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39,告げられる真の歴史と絶望


 スティは掴んでいた襟首から手を離す。王妃は為す術なく再び床へと転がった。


「全員に、自国の王妃の成れの果てを見てもらえたようだね。けれどこれは全て、王国のせいなんだよ」

「煩い!何を根拠に」

「宝物庫」


 スティの静かに放った一言は、どうやら三人にとって痛手だったようだ。口をはくはくと動かすだけで、そこから言葉は聞こえてこない。


 けれどその表情は、『何故知っている?』と物語っていた。


「ラダ」

「はっ」


 ミュシュの後ろに控えていたラダは、ササッと手際よく髪型を変え、ローブのフードの代わりとばかりにスカーフを頭に巻いて見せた。


「お、お前……っ!?」


 それを見るやいなや、ぎょっと目を剥き指を差したのはイルジナ。ようやくラダに気付いたらしい。


「彼女は私の部下でね。諜報員だ。色々とペラペラ話してくれて助かったよ。――あぁ、お前が我が国の貴族と共謀してミュシュを殺害しようとしていた証拠も掴んでいる。おかげで本家分家共に貴族牢に全員収容済だよ」


 スティは、その場の令嬢や夫人さえうっとりと見蕩れるほどの、眩しい笑みを浮かべた。だというのに、その唇から零れたのは、「我が国の膿を一掃出来ていい気分だよ」と底冷えするような一言。

 

 イルジナは顔を歪めながら、何かを否定するように首を横に振っている。


「それに、横暴な主人や杜撰な管理体制もあって、無事聖杯を取り戻すことにも成功している。言い逃れは出来ないよ。お前達王族や、ミュシュを除く歴代の筆頭歌姫達が何を隠蔽してきたか。私達は全て知っているのだからね」

「……私も信じられなかった。まさか、国のために力を奮うはずの筆頭歌姫が……国と共謀して、五百年も前に起きた神具窃盗と王族暗殺を隠蔽し続けてきただなんて」

 

 レヴィンは“横暴な主人”という言葉に、ギクリと顔を引き()らせた。二人の発言に全員がどよめく。その反応を眺めてから、スティは語り出した。


 

 過去、今のディーロス帝国とミミシーン王国の境に、一つの国が在ったこと。そこには、夫婦神たる男神オリュロンと女神エディオラの神具が祀られ、国はそれらを守っていたことを。


「けれど、そこのイルジナと同じように、『自分こそ王子と結ばれ、筆頭歌姫になるべきだ』と信じ込んだ女が居てね。その女は、欲に塗れた貴族達を抱き込んで聖杯を奪い、王族までも手にかけたんだ」

「その時、王子の婚約者に選ばれた筆頭歌姫が実は懐妊していて、療養のために別の地に居たそうなの。その僅かな側近達と共に西の地へ逃げおおせた。反対に、聖杯を奪い、王族を殺めた逆賊は東の地へ向かった……と」


 二人の説明を聞いて、「それじゃあ……」「この国は……?」と声が上がる。


「筆頭歌姫の生存や王子の誕生、西の地に築かれた、のちの帝国となる国については後々発覚することだから、少し時系列は違うのだけれどね。――つまりこの王国は、大陸全土にもたらされていた加護を失わせ、神々の神具を祀り守ってきた王族を殺めた者達によって造られた――反逆者の国だよ」


 貴族達は顔を青くし、国王へと視線を向ける。しかしその疑念を全て無視し、国王は激しい剣幕で怒鳴り散らした。


「そんなもの、作り話に決まっておろう!口先だけなら、いくらでも好き勝手ほざけるわ!」

「そ、そうだそうだ!」

「いつ誰に書かれたかも分からない書物など、信用ならない!」


 反撃の声に便乗して、何人かの貴族が反発し始めた。レヴィンやイルジナもその声に同調するように頷いている。

 

「まぁ、確かに歴史の証明なんて出来ないし、その蔵書に書かれていることが全て本当かは分からないけれど」

「ほら見たことか!」

「でも、聖杯と、神具を用いた儀式が載っている古書を所有し、歴代の王妃に管理させていたことはどう説明するつもりかな?」

「神具など知らん!我が国が持っていたという証拠があると言うのか!?」


 貴族達を味方に付けて勢い付いた国王からは、認める気配をまるで感じない。ミュシュは我慢の限界だった。


「いい加減になさってください!こちらは、全て調べ上げていると申し上げたはずです!これ以上みっともなく言い逃れを重ねて、一体何が残るというのですか!どうしてそうも、己の保身ばかり……っ!それが王のすることですかっ!?」


 長年歌姫を務めてきたミュシュの声は、玉座の間の空気全てを震わせるほどの迫力だった。誰も彼もが口を噤む。


 ミュシュは、あまりの激情に涙が頬を伝っていく。手を握り締め、「どうして……っ」と悔しそうな声を漏らす。その姿を人に見せないよう、スティはミュシュの体を優しく抱き込んだ。


「……元々許す気はなかったけれど、またミュシュを泣かせるなんて。本当にどうしたらいいかな。……ユン、どう思う?」

「えっ、私に任せていただけるんですか?」


 スティからの指名に、ユンはパッと明るい表情を浮かべた。こんな状況で何が楽しいんだと、貴族達はあどけないユンの笑顔に戦慄する。

 

「ラダにはまだ任せている仕事があるし、王妃の対応はユンに任せるよ。でも、まだ血は流さないようにね」

「承知しました!」


 穏やかな口調と、そこに潜む血なまぐささとの落差に、誰もが喉を鳴らすことさえ忘れる。


 にんまりと弧を描いた目が、転がっていた王妃を捉え、その長い髪を鷲掴む。(しわが)れた声で「痛い!やめてっ」と喚くそれを無視し、短剣を躊躇(ためら)いなく振り下ろした。


 ズシャッと切り払う音と共に、王妃は顔から床に滑り落ちた。ユンの手には、バッサリと切られた王妃の髪束が握られている。貴族達は悲鳴を上げて後退っていく。


「ああああぁぁっ!?わた、わたくしの髪がっ!」

「あぁ、煩い。耳障りな声で叫ばないでくれませんかねぇ?次に一言でも発したら、髪だけでは済ませませんよ?」

「ヒッ!?あぁ……っ」


 顔の真横に短剣を突き立てられ、王妃はくたりと動かなくなった。どうやら気を失ったらしい。


「煩くないし、扱いやすくなって丁度いいね。流石だよ、ありがとう」

「お褒めに預かり光栄です!」


 対してこちら側は、まるでティータイムのような和やかな会話が繰り広げられている。


「あぁそれと……国王を擁護した者達も、しっかり覚えているからね。後のことも考えて発言した方がいいよ」

「「!!」」


 率先して声を上げた者達に、ユンが目を細め短剣を光らせる。特に大きな声を上げた二人はすぐに口を噤み、顔を青くした。


「王国に聖杯があったのは事実だ。宝物庫の中でもカーテンで区切られ、蔵書ばかりが置かれている場所。当たっているだろう?」

「「「…………っ」」」


 口の端を釣り上げたスティの声に、問われた三人は誰も答えない。国王は力なく玉座に崩れ落ちた。

 

「ふふっ、沈黙は肯定と見なすよ。その蔵書の奥に、隠された聖杯と古書があったそうだね。今はダミーとすり替えているんだよね?」

「はい。ダミーの聖杯と古書モドキを入れております。ショーケースの外から見るだけでは分からないよう、手配いたしました。また、杯の内側に『本物は既に帝国の手に』とメッセージも残してございます」

「それがお前達の企みだろう!?この国を非難し、貶めるためのな!」


 レヴィンはスティを指差し、唾を飛ばしながら叫ぶ。ラダは眉を寄せ、スティは「まだ抵抗するんだ」と滑稽そうに笑う。


「そう主張するならそれでいいんじゃないかな?でも、そちらが罪を認めない限り、私はミュシュをこの国に派遣することは決してないよ。十年凌げばいいという次元じゃなくなっているんだけど、果たして王国は耐えられるのかな?」

「お前は何を言っている!?」

「……ねぇ、本当に王子なんだよね?頭が悪すぎて、全部言ってもらわないと理解出来ないの?流石に国王は分かっているようだけれど」


 相手をするのも面倒だと言わんばかりの声に、ミュシュは顔を上げた。「大丈夫?」と優しく問うと、途端にスティの表情は柔らかくなる。


 その間、レヴィンは自ら考える様子もなく、「俺に向かって、頭が悪いだと!?」と怒鳴り散らしている。スティが嫌々答えようとしたところで、ミュシュがくいつと袖を引いた。


「神具を用いた儀式――筆頭歌姫の継承の儀が行えるのは、聖杯に女神の力が貯まる十年を待たなければならない。だから貴方達は、何とかして私を連れ戻したかった……そうでしょう?」

「だったら何だ!」

「その聖杯が、既に王国にないのよ?そして私は、帝国から出るつもりなんてない。貴方達は否定しているけれど、本当にそれでいいのよね?これから十年どころか、永遠に加護が与えられなくなるのに」

「「……っ!?」」


 ミュシュの口から静かに告げられた決定打が、レヴィンとイルジナを絶望へと突き落とした。



 

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