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47,沢山の出会いに見守られて


 大聖堂の鐘が、ゴーンと祝福の音を震わせる。



 かつてスティに案内され、二人で礼拝堂の中を見て回った大聖堂。その奥の控室で、ミュシュは静かに息を整えていた。


(あの時はまさか、ここで結婚式を挙げることになるなんて、想像もしていなかったわね)


「大変お美しゅうございます」

「帝国一……いえ、この大陸一の花嫁ですねっ!」

「二人ともありがとう」


 メイド達の手によって磨き抜かれたミュシュ。その中でも、ラダとユンの意気込み方は尋常ではなかった。


 その甲斐あって、今日のミュシュの髪や肌は、かつてないほど艶めいていた。


 鏡の中で、純白のドレスに身を包んだ自分が、見慣れない花嫁の顔をして気恥ずかしそうに微笑んでいる。そっと指を添えた首元には、パールネックレス。その中央できらりと煌めいているのは、スティの色の宝石。


 歌に人生を捧げてきたミュシュには、ドレスの善し悪しが分からなかった。それを伝えると、スティを筆頭に多くの人がミュシュのためのウェディングドレスを選んでくれたという。娘が欲しかったと言っていたラーンスキー公爵夫人は、張り切りすぎて連日帝宮に来ていたくらいだ。


 そのせいか、僅か半年しか時間がなかったというのに、とても細やかな刺繍や装飾の施されたドレスが準備され。ミュシュは喜ぶよりも先に、「いくらかかったのかしら……」と、自分では計り知れない総額を想像して顔を青くしてしまったほどだ。




 ついそんなことを思い返していると、コンコンと控えめなノックの音が響いた。


「ミュシュ、入るぞ」

「……お養父様」


 扉の向こうに立っていたのは、正装に身を包んだラーンスキー公爵。いつもよりずっと厳めしく見えるのに、どこか照れくさそうに視線を逸らしている。


「美しいな。……本当に、私の自慢の養女だ」

「そんな、勿体ないお言葉です。とても……とても嬉しいです」

「……つい先日、養女が出来たと喜んでいたはずなのに、もう嫁に送り出すなんてな」


 そう言って、ラーンスキー公爵は寂しそうに微笑む。ミュシュを心から娘と思ってくれていると伝わる言葉に、ミュシュは込み上がる涙を必死で堪えた。


 本来なら、腕を取ってバージンロードを歩くのは実の父親の役目なのだろう。けれど今のミュシュにとって、今この人以上に“父”と呼びたい相手は居ない。


「今日は、父としてお前を送り出そう。……よければ、そう思わせてくれ」

「はい。宜しくお願いします、お父様」


 口にしてみると、胸の奥に灯りがともったような気がした。ラーンスキー公爵もまた、一瞬だけ目を細めてから、ゆるく頷いた。



「姉様」


 次に控室の扉から顔を覗かせたのは、タキシード姿の青年――すっかり顔色も戻った、ミュシュの弟、ラディムだった。


 王都での粛清の後、二人は再会を果たした。帝国へと戻る前、スティがラディムの匿われていた王国の南部の街に寄ってくれたのだ。

 

 ミュシュが王宮に入ったのは七歳の頃。その時ラディムはまだ四歳だった。


 両親は子供二人を乳母に任せきりで見向きもせず、いかに遊んで暮らすかばかりを考えていた。あの家の中で、唯一家族としての愛情を与えてくれていたのはミュシュだけだった。


 そんな姉が売られてしまい、嫡男としての教育が始まった時、ラディムはミュシュの存在を想って何度も泣いていたという。


 唯一ラディムの心に寄り添ってくれた乳母でさえ、男爵家の資金繰りが悪くなるとすぐに解雇されてしまった。壊れゆく家で一人、心細さと恐ろしさの中、ラディムはミュシュの無事を願い続けていた。


「どうかしら、ラディム。似合ってる?」

「うん。凄く綺麗だよ。……子供の頃に姉様が読み聞かせてくれた、物語のお姫様を見ているみたいだ」

「ふふっ、懐かしいわね」


 ドレスに皺を作らないよう、ミュシュからラディムを抱き締めた。


 どうやらラディムは甘えたがりのようで、再会した日なんて帰らないといけない時間になってもミュシュから離れず、中々苦労した。


 ……いや、もしかしたら再び姉と離されてしまうと、無意識で恐怖を感じてしまうのかもしれない。


 そんな弟へ、今日はミュシュから手を伸ばす。するとラディムから、ぐずっと少しだけ鼻をすするような音がした。


「……式が終わったら、僕は先に王国に戻るね。姉様が来るまでに試験を通過しないといけないから」

「本気、なのね?」

「うん。姉様は僕のことを恨まずに助けてくれた。やっぱり姉様は、あの頃の姉様と何も変わっていなかった。だから僕は、姉様の居るところに居たいんだ。今度は姉様のことを、僕が支えたいから」


 ラディムはミュシュと同様に、帝国貴族の養子になるのだろうと想定していた。しかし、ミュシュが王国で王妃になると聞いて、ラディムは王宮の文官を志願した。


 そして、ミュシュと会いやすい立場を得るためにと、レルムクワ公爵の養子になったという。王宮に居るマルスミール宛に嘆願書を送ったと言うのだから、驚きの行動力である。


「ふふっ。ラディムが頼もしい弟に育ってくれて、とても誇らしいわ」


 思わず抱き締め返すと、ラディムは少し照れながら「そんなことないよ」と呟いた。


 ――その時、扉の隙間からじぃっとこちらを覗く視線に気付いた。


「スティ?」

「……いやぁ、仲睦まじい姉弟の姿は大変微笑ましいんだけどね?ミュシュを支えるのは、私の役目だと思うんだけど。どういうことかな、義弟殿?」


 そろりと顔を出したスティはにこにこと笑いながらも、どこかむっとした気配が隠しきれていない。


「最近、ミュシュがラディムとばっかり仲良くしている気がするのは、きっと私の気のせいなんだろうね?ね?」

「スティ様、本当に嫉妬深いですね。僕達は姉弟なんですから、これくらい許してくださいよ」


 ラディムがミュシュの結婚式のために帝国へとやって来たのは、一週間前のこと。それから時間の許す限り二人は一緒に居て、結婚式目前だというのに、スティは己の婚約者をラディムに取られたような気持ちになっていた。


「義弟にまでそんな評価をされるなんて、心外だなぁ。それに、私が最初にミュシュを褒めたかったのに三番目だなんて」

「……にまでって、他の方にも同じように思われているんですね。姉様、本当にこの方でいいのですか?」

「己の主人ですが、こればかりは同感です」

「そうですよぅ!もう少し寛大になれないんですか?それに、正しくは五番目ですよ、殿下」

「お前達まで……」


 そこへラダとユンまで参戦し、ミュシュを中心に四人はやいやいと火花を散らす。それがおかしくて、ミュシュとラーンスキー公爵は笑ってしまう。


 次第にスティやラディムも吹き出し、控室に柔らかな笑い声が満ちた。緊張で硬くなりかけていたミュシュの肩も、自然とほぐれていった。






 大聖堂の中央に、鮮やかな水色のバージンロードが敷かれていた。外からこの大聖堂を見た時のような、白と青のコントラストが見事で美しい。


 まるで空を渡るような道の両脇を、列席者達がぎっしりと埋めている。


 前列から、帝国皇帝と皇妃、マルスミールとカトカリナ。ラーンスキー公爵家の人々。更には東西問わず、大陸の国々から訪れた王族や代理の者達が腰かけている。


 各国出席は二人までと制限をかけて知らせを送ったが、全ての国から参列の返事が届いた。


 二人はこの大陸にとっての英雄として語られ、王国の再建を担うというのだから、どの国も顔繋ぎをしたいと望んだのだ。その僅かな空席は、帝国貴族達の激しい争奪戦の的になったという。


 その最後尾に、場違いだと震える者達がひっそりと座っている。ズジェイとロドだ。二人は、「どうか結婚式に来てほしい」とミュシュ直々にお願いをされたのだ。


 ミュシュに頼まれて、断れるはずがない。しかし、参列する者達の名前を聞かされる度に、平民である二人の胃はキリキリと傷んでいた。


 しかも、二人の衣装を用意してくれたのはスティというではないか。汚さないか気が気じゃない。ロドは事前にズジェイに連絡し、商人の間で人気の胃薬をズジェイにも分け与えていたくらいだ。



 そして、祭壇の脇には帝宮楽師達。その最前列で指揮棒を握っているのは――すっかりお馴染みとなった、カリオルである。


「老後の静かな余生を楽しんでおったというのに……」


とぶつぶつ文句を言いながらも、その横で不安そうに楽器を握るエウテの姿を見ると、カリオルの口元はほんの少しだけ緩んだ。


 スティが王国に行くと決まったものの、帝宮楽師長の座を誰かに引き継ぐには時間の余裕がまるでなかった。そのため、隠居したはずの前任であるカリオルを呼び戻すことになったのだ。


 帝宮楽師見習いとなったエウテは、立派な制服に身を包み、首から下げた『帝宮楽師見習い』のプレートが光っている。


「……ミュシュお姉ちゃん、本当に結婚しちゃうんだね。それに、王国に行っちゃうなんて……」


 小声で拗ねるエウテに、カリオルが「やっぱりあやつが一番ずるいのぅ」と同意するように頷く。


 本来、見習いはここに立つことは許されない。しかし、エウテだけは特別に参加を認められた。だからこそ失敗出来ない緊張と、再び遠くに離れてしまう寂しさから、エウテの顔色はあまりよくなかった。


 その頭を優しくカリオルが撫でる。


「そのうち王国にも行く機会があるじゃろう。大陸一の楽師になるつもりなら、王妃となる歌姫と組んで演奏する日も、きっと来るわい」

「……うん。スティさんなんかに負けないくらい、立派な楽師になってやるんだから」

 


 そんなやり取りをする二人の側に組まれた祭壇――神官の背後には、特別に運び込まれた二つの神具が静かに祀られている。


 竪琴と、聖杯。


 普段は帝宮の宝物庫に祭壇を設けて祀られている、夫婦神オリュロンとエディオラに縁ある神具達。宝石に色はなく、今は効力を持たない遺物ではあるが。どうか今日だけはと皇帝陛下に願い出て、大聖堂に祀らせてもらったのだ。


 ――夫婦となる二人を見守ってほしい。


 そんなミュシュの祈りを受け止めるように、二つの神具は静かにその場に並べられている。



 

 やがて荘厳な前奏が大聖堂いっぱいに響き――扉が開かれた。



 

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