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46,幸せを胸に、再生の願いを込めて


 ミュシュはぎょっとして顔を上げる。何事かと思っていると、その先から悲痛な声が聞こえてきた。


「ミュシュ様、ご無事ですかっ!?」

「殿下ぁ!ミュシュ様に何か仕出かしていたら、タダじゃおきませんからね!?」


 声の主はラダとユンだった。ミュシュの泣き声が聞こえてきて、慌てたようだ。


「ミュシュの泣き声が聞こえて慌てるのは分かるけど、どうして私が“仕出かした”前提なのかな?犯人扱いなんて心外だよ」

 

 やれやれと首を振るスティに、ミュシュの涙も引っ込んでしまった。潤んだ目をぱちぱちと瞬いたあと、


「ふっ、ふふふ……!」


と、つい笑ってしまう。そんなミュシュを見て、スティはその目尻に溜まった涙を吸うように口付けを落とした。


「うん。やっぱり、ミュシュには笑顔でいてほしいな」

「〜〜っ!?」


 蕩けるような笑みに、そっと触れた感触。ミュシュは声にならない悲鳴を上げて、顔を逸らした。


「ミュシュ様ぁ!お願いです、返事をなさってください!」

「ユン、もう強行突破しましょう。もし鍵がかかっていたら、外から回って窓を」

「流石に扉や窓を壊したら弁償させるよ?というか、相手は私なのに、ゆっくり話し合いすらさせられないの?お前達は」


 そう口にしながら、呆れた様子でスティは扉を開く。そんなスティに見向きもせず、二人はミュシュの元に駆け寄った。


「「ミュシュ様!……っ!?」」


 顔を覗き込むと、明らかに涙を流した赤い瞳。その瞬間、二人はギラリと目を光らせる。


 凄まじい殺気を向けられながらも、今度はスティが冷えた目で二人を見下ろした。


「いいの?私にそんな態度を取って。ミュシュは王国の王妃になると決めたようだけれど……二人は“皇族の影”なんだよ?」


 二人はポカンとした表情を浮かべたあと、スティが何を言いたいのか察したらしい。

 

「……!?お約束が違うではありませんか!」

「そうですよっ!私達には、ミュシュ様を“奥様”と呼べる権利があったはずですよね!?」


 先程までの勢いはどこへやら。二人はスティの切り札にたじろいだ。

 

「あの時とは状況が変わったからね。この国に居るならともかく、二人は“帝国の暗部”・“皇族の影”でしょ?それを他国に連れて行くなんて……」

「そんなっ!?殿下、それはあんまりです!」

「酷いですよぅ!私達、お二人のために頑張って結婚式を早めたのにぃっ!!」

「ふふ。最近ミュシュへの忠誠ばかりで、もう一人の主人のことを疎かにしがちだったからねぇ。……少しばかり反省が必要かな」


 スティはくすくすと笑いながら、「それじゃあ、父上に『了承』を伝えてくるよ」と手をヒラヒラと振りながら部屋を出ていく。


 ラダとユンは「殿下っ!」「後生ですからぁ!」と膝から崩れ落ちた。そんな姿を見つめながら、ミュシュは苦笑してしまう。


 実はミュシュは、スティから「もし国王や王妃になったとしても、私直属の影だけは連れて行ってもいいと許可をもらっているからね」と聞かされていた。


「ラダやユンと離ればなれになるのは嫌でしょ?」


と、先に皇帝陛下に許可をもらってくれていたのだ。当然のように言われ、ミュシュの胸は温かくなった。


 しかし、どうやらこの二人は、それをまだ聞かされていないらしい。ユンはともかく、ラダのこんな姿を見ることになるとは。


(……人を揶揄(からか)うのが好きなのは、きっと王様になっても変わらないのでしょうね)


 ミュシュはスティの出ていった扉を、仕方なさそうに見つめた。

 


 その後、「養女を王国に渡すなんて!」と抗議するラーンスキー公爵と、「私だって望んどらんわ!」と猛反発する皇帝陛下の声が、時折執務室から漏れ聞こえてきたそうだ。


 更にその翌日、ラーンスキー公爵夫人まで帝宮に乗り込んできて、「嫌よ!こんなに早くお嫁に行ってしまうだけでも寂しいのに!わたくしの養女を王国にだなんて……絶対に渡しませんからねっ!」と、ミュシュは力一杯抱き締められた。


 自身が望んだことだと、ミュシュの口から必死で説明し、公爵夫人から許しを得るのに丸一日時間を要し――その日の予定が全て潰れてしまった。


 そんなミュシュとの別れを惜しんで、多くの親族――皇族と公爵家の者達が色々と誘いに来るものだから。


「――私とミュシュの結婚式の準備の邪魔をするなら、ミュシュとの接触を禁止にしますよ?」


と、スティが真っ黒な笑みで脅しをかけることになり。


 なんとか予定の合間を縫ってミュシュと会いたい者達と、時間があるならミュシュを休ませたいスティとの静かな攻防が続いた。


 みんなから愛される温もりが、笑いの絶えない賑やかな日々が嬉しくて。ミュシュの心は幸せに満たされていた。



 


 

 王国へ二人の回答を送って十日ほど経った頃、マルスミールから返信が届いた。そこには就任承諾への感謝と、要望が綴られていた。


「どうやらミミシーン王国という名も、ディーロス帝国のように、聖杯を持ち去った令嬢の名が元となっていたみたいでね。この機会に国の名前も改めたいんだって」

「そうなのね」


 新たな国名への切り替えは、スティが戴冠する時らしい。しかし、前もって準備しておくべき書類や根回しが多いため、早急に決めてほしいと書かれていて――ミュシュもスティも目を点にした。


「ん?決めてほしい?」

「……私達が、王国の名前を決めるの?えっ?」


 王国から届いた大量の資料と文献。どうやら過去の蔵書を参考に考えろと、そういうことらしい。


「兄上……!こんな大事な時に……っ」

「これは……大役すぎませんか、マルスミール様……っ!?」

 

 二人は空いた口が塞がらず、積まれた本と紙の山を前に、並んで呆然とした。

 

 ただでさえみっちり埋まっている予定の合間に、必死で本を読み漁り、新たな国名を二人で決めた。


 それは――


 『リディヴィナ』


 かつて二つの国の中央に存在したという王国、神具を祀り守ってきた“ディヴィナ”の名の復興。二人ともがそれを願った。


 しかし、今や帝国があるにも関わらず、王国に祖となる名前を付けてしまうと、いつか火種になってしまうかもしれない。「こちらの国こそ、神々からの加護を得るべき国なんだ」――などと言い出して。


 もう、そんなふうに人間同士で争ってほしくない。


 そのため、再生の意味を込めて、『リディヴィナ王国』と改めることに決めた。


 あくまでここから新たに始めるのだ、と。


 彼らが起こした罪を忘れることなく、女神エディオラに再び愛してもらえる地にするために。





 

 そんな予想外な出来事も起きつつ、忙しない日々を過ごし――。


 雲一つない青空に、澄んだ鐘の音が響き渡る今日。ついに、スティとミュシュの結婚式の日を迎えた。


 

 

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