#7 真相
怪異と一度でも触れ合えば終わり。
生者の魂ですら彼岸まで引きずり込まれていく。
絶え間ない怪異からの接触は人を壊すに足る要因だ。
触れ合わずに済ませるにはどうしたら良いのか?
それが分かるとすれば、その危機を脱した事のある“経験者”しかいないだろう。
だが、それができてしまう人間。
それは、
―――人よりも怪異に近そうだ。
“くねくね”の真相
今までのことが全てではなかったのか?
俺の頭はそれでいっぱいだ。
「君、携帯は持っているかな?」
神原 澪の言うとおりに、俺はスマホを差し出した
「くねくねの怪談…実際に見た方が説明するよりも楽だろう。」
そう言って、彼女はスマホの画面を俺に見せてきた。
「これは…」
それはくねくねの文献だった。
というより、実際の体験を書いたという、一見“与太話”のような話。
だが、かなり興味深い。
くねくねをみた少年は知能に大きな障害を抱え、その両親はこう言った。
「ある程度経ったら、田んぼにでも放してやった方が良いだろう」
俺は眉を顰める
「なるほど…だが、これは真相と言えるほどの衝撃は無いと思うが。」
「さっき、言ったでしょ。説明するよりも楽だろう―って。これから真相を話してあげるから、その好奇心を少しは抑えるように。」
たしかに。まだ全ての説明を受けた訳じゃない。
実際の話を知った方が、その後の説明に柔軟に対応できる。
今は“真相”の前の慣らしの段階。
だが、彼女はなんでこんなことまで知っている?
掲示板に書いてある内容までなら理解出来る。今の時代、誰でも知ろうと思えば知れるのだから。
しかし、これ以上の“真相”となると、少し流れが変わったか。
「今の話。見てどう思う?」
どうとは?という安直な言葉が出そうにもなるが、ここはグッと飲み込んだ。
「くねくね…見た感じではさっき聞いた話と相違ない。だが、やはり分からない。見て狂う前提が是として、俺が狂っていないのだから、平気なんじゃないのか?」
「まあ、そう思うよね。頭が硬いと」
くふっと薄気味悪い笑みを浮かべる
こいつ、俺のこと馬鹿にしてるんじゃ…
「これを投稿した人間は分かってない。くねくねの全てを。間違った知識を世に広げたのは大きな罪とも言える程に。」
「つまり、あの投稿は嘘では無いが“真実”ではないと?」
「その通り。あれは真実からはまだ遠い。知識のない人間が観測的事実から構築した理論に過ぎない。だからこそ、真実とは違う。」
待てよ。何故、ここまで神原 澪の知見は深いんだ。
これはさすがに奇妙だ。
真実を語るには、確固たる自信がいる。
ホラ吹きと呼ばれたい者などいない。
ただ、世間で知れ渡っているくねくねの全てが真実とは遠いと言い切れるほどのその自信。
一体どんな生活を…
「まず、真実を語る前に、前提を少し変えよう。」
彼女はソファを立つ。
すると一冊の本を持ってきた。
「前提として、怪異は触れたら“ダメ”なんだ。」
「まず、この本。これを怪異として考えてみて。」
「…?わかった。」
何が始まるかは分からない。
ただ、今は素直に従うしかない。
彼女は本のページをパラパラとめくり出す。
「これは怪異に“触れている”状態。これはさっき言ったダメな例になるね。」
「…さっきから思っていたが、触れるのがダメと言うなら“見る”はまだセーフゾーンじゃないのか?」
にやりと顔を歪ませる。
勿論、神原 澪が、だ。
「説明は最後まで聞くものだよ。」
彼女は捲る手を止めると、文字の羅列に指をさした。
「この文字。読めているかい?」
「そりゃあ、もちろん。」
「接触。その定義は実体に“触れる”だけには留まらない。ハッキリと、明確に“見る”というのも接触と言えると思わない?」
…その理屈なら、たしかに“罷り通る”!!
「ここで大事なのはハッキリと、明確に。この部分。君はぼやけた影の輪郭しかまだ見ていない。だから、接触の定義には触れずにいた。」
「だが、俺が追おうと。それを“見よう”と動いたことで、その定義にほんの少し抵触してしまった…ということか?」
「ようやく分かってきたみたいだね。」
パチパチッ、と暖炉の木が燃え尽きていく予感がする。
外はもう仄暗い。だいぶ話し込んでしまったようだ。
彼女は本を少し遠くに置くと、また文字を指さす
「この距離にあるこの文字。読める?」
「いや、少しぼやけて読めないな。」
「でしょう?例えば英文を読めと言われても君は読めない。だが、読めるようになろうとした結果、明確にわかってしまったら?」
「くねくねと接触した…ということになるのか?」
コクリと頷く彼女は本をパタリと閉じ、机に置いた。
「そして、くねくねの真相はこれだけじゃない。」
「その真相っていうのはなんなんだ。勿体ぶらないでくれ。」
「元から教えるつもりだよ。あまり邪険にしないで欲しいな。」
今は神原 澪への好意よりも明確にくねくねを知りたいと思ってしまっている。
知れば知るほど俺は死に近づくというのに、俺の心は今も尚、この事実に脈打っている…!
「定義に抵触した。君の話は間違っていない…というのは分かるよね。だが、今までの話を聞いた君はくねくねから距離を取ろうとするだろう?」
「それは…そうだな。流石に自ら死のうなんて思うわけもない」
俺はあわよくば200年は生きてやろうと思っている。200年もすれば科学は発達して、俺の知らない世界が出来ているだろうから。
「ただ、くねくねはそれを許さない。一度“触れよう”としてきた相手をみすみす逃がしたりはしない。昨日も今日も見たんだろう?」
思い返してみればそうだ。あいつはずっと俺の目に映ってくる。
あ…っ
「もしかして、昨日からずっとくねくねの姿を見るのは…偶然じゃない…のか?」
そういう事なのか…?
『くねくねは…“近づいてきている”…?』
「Exactly。大正解だよ。」
頭のいいやつに褒められると嬉しい気持ちになるが、彼女に認められるのはそれ以上の快感だな。
「君が近づいてこないのなら、あっちから接触しに来るに決まってる。目的も意図も分からないが、くねくね―いや、怪異というのはそういうものなんだ。」
「それじゃ、どうしたらくねくねから逃れられるんだ?その話を聞く限り、俺が狂ってしまうのは確定事項のように感じるが。」
彼女は紅茶を飲み切り、言った。
「それはまだ秘密さ。」
シーっと、また指を口の前まで持ってくる。
しかし、こういう仕草は幼い印象が強いな。
彼女の小柄さも相まって、まるで幼女のようだ。
「さあ、一旦話は終わろうか。明日もどうせ話すんだ」
『その子供のような視線を向けるのを辞めてくれないかな?』
その言葉を聞いて、碧はハッと我に返る
「今、俺そんな目をしてたか?」
「うん。それはものすごい程に…全身舐めまわすように見られてしまっては、乙女として口出す他ないだろう?」
幼女に欲情するはずも無いだろう。
頭の回る人間は、人を揶揄うのも上手いな。
「それじゃあ、くれぐれも外には出ないように。屋敷の中なら好きに使ってもらって構わないよ。なんなら、私と一緒に寝るかい?」
「寝るわけないだろう。今回、話を聞かせてもらったのはありがたいが、少し気を許しすぎじゃないか?」
くまをこさえた目を細めて言った
「子供のような目をしていたから、怖い話を聞いたあとはひとりで寝れないんじゃと心配でね…あと、君は義理堅そうだ。家まで入れ、色々教えた私に劣情を抱こうはずも無い。」
「子供子供うるさいな。他の人にもそんなことをしているのか?もし、しているのなら、改めた方がいい。俺以外なら寝込みを襲われているかもしれないぞ。」
「…やれるものなら。」
上品な返しにも見えるが、会話の内容は下世話なものだ。
しかも年頃の女性がこんなことを承諾するなんて、危機感が足りないんじゃないのか?
そんな賑やかな客室の外。
日の落ちた街は今や影で埋め尽くされている。
妖魔や、怨霊と呼ばれるものが活発化するのは夜。
特に“丑三つ時”
それは“怪異”も例外ではない。
―――くねくねが碧の喉元を掻き切るまで、そう遠くないだろう。




