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32,女神の怒りと王国の罪


「でも、イルジナは典型的な東側の人間だろう?唆したところでその気になったの?」

「そこは、今のミュシュ様のお立場を実感させることにしました。『帝国……いえ、西側で唯一無二の歌姫として崇められる日々が手に入りますよ』と言ったら即決だったようです」

「あぁ……」


 スティは心から納得したような声を上げる。ミュシュもそれは想像に容易いと苦笑を漏らした。


「イルジナには『毒殺には失敗したが、代わりのメイドに罪を擦り付けることに成功している』と伝え、ミュシュ様を傷付けるのではなく連れ戻す方向に考えを改めてもらいました」

「本当によくやってくれたよ。何度ミュシュが狙われても返り討ちにするつもりで動いていたけれど、ミュシュの精神的な疲労や負担は解消出来ないからね」


 ミュシュの肩を抱いていたスティの手に力が籠る。今となっては、ミュシュの発熱時の出来事を笑い話のように話せているが、スティも心配で仕方なかった。


「それはようございました。……くっ、私もミュシュ様の看病をさせていただきたかった……っ」

「ら、ラダ……?」


 俯いて心底悔しそうな声を漏らすラダに、ミュシュは目を瞬く。ミュシュにとっては恥ずかしい思い出のため、そんな切実そうな声を上げられてもどう反応していいか分からない。


 まさかそれがスティや影達にとって、ご褒美だと思われているとは露ほども思わないだろう。


「……失礼いたしました。とにかく、そのようなことになり、王太子やイルジナは『もうすぐあの女が帰ってくるから』という大義名分を掲げて、大神殿や歌姫への対応をやめ、再び遊び耽る生活に戻りました」

「父上が返さないって言ったよね?第二皇子の婚約者とも、こちらの国の公爵家の養女だと伝えているよね?奴らは戦争でもしたいのかな?」

「それもまた宜しいかもしれませんね」


 ラダにあっさりと肯定され、スティは眉を寄せた。いくらミュシュが狙われ、帝国を軽んじられたとはいえ、民が傷付く可能性のある発言をラダが認めることは滅多にない。


 別の意図があるのだろうと、スティはじっとその瞳を見つめる。


「戦争という言葉が出たので、丁度いいかもしれません。ここで、ミュシュ様のご質問である“仕返しとはどういうことか”について説明させていただきます」


 部屋の空気が、ほんの少しだけ重くなる。ラダの声が、遠い昔を手繰り寄せるように落ち着いて響いた。

 

「――これは、帝国から聖杯が失われた凡そ五百年以上も前のことになります」


 


 ラダが語り出したのは、この大陸の国や集落について。


 かつてこの大陸には、小さな国や集落が点在していた。その中で、今のディーロス帝国とミミシーン王国の丁度中央に位置する国が最も栄えていて、そこには神が降り立つという御神木と祭壇、更に神具である竪琴と聖杯が祀られていたという。


 その国が突如荒れ始めたきっかけ――それは、筆頭楽師に王子が、そして筆頭歌姫に平民の娘が選ばれたことだった。


 誰よりも思慮深く、誰よりも他人に優しいその娘は、儀式を待たずして女神から愛され、強い加護を宿していた。国の繁栄のため、そして美しい心を持つ娘に想いを寄せた王子は、その娘を筆頭歌姫として認めたのだ。


 しかし、それを面白くないと憎悪を滾らせる令嬢が一人。国の中で力のある家の令嬢が、自分こそその座に就くはずだったのにと憤慨し、これを非難した。


 そうして王族への不満を抱いていた貴族達や神官達を誑かし、王族の暗殺と神具の窃盗を計画・実行する。反逆者達は今の王国に根付いたという。


「あの国そのものが、裏切り者の集った国だったのか。今も昔も、そういう人間はまるで変わらないね。正にその令嬢も今のイルジナみたいだ」


 話を聞いていたスティは呆れ果てていたが、ミュシュは顔を青くしていた。


「その……狙われた王族達はどうなったの?」

「……言葉通りです。その時の王族は死去。彼らを守ろうとした国の主要貴族、騎士の多くが亡くなったと」

「そんな……っ!なんて酷いことをっ」


 灰色の瞳がじわりと潤み、暖かなはずの室内で、指先からすっと熱が引いていく気がした。スティは抱いていた肩を引き寄せ、ミュシュを自身の胸に凭れさせた。


「ですがこの時、王族の血を引く唯一の生き残りが居たのです。この方こそ、我が帝国の始祖となったお方のようです」

「帝国の名の元となった、ディロス・エリオンだったね。確か歴史書には、『荒れ果てた土地を一から開拓した賢王』と伝えられているけれど……」

「はい。そのお方です。反逆者達も予想していなかったのでしょう。――まさか平民の娘が婚約者の座に内定していて、婚前交渉が済まされていたとは」


 ラダの報告にスティは目を瞬き、ミュシュは少しだけ頬を赤らめた。ラダは初心なミュシュをじっと凝視し、スティが目を細めてそれを睨んだ。


「……コホン。先程伝えた通り、その時の王族は、みなお亡くなりになりました。しかしそれは、その時に生きていた者の話。逃げ延びた平民の娘が王子を出産し、みなで王子を支え国を興したようです」

「それなら我が国は……」

「はい。かつて大陸の中央にあったその国から逃れた人々が、荒れ野を耕し、長い時間をかけて築き上げたのが――このディーロス帝国なのです」

 

 語るラダの声には、確かな誇りが色を差していた。その言葉に喜んでいるかのように、卓上の聖杯に差し込んだ光が淡く煌めく。

 

「凄いわ。生き延びた味方も少なかったはずなのに……。今ではこんなに立派な国になったのだもの。それに比べて、王国は……」

「王国に住んでいる人達でも、全員がそんな人間ばかりじゃない。それはミュシュを見ていれば一目瞭然だからね。それに、ミュシュを大切に思ってくれた友人や村の人達だって居ただろう?」


 心苦しそうに俯いたミュシュに、スティは寄り添い声をかける。ミュシュはスティの言葉で、追放される前に心配してくれた令嬢達の顔や、笑顔を向けてくれた村の人達の顔を思い出した。


「……えぇ、そうね。王国も、悪い人ばかりじゃなかったわね」

「そうだよ。帝国にだってストレイツ公爵のような人間は居るしね。……それにしても、王国に行って、よく帝国の歴史まで紐解けたね」


 もっともな意見に、ミュシュも「確かに」と呟く。


「先程お伝えした、聖杯の保管されていた蔵書も徹底的に調べ、記録が残されておりましたので。つまり、そもそも我が国の祖先の所有物だった神具が奪われていたので、取り返した――やられたことをやり返しただけの“仕返し”ということでございます」

「……そうだったのね。説明してくれてありがとう、ラダ」


 ミュシュに感謝を示され、ラダは噛み締めるように目を瞑ったあと、「いえ」と一言返した。内心では飛び跳ねるほど喜んでいるのだろうなと、スティは苦笑する。


「私が確認した蔵書は、反逆者の一人の手記で……それはそれは人間の欲深さが滲み出た、実に愉快な記録でした」

「それはどういう意味かな?」

「私の憶測も含まれますが、その記録から王妃の不調も判明しました。こちらをご覧ください」


 ラダは再び古書を捲る。そこには、一つの儀式について記載されていた。『夫婦神ノ恩寵拝受ノ儀』と記されたそこには、神具を用いた儀式の行い方や、その効力などの詳細が書かれている。


「ここには、神具は二つ揃って真の効果を発揮すると書かれています。しかしながら、一つの神具だけでも恩恵を授かることの出来る儀式がいくつか載っているため、反逆者達はこの聖杯と古書のみを奪い去ったようです」

「それはどうして?一緒に竪琴も持ち去れば、真の効果が得られたのでしょう?」


 ミュシュが率直な疑問を投げかけると、ラダは仏頂面で自身の見解を述べた。

 

「……単純に、竪琴……あのハープはとても大きいので、隠して運び出せなかったのではないかと」

「えっ?あぁ……」


 そう言われて、祝賀パーティーで騎士二人がハープを抱えて運んでいた姿を思い出した。確かにあれを隠して盗み出すのは至難の業だろう。


 スティやユンは「呆れた……」と溜息を吐いている。


「この『夫婦神ノ恩寵拝受ノ儀』は、ミュシュ様の行った継承の儀を更に荘重に、大掛かりにしたものだと考えられます。その力はこの大陸全土に及び、かつては東西の境などなく楽師や歌姫が誕生していたようです」

「それで?」

「継承の儀と同じく、神具に力が満ちるまでは十年が必要です。その時既に、王子と平民の歌姫は、その儀式を終わらせておりました。つまり、持ち帰った聖杯には力がない状態だったのです。そして手記にはこう書かれていました。――『我らは禁忌を犯したのだ』と」


 ミュシュとスティは、顔を見合せた。暫くの沈黙のあと、スティはラダに「続けて」と促した。


「夫婦神から力を賜っておきながら、罰当たりにも聖杯を盗み出した令嬢は、当初新たな王国の王妃になるはずでした。しかし、男神と引き離された女神の恨みか……曲がりなりにも歌姫だった令嬢の声は(しわが)れ、鏡に映る顔も老婆のように老けていったそうです」

「……それって、まさか。今の王妃殿下も……?」

「面会謝絶にされたのも、現状を知られたくなかったからでしょう。影達によると、飾られた肖像画と同一人物とは思えない姿になっているとのことでした」


 本来なら、そのような愚行を犯した時点で、被害者加害者の区別なく、帝国側へ逃れた者達まで呪われてもおかしくはなかった。


 しかし、反逆者の手記によると、王国側に逃げた者達の十年は悲惨なもので、逆に帝国側で再建を試みた者達は順調に街を興し始めていたそうだ。


「男神は夫婦神の加護を失われた西側を哀れみ、儀式を行わずともその信仰の恩恵を加護として与えられたのではないか。一方で東側――とりわけ王国に関しては儀式を行うことで、どうにか加護を繋ぎ止めていたのでは……と。他の蔵書も照らし合わせるに、それが真実に最も近いと考えられます」

「つまり、今回のこの騒動は……王国が自分で招いた結果、ということ?」

「左様でございます。そのような過去を経ても何も学ばず、加護を賜ったミュシュ様を追い出し……再び女神の怒りを買ったのでしょう」


 言葉にされてしまえば、ただの因果応報。それでもミュシュの胸の奥には、かつて故郷と呼んだ国への、どうしようもない痛みがじわりと広がっていった。


 


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