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7,学びと感謝と新たな悩み


※喉を痛めているミュシュの声の表現として、ひらがな+濁点を多用しています。さほど読みづらい文ではないと思いますが、頑張って話すミュシュに暫しお付き合いください( .ˬ.)"




「ここは私専用の宮だから。ミュシュも好きにしていいよ」


 案内されたのは、真っ白な壁が眩しい小さな離宮だった。帝宮楽師って、こんな離宮を一棟まるごともらえるの?と、ミュシュは目を剥く。


 中に入れば、落ち着いた色合いの調度品が置かれた部屋に案内された。しかし、自由にしていいと言われても、恐れ多くて立ち竦んでしまう。


「突然帝宮に連れて来られたら、そりゃあ落ち着かないよね。うーん。まずはお茶でも入れようか」


 ひらりと部屋を出ていこうとするスティの背中を、ミュシュは慌てて掴む。


「どうしたの?」


 ミュシュは少しだけ迷ってから、ペンを手に取る。これから本当にここで過ごすのなら、自分の現状を伝えておかなければかえって迷惑をかけてしまうかもしれない。

 

『食べ物とか飲み物は、目の前で用意されたものしか口に出来ないの。よかったら、お茶は私が入れてもいい?』


 毒を飲まされたあの日から、ミュシュは見えないところで作られたものを受け付けなくなってしまった。エウテの淹れてくれたお茶を飲む時も、内心怖くて怖くて仕方がなかったくらいには、生活に支障が出てしまっている。

 

「……そっか、そうだったね。ごめん、配慮が足りなかった。それなら一緒にキッチンに行こうか」


 スティの言葉に頷いて、後ろを追う。暫くそうして歩いていると、スティが困ったように振り返った。


「ねぇ。もしかして……私のことが怖い?」


 ミュシュは突然どうしたのだろうと目を瞬き、首を横に振る。すると、今度は拗ねた顔へと変わり、


「それなら、どうして隣を歩いてくれないの?」


と口を尖らせた。ミュシュは目を丸くしながら、紙にサラサラと書き綴る。


『婚約者でもない女が、男性の隣を歩くのはよくないのでは?』

「………………えぇ?」


 ミュシュの言葉に固まったスティは、間を置いてから不貞腐れた声を上げてミュシュの前まで歩いてきた。


「ミュシュは、私の隣を歩くのは嫌?」

『嫌ではないけれど』

「それなら、気にせず私の隣を歩いて。ね?」


 切なそうな瞳を向けられ、ミュシュの胸がどきりと鳴る。ぎこちなく頷くと、スティは「よし」と満足そうに笑って再び歩き出した。言われたように並んで歩くと、スティは視線だけこちらに向けて、にこりと笑う。


「うん。ミュシュは、そこが定位置だからね。……煩く(さえず)るだけの鳥達に、ミュシュの爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだよ」

「……?」


 ぼそりと零された言葉が分からず、ミュシュが伺うように顔を覗き込む。スティは誤魔化すように「なんでもない」と小さく笑った。


 コロコロと変わる表情に、ミュシュはいつの間にか釣られて笑みを浮かべていた。



 次の日、顔を合わせたスティに、ミュシュは危うく悲鳴を上げそうになった。


 どうやらスティはお忍び用のウィッグを被っていたらしく、茶髪ではなく金髪だったのだ。レヴィン殿下のような黄色の強い金髪ではなく、光に透けるような美しいブロンドで。


(絶対に、ただのしがない楽師なんかじゃないわ!この人、本当に何者なの……!?)


と、ミュシュは半泣きで冷や汗を流すのだった。





 

 スティとの唐突な同居生活が始まって、一ヶ月。気付けばミュシュの日々はとても充実していた。


 朝はゆっくり目を覚まし、スティと朝食をとる。食事の準備はなんとスティがしてくれている。料理が出来ると聞いた時、ミュシュはとても驚いた。


 最初にキッチンを案内してもらった時、ミュシュがお茶を淹れた。しかし、次にスティが目の前で淹れてくれたお茶の方が遥かに美味しくて。


(同じ茶葉なのにどうして?何が違うの……?)


と、ミュシュは何度も首を傾げた。


 それからは、お茶の淹れ方や料理をスティが教えてくれている。歌しかなかったミュシュにとって、新しいことを教えてもらうのは新鮮で楽しい。


 日中は、好きに楽器を弾くスティに合わせて歌を口ずさんだり、帝国で有名な曲の楽譜を一緒に眺めたり。音楽の参考にと、帝国の歴史や文化を聞かせてもらったり。


 スティには帝宮楽師としての仕事があるので、時々離宮を出ていくけれど。こんなにも静かな世界で過ごすのは初めてだった。


(嫌な視線や、棘のある声もない……。それに、少しずつでも、喉や声が回復しているって実感出来て、とても心が穏やかだわ……)


 ゆっくりと自分自身と向き合える環境は、とても居心地がよかった。


 そうしてお腹が空いたら昼食や夕食をとって眠るという、自由で緩やかな生活。


 そんな離宮には、スティとミュシュしか暮らしていない。


 まさか男の人と二人で生活するとは思っておらず、最初にそう聞いた時、ミュシュは顔を真っ赤にして固まった。くすくすと笑われたことは今でも根に持っている。


(だって、男女が同じ屋根の下で暮らすなんて!しかも、帝宮の敷地内にある離宮なのに、使用人も見習い楽師も居ないなんて、普通は思わないでしょう!?)


 ミュシュが王宮で歌姫をしていた頃は、多くの使用人達が忙しなく動いていた。それに、力に目覚めたばかりの見習いの歌姫達が、先輩に教えを乞う姿が当たり前の光景だった。


 対してこの離宮に居るのは、スティとミュシュだけ。


 定期的にハウスメイドやランドリーメイドが来て、札を貼った各部屋を掃除し、出しておいた洗濯物のみを綺麗にして去っていくという。メイド達と鉢合わせないよう札を貼っているらしく、ミュシュは未だに彼女達を見かけたことはない。


 食材も決まった時間にキッチンへ届けられるため、本当に離宮から一歩も出ずに生活が出来る環境で。


(スティって、本当に何者なの?帝宮楽師って、みんなこんなふうに至れり尽くせりなの……?)


 さっきまで歌を歌っていたため、今はお茶の時間。湯気の立つカップを両手で包みながら、ミュシュはこっそりスティを盗み見る。


 明らかによい血筋を引いていそうな見た目の青年。所作は丁寧で貴族らしいのに、言葉遣いや普段の振舞いはあまりそれらしくはない。


(変装していたとはいえ、街でも一人で演奏していたし……。分からないわ……)


「なぁに?そんなに見つめられたら気になっちゃうなぁ」

「……っ!?」


 見ていたとバレていたらしく、ミュシュは思わず狼狽える。


「ほら、ちゃんと声にして?」

「……みてだ、だけだがら゙……」


 ミュシュがツンと視線を逸らしながらそう言うと、スティは楽しそうに笑った。


 離宮で暮らすようになってから、スティはリハビリも必要だろうと、ミュシュに言葉を声に出すようにと言った。

 

「辛くなったら、無理に話さなくていいよ。でも私は聞き取りづらくても気にしないから、少しずつ慣らしていこうね」


 その言葉に甘えて、ミュシュは少しずつ声を発するように努めた。


 以前は話そうとするだけで焼けるように喉が痛み、すぐに咳き込んでしまうほどだったけれど。スティのおかげなのか、日に日に痛みは消えていった。


 未だにガラガラで濁った声ではあるものの、咳き込むことなく話せるようになってきている。その事実が嬉しい。


「見てただけぇ?……ミュシュのエッチ」

「!?」

「ふっ……ははっ。冗談だよ。ミュシュは話せなくても表情で伝わってくるから、見てて飽きないな」

「〜〜っ!」


 スティはこうしてよくミュシュを揶揄(からか)う。けれど、楽しそうに笑う彼を見て、やめてと言うことも出来ず。


(私、王宮に居た時よりも笑えている気がする。満足に歌えない状況なのに。こんなにも心が軽いのは、全部スティのおかげよね)


 ミュシュはスティにとても感謝していた。しかし、何も持ち合わせていない彼女は、与えられるばかりで申し訳なさも募らせていて。


(私に何か出来ないかしら。いつか……何かお返しが出来たらいいのに……)


 そう思い、頭を悩ませる。無意識でうんうんと唸るミュシュを、スティは湯気越しに温かな目で見つめていたのだが……ミュシュがその視線に気付くことはなかった。



 

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