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#8 澱みなく淀んでいる

怪異はこちらを殺したい。

――そんな思惑は一欠片も持ち合わせてはいない。


ただ、触れに来ているのだ。

何故なら、先にちょっかいを掛けるのはいつもこちらなのだから。


怪異は現象。それは変わらない。


意図や目的を介さず、ただ、そういう“現象”だから。

それだけの理由で怪異は近づいてくる。


誰も吹き荒れる嵐や津波を止めようなどとは思わない。

というか、止めることなど出来ないわけだ。


――ならば、それを止める術を知るものは、神かなにかなのか?


そう思ってしまうだろう。




神原 澪は暖炉の火を消す。

すると、また手を引かれた。


「着いてきて。」


言われるままに歩く。

それにしても広い屋敷だ。

結局両親のことはなにも分からなかったが、もし、一人で暮らしているのであれば、彼女の精神性は最早壊れていると言っていい。


「ここが君の部屋ね。」


そう言って鍵を渡してくる。

「鍵もあるから、安心してよ…でも、もしも何かあったら、不安を感じたら隣の私の部屋に来るように。怪異を避けるために一番重要なのは直感だからね。」


「わかった。朝、起きたらどうすればいい?」


「起きたら今日の客室に来てくれればいいよ。トーストでもいいかな?質素なご飯しかないのだけれど」


「全然構わない。むしろ、泊めてもらっている身。なにかできることがあれば言って欲しい。」


「いや、いいさ。この屋敷は広いが、それ故に一人でも暮らせるように整理している。君の助けはいらないかな」

言い方は癪に障るが、本当のことなのだろう。

あれだけ頭が回るのだから、そのくらい当然だ。


「あ、そうそう。私がお風呂に入っている時に覗いたりはしないでおくれよ。体は少々コンプレックスだらけでね。」

いつものように笑みを浮かべて言われるかと思ったが、真剣な話のようだ。

だが、それを詮索するのは野暮だろう。


というか…

「そもそも風呂を覗くわけないだろう…!」


「でも、年頃の男は修学旅行で女子風呂を覗こうとするのだろう?君も例外では無いと思うが?」


「俺は例外だ!!」

バタン、と勢いよく部屋の扉を閉めると

ガチャ


すぐに鍵をかけた。

これで神原 澪も干渉してこない。

今日は新しいことだらけで疲れたが、絶対に眠れないだろうな。


なんでかって?


あんな面白い話、脳が動きを止めてくれるはずもない!




俺はその後もずっと調べ続けた

くねくね、それに怪異について。


くねくねも怪異なのであれば“怪異”を知れば一石二鳥だろう。


だが、一貫して現れる情報は神原 澪の理論とは違っている。


今、一番俺の脳を支配しているのは“神原 澪”なのだ。


怪異の再定義。そして、細かな情報から来る思考の再構築。

一朝一夕に出来たものじゃない。


この知識、思考回路を得るまでに彼女は何年間―怪異について調べたんだ?


調べるだけでは到底納得できない情報だ。

実際に触れ、実験し、結果を知った側の人間でしか手にできない情報が彼女には多々ある。

そこらの怪談に出てくる怪異なんかよりもよっぽど“怪異的”だ。


そんなことを考えていると、段々と体が温まってきた。


「そろそろ寝るか…」

先の紅茶だろう。

あれを飲んでから体がぽかぽかとしている。

何か、安眠作用などのある茶を使ったのだろう。


俺の不安を取り除くために。


睡眠は日常でしかない。

その日常に準ずることこそ、怪異から身を引く第一歩と言えるのかもしれない。




夜も老け、屋敷が闇に包まれた頃、一人の女は動き出した。

「そろそろ湯浴みの時間か…」

神原 澪は手に取った本に栞を挟み、机に置いた。


部屋を出て隣の様子を確認する。

「…寝息は聞こえる。抜け出してはないようだね。」

彼の好奇心は人の身に有り余る。

その好奇心は野生の猛獣さながらに、赴くままに身を動かしてしまう。


「睡眠薬はいれて正解だった。だいぶ希釈したから、効果があるか不安だったがね。」

この屋敷を抜け出せばまず、くねくねとの『接触』は避けられなかったろう。


くねくねの前提として、


現れるのは田や水辺が多い。


彼の家は田んぼ道の中。


彼が帰路に着いていれば、そのまま接触▶︎怪異の影響を受けてゲームセットだ。


「はて、私はここまでお節介焼きだったかな?」

自分でもそう思う。今まで生きてきて、ここまで密に干渉したことは一度もなかった。


「まあ、これも私が生きる上で起きた軽微な“現象”だろう。いつ死ぬか分からないのだから、徳を積んで損は無いからね。」

そう言って、神原 澪は風呂場へと消えていった。





午前2:30


これは俗に“丑三つ時”と呼ばれる時間。

その概念が出来たのは今から200年前とされている。

もしかすれば、それより昔だろうが、この際どうでもいい。


丑三つ時は十二時辰で言うと、北東の方角に当たる。


北東には鬼門があるとされ、この時間から2時間程度は邪気が増す。

すると、怪異や物の怪と呼ばれたものらの動きは活発になる。


ただ、何がまずいかといえば、怪異に触れかけた碧が“丑三つ時”に目を覚ましてしまったことだろう。


「便所…」

紅茶には少なからずカフェインが含まれている。

カフェイン摂取後には尿意が増す。


偶然ではなく、必然的に起きてしまった。

これは、神原 澪にも想定外だっただろう。


碧は部屋を出た。

その時、偶然にも神原 澪は湯浴みをしている。


不在のため、彼女は碧が部屋を出たことに気付く由もない。


尿意を感じていても、俺の意識はくねくねと神原 澪に別れている。


今は、くねくねの方が強い。


怪異。それ自体は知らなかったが、妖怪や幽霊と似通った存在なのは理解出来る。


これも前提としてあるが、


妖怪や幽霊は夜に現れる


そんな認識が人には深く根差している。


夜闇で屋敷の中を歩くのも憚られる中、窓の外に視線が向くのは何らおかしくないだろう?


俺はチラッと外を見る。

…いない。


くねくねの姿は無いように見えた。

けれど、それ以上に目を引く異様なものがいた気がした。


屋敷を囲う外壁から覗いて見える。

俺はそれに目を奪われてしまった。


くねくね、では無い。

見た。だが、平気だ。


ならば、あれはなんなのか?

あの異様な程の背の高さは。


外壁は少なくとも200cmを超えているだろう。


そこから頭を覗かせるなんていうのはちゃんちゃらおかしい。

200cmを超える人は田舎に早々いるもんじゃない。


だが、気にしないことにした。ただ、出来る限り。


あれも怪異であるとすれば、見ることすらしてはいけないことなのだ。


だから、見てないフリをした。

そんなフリで、一現象を止めることが出来るのかは定かじゃないが。



俺は便所を出ると、部屋へ戻った。

その時、偶然にもお風呂上がりであろう神原 澪と遭遇した。


「君、どこいってたんだい?もしや、外に出た訳じゃないだろう?」


「出てないよ。あれだけ釘を刺されて外に出るなんて、不調法者のすることだろう?」


「うん。それもそうだね。」

少し違和感があった。

彼女の視線は外を向いている。

すぐ横にある、自分の部屋のドアではなく、外へ。


「じゃあ、俺は寝させてもらうよ。神原さんもおやすみ。」


「ああ、おやすみ。羊でも数えるといいよ。」


俺が部屋へ入ったあと、程なくして、隣の扉の閉まる音がした。



「一尺30cm。それ故に八尺様。」




『――彼はもう、怪異を避けることは出来なそうだ。』

神原 澪は呟いた。

少し楽しそうに。

口元を緩ませながら。

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