#3 猫のような。
好奇心に逆らえない人間のことを好奇心の“怪物”と言う例えがある。
再三いうが、人は好奇心の奴隷なのだ。
誰しもが、
「これをしたらどうなるんだろ…」「立ち入り禁止の場所に入ったら何が…」などと思った事があるだろう。
大抵の場合、それを理性で押さえつけることができるのだが、先に言った怪物たちは違う。
好奇心が理性を凌駕し、全てのことを投げ打ってまでその事にのめり込んでしまう。
好奇心を与えた要因。そして理性のリミッターの壊れた人間。
このふたつが交わり生まれる“怪物”というのは、
――怪異。
そう呼べるのかもしれない。
昼休みがやってくると、俺はすぐさま神原 澪の元へ行った。
「神原さん。どっか二人になれるとこにいかないか」
「うん。いいよ」
そういう彼女の目は少し笑っているようだ
俺は屋上にいこうと提案する。
風景を見るのは好きだ。
落ち着いて話すのなら屋上がうってつけだ。
屋上へと向かう階段をコツコツと鳴らしながら登っている。
会話が何もないのは気まずい。
それに曲がりなりにも一目惚れした相手。
思春期の男子であれば、誰でも緊張する。
緊張を和らげようと、俺はなにか話題を出そうとする。
「神原さんは、なんでこんな時期に転校してきたの?」
「…特に理由は無いかな。成り行きだよ。」
クラスの女子にすら話さなかった身の上話を俺に応えてくれただけで、テンションが上がりそうになる。
「そっか」
しまった。少し安直な質問すぎたか?
会話はもう終わってしまった。
なにか話題がないかと視線を泳がせていると、
彼女の方から話し出した
「で、話っていうのはなんなんだい?」
その顔は揶揄うようで、話の内容には薄々気づいているという感じだ。
俺は観念した。
ここで嘘をつくほど子供ではない。
「昨日の“影”について―なんだけど。」
そう言いながら、屋上の扉に手をかける。
開くとそこには小さなベンチ。
きっと昼ごはんを食べるためのベンチなのだろう。ただ、今は冬だからか、誰も屋上にはいなかった。
自然な流れのまま、二人はベンチに座る。
「―“影”か…」
神原 澪は無機質な表情のまま、昼食を取り出した。
昼食と言ってもいいのだろうか?
彼女はちゅーっとゆっくりゼリーを吸っている。
口に含ませ、ゆっくり飲み込む。
俗世的な食べ物であるはずが、その仕草からは上品さすら感じる
「なんで知りたいの?」
口から吸口を離すと、言う。
俺の顔を下から覗き込むように首を傾げてみせた。
反射的に口元を隠してしまう。
「い、いや…ただ“気になって”」
自分の頬が赤くなっていないかと不安になる
「昨日だって寝るの遅かったんだ。ずっと調べてたから。」
彼女は少し口角を下げながら考える素振りを見せる
うーん、と唸り声が漏れている
「違うんだよ。なんでそんなに“気になってる”のかが気になるの」
「え…それってどういう…?」
何を言っているのかさっぱりだ。俺はただ“気になった”だけなのだから、気になる理由などはないのだ。
本当に、
ただただ無性に知りたくなった。それだけの事。
「そっか。まだ引き戻せる…か」
一瞬、にやりと笑ったようにも見えたが、すぐに元の表情へと戻った。
俺の耳はその言葉を聞き逃さない。
「いま、なんて?」
「ん?なんの事?」
“引き戻せる”
それの意味することがなんなのかはまだ分からないが、ここで確信がより深くなった。
彼女は影のことを知っている。それもおかしな程に。
「君はご飯、食べなくてもいいのかな?」
「えっ、あ」
スマホを開くともう昼休みが終わる時間だ。
すぐに昼食を摂らなければ、腹ぺこのまま授業を受けることになる。
「私は先に戻るね。」
あたふたしている間に、彼女はベンチを立つ。
「あ、ちょっと!まだ話は…っ!!」
俺は必死に引き留めようとするが、彼女は止まるそぶりを見せない。
ただ、屋上を出る前に、
「またね。」
猫のように微笑みかけていた―ような気がした。
「神原 澪。案外表情豊かなのか…」
俺はそんな独り言を零してしまっていた。
彼女のことを考えていると、頭の中の“影”の輪郭が少しずつぼやけていく。
それにしても、風景を見ながらの食事も悪くない。
こうやって田舎特有の風を感じながら、というのも新鮮でいいのかもな。
俺は田んぼ道を見ていた。広くて、それでいて綺麗だ。
整備された長方形で区切られた田んぼは質素だが目を惹かれる。
「…あれ。」
目が霞んでいるのか、何かが見えた気がした。
瞼を擦る。
きっと目にゴミでも入ったのだろう。
また、田んぼ道を眺める。
…やはりおかしい。
ゆらゆら揺れる影がある。
前も、なんなら今日も見た光景だ。
理由はないが、こちらを見つめているような気がする。
それだけが違和感。
「こっちに手を振ってる…?」
俺はよぉく目を凝らしてその実体を掴もうとする。
が、その時だ。
ドォン、と大きな音を立て、背後から扉の開く音がした。
俺は咄嗟に振り向く。
「……っ!?」
「―見ちゃダメ。約束、破るの?」
――神原 澪はまた、そこにいた。




