25,歌に願いを、気付きに決意を
それから間もなくして、ラダが新しいメイド兼護衛としてユンを連れてきた。
「ユンと申します!ミュシュ様にお仕え出来て光栄です。宜しくお願いいたします」
「宜しくね」
ぱっと花が咲いたような笑みを向けられ、自然とミュシュの表情も綻ぶ。ユンはラダとは対照的に、少女めいた明るい雰囲気だった。
(ラダは私が心細くなると思って、明るく元気な人を選んでくれたのかしら)
「アポスティル様。それでは只今より任に就き、本日夜には出立いたします」
「うん。頼んだよ」
「あ、あの……っ!」
淡々と進む会話に、ミュシュは思わず声を挟んだ。
「ミュシュ、どうしたの?」
「……私に出来ることは少ないけれど、ラダや任務に向かう方々の無事を願って、歌わせてほしいの」
「……私や、みなのために、ですか?」
ラダの瞳が丸くなる。ユンも驚いた表情で口元を押さえている。そんな反応をされると思わず、ミュシュはおろおろとスティを見上げた。
そんなスティはポンとミュシュの頭を撫で、慈しむようにその顔を見つめて提案する。
「それは最高の激励だね。それじゃあ、出立の準備が終わったら声をかけてもらおうか。お見送りに一曲歌ってあげたらどうかな?」
「……いい?そのために、時間をもらっても」
「勿論。寧ろ、彼らも燃えるだろうね」
スティが「ほら」と視線を向ける先には、ラダとユンが真剣な顔のまま頷いていた。
「我らは影。命じられた役目を果たすのが務めです。ですが……」
ラダは一拍置き、まっすぐミュシュを見る。その瞳には、僅かに歓喜が滲んでいた。
「このような言葉をいただき、更に歌を披露してくださるなど……どれほどの喜びでしょう」
「ミュシュ様の話はラダから何度も聞いていましたが、私達のことをこんなにも案じてくださるのですね!ミュシュ様が人一倍お優しく、慮ってくださる方なのだと実感いたしました」
二人は破顔し、とても嬉しそうにしていた。ラダに至っては、どこか誇らしげで。
「だから言ったでしょう。ミュシュ様は素晴らしい方だと」
と、ユンに向かって自慢げに話し始めた。
(一体どんな話をしていたの……?それにしても、こんなラダ、初めて。暗部の仲間達には、そんなふうに話すのね)
少し子供っぽいラダの姿に、ミュシュはくすくすと笑う。ハッとしたラダはコホンと咳払いし、姿勢を正した。
「ミュシュの素晴らしさが伝わっているようで、何よりだよ。そんな彼女が今、狙われている。自分達の手で追い出しておきながら。ミュシュをそんな国に渡すわけにはいかない」
「当然です」
「ミュシュ様はもう帝国の公爵令嬢で、殿下の婚約者です!返還しろなんて、その神経が分かりませんよ!」
ラダは淡々と呟き、ユンはぷくりと頬を膨らませた。二人の言葉に納得したように頷いたスティは、今一度命じた。
「ラダの部隊は、必ず王国の現状と秘密を掴んで帰ってきて。ユンを含め残る影達は、ミュシュに危険が及ばないよう徹底してほしい。彼女に取り入ろうとする者も居るだろう。近付いてくる人間には、これまで以上に気を配って」
「「はっ!」」
普段皇族らしい言動をしないスティには珍しい、勇ましく凛々しい振舞い。言葉の柔らかさもありつつ、けれど威厳のある姿に、ミュシュは見蕩れた。
(こんなスティも素敵。それもこれも、私のために怒ってくれているから……なのよね?)
そう思った途端、胸の奥がじんわりと温もった。
「ラダ達が出発するまで時間があるだろうから、それまでミュシュはどうする?」
「えっ?えぇと……」
じっとその横顔を見ていたミュシュは、突然スティの顔がこちらを向いたため慌てる。
「……?どうかした?」
「な、なんでもないわ」
「なんでもないってことはないでしょ?……また私のことを見ていたの?」
「……!?」
どうして分かったのかと驚愕するミュシュ。スティは頬をツンと突く。
「そんな蕩けた顔をしていたら分かるよ。ミュシュにこんな顔をしてもらえるなら、時々こんなふうに皇族らしく振舞った方がいいのかな」
「えっ?」
「私のこと、惚れ直した?もっと好きになってくれるなら、ミュシュの望む通りにするけれど?」
「!!」
顎を指先でそっと持ち上げられ、逃げ道を塞ぐような距離で覗き込まれた。その蠱惑的な表情に、ミュシュは顔を真っ赤にしながらゴクリと喉を鳴らす。
「ユン。心得ていますね?時には殿下を諌めるのも影の勤め。ミュシュ様をお守りするのですよ」
「えぇ……。アレに割って入るんですかぁ?私、見てるだけで砂糖漬けにされてる気分です……」
この後すぐラダとユンがスティを止めたものの、ミュシュはスティの色香に腰を抜かした。
立てなくなってしまったミュシュを見て、「お姫様抱っこで運ぼうか」と更に追撃するスティを威嚇するように、ラダとユンが立ちはだかる。
束の間の平穏(?)に、ミュシュは笑顔を零した。
――夜。
出立の準備が整ったと告げられ、ミュシュはラダ達の見送りに向かった。ミュシュが歌うと言っていたからか、スティも小ぶりのハープを持っていた。
(スティが伴奏してくれるのね。嬉しいわ)
影達は膝をつき、頭を下げて並んでいる。先頭のラダは、これまでのメイド服ではなく、真っ黒の装束に身を包んでいた。
「私は、皆さんが守ってくださるおかげで、帝国で安心して過ごすことが出来ています。そのせいで危険なところに向かわせてしまう……それがとても心苦しいです。けれど、皆さんの調査によって、きっと道は開けると信じています」
ミュシュは胸の前で手を重ね、息を整えた。
数ヶ月前、当たり前だと思っていた日常を奪われ、痛みに震え、壊れた声に怯えて絶望していた。
けれど今は、息を吸うことも、歌うことも、もう何も苦しくない。スティに救われ、彼らが守ってくれて。人の優しさと温かさを思い出させてくれた。
(女神様。どうか彼らに、無事に帰る道をお示しください。誰一人、欠けないように……)
祈りを胸の奥へ落とし込むと、ミュシュはそっと目を開いた。彼らは顔を伏せたまま微動だにしない。その忠誠心の高さに、ミュシュは感銘を受ける。
「私の願いは、女神様が拾ってくださるはずです。……だから、聞いてください。私に出来る形で、皆さんの道を照らしたいのです」
願いの余韻を抱き締めるように、ミュシュは再び瞼を閉じる。空気が張り詰め、世界の色が変わるような静けさが満ちていく。
そして――ミュシュは歌い出した。
祝賀パーティーで披露した、『音と歌のゾーエ』と『ムスィキの生命』を織り合わせたもの。願いを乗せた歌声がハープの音色と重なり、影達へと降り注いだ。
歌が終わると、ラダだけが静かに立ち上がった。
「全員を代表し、感謝申し上げます。ミュシュ様の歌と、殿下の演奏に恥じぬ働きをし、必ず成果を持ち帰ってくると誓います」
「ラダ……」
「私共のような者にまで心を砕いてくださり、ありがとうございます」
ミュシュの瞳が潤む。気付けば体が動いていた。そっと、ラダの体を抱き締める。
「必ず……必ず帰ってきてね」
「ミュシュ様の歌があるのです。万に一つもございません。一人も欠けず、お二人の元に戻ってまいります」
ラダは決意の籠った目でそう告げた。
「それでは、アポスティル殿下。ミュシュ様。――行ってまいります」
「頼んだよ」
「「「「「はっ!」」」」」
その声と共に、彼らの姿は一瞬で夜に消えた。
誰も居なくなった場所を見つめ、不安で胸元を押さえる。すると、背後から静かにスティに抱き寄せられた。
「さぁ、もう夜も遅い。あまり長居しては風邪を引いてしまうよ」
「……そうね。私はあまり風邪を引かないのだけれど、もし私が倒れたら、任務に向かったラダが心配するものね」
「そうだよ。任務を放り出して戻って来られたら困るから、ミュシュには元気で居てもらわないと」
「そんなこと」
スティの言葉にくすりと笑ってしまう。いくらラダでも、任務を放り出して私のところへ戻ってくることはないだろう。
けれど、スティは苦笑を漏らした。
「そんなことあるの。私だって、ミュシュが風邪を引いたって聞いたら、全部の仕事を投げ出す自信があるよ?私だけじゃなく、ラーンスキー公爵は勿論、皇帝陛下や皇妃殿下も、忙しくなければ全員来るんじゃないかな」
「ふふふっ!」
次々と人が押し寄せる光景を想像して、ミュシュは声を出して笑ってしまう。
けれど、それだけみんなが自分を大切に思ってくれている……その現実が擽ったくて心地よくて。
(ラダ達だけに任せていられないわ)
本当に王国へ戻る必要が生じた時に、ただ守られているだけではいられない。自分の言葉で立ち、対峙出来る自分にならなければ。
ミュシュはこれまで「私は家格が低いから」「歌えなければ価値なんてないから」と思って生きてきた。
けれど、ここでは違う。歌えるかどうかとは無関係に、ミュシュをひとりの人間として尊重してくれる。ミュシュの代わりに憤り、行動に移してくれるほどに。
(私も、彼らに恥じない人間になりたい。彼らにそう言ってもらえるような……そんな人間に)
ミュシュは初めて、これまでにはなかった思いを抱いた。そして決意を固める。
もうかつてのように、侮られたままでやり過ごすようなことはしないと、そう強く心に刻んだ。




