37,姑息な者達との対峙
王宮の扉が開かれ、帝国の馬車が迎え入れられた。多くの帝国騎士を引き連れた様子に、待ち構えていた王国の貴族や騎士はみな顔を顰めている。
(どこまでも高慢なのね……。あれだけ不躾な要望を送り付けておきながら、一度も恥じる様子がないなんて)
ミュシュが王宮に降り立って初めに抱いた感情はそれだった。これが自分の祖国だなんてと、悲しい気持ちが強くなる。
「それでは、帝国の騎士はここで」
「いや、部屋が狭くなっても構わないから、連れてきた騎士達は全員私達と共に行動させてもらう。待合室も、謁見もだ。国境で見せた皇帝陛下からの書状にも記載されていたはずだけれど、もうお忘れかな?」
「くっ……!案内して差し上げろ!」
レヴィンは苛立ちを控えていたメイドに当たり散らし、ずんずんと中へ入っていった。
スティは顔をミュシュに寄せ、ヒソヒソと囁いた。
「……あれで国の頂点に立つつもりだなんてね。甘やかされて育ったにしても程があるよ」
「レヴィン殿下は、王妃殿下の唯一のお子なの。歌姫としての役目に差し障りが出ると懸念されて……。『王子一人産んだのだからいいでしょう』と仰ったそうなの」
「……それだけ聞くと、歌姫として崇高だと思えるのだけれど。まぁ、そんなわけないよねぇ」
はぁ……と溜息を吐くスティ。王妃殿下の体調不良は聞いたものの、未だミュシュの心には疑問が残っていた。
(どうして王妃殿下は、私に役目を引き継いでくださらなかったのか……。きっとそれにも理由があるのよね)
――ここで全てが明らかになるのだろうか。そんな不安を胸に、ミュシュは王宮へと足を踏み入れた。
用意されていたのは、王宮内でもごくありふれた客室だった。帝国からの国賓――ましてや皇子を迎えるにはあまりに凡庸で、わざと格を落としたようにしか思えない。
明らかにこちらを侮っていると言わざるを得ないそれに、ミュシュは祖国の態度に失望感を覚え、俯いた。
「本当に、どうしようもない国ね……。スティ、ごめんなさい」
「ミュシュが謝ることじゃないよ。こんな態度を取っていられるのも今のうちだろうし、いいんじゃない?」
そう言うスティの目は、敵を哀れみ嘲笑うそれだった。その奥に、煮え滾るほどの怒りを隠しているのだと分かる。
どれだけ帝国を軽んじ、ミュシュを蔑ろにするのか。国とミュシュへの愛故に、スティが憤るのは当然だった。
「お二人共、お支度を」
ラダの一声に、二人は立ち上がる。謁見までの時間に、移動用の服から相応しい装いに着替えるのだ。
「騎士達はそれぞれ配置に。訪問があっても、私達二人が揃うまでは絶対に通さないようにね」
「「「「かしこまりました」」」」
「ミュシュ様、こちらに」
ラダとユンに案内され、ミュシュは隣の部屋で身支度を始めた。
ミュシュが身支度を整えて大部屋に戻ると、グレーに黒のラインが入った衣装に身を包んだスティが腰かけていた。
「うん、凄く似合うね」
「……ありがとう。スティも、とても似合ってるわ」
対してミュシュは、春らしい黄色のドレスを纏っている。重ねられたチュールには、グリッターを含んだ糸で刺繍が施され、照らされるとキラキラと金色に輝いて見える。
お互いの色を纏い、これでもかと仲睦まじさを主張する二人の装いに、みな満足そうに頷いた。
「訪問者は?」
「来たよ。あの王子と、あと……元男爵」
ミュシュは目を伏せて「……そう」とだけ呟いた。
どうやらレヴィンは、ミュシュを捨てた父……元男爵を連れてきて、機嫌を取ろうと考えたようだ。
「娘を売ったお金で散財して滅びた家なのに、未練があると思われているのね」
「ミュシュ……」
「大丈夫よ、スティ。もう顔も思い出せないし、思い入れなんてないもの。……今の私にとっての家は、スティや帝国で待ってくださっている皇族の方々、そしてラーンスキー公爵家だけよ」
――寧ろ、古傷を抉るだけ。
ぎゅっと目を閉じたミュシュを、スティは優しく抱き寄せた。
「どこまでも姑息で、卑怯だよね。ミュシュに付け込もうとするばかりで、寄り添いなんてまるでないんだから。……君がこの国に囚われなくて、本当によかったよ」
「スティ……」
「私は、ミュシュと帝国を守るために、一番残酷な結末に導くかもしれない。それでも、私に付いてきてくれる?」
至近距離で覗き込むスティの瞳には、強い決意とミュシュへの思い遣りで揺れていた。ミュシュのために悩むスティに、迷いを振り切ってほしいと手を握る。
震えそうになる声を、ミュシュはぐっと押し留めて告げる。
「私は、これから先もずっとスティと一緒よ。スティがこの国に向けて破滅の舞踏曲を奏でるなら、私も共に冥府への誘いを歌うわ。――どんな結末でも、スティの隣に居させて」
「ありがとう。それなら――この国の奥底に溜まりきった膿を、根こそぎ絞り出さないといけないね。たとえ、一度“国”という形を壊すことになったとしても」
迎えが来て、スティとミュシュは玉座の間へと足を踏み入れる。そこには見たことのある貴族達が両脇に並び、正面には国王とレヴィンが待ち構えていた。
スティは皇帝陛下の名代として来ているため、膝をつくこともなく、頭を下げることもない。その様子に「なんて無礼な……」と小さな声が聞こえたものの、誰一人動じなかった。
「此度の来訪、ご苦労だった。我が国の筆頭歌姫を無事連れて来たこと、礼を言う」
「その件については、何度も書状で釘を刺しているはずなんだけれどね。こちらに居るミュシュ・ラーンスキー公爵令嬢は既に帝国民であり、私、第二皇子アポスティル・フォン・ディーロスの婚約者だと」
いつもよりも低く強い声で言い放ったスティの声は、玉座の間によく響いた。貴族達はそれを聞かされていなかったのか、ザワリと空気が揺れる。
「その女は俺の婚約者だ!」
「元は、だろう?侯爵家の令嬢を婚約者にし、筆頭歌姫の座を渡したと聞いているけれど?」
スティはそう言って、両脇に控えている貴族達の中からイルジナの方へと目線だけ向けた。しかし張本人であるイルジナは、レヴィンではなくスティを見て頬を染めている。
「この国の筆頭歌姫を継ぐ儀式を受けているのはその女だ。王妃が体調を崩し儀式が出来ない今、その女が快癒しているのであれば国のために筆頭歌姫として復帰するのが務めのはずだ!私も、王妃として迎えてやると言っているんだぞ!」
「そうですわ!わたくしには今、筆頭歌姫として必要とされる儀式が受けられていない身。それはつい先日発覚したのですわ。そのせいで国の加護や歌姫達の力が弱っているのです。その娘が帰ってくれば、王国の加護は戻るのです!」
身勝手な主張をしていると全く思ってもいないその言動に、スティはきつく目を閉じた。本当に話にならないと、深く息を吐いてしまう。
「王宮で毒を盛られ、まともに調査もされず追放され、行く宛なく帝国に逃げ延びた彼女を、また国の都合で連れ戻そうと言うのか。――お前達の言うそれは生贄の間違いじゃないのか」
「それは……っ!」
ぐっと言葉を詰まらせるレヴィン。その間に、イルジナが躍り出た。
「我が国は、彼女を丁重に扱いますわ!王妃として王宮の一室で騎士達に守らせます。レヴィン殿下の婚約者の座を、わたくしは国のためにお返ししますわ。ですから、アポスティル殿下の空いた婚約者の座に、わたくしなどいかがでしょうか?」
「………………は?」
名案だと言わんばかりに、中央でイルジナは宣う。
ラダから聞いていたとはいえ、まさかこんな王侯貴族の前で主張すると思わず、スティの口からつい漏れ出たような声が零れた。
周囲に居た貴族達も、どうなっているんだ?と首を傾げ、眉間に皺を寄せている。
「わたくしはミミシーン王国、ハデリーク侯爵家が娘、イルジナと申しますわ。この国で歌姫を務めておりますの」
「……だから?」
「歌姫としての力をお求めなら、わたくしが貴方様の婚約者となりましょう。ですからどうか」
「嫌です」
イルジナの声を断ち切り、スティよりも一歩前に出たのは――ミュシュだった。
「ミュシュ」
「スティ、私に言わせて。……私は王国には帰らない。それにスティの婚約者の座も。私の居るべき場所を、彼の隣を、譲るつもりなんてないわ!」
「なっ!?お前、侯爵令嬢であるわたくしに向かって!それに、この国がどうなってもいいと言うの!?」
「それを言うなら、今の私は帝国で皇妃殿下の生家である公爵家の養女だわ」
貴族達は、ミュシュが公爵令嬢となっていることに目を剥く。更には皇妃殿下の生家と知り、これはいよいよマズいのではと顔を青くする者も出てきた。
「確かに……民が哀れだとは思う。けれどそれは、全て貴女方の仕業でしょう?それを私に尻拭いさせて、それで解決したら全てよし……そうやって終わらせるつもりなのですか?」
ミュシュはイルジナをキッと睨み付ける。まさか反論されると思っていなかったイルジナはたじろいだ。
(……本当は怖い。こんな視線に曝されることも、レヴィン殿下やイルジナ嬢に歯向かうのも。でも……っ)
「どれだけお金を積まれても、戦争を起こすと脅されても、私は従わない。それが私の答えよ」
ミュシュは堂々と対峙する。
私利私欲で声も歌も奪い、大陸の加護を分かつ禁忌を犯したこの国に――もう二度と、何一つとして奪わせはしない。




