28,自ら恩恵を捨てた者達の末路
昨日、投稿予約を誤り、2/14・20:30投稿予定でしたが、2/15・20:30になってしまっておりました。
申し訳ございません……!
本日、12:30・18:30・20:30で3本投稿いたします。
ストレイツ公爵家と分家筋、全員拘束に踏み切った件には箝口令が敷かれた。帝都に居ない分家に悟らせず、一網打尽にするためらしい。
「怖いと思うけれど、ミュシュの周りはユンだけじゃなくて、何人もの影が守っているから。それに、父上や母上、兄上や義姉上の影だって居る。そう簡単にミュシュを傷付けることは出来ないから、安心してね」
スティはそう言って、ミュシュの額をそっと撫でた。ベッドの上でこくりと頷くミュシュは、頬が赤らみ、汗が滲んでいる。
昨日、スティがミュシュの元に駆け込んできた後。極度の緊張が解けた反動か、それとも過去の恐怖を思い出してか、ミュシュは熱を出してしまったのだ。
加護を授かる者が体調を崩すことは稀で、ミュシュ自身、熱を出すなど幼少の頃以来だった。
(毒を飲んでしまった時でさえ、喉の焼けるような痛みはあったけれど、熱は出なかったのに……)
体の奥が燃えているように熱い。かと思えば、暫くすると寒気が押し寄せてくるため、安易に布団を捲ることも出来ない。
「……スティ、私は、大丈夫だから。仕事が、あるでしょ?」
熱に浮かされながら、ミュシュはスティに仕事に行くよう促す。しかしスティは首を横に振った。
「少しなら平気だから。ミュシュが眠れるまで、ここに居るよ」
熱い手を包むように握られ、ミュシュは弱々しく笑う。
「スティの手、冷たいね」
その言葉に、スティの顔は一瞬だけ歪んだ。暫くすると、ミュシュの呼吸が穏やかになり、寝息が零れ始めた。
眠りに落ちたミュシュを確かめてから、スティは静かにその手を離し、立ち上がった。
「……塔に行ってから、響奏棟で仕事をする。何かあったらすぐに知らせて」
「承知しました」
壁に控えていたユンが頭を下げる。その瞳は心配そうに揺れていて、「ミュシュは本当に人誑しで困るな……」とスティは苦笑する。
(影は、心を押し殺すよう何年も教育されているのに。ラダもユンも、ミュシュに心酔しちゃって……参ったなぁ)
スティの抱える影達は、スティに群がる令嬢達を嫌という程見てきている。主人の辟易する姿を知っているだけに、これほど主人が心を許し、更には自分達にも人として優しく接してくれるミュシュが、可愛くて愛おしくて仕方がないのだろう。
(まぁ、彼女が傷付けられた時に本気で彼らが怒れば、こちらとしても都合がいいから構わないのだけれど)
ミュシュのためにと、ラダは面倒で難解な王宮の調査に出向いてくれているし、残ったユンやレニはミュシュに傷一つ付けるものかと神経を張り巡らせてくれている。
――おかげで、万全の状態で敵を捕らえられた。
そう、全てはミュシュを守るため。
「彼女を守るためなら、みんな鬼になれるんだよ。――勿論、私もね」
ミュシュには到底見せられない冷徹な笑みを浮かべ、スティはとある塔へと向かった。
「やぁ、気分はどうかな?」
「アポスティル殿下っ!このような暴挙、公爵家当主として決して認められませんぞっ!」
吠えるように叫んだのは、捕らえられたストレイツ公爵。顔を真っ赤にして、室内に取り付けられた鉄格子をガシャンと掴む。
貴族を収容するための貴族牢。その専用の塔は今、大所帯となっていた。ストレイツ公爵家を筆頭に、分家筋も全員ここに押し込めているからだ。
共謀して脱出されないよう、一人一人の部屋を分けているため、ここにはストレイツ公爵ただ一人。
「暴挙?それは公爵、お前の方だろう?――ミミシーン王国のイルジナ・ハデリークと内通したね?」
「……っ!?」
公爵の顔色が一瞬で変わった。否定の言葉が口から出る前に、スティはジャケットのポケットから数枚の封筒を取り出す。
「私が何の証拠もなしに、身柄を拘束すると思ったの?……舐められたものだね」
封蝋の跡や筆跡。そこに記されている、暗号めいた言い回し。その中で、ミュシュに向けられた明確な悪意だけは、しっかりと読み解けた。
「私の影達は優秀でね。お前が王国の令嬢と内通し、ミュシュを狙う可能性があると、早い段階で知らせてくれたんだ」
スティは知らせが届いた時、つい笑ってしまった。何せ知らせの主が王国に行ったはずのラダで、情報と共に『ミュシュ様の御身が無事か気がかりで仕方がありません。必ずお守りください』と書かれていたのだから。
本当に任務を投げ出して戻ってこないかと、こちらが心配したくらいだ。
(私だったら、投げ出して戻っていただろうな。怒りで役目を全う出来る自信もないしね)
スティは牢屋の手前に置かれた椅子に腰かける。机の上には取り調べの記録が置かれていて、パラパラと目を通すが……反省もなく罵詈雑言ばかりだったようだ。
はぁ……と溜息を吐きながら、記録をパサリと投げ捨てる。
「お前を見張らせていた影からは、不審な動きはなかったと聞いていたからね。言うことを聞く分家か、兄上を落としたい一派だろうと踏んで――可能性のある家全てに監視を付けていたんだ。手紙で指示を出すことも想定済みだよ」
「そんなもの……っ」
「手紙は燃やすよう指示して証拠隠滅を図ったようだけれど、そんなものいくらでも回収出来る。中身を確認したけど、証拠としては十分な内容ばかりだったよ」
例えば手紙を燃やそうとしているところに来客を伝えたり、ペン立てを倒して服を汚したり。影にとってはお手のものだ。
そうして「後で燃やせばいい」と踏んで出ていった者達は、まさか燃やした手紙がすり替えられたものとは思ってもいないだろう。
冷笑を浮かべるスティに、ストレイツ公爵はガンッと鉄格子を叩き付けた。
「我らは……っ!御身を皇帝にと!殿下に長年仕えてきた身ですぞ!我が娘も、ひとえに殿下を慕ってきたというのにっ!」
「私は一度だって望んだことはないけれどね。そもそも皇帝陛下が健在なのに、どれほど不敬な発言か……」
公爵の喉が鳴る。スティはやれやれと首を横に振った。
「ただお前達が、父上や兄上の目指す国政が気に入らないだけじゃないか。音楽ばかりにかまけている私を祀り上げて、傀儡にしたかったのだろう?」
決して愚かな皇子に育ったつもりはないのに、甚だ遺憾だと嘲笑う。響奏棟に籠っていても、皇子としての仕事はこなしていたのに。
私は兄上よりも物腰が柔らかで、言いくるめやすそうに見えるだけ。そう振舞ってきたのだから当然だ。
「こんな……こんなことがあってたまるか!我が公爵家が、どれほど国を支えてきたと思っている!?」
「かつては、だろう?十分な恩恵を与えられておきながら欲を出し、私利私欲に溺れるようになった結果なのだから当然じゃないか。今や国にとって膿でしかないと自覚してほしいのだけれど」
「煩いっ!ここから出せっ!」
鉄格子が悲鳴を上げる。しかし、人の力で壊れるようなものでは決してない。
「叩いて壊れるわけもなし……みっともないことこの上ないね。私の手が痛むわけでもないから、好きにすればいいけれど」
カタン……と椅子から立ち上がったスティは、にっこりと微笑んだ。
「お前が馬鹿なことをしてくれたおかげで、分家諸共拘束出来た。これを機に、お前達の派閥を一掃せよと陛下が認められたからね」
「な……っ!?」
「本当は、今すぐにでも私の手で裁いてやりたいんだけど。それは許されていないから我慢してあげよう。でも……覚悟しておけ」
いつもより声が数段低くなる。荒々しい言葉と共に金色の瞳には激昂が揺らぎ、明らかな敵意がストレイツ公爵を射抜く。
「ひっ!」
「皇帝陛下に、必ずしてほしい刑罰を一つお願いしてあるんだ。お前達は、その耳が要らないんでしょう?」
「……は?」
「これまで周りが散々忠言してきた声も聞かず、ミュシュが心を込めて歌ってくれた歌にも耳を貸さなかったのだから。そんな耳、要らないよね?」
スティはくすくすと楽しそうに笑う。しかしその目だけは、ずっと冷ややかなまま愚かな男を捉え続ける。
「鼓膜を潰すのか、それとも耳を削ぎ落とすのかは知らないけれど。音を聞くことすら出来なければ、誰かが音楽を奏でてくれても、恩恵も激減するだろうからね」
「そんなっ!?殿下……っ!」
「今更謝罪をしてももう遅いよ。色々な策の中で、一番タチの悪いものをミュシュに向けたんだから。――沙汰が下るまで、ここで怯えて過ごせばいい」
そうして興味を失ったように、スティは踵を返した。背後で「殿下!殿下ーーっ!」と叫ぶ声が聞こえるものの、何も聞こえないフリをして立ち去る。
己の立場を守るために踏み躙ってきた者達の嘆きを聞かなかった彼らに、そして何より……愛しいミュシュに手を出す奴らに、貸す耳などないのだから。




