透明人間になれたなら
戦争、犯罪色んなニュースが飛び交う昨今だがそんな物よりは今、現在。
私に日々降り掛かる問題の方が大事だと思っている。
私には、家族と呼べる存在が居ない。
小さい時から虐待を受け、両親に捨てられた私はずっと施設で育ってきた。
私には叶えたい夢が無い。
皆が口をそろえて言う将来の夢なんて、見るだけ無駄だと思っている。
私には幸せが無い。
小中高と漠然と生きてきた。
将来に絶望した私は所謂ブラック企業と言う会社に勤めている。
セクハラ、パワハラそんなの当たり前の様に受ける毎日。
そんな毎日を送っている私に唯一残された物は椎名夢叶と言う名前だけ。
夢を叶えるなんて私には到底縁のないそんな名前だけ。
そんな毎日も今日で最後である。
夜。
都心の繁華街にある雑居ビルの屋上でフェンス越しに最後の景色を楽しんでいた。
こんな自分でも、最後の景色を楽しむ心はあるのだと死んだ目をしながら思った。
きっかけは特にない、人生に絶望したのは物心ついた時からだから。
ただ、何となく。
もう終わりにしたいと思ったのだ。
「さようなら人生」と掠れた声で小さく呟いてフェンスをよじ登る。
ガチャガチャと金属音を上げながら、格子状のフェンスを掴んで、一歩、また一歩と最後の瞬間に向けてよじ登っていく。
ビルの屋上には私以外誰も居ない。
私を止める人も誰も居ないのだ。
むしろ止められても困る。
「死ぬの?」
ビクッと体が震える。
どうやら誰かが入ってきたみたいだ。
私は掴んだフェンスから手を放さずに「そうだよ」と告げ登るのを再開する。
振り向く必要も意味も無い。
もしかしたら、私が死ぬのは後ろに居る人にとってはトラウマになってしまうかもしれないけれど。
でも、私はもう終わらせたい。
フェンスの頂上に手を掛けてㇷと違和感を覚えた。
『そう言えば入り口が開く音したっけ?』
頂上に手を掛けた所でピタリと止まり思い至る。
扉の音がしていなかった事に。
「もう一度聞くけど死にたいの?」
男性の声がする。
この屋上は開けていて、自分が入った時には誰も居なかったのは確認している。
後ろを振り返らずに「誰?」と尋ねた。
死ぬ間際に幽霊にでも会ったのかと思いつつ、体が少し震えていた。
こんな状況でも怖さがあるのかと自分でも驚く。
これから死ぬのに。
「僕?僕は....まぁ何でもいいでしょ?だってこれから死ぬんでしょ?」
「そうだけど、止めないの?」
ははっと乾いた笑い声が後ろから聞こえると「止めてほしいの?」と問い返してきた。
確かに止めてほしい訳じゃないと思い「ううん。止めないで欲しい」と返す。
「止めないよ。だって死にたいんでしょ。僕は君じゃない。だから、死にたい君に、例えばこんな幸せがあるかもとか、生きてたら良い事あるよ、なんて言っても辛いだけでしょ。だって良い事があるのなら君は今、此処に居ないはずだ」
低く落ち着いた声で問いかける男の声。
こんな状況で酷く安心するような声だと思ってしまう。
「じゃあ何で声を掛けたの」と若干震える声で語り掛ける。
すると「お願いがあってさ」と言うと、どうやら真後ろに居たみたいで、来ているパーカーの首袖を掴んで強い力で引っ張るとフェンスから引き釣り降ろされる。
ドシンっと尻もちを着いてその場に倒れた私は思わず「いった」とくぐもった声を出すと「何するの」と見上げた。
どんな失礼な奴だと思った私の視界には誰も居なくて真っ暗な夜空が映っているだけだった。
「はい?」
やっぱり幽霊じゃないかと吃驚していると「あぁごめん。僕透明人間だから」と軽快な口調が響く。
いや、それを幽霊って言うんじゃと内心ビビってると「幽霊だと思った?だけど、本当に生きている人間なんだよね」と困った声が私が見上げている方向から聞こえる。
遂に死に際で変な妄想にでも取りつかれたのかと思ったが、なら引っ張られたのは変だよなと目を回してグルグルと考え込んでしまう。
「いや、引っ張ったのはごめん。だけどなんかフェンスによじ登ってる君、カブトムシみたいだったよ。お願いするのにその恰好の人と真面目に話すのは...と思ってさ」
「か、かぶとむしって。失礼な。で、やっぱり止めたいの?」と恥ずかしさを感じながら空に向かって問いかける。だけど、自称透明人間は「いやいや。別に止めたいわけじゃない。言ったでしょ?お願いがあるって。お願い聞いてから死んでくれないかなって思ったんだ」と訳の分からない事を言いだす。
「何?もしかして....」と自分の体を抱きしめて守るようにしながら顔を赤くして問い詰める。
人生で一度もそういう経験は無いし、これから死ぬのだが、それでも嫌な物は嫌だ。
「いや、俺そういうの興味ないし。そもそも触れないから」と困った声が響く。
......何で私が誘ったみたいな感じを出しているんだこの透明人間は!と怒りがこみ上げ「さっき私をフェンスから落とした奴が何言ってんの」と怒鳴る。
「いや、本当に。物とかは触れるんだけど人は触れないんだよ。それに、君みたいな幸薄そうな女性はちょっとタイプじゃないからごめん」
「は、はぁ?人の自殺止めた上に何勝手に私を振ってんの?」と睨む。
何時ぶりに本気で怒っただろうかと思う程にキレた私に向けて「まぁまぁ。自殺は別に止めてないからゆるしてよ」と困った様に宥める声。
ふぅっと大きく息を吐いて、何とか怒りを収めようと努力しつつ「じゃあ何?お願いって」とやけくそで尋ねると「あぁようやく本題に入れた」と言って肩に何かが触れる感触がした。
「俺を探してほしい」
「目の前にいるじゃん。終わり」と呆れて告げる。
鬼ごっこに付き合えとか見えない時点で圧倒的に不利だし。
そもそもそんな気も起きないので当然拒否する。
「あーまってまって。違う。俺が誰なのか、何処に住んでいたのかを探してほしいんだ」と焦った声が聞こえる。
その声を無視して私はお尻を抑えながら立ち上がる。
スカートに付いたホコリを払いながら「そんな謎かけに付き合ってる暇ない。本当に死なせて」と死んだ目を声のする方に向ける。
「記憶が無いんだ」
「じゃあ猶更無理じゃん。それになら他の人に頼めば」
何故死のうとしている人に頼むのだ。
頼むからほっといて欲しい。
「いや、頼みたいけど君しか俺の声が聞こえないじゃん?」
「はぁ?」
急にフランクに話しかけるなコイツと思いつつ私にしか声が聞こえないと宣う。
「どうして?」
「どうしてって。だって色んな所で声を掛けてみたけど誰も気づかなかったんだよ。君以外」と訳を話す。
私にしか聞こえないのか?本当に?だとしたら幽霊じゃないのかコイツは。
「ダメもとで声を掛けてみて正解だった。だからお願い。俺を探してくれたら死んで良いから」と元気よく喋る透明人間に沸々と怒りがこみ上げる。
元々死ぬつもりではあったけれど。
他人に元気よく言われると流石に腹が立つ。
「いやだ。今死んでも良いじゃん。お願いを聞く義理も無いし」
フイっとフェンスに向きよじ登ろうとする。
もう無視しよう。
そう思ったけれど、透明人間は「まってよ。いや本当に」と言ってパーカーのフードを引っ張ってきて引き留める。
「本当にムカつく。そもそも私がお願いを聞く義務は無い!」と振り返って叫ぶ。
何で死ぬ前に人助けなぞしないと行けないんだ。
誰も私を助けてくれなかったのに。
「うーん。じゃあこういうのは?」と何か閃いた様な声を出した男の声。
胡散臭そうに「何」と短く尋ねると「俺が誰かを探してくれたら、もっとも幸福な自殺を教える」と宣う。
「そこ、そのビルから落ちても多分運が悪ければ死なないし、死ねたとしても滅茶苦茶痛みを感じて死ぬだけ。それこそ、さっき尻もち着いたくらいで痛がってるなら無理無理っ」と茶化すように告げる。
本当にコイツはムカつくと思いつつ「で?幸福な自殺って何」と尋ねる。
「それは探してくれたら教える。ただ、君幸せを感じた事ないでしょ」
こんな奴が講釈を垂れるな、と思いつつ「うざ」と小さく愚痴をこぼす。
だけど、そんな私の抵抗にも陽気な笑い声を響かせて「君、口調悪すぎっ」と返してくる。
本当にムカついた私は「じゃあその幸福な自殺とセットでお前をぶん殴らせろ」と告げる。
死ぬ前にコイツは絶対に殴ると決めた。
「いーねぇ!じゃあ交渉成立で。あ、ちなみに君も僕には触れないから殴れないよ?」と馬鹿にする男。
「絶対に殴るから。どんな手を使ってでも」
パシンと両こぶしを突き合わせて告げる。
その本気の決意を聞いても尚笑う男は「まぁ頑張って」と告げケラケラと笑っている。
「で?」
「でって?」
「だからぁ!透明人間、あんたを探せって言われてもあんたが誰かも知らないんだからヒントぐらい教えろ!」
ぶんッと声のする方を殴りながら叫ぶ。
当然空を切るが、少しスッキリした気分でヒントを待つと「ヒントねぇ。いや、俺自分の事なーんにも分からないんだよね。名前も、何処に住んでいたのかも」
それじゃあ何にも分からないじゃないかと思ってため息を付くと「あぁでも」と思い出したような声を出して「蕎麦が好きなのは覚えてる」と告げる。
本当にコイツは私の事を馬鹿にしているだろうと思い「もう良い」と言って屋上の出口に向かう。
どうせコイツは地縛霊か何かだ。
なら、ここでは無い別のビルを探せば良い。
そもそも何で私はお願いを聞こうと思ったのかと自暴自棄になりながら屋上を出ることにした。
「え?どっか行くの?」と声がするが無視だ。
ガチャっと扉を開けてビルの階段へと移動する。
カツンカツンと音を立てて埃っぽい階段を下りてエレベーターホールまで降りると下降ボタンを何度か押して点灯させる。
やっぱり地縛霊か何かだったのだろう。
声が聞こえなくなったので安心してエレベーターを待つ。
暫くしてポーンと機械音が鳴ってエレベーターに乗り込むと一階のボタンを押して下降する。
扉が閉まって下降するエレベーター内で『どこで死のうか』とぼんやり考えていたらポンと肩に手を置く感触がした。
自分でも顔が引きつるのが分かる。
「あれ?死ぬんじゃなかったの?それとも何か分かった?」と呑気な声が左隣から聞こえてくる。
イライラしてボサボサの髪をかきむしりながら「何で着いて来てんの」と声に出すと「いや、だって見失ったら僕の願い叶いそうにないから」と何言ってんだコイツは?みたいな口調で喋る。
あーこれは悪い夢だ。
きっとそうだと結論付けた私はエレベーターの扉が開いた瞬間に走り出す。
今まで一度も出したことの無いスピードでビルを抜け繁華街を抜け走る。
通行人がギョッとした目をして私を見るが関係ない。
もう二度と会う事の無い人に引かれても関係ないのだ。
大通りを抜け近くに信号待ちで止まっていたタクシーに転がり込む様に乗り込む。
ビビるタクシー運転手に「××まで!!」と叫ぶと、引きながら車を出してくれる運転手。
声は聞こえなくなった。
はぁはぁと荒い息遣いをして何とか息を整える。
本当に私は運が無い。
どうして死のうとした日に変な幽霊に出くわさなければいけないんだ。
そもそも幽霊のお願いを聞こうとしていた自分、頭おかしいだろと今さら思ってしまう。
少し落ち着いた私は『明日別の場所で死のう』と決めた。
本当は今日死にたかった。
だけど、あの幽霊に出くわしたらまた、調子を狂わされる。
流れる都心の景色を眺めながら『でも、ああ言う風に話したのは何時ぶりだろうか』と考えてしまうのはきっと幽霊が悪い。
暫く都心を走り、目的地のマンションに付いた私は、持っていたスマホを取り出して料金決済を行うとタクシーから降りてマンションに入る。
自室に向かう途中、何度も『着いてきてないよな?』と辺りを警戒しながら私は自分の部屋の鍵を開けて自宅に戻った。
あぁ、そう言えばご飯食べてないやと思いつつ、ドッと疲れを感じて、フラフラと寝室に向かう。
シンプルなベットに腰かけバタンと横になる。
本当に変な目にあったなと思いウトウトと目を閉じ
どうせ明日死ぬのだしお風呂は入らなくても良いやと思い、寝ようとした。
「え?風呂入らないの?きたなっ」
ピクピクと頬が痙攣する。
眠気が一瞬で吹き飛んだ私は「うっさい!!どこまで着いてくんだ変態!」と叫んで枕を持ち振り回す。
「あぶなっ!!いや、だってお願いが」と頓珍漢な事を宣う男の声に「知らないっ!他を当たんなさいよ」と叫ぶが「いや、だから君しか僕の声が聞こえてないみたいだから」と食い下がる。
「私以外にもいるでしょどうせ!そこまで行動力あるならその行動力生かして探せよ!」
「いや、居ないって!だって俺、こんな感じで探して3年くらい経ってるし」
「は、はい??」
困った声を出す男。
三年も彷徨ってたのかよこの変態は、と呆れてしまう。
「だから、逃がさないよぉ。例えトイレの中風呂の中。ずっと付きまとうからねぇ」とキモイ事を平然と告げる変態。
「変態。やっぱりソッチ目当てじゃん」
「いや、だから君みたいな幸薄い女性は遠慮するよ。俺はもっと美人な女の人がタイプなんだよね」と宣う。
結局顔かよと内心毒付きながら「もー....わかった、わかりました!」と自棄になって叫ぶ。
「お願い聞けば良いんでしょ!?」
「え?それはさっき聞いてくれるって」
「うっさい!それで?蕎麦好きぃ?そんなんで分かれば私は名探偵になれるわ変態」と叫ぶ。
防音がしっかりしている部屋だから大声を出しているが、違ってたら今頃壁ドンされているだろうなと思いつつ大きなため息を吐いて「蕎麦、蕎麦って言ったら長野か?」と考える。
いや、こいつに上手い蕎麦食わせれば成仏するのだろうか?
てかコイツそもそも飯食えないじゃんと思い出す。
「あんた飯食えんの?」
「え?食えないよ。何言ってるの?」と真面目な声が響く。
本当にこの透明人間は人を怒らせる天才だ。
「お祓いでも行こうかな....はぁ」とため息を付く。
「で?透明人間さんはそれ以外何も思い出せないの?」
「うん。残念な事に」と言って何故か、ベットの脇に置いてあるテーブルの上に前に買った漫画を置いてパラパラと捲っている透明人間。
姿が見えないので、一人でに漫画本が動いている様に感じるし、普通なら怖いのだが、今は怒りの方が強い。
「そもそも三年も時間があったなら、自分一人で探せば良かったじゃない」と真っ当な事を言うと「いや、言ったじゃんか物しか触れないって」と言ってパラパラ捲っていた漫画を閉じる。
「俺が聞いても誰も答えてくれないし、物を持ち上げても不気味に思われるし、なんか神社の人がお祓いとか言ってお祈りし始めるしで、一人で探すのは途中で辞めたんだよね」
「はぁ。あ、そう」つまりコイツは一度お祓いされているのか。
じゃあ意味ないのかお祓い。
「そもそも僕幽霊じゃないからね」
「いや、幽霊だろ」と告げると「だって、他に同じような人を見た事無いし」と意味の分からない理屈を言って読書を再開する。
「蕎麦好き以外しらないのね」と呆れて告げると「そのとおり」と言ってケラケラ笑いだす。
どうやら漫画を気に入ったらしい。
「でも、あんた男なんでしょ?」
「え?そうだけど」と告げる透明人間。
ふと気になって私は「なら、色々出来るんじゃないの?ほら変態なんだし」と告げると困ったよな笑い声を上げる。
そしてパタンと静かに漫画を閉じると真面目な静かな声で私に告げた。
その声はとても悲しそうだった。
「もし君が透明人間になれたなら。きっと君なら僕の気持ちが理解できるだろうね」と。
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