表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/48

25,歌に願いを、気付きに決意を


 それから間もなくして、ラダが新しいメイド兼護衛としてユンを連れてきた。


「ユンと申します!ミュシュ様にお仕え出来て光栄です。宜しくお願いいたします」

「宜しくね」


 ぱっと花が咲いたような笑みを向けられ、自然とミュシュの表情も綻ぶ。ユンはラダとは対照的に、少女めいた明るい雰囲気だった。


(ラダは私が心細くなると思って、明るく元気な人を選んでくれたのかしら)


「アポスティル様。それでは只今より任に就き、本日夜には出立いたします」

「うん。頼んだよ」

「あ、あの……っ!」


 淡々と進む会話に、ミュシュは思わず声を挟んだ。


「ミュシュ、どうしたの?」

「……私に出来ることは少ないけれど、ラダや任務に向かう方々の無事を願って、歌わせてほしいの」

「……私や、みなのために、ですか?」


 ラダの瞳が丸くなる。ユンも驚いた表情で口元を押さえている。そんな反応をされると思わず、ミュシュはおろおろとスティを見上げた。


 そんなスティはポンとミュシュの頭を撫で、慈しむようにその顔を見つめて提案する。


「それは最高の激励だね。それじゃあ、出立の準備が終わったら声をかけてもらおうか。お見送りに一曲歌ってあげたらどうかな?」

「……いい?そのために、時間をもらっても」

「勿論。寧ろ、彼らも燃えるだろうね」


 スティが「ほら」と視線を向ける先には、ラダとユンが真剣な顔のまま頷いていた。


「我らは影。命じられた役目を果たすのが務めです。ですが……」


 ラダは一拍置き、まっすぐミュシュを見る。その瞳には、僅かに歓喜が滲んでいた。


「このような言葉をいただき、更に歌を披露してくださるなど……どれほどの喜びでしょう」

「ミュシュ様の話はラダから何度も聞いていましたが、私達のことをこんなにも案じてくださるのですね!ミュシュ様が人一倍お優しく、慮ってくださる方なのだと実感いたしました」


 二人は破顔し、とても嬉しそうにしていた。ラダに至っては、どこか誇らしげで。


「だから言ったでしょう。ミュシュ様は素晴らしい方だと」


と、ユンに向かって自慢げに話し始めた。


(一体どんな話をしていたの……?それにしても、こんなラダ、初めて。暗部の仲間達には、そんなふうに話すのね)


 少し子供っぽいラダの姿に、ミュシュはくすくすと笑う。ハッとしたラダはコホンと咳払いし、姿勢を正した。


「ミュシュの素晴らしさが伝わっているようで、何よりだよ。そんな彼女が今、狙われている。自分達の手で追い出しておきながら。ミュシュをそんな国に渡すわけにはいかない」

「当然です」

「ミュシュ様はもう帝国の公爵令嬢で、殿下の婚約者です!返還しろなんて、その神経が分かりませんよ!」


 ラダは淡々と呟き、ユンはぷくりと頬を膨らませた。二人の言葉に納得したように頷いたスティは、今一度命じた。


「ラダの部隊は、必ず王国の現状と秘密を掴んで帰ってきて。ユンを含め残る影達は、ミュシュに危険が及ばないよう徹底してほしい。彼女に取り入ろうとする者も居るだろう。近付いてくる人間には、これまで以上に気を配って」

「「はっ!」」


 普段皇族らしい言動をしないスティには珍しい、勇ましく凛々しい振舞い。言葉の柔らかさもありつつ、けれど威厳のある姿に、ミュシュは見蕩れた。


(こんなスティも素敵。それもこれも、私のために怒ってくれているから……なのよね?)


 そう思った途端、胸の奥がじんわりと温もった。


「ラダ達が出発するまで時間があるだろうから、それまでミュシュはどうする?」

「えっ?えぇと……」


 じっとその横顔を見ていたミュシュは、突然スティの顔がこちらを向いたため慌てる。


「……?どうかした?」

「な、なんでもないわ」

「なんでもないってことはないでしょ?……また私のことを見ていたの?」

「……!?」


 どうして分かったのかと驚愕するミュシュ。スティは頬をツンと突く。


「そんな蕩けた顔をしていたら分かるよ。ミュシュにこんな顔をしてもらえるなら、時々こんなふうに皇族らしく振舞った方がいいのかな」

「えっ?」

「私のこと、惚れ直した?もっと好きになってくれるなら、ミュシュの望む通りにするけれど?」

「!!」


 顎を指先でそっと持ち上げられ、逃げ道を塞ぐような距離で覗き込まれた。その蠱惑的な表情に、ミュシュは顔を真っ赤にしながらゴクリと喉を鳴らす。

 

「ユン。心得ていますね?時には殿下を諌めるのも影の勤め。ミュシュ様をお守りするのですよ」

「えぇ……。アレに割って入るんですかぁ?私、見てるだけで砂糖漬けにされてる気分です……」


 この後すぐラダとユンがスティを止めたものの、ミュシュはスティの色香に腰を抜かした。


 立てなくなってしまったミュシュを見て、「お姫様抱っこで運ぼうか」と更に追撃するスティを威嚇するように、ラダとユンが立ちはだかる。


 束の間の平穏(?)に、ミュシュは笑顔を零した。






 ――夜。


 出立の準備が整ったと告げられ、ミュシュはラダ達の見送りに向かった。ミュシュが歌うと言っていたからか、スティも小ぶりのハープを持っていた。


(スティが伴奏してくれるのね。嬉しいわ)


 影達は膝をつき、頭を下げて並んでいる。先頭のラダは、これまでのメイド服ではなく、真っ黒の装束に身を包んでいた。


「私は、皆さんが守ってくださるおかげで、帝国で安心して過ごすことが出来ています。そのせいで危険なところに向かわせてしまう……それがとても心苦しいです。けれど、皆さんの調査によって、きっと道は開けると信じています」


 ミュシュは胸の前で手を重ね、息を整えた。


 数ヶ月前、当たり前だと思っていた日常を奪われ、痛みに震え、壊れた声に怯えて絶望していた。


 けれど今は、息を吸うことも、歌うことも、もう何も苦しくない。スティに救われ、彼らが守ってくれて。人の優しさと温かさを思い出させてくれた。


(女神様。どうか彼らに、無事に帰る道をお示しください。誰一人、欠けないように……)


 祈りを胸の奥へ落とし込むと、ミュシュはそっと目を開いた。彼らは顔を伏せたまま微動だにしない。その忠誠心の高さに、ミュシュは感銘を受ける。


「私の願いは、女神様が拾ってくださるはずです。……だから、聞いてください。私に出来る形で、皆さんの道を照らしたいのです」


 願いの余韻を抱き締めるように、ミュシュは再び瞼を閉じる。空気が張り詰め、世界の色が変わるような静けさが満ちていく。


 そして――ミュシュは歌い出した。

 

 祝賀パーティーで披露した、『音と歌のゾーエ』と『ムスィキの生命』を織り合わせたもの。願いを乗せた歌声がハープの音色と重なり、影達へと降り注いだ。



 歌が終わると、ラダだけが静かに立ち上がった。


「全員を代表し、感謝申し上げます。ミュシュ様の歌と、殿下の演奏に恥じぬ働きをし、必ず成果を持ち帰ってくると誓います」

「ラダ……」

「私共のような者にまで心を砕いてくださり、ありがとうございます」


 ミュシュの瞳が潤む。気付けば体が動いていた。そっと、ラダの体を抱き締める。


「必ず……必ず帰ってきてね」

「ミュシュ様の歌があるのです。万に一つもございません。一人も欠けず、お二人の元に戻ってまいります」


 ラダは決意の籠った目でそう告げた。


「それでは、アポスティル殿下。ミュシュ様。――行ってまいります」

「頼んだよ」

「「「「「はっ!」」」」」


 その声と共に、彼らの姿は一瞬で夜に消えた。



 誰も居なくなった場所を見つめ、不安で胸元を押さえる。すると、背後から静かにスティに抱き寄せられた。


「さぁ、もう夜も遅い。あまり長居しては風邪を引いてしまうよ」

「……そうね。私はあまり風邪を引かないのだけれど、もし私が倒れたら、任務に向かったラダが心配するものね」

「そうだよ。任務を放り出して戻って来られたら困るから、ミュシュには元気で居てもらわないと」

「そんなこと」


 スティの言葉にくすりと笑ってしまう。いくらラダでも、任務を放り出して私のところへ戻ってくることはないだろう。


 けれど、スティは苦笑を漏らした。

 

「そんなことあるの。私だって、ミュシュが風邪を引いたって聞いたら、全部の仕事を投げ出す自信があるよ?私だけじゃなく、ラーンスキー公爵は勿論、皇帝陛下や皇妃殿下も、忙しくなければ全員来るんじゃないかな」

「ふふふっ!」


 次々と人が押し寄せる光景を想像して、ミュシュは声を出して笑ってしまう。


 けれど、それだけみんなが自分を大切に思ってくれている……その現実が(くすぐ)ったくて心地よくて。


(ラダ達だけに任せていられないわ)


 本当に王国へ戻る必要が生じた時に、ただ守られているだけではいられない。自分の言葉で立ち、対峙出来る自分にならなければ。


 ミュシュはこれまで「私は家格が低いから」「歌えなければ価値なんてないから」と思って生きてきた。


 けれど、ここでは違う。歌えるかどうかとは無関係に、ミュシュをひとりの人間として尊重してくれる。ミュシュの代わりに憤り、行動に移してくれるほどに。


(私も、彼らに恥じない人間になりたい。彼らにそう言ってもらえるような……そんな人間に)


 ミュシュは初めて、これまでにはなかった思いを抱いた。そして決意を固める。


 もうかつてのように、侮られたままでやり過ごすようなことはしないと、そう強く心に刻んだ。

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ