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31,愚か者達を唆しつつ貫かれた忠義


 ミュシュは箱に収められた聖杯から目を離せずにいた。


 継承の儀で手にしたものと確かに同じ。見間違えようがない。いつも冷静なスティですら、言葉を失っている。


「ご安心ください。突貫ではございますがダミーを用意し、すり替えております。触れられなければ気付かれることはないかと。そのダミーも基本はショーケースの中ですので」

「ダミーを用意してまで……。だから最近、報告の数が減っていたのか。でも、わざわざ持ち帰らなくたって、場所さえ分かればそれでよかったでしょ」


 苦笑しながら聖杯に視線を落とすスティに、ラダは首を横に振った。


「ミュシュ様なら、夫婦神である男神と女神の神具を揃えて差し上げたいと、そうお考えになると思ったのです」

「……!」


 ミュシュが祝賀パーティーで誓った思いを、ラダは当たり前のように言い当て、そのために行動してきたのだという。恥ずかしいような嬉しいような、同時に怖いような……そんな言いしれない思いを抱いた。

 

「また、これは我が国としても“仕返し”のようなもの。やられたことをやり返したに過ぎません」

「……仕返し……?どういうことなの?」


 ミュシュは胸をぎゅっと掴む。自分の生まれ育った国が、一体何をしたのか。その恐ろしさに口を引き結んだ。


「順を追って説明いたします。まず――」




 

 

 ラダの報告は、イルジナがストレイツ公爵家に接触した理由から始まった。


 そもそもイルジナは、ミュシュを探していたレヴィンから、「あいつ、帝国で第二皇子の婚約者に選ばれたらしいぞ!」と聞かされ、怒り狂っていたという。


 なにせ王妃は体調不良を理由に面会を一切断ち、表舞台から姿を消してしまったのだ。その皺寄せは、残された歌姫達の肩に容赦なくのしかかっていた。


 日に日に増していく負担。歌姫達はじわじわと追い詰められていった。


 ビェラやリブシェが王都から離れたのを皮切りに、他の歌姫達も「領地の小神殿で務めを果たします」と帝都から出て行く事態に。


 レヴィンやイルジナが、慌てて歌姫に王都から出ることを禁じた頃には、既に多くの歌姫が領地に戻った後。結果、王宮でチヤホヤされていたイルジナも呼び出される羽目になり、大神殿で平民相手に歌わされることになった。


「どうして筆頭歌姫に選ばれた高貴なわたくしが、こんなことをしなければならないの!?わたくしは未来の王妃なのよ!!」


 怒鳴り散らし、人や物に当たることも多々あったようだ。


 その状況を前に、レヴィンが捻り出した答えは――ミュシュを探し出し、再び歌わせるというもの。もし追い出したミュシュがまだ生きているのなら、(しわが)れた声だろうが歌わせればいい――と。


 そうしてレヴィンは、ミュシュの行方を探し始めたという。


「……本当に許せないな。ミュシュをまるで道具みたいに……っ!」


 ミュシュが悲嘆に暮れる間もなく、先にスティが怒りの声を上げた。ラダやユンも深く頷く姿に、ミュシュの心は温かくなる。スティの手を握り、「それで……?」と続きを促した。


 プライドの高いイルジナにとっては許せなかっただろう。毒を飲ませて追いやった女が、再び戻ってくるかもしれないのだから。


 しかも、ミュシュは帝国の皇族に持て囃され、第二皇子の婚約者の座を得ているというではないか。


 王妃の不調や加護の衰え、王都の歌姫不足。ただでさえ火の車の二人にとって、寝耳に水の一報だ。


 イルジナは急いで家の者に調べさせた。そこで、煮え湯を飲まされたストレイツ公爵家の存在を知り、接触を図ったようだ。ミュシュが王国に戻される前に、始末させるために。


「筆頭歌姫なのに、民のために歌うことを嫌がるなんて……」

「全くだよ。ミュシュを探したり、嫌いな帝国の調査をしたりする熱量を、国や民のために使えばいいのに。しかも国が危機に陥っている状況で、どうしてミュシュを始末しようなんて考えに至るかな……」


 ミュシュの呟きに、スティは露骨な嫌悪を滲ませた。


 

 数ある調査の中で、最も危険な綱渡りだと判断されたのが、イルジナ周辺の洗い出しだった。イルジナやハデリーク侯爵家に悟られることなく、ストレイツ公爵家や王族からも怪しまれるわけにはいかないからだ。


 ラダは他の調査を任せ、自身が主にイルジナの対応を務めることに。万が一が起きた際の影だけを潜ませ、調査を始めた。


「イルジナには公爵家の家紋、並びに他の影が掴んでくれた情報を元に、『まだ例の歌姫の暗殺は実行出来ていない』と伝え、そちら側の者だと信じさせました」

「実際にイルジナと接触する伝令役も居たんじゃないの?それはどうしたの?」

「それはもう……。イルジナやハデリーク侯爵家に到着する前に、丁重に扱わせていただきました」


 爽やかに告げられるその言葉の意味をどう捉えていいか分からず、ミュシュは気まずそうな表情を浮かべた。


 邪魔されないように捕らえ、加えて知っている情報を引き出したのだろう。……その方法が本当に“丁重”だったかどうかは、言うまでもない。その場に居なかったはずのユンですら、顔を引き()らせている。


「接触の際、ミュシュ様から伺った話を“餌”としてチラつかせたのです。『例の歌姫は元王妃殿下から継承の儀を受けたそうですが、イルジナ様は受けられたのですか?』と」


 ミュシュは追放されているため、イルジナに儀式など執り行っていない。では、既にその座を退いている王妃が代わりにしてくれたのか?とラダは考えたらしい。


「――傑作でしたよ。『そんなもの知らないわ!もしかして、そのせいで国の加護の力が弱まっているの!?あぁ、腹立たしい!どうしてあの女はそれを言わなかったのよ!』と喚き出しましてね。……その喉を潰したのはどこのどいつかと、暗器を投げなかった私を褒めていただきたかったですよ」


 表情は変わらないのに、ラダの声が一段低くなる。

 

「ら、ラダ……」

「本当によく耐えたね。私ならその場で切り伏せる自信しかないな」

「同じくです。私も我慢出来ず首を絞めてしまったかもしれませんねぇ」

「スティとユンまで……」


 ミュシュは剣呑な表情になる三人を、おろおろと宥める。困るミュシュを見て、三人は深呼吸をするように深く息を吐いた。


「それからはもう簡単でしたね。継承の儀と言うのだから、王妃と会えない今、他に情報があるとすると大神殿ではないかと伝えたところ、翌日にはそれを王太子にも伝えてくれましてね。更にその翌日、二人で乗り込んでくれたのです」

「浅はかすぎるけど、こちらとしては大助かりだね」

「えぇ、本当に。おかげで大神殿には聖杯がないこと、聖杯は歴代の王妃によって宝物庫に保管させていることが判明しましたので」

「はっ!ザルにも程があるね!」


 ラダの失笑に、スティも鼻で笑う。ミュシュは今は祖国となった国の王族や筆頭歌姫、大神殿の愚かさに遠い目をした。


 恐らくラダの策もよく練られ、見事に相手を騙したからだろうが……。それにしたって、機密も何もあったものではない。


「……それで?まぁ、何となく読めてるけれど」

「二人はこれまた翌日、国王の許可も得ずに揃って宝物庫へ突撃してくれまして。鍵も許可証も持たずに押し入ろうとして、警備の騎士に止められておりました」

「そうか。じゃあ入れなかったの?」

「いいえ。『王太子である俺が居るのに開けられないのか!』って騎士に当たっていましたね。結局、無理やり開けさせていました」

「……王太子も騎士も馬鹿すぎない?」


 スティは呆れを通り越して笑っている。

 

 話を聞いていたミュシュは、「そういえば、そう言いそうだとこの間思った気が……」と自身が宝物庫に入れてもらった日のことを思い出していた。本当に想像通りの対応をしたようだ。


「その時は私ではなく、王宮を見張らせていた影達に確認をさせていたのですが、人目に触れないようカーテンで区切られた場所に、ショーケースに収められた聖杯と古書が保管されていたそうです」

「なるほど。でも、こちらの国とは違って、王妃のみが管理している機密でしょ?こちらの宝物庫のように堂々と置かれていたわけではないだろうし……よく見付けられたね」

「カーテンの先が、蔵書の保管場所だったのです。見ただけでは、秘蔵の書物が置かれている場所にしか見えません。……二人は自分達の評価に関わるからと、隅々まで探してくれたようで」

「そこは頑張るのか……」


 頭が痛そうに眉間を揉みほぐすスティを見て、ミュシュは心配そうに顔色を伺う。


「そこで二人は、聖杯と共に収められていた古書を確認した後、古書を地面に叩き付けて憤慨したそうです。一応はショーケースに戻し、蔵書も置き直してから立ち去ったようですが……。書かれていた内容が、お気に召さなかったようですね」


 ラダはそう言いながら、サッと手袋を取り出した。丁寧に古書を手に取り、開いてみせる。


 ミュシュとスティで覗き込むと、そこには気になっていた情報がしっかりと記載されていた。


「……『神具を用いた者に、夫婦神自らの加護が降りる。次の加護は十年後――色褪せし宝石に再び力が満ちる時』って。だから聖杯もハープも……」

「宝石が色を失うのは、そういうことだったんだ」


 よくよく確認すると、聖杯に埋まっている宝石の数は、確かに十だった。顎に手を当て、「もしかして、あのハープの宝石も全部で十個なのかな」とスティが呟く。


「ミュシュ様の継承の儀は執り行われたばかり。次の加護を授かれるまで、九年以上待つ必要がございます。そのため、聖杯は意味がないと諦めたようです」

「なるほど。確かにそればかりはどうしようもないね」

「はい。そうして王太子は、遂にイルジナを『無能め!』と罵倒し始め、イルジナを名ばかりの筆頭歌姫と罵るようになりました」


 ラダの言葉に、ミュシュの顔色が悪くなる。『名ばかり』『身の程知らず』――それはかつて、ミュシュが浴びせられたものだった。


 スティはすぐにミュシュの肩を抱き締め、ラダに「続きを頼む」と視線で急かした。


「丁度その頃、私共の元にミュシュ様への毒殺未遂の報告や、本家分家諸共捕縛が進んでいるとの情報が入ってきた頃でした。そのため、イルジナの愚痴に寄り添う発言をしながら、こう唆すことにしたのです。――『それならば、いっそのこと例の歌姫に王国に戻ってもらい、貴女様が我が国の皇子の婚約者となれば宜しい。馬車馬のように働かされる未来しかない筆頭歌姫などよりも、見目のいい皇子の妃となられたらよいではありませんか』と」

「……ラダ?私にそんな女を押し付けるつもり?それにミュシュを手放せって?」

「滅相もございません。全ては計画のためでございます。しかし、怨敵の肩を持ち、ミュシュ様を裏切るような文言を私もこの口で告げるなんて、死んでも御免でしたので――その時だけは、ジャンケンに負けた影に伝達させました。当然、私は勝ちました」

「……くくっ!」


 自信満々に強く頷くラダに、吹き出すスティ。ユンまで肩を震わせる中……。


(誰がその伝達をさせられたのかしら……。あとで労ってあげた方がいいわよね……)


 ミュシュ一人だけは哀れな影を思い、眉を下げていた。



 

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