48, 金と銀が降り注ぐ祝福の門出
ラーンスキー公爵の腕に手を添え、ミュシュは一歩、また一歩と歩みを進める。先頭には、リングピローを掲げたラディムが先を行く。
視界の端で帝宮楽師達の弦が震え、管が息を吹き込まれ、澄んだ旋律が重なっていく。エウテの奏でる音も、その一部になっていた。
(まさか私に、こんな日が訪れるなんて……)
胸の奥でそっと呟きながら、ミュシュは祭壇の前へと辿り着いた。
そこには、今日一番の笑顔を浮かべたスティが待っていた。
神官の朗々たる声が響き、誓いの言葉が読み上げられていく。二人は揺るぎない声で「はい」と頷く。
――本来ならこのまま誓いのキスへと進むところだが、その前に。
「本日は、新郎新婦の希望により、古くに行われていた“夫婦神への奉じの儀”をここに復刻する」
神官の一言に、小さなどよめきが広がる。
「かつて、筆頭楽師と筆頭歌姫が夫婦となる時にのみ許された儀式。夫婦神に感謝を捧げるため、特別に執り行うことが許された」
そう説明が続く間に、神官の後ろから竪琴と聖杯が運び出される。竪琴はスティの前に、そして聖杯はミュシュの両手へと渡る。
冷たい銀の縁が手のひらに馴染む。底には、透明な水が静かに揺れていた。
「ミュシュ、いいかな?」
「えぇ、いつでも」
スティが竪琴の弦に指を掛ける。柔らかな和音が、波紋のように堂内へと広がった。
ミュシュは胸の前で杯を捧げ持ち、音色に合わせるように歌を歌う。
曲の終盤に差しかかると、ミュシュは歌ではなく祝詞のように誓いの言葉を読んでいく。
夫婦として歩むこと、互いの幸いと、この地に生きる人々への祈り――二人で相談して決めた、短くもまっすぐな思いを、ゆっくりと紡いでいく。
言葉に合わせて竪琴が鳴り、竪琴に答えるように言葉が続く。やがて最後の一文を告げ終えた時、ミュシュは杯を傾け、水を半分だけ口に含んだ。
ひんやりとした感触が喉を通り過ぎる。けれど、胸の中心だけは、どうしてかじんわりと温かくなっていく。
(……あの日と、似ている。でも、違う)
女神像の前で聖水を飲んだ、あの継承の儀式。胸を満たしたのは、不安と覚悟と、少しの恐怖だった。
けれど今、同じように胸が熱を帯びているのに、不思議と怖くはない。ただただ隣にいるスティの温かさに、心が落ち着いていく。
残りの水を、今度はスティが杯から受け取った。二人で一つの杯を分かち合う――それはまさに、病める時も健やかなる時も二人で分かち合うよう。
スティが最後の一滴まで飲み干し、聖杯を少し下ろした――その瞬間。
竪琴と聖杯に嵌められた宝石が、ふっと淡い光を宿したかと思うと、目も眩むような白光が大聖堂を満たした。
「!?」
「な、何事だ!?」
誰かの驚きの声を掻き消すほどの光。それは痛みを伴う眩しさではなく、目を閉じてもまぶたの裏に星を散らすような煌めきだった。
空になった聖杯の中から、銀色の光が立ち上る。それを金の宝石の煌めきが包んでいく。
その光の中に、二つのシルエットが浮かび上がった。
一つは、誰かを迎え入れるように両腕を広げた大きな影。もう一つは、その胸元へと飛び込むように手を伸ばす、小さな影。
ただの光のはずなのに、不思議と男神オリュロンと女神エディオラの姿が重なって見えた。
(……あぁ。やっと、会えたのね)
ふと、そんな感情が胸に流れ込んできて、ミュシュは涙ぐむ。
エディオラを包むように、オリュロンの腕がゆっくりと閉じていく。
その輪郭が重なり合うと、光は柔らかな粒となってほどけ、大聖堂いっぱいに降り注いだ。金と銀の花びらが舞うように、きらきらと。
「「「おおぉ……!」」」
誰かが声を上げ、それが波紋のように広がっていく。気付けば大聖堂は歓声と拍手に包まれていた。
ミュシュはそっと隣を見上げる。光を浴びてきらめくスティの横顔は、今までで一番穏やかで幸せそうだった。
「……スティ」
「うん」
目が合うと、スティは微笑む。その笑みを胸に刻み付けるように見つめながら、ミュシュはぽつりと呟いた。
「私達も、あんな夫婦になろうね」
「もちろん。夫婦神にも負けないくらいに……ね」
互いの笑みを確かめ合い、光の粒がまだ舞う中。今度こそ、二人はそっと顔を近付け、誓いのキスを交わした。
「うわぁ、うわぁ!ミュシュ様ぁっ!」
「ユン、静かになさい。せっかく影の中で一番の特等席を得られたのです。煩くして叱られでもしたら、本当に王国に連れて行ってもらえなくなりますよ」
「だって、だってぇっ!」
大聖堂のアーケードの上部、トリフォリウムと呼ばれる狭い通路にラダとユンは身を潜めていた。
スティやミュシュは勿論のこと、ここには帝国だけでなく各国の賓客が集まっている。万が一があっては国際問題になってしまうため、影達は至るところに散って、二人の結婚式を見守っていた。
そんな二人はというと、上階でもミュシュがよく見える場所を確保していた。人に見付からないよううつ伏せで結婚式を見ていた――そのはずが、感極まったユンがハンカチを振り回しながら涙を流し、多くの歓声に交ざって声を上げたのだ。
影として、何たる失態か。「私まで巻き込まれたら堪らないのですけれど」とラダが小声で愚痴を零す。けれど、その目にはひっそりと涙が滲んでいた。
エウテは目を真っ赤にしながら、「やっぱりスティさんはずるいよ。でも……ミュシュお姉ちゃん、とっても幸せそう」と唇を噛み締めた。少し大人になったその背に、カリオルが手を添える。
ズジェイはその光景を噛み締め、あの日の愚かな正義感をもう一度見つめ直していた。ロドは、いつか自分の娘もあのように結婚していくのだろうかと、少し寂しげに眉を下げて涙ぐむ。
新たな道へと進むミュシュに、「姉様、お幸せに」と拍手を送るラディム。ラーンスキー公爵夫妻は号泣し、息子達と義娘が苦笑しながら宥めている。
皇帝陛下は強く頷き、マルスミールは口の端を上げていた。皇妃殿下とカトカリナは優しく目を細めている。
けれど、そんな周囲の反応も、今の二人には届いていなかった。手を取り合い、それぞれの瞳にはお互いの姿しか映っていない。
――願いの代価を、これからも共に背負っていく。
それでも、隣にスティが居るのなら。積み重ねられた悲史さえも、二人なら明るい調べへと変えていける。
「愛しているよ、ミュシュ」
「私も、愛しているわ。スティ」
ミュシュは与えられたこの運命を、喜んで歌に変えていこうと、固く誓った。
これにて、
【 リディヴィナ王国の調べ ~声を奪われた歌姫の復讐は、既に果たされている~ 】
は本編完結となります……!
ここまで拙作をお読みくださった皆様に、心からの感謝を――本当にありがとうございます。
とても好きなキャラクターが多いので、いつか後日談やSSを載せられればいいなと考えております。
それぞれの視点での物語が書けたらいいなと思ってはおります……が、手をつけられているものと、案だけで止まっているものと(苦笑)
その際は是非ご覧いただけますと幸いです!
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また、新作のお知らせをさせてください!
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