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30,帰還した影のとっておき


 熱を出したあの日からというもの、ミュシュはことあるごとに揶揄(からか)われ微笑まれ――居た堪れない日々が続いていた。


 歌の練習や教養を磨き、皇族との交流を深めていると、ひと月ほど前に送り出した者達の一部が帝国に戻ってきた。


 スティから帰還の知らせを受けたミュシュは、彼らの元へと足早に向かった。スティは「部屋で待ってたらすぐに来るのに」と楽しげに呟いていたが、ミュシュの気が急いてしまって止まらなかった。


 


 

「只今戻りました」

「ラダ……っ!おかえりなさい!」


 ミュシュは跪くその体を抱き締めた。「お召し物が汚れてしまいますよ」と静かに指摘するラダ。けれど、その顔は無表情に見えて、その実目元が緩んでいた。


 抱き合う二人の後ろから、スティが労う声をかける。


「ラダ、おかえり。色々と助かったよ」

「いえ。お役に立ったようで何よりです」


 ミュシュは二人のやり取りに首を傾げる。どうやら知らないところで、何らかのやり取りが行われていたらしい。


 しかし、行きよりも明らかに減って戻ってきた人数を見て、ミュシュは眉を下げた。


「……ラダ、他の方は?」

「みな無事ですよ。調査はほぼ完了しましたが、王宮内や主要人物を見張る必要がございますので、監視のため留めております。私含め数人のみ、報告のため帰国いたしました」


 その言葉に、ミュシュはほっと胸を撫で下ろす。ラダはそんなミュシュに頷いた後、視線を横にずらした。


「ところで……、ユン。どうやら一番美味しいところを味わったようですね?」

「えっ!」


 ラダにギラリと鋭い目を向けられ、ユンはギクリと肩を跳ね上げる。


 ラダの瞳には、見たこともないほどの燃え滾る熱が込められていて、ミュシュは目を瞬く。


「後ほど、じっくり、たっぷり、聞かせていただきます。報告書での提出でも結構ですよ」

「そんなぁっ!?」

 

 悲鳴を上げるユンに、ミュシュは更に首を傾げる。するとスティが、「ほら、そろそろ立って。体が冷えちゃうよ」と手を差し出してきた。


「あの……、さっきから何の話をしているの?」

「あぁ。ラダの報告は、こんな場所で聞くものではないからね。心配しなくても、きちんと場を設けるよ。他にも追加の情報や仕込みもあるでしょう?」

「勿論でございます」


 ニッと笑うスティに、当然だと言わんばかりに頷くラダ。後で聞かせてもらえるのねと納得したミュシュは、「本当におかえりなさい。お疲れ様」と全員を労った。


「外は冷えるから、早く中に入ろう。……また熱を出したいなら、止めないけれど?」

「もうっ!またそうやって……っ!あの日のことは忘れてって言っているのに!」


 カッと顔を赤くしたミュシュは、ぷいっと顔を背けて先に帝宮内へと戻っていく。それを少し眺めてから、スティは楽しそうに目を細めて振り返る。


「ラダ、ユン。……貸しだからね?」

「はい。ありがとうございます」

「えぇ〜〜。私が一番割に合わない気がするんですけどぉ……」


 スティが言及したのはラダの報告についてだけ。ラダとユンの間で行われていた話には、あえて触れずに流していた。


 スティにとって、あの日のことを思い出す度にニヤけが止まらず、その上こうして揶揄(からか)うことで、恥ずかしがるミュシュがまた可愛らしいと、二度美味しくいただいている状態なのだ。


(あまりイジメすぎてもよくないだろうから、加減しないといけないけれど。……ラダもミュシュの話は知りたいだろうから、こればかりは仕方ないよね)


 そんな駆け引きがされているとは露知らず、ミュシュはずんずんと進んでいく。そうして放置したものが、再びミュシュを羞恥に突き落とすのだが……。今のミュシュは知る由もなかった。


 




「お待たせいたしました。それでは報告をさせていただきます」


 ラダはメイドのお仕着せに戻り、背筋をぴんと伸ばして王国での調査報告を始めた。


「我々影は、王国到着後、王宮へ出入りするための下準備を行いました」


 ミュシュが「下準備……?」と小さく呟くと、ラダは淡々と答えた。


「王宮の使用人、あるいは出入りを許された商人などになりすますのです」

「凄いわ!」


 ミュシュの声が弾み、目を輝かせる。褒められたラダは、満更でもない顔で「そんなことはございません」と咳払いをした。


 スティは、こんなことをしていたら日が暮れるなと胸の内で苦笑しながら、声をかける。


「それで?」

「身分を得た者から順に、各自調査に取りかかりました。王族、聖杯、伝承の調査ですね。その中で一人、確認出来ない者がおりました」

「確認出来ない……?それは王妃殿下のこと?」


 病で伏せっているのなら、別の場所で療養しているのだろうか。そんな考えで質問したミュシュだったが、ラダは首を横に振った。


「イルジナ・ハデリーク侯爵令嬢。ミュシュ様の後釜として筆頭歌姫の座を得た……憎き怨敵ですね」

「憎き……おん…………?」


 無表情だというのに、突然遠くを見つめながら圧を放ち出したラダ。ミュシュはラダから聞こえてはならない言葉が聞こえた気がして、目を丸くする。

 

「……ラダ、主観が漏れ出てるよ」

「失礼いたしました。申し上げたように、我々が王国、そして王宮へ到着した時、イルジナは王宮におりませんでした」

「え……?でも、確か彼女は大神殿には行かずに、貴族にばかり歌を披露しているって……」


 それなら王宮に居るはずでは?と戸惑うミュシュの疑問に答えたのは、肩を竦めたスティだった。


「その頃には内通していたんだ。――ストレイツ公爵家とね」

「えっ!?」


 ミュシュはぎょっとして驚いた声を上げた。ストレイツ公爵家といえば、本家分家問わず一族全員が捕縛される事態となっている。


「……まさか」

「うん、そのまさかだよ。さっき私がラダに『助かった』と言っていたのは、そういうこと。イルジナが王宮に居ないと気付いたラダ達が調べてくれたら、帝国から戻ってきた馬車に乗ってると言うじゃないか」

「帝国の中でも王国に隣接している伯爵領に行っていたと分かったのですが、特に目立った観光地や特産品もない土地です。そんな場所に、筆頭歌姫に選ばれた侯爵家の令嬢が向かうなど、不自然でしかありません」


 それは、知る人が見れば怪しさしかないだろう。


「杜撰としか言いようがないんだけれどね。もっとも、そのおかげで状況はすぐに理解出来たけれど」

「その伯爵領って、もしかして……」

「うん。ミュシュに毒を盛ったあのメイドの生家だね。逆らえなかったんだろうけれど……こればかりは温情をかけられないかな」


 そう言って眉を下げるスティに、ミュシュは静かに瞼を閉じた。


「それからは、逆にイルジナとストレイツ公爵家の動きを利用し、動くことにいたしました」

「利用?」

「はい。公爵家の遣いだと偽り、イルジナに接触。こちらの調査に協力させたのです」


 その口ぶりは、あまりにも平然としたものだった。しかしミュシュは息を飲み、「接触!?協力って……」と目を白黒させる。


「王宮に侵入出来たとしても、王族の内情や、聖杯・伝承の調査にはリスクが伴います。大変不本意ではありますが、彼女は現筆頭歌姫であり、王太子の婚約者。利用しない手はありません」

「そういえば、王妃が雲隠れしている謎なんかは知らせを受けていたけれど、聖杯や伝承については調査中って連絡だけだったよね?どうなったの?」


 スティが何気なく質問すると、ラダの口角が見るからに上がった。こんなにも満足そうなラダの笑みは滅多にお目にかかれないと、スティですら驚く。


「みな、よくやってくれました。聖杯の在処や謎の解明に辿り着ければと臨みましたが……よもや」


 そう言って、ラダはテーブルの下に隠していた箱を取り出した。ゆっくりと蓋を開いたそこには――。


「ちょっと、ラダ!?ここまでして大丈夫なの!?」

「まさか本当に、あの時の……?」


 ミュシュがかつて、手にしたもの。輝きを失った宝石が埋まっている聖杯。そして、見慣れない一冊の古書が収められていた。



 


 

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