40,宿悪を断ち、未来へ踏み出すために
「神具は十年待たなければ、その力が満たされない。けれどこの国は、神具を奪ったことを秘匿しなければならないから、必ず筆頭歌姫を王妃に据えて、共犯にする必要があった。それを知らなかったから、貴女は私に毒を盛って追い出してしまえばいいと……そう思ったのね」
「そ、そんな……、嘘よ!」
貴族達は「“歌の加護”がなくなる!?」「この国はどうなるんだ!?」と三人を責め立て、「この国は終わりだ……」「まさか本当にそんな非道なことを……」と頭を抱える。
「この国が聖杯を奪い、男神オリュロンの竪琴と引き離した結果、計画を企てた歌姫の女は呪われて老婆のようになり、その地は飢饉や風土病に悩まされたと書かれていたわ」
「ただでさえ加護を与えたいと思っていない国なのに、女神から直接力を賜った者さえも追い出せばそうなるよ。きっとこの国はこれから同じ道を辿るのだろうね」
(そういえば、どうして私に毒を飲ませて追い出したイルジナではなく、呪いが王妃に向いているのかは結局分からないままよね?)
ふとした疑問から、横たわる王妃を見下ろす。もしかしたら、まだ知らないことが隠されているのかもしれないと、ミュシュは小さく息を吐いた。
「勿論こんな程度じゃ済まさないよ。お前達が国を襲い、長年神具の存在や儀式の方法を独占し続けてきたせいで、私達西側の者達は正しき歴史や祀るべき神具さえも分からなかったのだから。ラダ、アレを国王に」
「かしこまりました」
スティに命じられたラダは、一直線に国王へと向かっていく。ラダから遠ざかるように貴族達はじりじりと後退する。国王は「近寄るな!」と喚くも、ラダの速度は変わらない。
そうして玉座に到着すると、懐から筒状になった書状を取り出し、「ご確認ください」と渡した。
国王は恐る恐るそれを開き、目を通していく。みるみるその顔から血の気が引いていき、最後には顔を覆ってしまった。手から零れ落ちた書状は、丸まってコロコロと転がっていく。
それをレヴィンが拾って読み進め、「馬鹿な!」と叫んだ。
「『ディーロス帝国ならびに西方諸国は、ミミシーン王国の罪科を断じて許さぬ。反逆者の手により引き継がれし宿悪をここで断ち切るため、同王国の現王族を廃し、その全土を帝国の属国とすることを宣言する。なお、東方の国々においても加護喪失の恐れがあると知りながら、王族に与する国があれば、これを同罪とし敵国と見なす』――そういうことだから、お前達全員、捕らえさせてもらうね」
スティの笑顔と共に、レヴィンとイルジナ、そして国王の元に影が降り立ち、あっという間に縛り上げていく。側で王族を守っていた近衛騎士達も、すぐに切り伏せられた。
また、勝手に逃げ出さないよう、帝国の騎士達が出口を塞ぎ、貴族達に睨みを利かせる。
レヴィンが「おい、離せ!王国騎士団は何をやっているんだ!」と声を張り上げるが、王国の騎士達は動かなかった。
彼らはただ静かに、複雑な色を宿した目で王族を見ているだけ。その瞳には、もはや忠誠と呼べるものは微塵もない。
守りの要さえ微動だにしない様子に、国王は頭を掻き毟り、イルジナは泣き崩れ、そしてレヴィンは「くそおおおおお!」と叫んだ。
「自分達を襲う可能性のある王国の騎士に、私が何の対策もしていないわけないじゃないか」
「……スティ、いつの間に?」
「実は、ラダ達が帰ってきた時から動き出していたんだよね」
なんてことないといった様子でスティは微笑む。一体どこまで計算して動いていたのか、ミュシュには計り知れない。
「そうなの?全然気付かなかった……」
「西側の国々は間違いなく王国に不満を抱くだろうし、引き込むのは簡単だったよ。それに東側の国々も、自国から加護がなくなるかもしれないとなれば王国を恨むはず。王国は為す術がなくなるからね。王国の騎士達については、もう少し前から動いていたのだけれど……それについてはちょっと答え合わせをしてからかな」
そう口にしながら、スティはミュシュの髪を撫でる。その瞳には、どこまでも変わらない愛情で満ちていた。
「けれどこの国は、ミュシュの旧友や民達が居る。それに、どれだけ気丈に振舞っていても、ミュシュは戦争なんて望まないでしょう?」
「……!」
「それならいっそのこと王国を帝国の属国にしてしまえば、裁くべき人間にだけ罪を償わせて、この国の人達ごと救えると思ってね」
スティの指先が髪を梳くたびに、胸の奥がじんと熱くなり、ミュシュの瞳にまた涙が溜まっていく。
けれどそれは、先程のそれとは違う。自分の願いを言葉にする前から汲み取ってくれるスティの気遣いに、胸が詰まり溢れ出たもので。
ミュシュはスティの首に腕を回し、背伸びをして抱き締めた。
「……ありがとう。ありがとう、スティ……っ!」
「ふふっ。光栄だよ、ミュシュ」
その頬を伝う涙は、もう悲しみに滲んでいない。ミュシュはスティの腕の中で、静かに目を開けた。
彼らにとって本当の“裁き”は、ここから始まるのだろう。けれどこの先、どれほどの怨嗟や哀願を向けられたとしても、ミュシュは立ち止まらない。
忌まわしき過去を清算し、スティと共に――新たな未来を選び取るために。
国王やレヴィン、イルジナが影達によって退場させられた後、スティは涼やかな笑みを湛えたまま、貴族達へと静かに言葉を投げかけた。
「見ての通り、王国騎士団は国王を守らなかった。彼らは、これまでの王家の行いをよしとしてはいないんだ。この機会に全て綺麗にしようと言ったら、快く協力してくれることになってね」
スティが目配せをすると、大柄の男性が歩み出た。多くの貴族達が「まさか……!」「貴方様が!?」と驚きの声を上げる。
「彼については、わざわざ説明しなくても君達の方が詳しいよね。この国で軍事を取り仕切っている、レルムクワ公爵に協力してもらっているんだ。大神殿も今頃制圧されているだろう。王都の関所は、全て彼らが見張ってくれているから――逃げ出そうなんて浅慮な考えは捨てた方がいいよ」
スティが「宜しくね」と一声かけると、公爵は静かに頭を下げた。国王が捕らえられたため、一緒に甘い汁を啜っていた者達の顔は真っ白になっていた。
そして――王族を断罪してから、一週間が過ぎた頃。
スティに呼ばれたミュシュが部屋を訪れると、スティの正面にレルムクワ公爵が座っていた。その表情は暗く、眉間にくっきりと皺が寄り、きつく目を瞑っている。
「ミュシュ、こっちにおいで」
「え、えぇ……」
公爵は大丈夫だろうかと視線を向けつつも、スティの隣におずおずと腰かける。ユンがその後ろに付き、ラダはお茶の用意を始めた。
「あの、スティ……?」
「……空気が悪くてごめんね。あと、ミュシュには我慢してもらって悪かった。この話が終わったら、もう歌ってくれてもいいよ」
ミュシュとしては、王族を捕らえたあの日にすぐ、加護を失いつつあるこの国のために歌を捧げたいと思っていた。疲弊した歌姫達や民の癒しになれば――と。
しかし、もしミュシュが歌った時に、ミュシュが許したのだと受け取った女神が、王妃の呪いを解いてしまうかもしれない。もしくは、ヤケになった貴族がミュシュを葬ろうと愚かな行動をする可能性も捨てきれない。
そのため、スティから「もう少しだけ我慢してほしい」と切々と頼まれ、ミュシュは了承していたのだ。
もう歌ってもいい――つまり、聞き出したい情報や調査は、ある程度終えられたのだろう。その結果、レルムクワ公爵があのような顔をしているということは。
「あまり、いい結果じゃなかったということ?」
「……私としては予想通りだったんだ。予想通りすぎて、少しは裏切ってほしいと願うほどにね。ミュシュには、また辛く悲しい話を聞かせることになるけれど……いい?」
「アポスティル殿下、このような残酷な話をミュシュ嬢に聞かせるのは……」
レルムクワ公爵は、ミュシュを気遣って首を横に振る。しかし、ミュシュはまっすぐにスティの瞳を見上げた。
「私は聞きたいわ。スティが聞いてくるということは、私が知るべきだと思ったからでしょう?」
ミュシュがそう尋ねると、スティは少し目を見張り、そして目尻を下げた。
「……そうだね。そもそも、私もミュシュの発言をきっかけに、この件について調べたからね」
「私の?」
「うん。その説明をするために、レルムクワ公爵について少し補足をしておくね。彼は――元王妃であるあの女が筆頭歌姫に選ばれるより前、ミュシュが言っていた筆頭歌姫候補だったというご令嬢の、お兄さんなんだ」
ミュシュはヒュッと息を飲み、そしてゆっくりと視線をレルムクワ公爵へと向けた。沈痛そうに顔を歪め、今にも泣きそうなところを何とか耐えている……そんな表情をしていた。
再びスティへと視線を戻すと、これまで歌姫達の間でも語られることのなかった真実が告げられた。
「この数日間の尋問で、元国王と元王妃から証言が取れたんだ。元国王の元婚約者であり、筆頭歌姫候補だったレルムクワ公爵令嬢は、二人の策略で事故死に見せかけて殺されたそうだ」
「……なんてことをっ」
ミュシュは手で口を押さえながら呟いた。非道な行ないで散った歌姫、妹を思うレルムクワ公爵の悲しみに、ミュシュの胸は軋んだ。
スティは小さく息を吐いたあと、王族の手で握り潰された一つの過去を語り始めた。




