

 警官たちが目を見開き、それと同時に耳から大量に血を吹き出し、その場に倒れる。

 気味の悪い快感がわたしを穿った。本当に死んだ。自分の歌声で人が死んだ。おとといのもわたしのせいだったの?もうわたしたちだけの力じゃどうしようもない。

 「やめっろぉっ。」

 「やめないよ。ぼくの恋人との時間を奪う奴は誰だって許さない。それは君もだとーるちゃ」

 そこでシンドロームの声が途切れた。 

 「クソやろぅ!これが、因果応報だ!」

 そう言うととーるはシンドロームの脛に回し蹴りを喰らわせ、不意を突いてナイフを奪い、そして競技カルタのようなスピードでシンドロームの腹に刺した。

 「がほっ。」

 シンドロームの青いパーカーが血の赤と混ざり真っ黒なシミが広がっていく。

 もう一撃入れれば、シンドロームを倒すことができる。そうすればまだ逃げられる?でも、シンドロームが死んじゃったらとーるが殺人犯になってしまう。

 シンドロームが血を吐きながら、不敵の笑みを浮かべて地面を這いつくばってわたしたちの方へ近づいてくる。

 「へっ、まだ完全には呪いが浸透してなかったからか。ぼくを殺せば、この呪いを解くことができると思ったのかい?甘いね。もう手遅れだよ。君のせいで、ぼくの呪いを被った者たち、全員が死ぬよ?」 

 とーるが虫の息のシンドロームの言葉を聞いて、明らかに動揺している。

 その時、わたしの身体から一気に力が抜けて、とーるのそばへ倒れた。

 「まぁ、ぼくはもう死ぬみたいだ。けど、あまねちゃんと一緒に死ねるなら......。」

 体はもう動かない。自分の身体に死が近づいているのが、嫌でもわかる。

 このままシンドロームが死ねば、わたしたち呪われた人たちまで......。

 なんでだろう、ただわたしたちは夢を追っていただけなはずなのに。

 ファンのみんなや友だちと、一緒に歌を楽しんでいたかったのに。友だちどころか、みんなの命まで奪ってしまった。

 この結末は最初から決まってたの?

 わからない。わからないよ。もうなにも。

 とーるも体を引きずってわたしの隣までくる。もうこの血の量じゃ失血死しててもおかしくないと、素人のわたしでもわかるくらいだった。

 「ご、ごめんあまね。感情に......任せてめっちゃアホな選択したかも。」

 そっか、もうこの呪いを解くのも、この地獄から抜け出すことも不可能なんだ。

 そう思った瞬間、疲労感がどっと襲ってきた。身体から泡が出てきて、自分の身体が崩壊していく。

 「もういいよとーる。」

 「あまね?」

 「このまま生きてても、もうみんなに歌を聴いてもらうことはできない。ごめんね。わたしが歌い手やるって言ったせいで、とーるまで巻き込んじゃった。ごめんね、昨日はあんなこと言って......。」

 「なにいっ、てんだ。あまねはなんにも悪くないんだって!なんで、なんでだよぉ。」

 とーるの目からボロボロ涙が落ちてくる。とーるの身体からも泡が出てきていた。

 わたしの意識も遠のいていく。

 ごめんね茉由、ひとりになっちゃうね。お姉ちゃんなのにそばにいられなくてごめん。

 とーるが泣いてるの、初めて見た。やっぱりとーるはどんな表情をしていても綺麗だ。

 もう、生きて彼女の顔を見ることはできない。

 けど、最期にこれは伝えなきゃ__

 「ありがとう、とーる。友だちになってくれてありがとう......。大好きだよ。」

 身体が軽くなっていくのを感じる。

 「ちくしょおおぉ!あまねと、あたしの人生を返せぇぇぇ!」

 最期に聞こえたのは、大親友の号哭だった。

 来世では、最高に幸せな歌い手活動が、出来るといいな。

 

 ***


 ぼくの名前は灯路井茉由。17歳だ。

 留学のために日本を離れていたが、今ぼくは母の葬式に赴いている。

 母は4日前に姉、泡歌ことあまねのライブ公演に行ったのち、いきなり命を落とした。

 まさかあんな形で、しかも娘の晴れ舞台で死ぬなんて。

 ぼくもライブ公演の配信を留学先で出来た友人とリアルタイムで見ていた。

 姉さんが歌いはじめた瞬間。観客が皆倒れて、十数秒後にライブ配信は切られた。

 あまりに不可解な出来事が起きて、しばらく固まっていた。

 すぐにSNSで話題になり、拡散されていた。

 すぐに警察が向かったみたいだけど、観客とスタッフはみんな耳から血を流して死んでいた。

 数時間後、姉さんと姉さんの一番の友人である透さんが保護されたと連絡があった。

 そして、母の訃報も知らされた。

 いきなり一万人近くの人間が死亡し、警察も救急もキャパオーバーだで、死体の身元確認も大変だったそうだ。

 ネットでは、新種の兵器だとか、テロだとか、いろんな仮説が建てられたけど、結局この未曾有の大事件の原因はいまだに誰も特定できていない。

 マスコミが押し寄せて危ないと、姉さんたちがこっそり警察署から透さんの家に移ったと連絡があった。

 姉さんは訳のわからない状況に打ちのめされていた。ぼくの安全を心配して帰国にも反対されたけど、日本に帰って姉さんに寄り添うと決めた。友だちも協力してくれて、なんとか帰国することが出来た。

 そして、ぼくは空港から真っ直ぐ透さんの家に向かった。

 生憎の嵐の中、びしょ濡れの姉さんが誰かに手を引かれて歩いているのを見つけた。

 ストーカーだ。すぐに姉さんの方へ駆け寄った。

 「茉由!」

 姉さんにそう呼ばれた所までしか、記憶がない。

 そしてぼくは気がつくと病院に居た。どうやらあのストーカーから腹パンを喰らって、気絶していたみたいだ。

 ぼくは病院で警察に姉さんとの最後の記憶を全て話した。 



 ぼくが気絶したあとに駆けつけた警察が、救急に『女性が刺されて大量に出血している』という報告をしていた。

 けど、救急が着いた時には警官はみんな死んでいて、その場に刺された人のものの血の痕跡すら残っていなかった。その刺された女性が、姉さんだったかはわかっていない。


 ぼくが保護されたとき、周りにいた警察はみんな耳から血を流して倒れて死んでいたらしい。

 それは、透さんの家に居た使用人もだった。

 生き残った使用人曰く、透さんも嵐の中屋敷を飛び出して、そのまま行方知れずとなっているとのこと。

 死んでしまった被害者たちは、司法解剖の結果、頭の中がぐしゃぐしゃになっていて、死因の判別もできなかった。


 警察が調べたところ、防犯カメラも全て壊れていて、何も写っていなかった。けど、玄関の鍵が明らかに人為的に壊されていたから、外部の人間が姉さんたちの居た屋敷に侵入したのは間違いないそうだ。

 捜査は、これからも続いていく。

 

 しばらくの間ぼくは泡歌の弟として世間の目に晒された。

 個人情報をSNSで晒されることもあったし、ぼく自身が疑われることもあった。姉さんが行方不明になったことを知ったネットの住民たちから、様々な憶測も沢山湧いてきた。


 透さんの所属していた歌い手グループのsirenaは、今後は透さんが見つかるまで、六人で活動していくそうだ。

 

 あれっきり、姉さんと透さんの行方は判っていない。

 けど、ぼくはふたりを探し続ける。

 「母さん。父さん。大丈夫。どんな形で姉さんたちが戻ってきても、必ずまた、歌い手として活動再開できるようにするから。」

 天国の両親のために。

 姉さんは歌が大好きだから、きっと、また歌いたいと言うだろう。


 だから、ぼくはふたりは生きてると信じて、探し続ける。

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