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#6 くねくね

“怪異”を語るときに最も重要なのはその“定義”だ。


最低限、定まった情報を仮定することで、少しでも理解度を高めようという魂胆が人にはある。


理解及ばぬ存在よりも、少しでも理解した“気”になった方が恐怖は薄い。


そう。

人は怪異に恐怖するものなのだ。

前提としてそうなのだ。


だが、それを恐れない。

取り入りたい。見てみたい。触れたい。


そう思ってしまう人間は


―――怪異との遭遇が


増えていくだろう。


恐怖は冷静さを奪う。

どちらにせよ、怪異と遭遇はしてしまうものだ。





「あれは―“くねくね”だよ。」

神原 澪はいつも通りの表情で言った。

まるで当然の知識を説くかのように。


当たり前だが、俺の頭にそんな知識はない。

「その“くねくね”が例の“影”の正体…だと?」


「…あれ。聞いたことないかな?……最近の子なら知っているものだと思ったのに。」


最近の子―まるで、自分はそうでないかのような口振りで彼女は言う。


「ああ、聞いたことない。」


「そう?それなら、初めから説明するね。」


そう言って彼女は語り出した。


怪異―“くねくね”について。





2003年。ある掲示板サイトにて「洒落にならない怪談」を集めようというスレッドがあった。


そこで投下されたひとつの話の中に“くねくね”はいた。


それは、田んぼなどで目撃される白い布のような影だという。


くねくねを見たものは精神を汚染され、最終的には狂乱状態に陥ってしまう。

一度見てしまえば、精神は治ることがない。


そんな、必死の怪異。


それが、


――“くねくね”だ。




碧は理屈的。それでいて、好奇心が旺盛すぎるだけの男。

“くねくね”を知りたいと思ったのは、この好奇心から来ている。


ただ、理屈的だからか、疑問が浮かんだ。


「…それはただの与太話じゃないのか?そんな話、聞いたこともない。し、狂ってしまうなんて、尚更信じられない。」


「それは有り得ないよ。」

彼女はキッパリ突きつける。

まるで実際に“見た”かのように。


「くねくねを見たら、須らくが狂っていく。これに間違いは無い。断言出来るよ」


「そう…なのか?」

俺の知りえない領域…そこに踏み込むには、まだ知識が足りない。

その言葉を信じることしか出来ない。


「さっきも言ったように、怪異は“現象”。名前なんて言うものはないのだけれどね。」

少し悲しそうに言う。

その顔は不気味と言うより、何かに憂う可憐な少女にしか見えなかった。


「現象に名前が着くというのは、どういうことか分かるかい。」

不意にそんな質問をしてきた。

これならば、他の知識を流用すれば応えられる。


簡単に考えればいい。俺がもしある現象に名前を付けようと考える時があるのなら、それはどんな時だ?


「俺なら…明確な被害や影響を起こした現象を、共通認識として知れ渡るように名前を付ける…だろうな。」


「その通り。元々名前の着いてなかった現象。つまり“くねくね”という名前がつくまでに、万人に知れ渡るまでの大きな被害を及ぼしたから。と言えるだろう?」


「なるほど…」

俺は感心した。

彼女の知識や、思考プロセス。

これらは、尊敬に値するものと言って差支えがないだろう。


「君に“見るな”と言った理由も分かっただろう。あの時、止めていなければ、君はもう“怪異”の腹の中にいたと思うよ。」


そう言って、冷えた紅茶を彼女は飲んだ。

ゴクリ、

喉元を上下させると、ふぅー、と一息つく。


「話を変えよう。」

彼女は刺すような視線で俺を見つめてきた。


「今までの会話の中でひとつ分かったことがある。君は好奇心の“奴隷”だろう?そしてそれを自覚している。自分でもそれを“悪癖”だと感じてしまうほどにね。」


「なッ…!?」

ピタリと言い当ててきた…!

俺も常々思っていた。

俺は好奇心が溢れすぎるあまり、要らないことに首を突っ込むたちがある。


昔、祐の連れてきた女の元彼と祐の喧嘩を仲裁するために俺が割って入ったのだが、最終的に殴り合いになって双方ボロボロになったことがある。


そこ辺りからだろう―“悪癖”を自覚しだしたのは。


「怪異はこちらから近づいても遭遇は出来ない。ただ、追ってしまえば話は別。君は、好奇心から“くねくね”を見たいと思ってしまった。その時点で、」



『―――逃げることはできない。』



「だから“必死”の怪異って言ったの。」


なるほど。怪異に対しての理解は少しづつできてきた。

見ようと思って見ることはできない。

だが、


見てしまったのは偶然。だが、追おうと思ってしまった瞬間から、あちらもこちらに“気”付く。

否―気付かれたといっても過言では無い…か。


「使い方は違うだろうが、


『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』


ドイツの哲学者、フリードリヒ・ニーチェの言葉のようなものか。」



「そう。」


面白い。この話、とても面白い。

もっと知りたい―そう思ってしまう。


いや、ダメだ。これは俺の“悪癖”。今のうちに正さなければ…


待て。先程彼女はなんと言った?


『逃げることはできない。』


そういったはず、


―何故?


俺はあの影を見た。ぼんやりとではあるが、確かに見たのだ。

にも関わらず、狂っていない。

彼女は『須らく狂う』


そう言っていた。

しかも、断定までした。


にも関わらず―だ。


結果的に俺は正常だ。なら逃げる逃げないではなく、そもそも逃げるという“土台”にすら立っていないのでは無いのか?


つまり、今俺がいるのは、


――安全圏、のはずなんだ。




「君、明日は休日のはずだろう?泊まっていくといい。でないと、死ぬよ。」

随分あっさりと言ってくれるものだ。

人の死をそう簡単に言うか?


先程までは一緒にいて飽きない女だとは思ったが、やはり、少し嫌味な女なのかもしれないな。


「ああ。たしかに明日は土日だ。だが、ひとついいか?」

俺は先程の疑念をそのままに伝えた。


「理屈的だが、これなら俺は平気なんじゃないのか?現時点で狂っていないんだから。」


「ダメだね。変に理屈的すぎる。」


「え?」

俺は呆気にとられる。実際にそうじゃないか。

先程までの話を整理し、俺の現時点での状況を照らし合せる。

そうすると、この疑念は当然の結果だろう?

何故、否定されなきゃいけない。


「じゃあ、教えてあげる。」

この話を聞いたあと、俺は神原 澪と同じ屋根の下で過ごすことを即決した。

それほどのことを聞かされたのだ。



『―――“くねくね”の真相を。』

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