表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/50

24,迫る王国と動き出す影


「自分で追い出しておいて、返せだと?どれだけこの子を傷付ければ済むというのだ……っ!」


 そう口火を切ったのは、ミュシュの養父――ラーンスキー公爵だった。いつも温厚な公爵からは考えられないほど怒りの滲んだ低い声に、ミュシュは驚きつつも胸が温かくなる。


 ラーンスキー公爵の言葉に全員が頷き、書状を睨み付ける。そこへスティが、皇帝陛下へ静かに問いかけた。


「どのように対応なさるのですか?」

「問答無用で突っぱねてもいい。だが、ミュシュ嬢の気持ちも確認すべきだろう」


 皇帝陛下の言葉を受け、皇妃殿下がすっと目を細めた。

 

「それに、早すぎますわ。帝国にミュシュ嬢が居ると掴むのが」


 ミュシュは顔を青くして「それって……」と漏らした。嫌な予感に、指先が冷たくなる。


「……ずっとミュシュを探していたのか」


 スティの言及に、皇妃殿下が静かに頷く。

 

「可能性は高いでしょうね。かの国は、西側への興味などないはずですから」

「アポスティルの報告では、あちらの国も歌姫の状況も芳しくないようだからな。何らかの理由で、ミュシュ嬢が必要になったのだろう」


 祝賀パーティーでお披露目をしたのは確かだが、二人はその情報を掴むのが早すぎると考えているらしい。


 そこで、マルスミールが首を傾げる。


「父上。ミュシュ嬢は追放時、声を失っていたのですよね?王国はそれで彼女を追い出したと……。それなのに、何故探す必要が?」

「分からん。ミュシュ嬢、心当たりはあるか?」


 視線が集まり、ミュシュは必死に思考を巡らせる。しかし、歌えなくなった自分を連れ戻す理由など思い浮かばない。


「……聖杯の存在を知る者として連れ戻したいということであれば、理解は出来るのですが……それくらいしか」

「でも、それなら最初から追放なんてせず、手元に置き続けるはずだよね」


 スティの補足に、ミュシュも小さく頷く。


 歌の歌えない歌姫に価値なんてない。あの国は、そういうところだ。


 いくら国が荒れているからといって、声の出ないミュシュには何も出来やしない。今となっては声が復活したものの、それ以前から探していたのなら、どうも引っかかる。


「公爵家にはまだ伝えていなかったが、ミュシュ嬢が追放されたあと、かの国の王妃が姿を見せなくなったそうでな」

「確か、王妃殿下は元筆頭歌姫で、ミュシュにその座を譲ったあとも役目を担っていたはずでは?」

「あぁ。その王妃が一切姿を見せないらしい。何らかの原因があって、それによりミュシュ嬢を探していたとも考えられる。しかし、彼女を連れ戻して何になる?」


 答えが出ないまま堂々巡りになり、室内に重い沈黙が落ちる。


 王国の動きを察するに、ミュシュの声が出る出ないに関わらず連れ戻そうと動いていたように見える。


 たまたま祝賀パーティーの情報を手に入れ、声が戻ったミュシュを取り戻したいだけなのか。それとも別の理由があって、ミュシュを連れ戻す必要があるのか。


 皇帝陛下はふぅと息を吐いて、椅子に凭れかかった。


「考えても仕方がない、か……。取り敢えず、この書状に対してどう対応するべきか」

「本音を言えば突き返していただきたいですがね。そうもいかんのでしょうな……」


 ミュシュが帝国に居ると、向こうは把握している。


 追放の噂は流れていたものの、実際に処罰を言い渡され追い出されたところを知るのは、ごく一部。


 あの場に居た王族とイルジナ、そしてミュシュを実際に追い出した近衛騎士の数名のみ。いくらでも口裏は合わせられるだろう。


 そうなれば、「帝国が筆頭歌姫を拉致した!」などと騒ぎ立てる口実にされかねない。


(私のせいで、私を守ってくれた人達が悪く言われるなんて……。そんなこと、絶対に許せない)


 ミュシュはぐっと手を握り、唇を噛み締める。スティは震えるその手を優しく包んだ。


「言ったでしょ?私がなんとかするって。ミュシュは必ず私が守るから」

「……!」


 迷いのない笑みを向けられ、ミュシュの頬はポッと染まる。女性陣は「あらあら」と微笑み、公爵は「近い!」と眉を吊り上げた。


 スティは咳払いを一つして、皇帝陛下に提案する。


「父上。書状には、冬季の移動は危険だと伝え、時間を稼いでもらえますか?その間、こちらで更に調査を進めますので」

「よかろう。そのうえで、既にミュシュ嬢は我が国で公爵家の養女となり、アポスティルの婚約者であると説明しよう。返還ではなく訪問なら応じる、とな」

「お願いいたします」


 スティが頭を下げ、ミュシュも続いてそれに倣った。


 


 その場は一旦解散となり、ミュシュはスティに部屋まで送られた。扉が閉まった途端、スティは「ラダ」と主人としての声で呼びかけ、ラダはすぐに膝をついた。


「私のミュシュを――あの愚かな国が返せと言ってきたよ」

「!」


 ラダはハッと顔を上げ、ミュシュへと視線を向けた。その表情に憂いが見えた瞬間、ラダの殺気がぶわりと広がる。


「……暗殺ですか。それとも、手を回して謀反を起こさせましょうか」


 声色は静かながらとても冷ややかで、早く命じられたいと願うその瞳は、とても鋭く研ぎ澄まされていた。


 矛先が自分に向けられていないと分かっていても、あまりの迫力にミュシュの表情が僅かに強ばる。

 

「とても魅力的だけど、ミュシュが引いちゃうから。気持ちは凄く分かるけど、ちょっと抑えて?ミュシュを怖がらせたくないでしょ?ただでさえ、色々聞かされて気疲れしているだろうからね……」

「はっ……。大変失礼いたしました」


 ラダはそう言って深く頭を下げる。


(暗殺に、謀反……。ラダってそんなことまで……?)


 ミュシュにとってラダは、物静かだが気配り上手で、落ち着いた姉のような雰囲気の人だ。


 影を務めるだけあって隠密や戦闘の能力は高いのだろうと思っていたが……もしやとても凄い人なのではと、ミュシュは目を瞬く。


「ふた月……いや、早ければひと月半ほどで、ミュシュを王国に連れていかなければいけない可能性が出てきた。今は何よりも時間が惜しい。ラダ、動いてくれるかな?」

「私は何をすれば宜しいですか?」

「王宮への潜入調査を」


 あまりにも危険な密命に、ミュシュの心臓が跳ねる。

 

「スティ、本気で言っているの!?」


 どうやらその決断は本気らしく、静かに首を縦に振った。ミュシュは目を見開いて息を呑む。

 

「聖杯についての謎、姿を消した王妃の行方や現状、そしてミュシュを取り戻そうとしている理由……それらの調査を命じる」

「お任せください。急ぎ王国へと向かい、潜入調査を開始します」

「それと、確証の持てない情報が一つあるんだ。それに関しては、分かり次第すぐに報告や対応が出来るよう、別働隊も組んでほしい。内容は後で知らせる。そのための人員と采配はラダに一任するよ。――やれるね?」

「勿論です」


 ラダは再び深く頭を下げると、スッと立ち上がる。今すぐにでも向かうつもりなのだろう。ミュシュはラダへと駆け寄った。


「ラダ……っ」

「ミュシュ様、ご安心ください。すぐに戻ってまいります」


 ラダは物静かで、一緒に居る時間は長いがあまり言葉を交わすことはなかった。


 けれど、お茶を出すタイミングやその種類。足の冷える日に、何も言わず膝掛けを出してくれる……そんな心遣いに、とても感謝していた。


 毒を飲まされた時を思い出して一人泣いてしまった日も、「大丈夫です」と抱き締めてくれたのはラダだった。

 

「気を付けて……無事に帰ってきてね」

「はい。必ず、ミュシュ様の元に」


 ミュシュの言葉に、ラダは優しく微笑んだ。こんなふうに笑うラダを初めて見たスティは、本当にミュシュは凄いなと感心する。


「ミュシュのメイド兼護衛は、誰がいいだろう。レニ、もしくはユンが適任かな。どう思う?」

「……今のミュシュ様でしたら、ユンの方が適任かもしれませんね。すぐに呼んでまいります」


 ラダは影と呼ばれるに相応しい動きで、一瞬にして消えてしまった。部屋に残ったのは、ミュシュとスティだけ。


「スティ、ラダは大丈夫よね……?」

「うん。ラダはとても強いし、潜入や隠密に長けていてね。私の決定とラダの実力を信じてほしい」


 スティの言葉に、ミュシュはゆっくり頷く。


(スティは無茶を言う人じゃない。役目を果たしてくれると信じていて、ラダも出来るから引き受けたのよね。私も、二人を信じなくちゃ)


 ラダの居なくなった部屋を見て、ミュシュは口を引き結んだ。


(ラダや、危険な役目のために動く彼らに、何か出来ることはないのかしら……)


 ラダが戻るまでの間、ミュシュはスティに寄りかかりながら、自分に出来ることを模索していた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ