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4,二度目の誤解と素敵な店

 

「違うよっ!!」


 叫んだのはミュシュではなく、さっきまで泣いていた少年だった。少年は兵士の青年に体当たりをして、二人の間に割って入る。


「話も聞かずに決め付けないで!この人は、水をかけられた僕を慰めてくれただけ!それなのに乱暴するなんて、酷いよ!!」

「……え?」


 青年は、少年の行動に目を見開いて固まった。


 周りからは、どうやらミュシュが泣かせたように見えていたらしい。遠巻きに様子を見ていた大人達が、「なんだ」「悪い子じゃなかったのね」と呟きながら立ち去っていく。


 ひとまず誤解は解けたようだ。少し青ざめた顔色の青年は、姿勢を正して勢いよく頭を下げた。


「申し訳ない!てっきり少年が狙われているのだと思って……早とちりをしてしまった」


 悔いる声色に、ミュシュは静かに首を横に振る。さらさらとペンを走らせ、青年へ『構いません』と示し、少年には『助けてくれて、ありがとう』と書いて見せた。


「僕の方こそ、ごめんね。突然泣いちゃって……。ところでお姉ちゃん、声が出ないの?」

 

 少年の問いかけに、ミュシュは小さく頷く。


『そうなの。もし筆談でもよかったら、さっき言っていたお師様に、貴方が水をかけられていたと説明してあげようか?』


 そう綴ると、少年は思い出したように再びその瞳を潤ませた。

 

「あ……っ、うぅ……」


 手の中にある楽譜を見下ろし、くしゃりと顔を歪める。水を吸ってしまった箇所は黒ずみ、音符が潰れてしまっている。


 それでもまだ読める部分のメロディーを追いかけると、どこかで聞いた旋律を見付けた。


(これって、昨日街で聞いた……?)


 ミュシュが惹かれた、あの曲。その途中のメロディーが記されていた。俯く少年の肩をそっと叩き、ミュシュはまたペンを取る。


『これは、よく知られている曲なの?』

「ううん。これはね、よくお店に来るお師様のお得意様が、『こんな感じのメロディーを残してほしい!』って昨日急に頼んできたの。それをお師様が譜面にしたものだよ。あ、僕はエウテっていうの」


(やっぱり。これは、昨日のあの曲なんだわ)


 エウテから説明を聞いたミュシュは、もしかしたらあの曲を演奏していた楽師が、譜面に残そうと依頼したのかもしれないと考えた。


 あの音を穢してしまった罪悪感から、出来ることなら関わらずにいたかった。けれど、こんなにも悲しそうにしているエウテを放っておくなんて、ミュシュには出来ない。


『私はミュシュ。この曲、私も昨日街で聴いたの。私を、エウテのお師様のところへ連れて行ってくれる?私が聴いたところなら、譜面に起こせると思うの』

「本当!?」

『えぇ』


 エウテは少しだけ顔色がよくなり、私の手を握ってくる。こんなふうに誰かが手を伸ばしてくれるのは、孤児院で歌を歌った時以来だろうか。少し(くすぐ)ったい。


 無言でやり取りを見守っていた青年は、帝都を守る警備隊の一人だという。ズジェイと名乗り、濡れ鼠のようなエウテを心配して、店まで同行すると言った。


 そんなズジェイに、エウテは少し口を尖らせて睨んだ。どうやらミュシュを攻撃したことをまだ怒っているらしい。気にしないでと伝わるように、湿った髪を撫でる。


「……もう、ミュシュお姉ちゃんのこと虐めないでね」

「分かっている。本当に悪かった」


 ズジェイが眉を下げて後ろを歩く姿は、なんだか大型犬のように見えた。気を遣わせないようにと、一定の距離を保って付いてくるあたりも、不器用な優しさを感じる。


 

 エウテに案内されて路地を抜けると、こじんまりとした一軒の店の前で足を止めた。


 他の建物と同じく、白い壁にレンガ色の屋根。その扉は、趣のあるレトロな木造の扉。取り付けられた看板には、五線譜とペンの絵が描かれている。一階が店、二階が住まいのようだ。


 ズジェイの「ここって……」と驚く声が聞こえた。


 この店に何かあるのだろうかとミュシュが振り返ろうとした時、エウテが扉を開いた。吊るされた鐘が、カランコロンと軽やかに鳴る。


 店内のカウンターで、店主らしき老人が分厚い本を捲っていた。鐘の音に視線を外してのっそりと顔を上げる。


「いらっしゃい。……ん?あぁ、エウテか。えらく早いじゃないか……って、お前!どうしたんじゃ!?」


 水浸しになったエウテの姿に、老人は椅子を軋ませて飛び上がった。その声に、エウテは再び悲しみと悔しさを爆発させる。


「お師様ぁ!ごめんなさい、ごめんなさい!お師様の楽譜が……っ」

「楽譜……って、まさか!なんてことだ……」


 エウテの手元を見た老人の顔が、一瞬で険しくなる。そして視線がミュシュを捉え、眉を吊り上げた。


「警備隊まで連れて……犯人はお前さんか!エウテに水をかけ、儂の譜面を駄目にしたのはっ!!」


 老人は声を荒らげ、今にも掴みかからんばかりの勢いで迫ってくる。再び矛先を向けられたミュシュは、ビクリと体を震わせる。またこの流れなの……?と唇を引き結ぶ。


「もうっ、お師様まで!ミュシュお姉ちゃんは僕を慰めてくれたの!水をかけられた僕をハンカチで拭いてくれた、優しい人だよ!お姉ちゃんを責めないでっ!」


 エウテが叫び、老人の腰をぐいっと引っ張る。その言葉を聞いた老人が急に立ち止まったせいか、エウテは「うわぁ!」と後ろに転がった。


 ミュシュは慌ててエウテの元へと走り、頭を打っていないかとオロオロする。エウテはぴょこんと起き上がって、「大丈夫」と言ってへらりと笑った。


「なんじゃ、警備隊まで連れておったから、儂はてっきり……。お嬢ちゃん、すまんかったなぁ。でも、違うなら違うと言ってくれんと……」

「お師様、ミュシュお姉ちゃんは声が出ないんだって」

「は?声が……?そ、それは悪かったのぅ」


 老人はガシガシと頭を掻いて、気まずそうに笑う。それから「まぁ、中に入りなさい」と店の奥へと手招いた。


 エウテは「着替えてからお茶を入れてくるね!」と言って、パタパタと走っていく。


 店の中は洒落た雰囲気で、壁には沢山の楽器が掛けられ、棚には楽譜の本で溢れている。インクの香りと音楽に包まれた空間。ミュシュは感動して、キョロキョロと店内を見回した。


「儂はこの店で採譜や写譜を生業にしておる、カリオルじゃ。早速じゃが、何があったんじゃ?」


 この店の店主らしき老人がカリオルと名乗り、椅子を指し示した。


 ミュシュは頷き、紙とペンを取り出す。筆談だと、話すよりも伝えるのに時間がかかってしまう。


 逸る気持ちを抑えて、カリオルにも読みやすいよう、ミュシュはいつもより少し大きめの文字を丁寧に書きながら、何があったのかを説明した。


 

 

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