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#5 怪異。そして、その正体について。

――今から200年ほど前。ある田舎に女がいた。

女は、ある仕事をして暮らしていた。

金は取らない、その代わりに、食料や衣類を貰う。


そういう生活を送っていた。

では、その仕事とは一体なんなのか。


まだ話しても分からないだろうから、一つだけお教えしましょう。

その女の名前は


“澪”


だったそうだ。






コンコン


部屋にノックの音が響く。

俺は咄嗟に身構える。


彼女が着替えを終わらせて来たのだ。

そして、薄らと紅茶の香りが漂っている。


ノックの後、すぐに扉は開かれる。

「おまたせ。」


彼女は制服姿ではなくなっていた。

今は半袖の黒いワンピース。


真冬のこの季節に半袖というのは些か変だ。


彼女は座ることなく、俺の後ろを通り過ぎた。

目で追うように、その後ろ姿を見ていると、そこには暖炉があった。


「暖炉なんてあるんだ。」

俺は静かにそんなことを言った。


「うん。この家ができた頃から、ずっとね。」

彼女の腕には大小細かな傷があるのが見えた。


暖炉に木を入れていく。

すると、すぐに火を焚べた。


小さな戸を閉めると、暖かさだけが部屋に流れ込む。


そんな姿を見ていることしか出来なかった。

彼女は暖炉から離れると、俺の隣に座ってきた。


そういえば、ティーカップを俺の隣に置いていたな。


彼女は紅茶を容れていた。

その手際の良さには感嘆する程だ。

「召し上がれ。」

そう言って、まだ湯気の立つティーカップをこちらに寄せる。


「ああ、頂くよ。」

口に運ぶと、まず広がる花の香り。


俺の好きな風景がそのまま頭に浮かぶ。

そんな感じだ。


味も美味い。絶妙な甘さを、香りが後押ししてくれているおかげか、飲み口が軽い。


紅茶を二人で飲んでいるこの時間。

部屋の空気も暖まり、紅茶で体の芯からもアプローチしてくれる。


落ち着く。静かな時間だと、暖炉の火の音も心地いい。

だが、少し静かすぎる。


こんな屋敷に一人で住んでいるとも思えない。

――普通であれば。


でも、この神原 澪という女。

普通では無い“香り”がぷんぷんする。


紅茶の香りでも誤魔化しきれないほどに。


「神原さん。両親は?家に入れてもらったんだ。挨拶だけでも。」


「平気。今はいないから。」

今はいない―それに俺は少し引っかかる。

仕事でいないとも思えない。


ここには生活感が“足りていない”


彼女一人が過ごしている程度の生活感はある。

玄関に揃っていた靴は皆彼女のものだろう。


サイズから見ても確実だ。


母親の靴であったとして、男物の靴が一足もないのには違和感を覚える。


「そろそろ本題に入ろうか。」

彼女はティーカップを机に置くと、話の核心に踏み入ってきた。


「あれ……あの“影”はなんなんだ?」


今までは話を濁したり、そもそも何も語ろうとしなかったりの彼女だったが、今回ばかりは率直に教えてくれた。


「あれは“怪異”の一種だよ。」


「…“怪異”?」


「そう。」


怪異というものの見識は浅い。普通であればそうだ。

そうでないとすれば、

オカルトが好きな変人や、ネット掲示板のホラーネタを読み漁るような暇人だろう。


「怪異っていうのは、妖怪とか、幽霊―みたいなものなのか?」


「うーん。厳密に言うと少し違うのだけれど、大まかにいえば“そう”だよ。」

その言葉に少し引っかかる。


「俺に霊感なんてないのだが。」


「だから“少し違う”って言ったの。」

思い通りの質問が投げられたからか、少し口角が歪む。

タッタッ、と軽い足音を鳴らしながら神原 澪は席を立つ。


そして、ティーポットに手をかけると、また新しく紅茶を注いだ。


「説明してあげる。」



幽霊の類は、ただの精神体。

それ故に、実体はあるし、見える人は見える。

そんなものなんだ。


妖怪はもう少しややこしいのだけど、ここは省いても平気。


つまり、見える素質のある人間はどう頑張っても見えちゃう存在が幽霊。


でも―


怪異は違う。



「つまり幽霊の真逆で…“どんなに頑張っても見えない”ものが怪異…?」


「そう。」

彼女は紅茶を口に含ませながら言う。


「幽霊は実体。怪異は現象。という認識でいいよ。」


じゃあ―あの影は“現象”


ということになる。

現象というのなら蜃気楼となんら変わらない。

早朝の霧に陽の光が反射してたまたま影のように見えただけ…といっても説明は罷り通る。


―だとして。


それなら彼女―神原 澪が“見るな”という理由の説明が出来なくなる。


いや―――


それどころか“論理”が破綻するのだ。


そもそもこんな不可思議な現象を論理の中に組み込むこと自体、非論理的と言えてしまうが。


急に耳元に冷ややかな風が、

「要らない思考は排除して。」

神原 澪が耳元で囁きかけていた。


「うわぁ…っ!?」


「そんなに怖がらなくてもいいのに。お化けを見たわけでもあるまいし。」


彼女はずっと俺をからかっているかのような態度だ。


この女と知恵比べで勝ちたい。勝ち誇ってやりたい。


だが、俺は知っている。

彼女の知識の深さを。


ああ―ようやくわかった気がする。

彼女の瞳の暗さの理由。


知識、意識

全てにおいて、俺と比べて深い地点に既にいる。


知見が深いからこそのあの瞳…か。

そう思えば納得もできる。


「今、理屈的なことを考えていたでしょ?分かるよ。顔色で。」


俺は黙りこくった。

なんせ、図星だとバレればまた良い気にさせてしまう様な気がしたから。


「眉がピクっと動いたね。図星ってところだね。」


黙っててもバレるのか…!?



こいつ、視野が広いにも程がある。



屋上に駆けつけたのも、そういうことか?

まるで俺のことを監視してる様にすら感じてしまうのもこれが原因だったか…!!


「まあ、御託はもういいね。“怪異”は“現象”。これだけを頭に入れていて。」


今からもっと深い話が始まる。

そんな予感がする。

俺は口の中に溢れる唾をゴクリと飲み込む。




「あの“怪異”の正体はね―――」

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