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23,饒舌な熱量と大寒波


「ど、どうしてフレナのことを……!あの子は悪い人じゃないわ!」


 ミュシュの声は驚くほど尖っていた。

 

 フレナは、追放されるミュシュを見送りに来てくれた内の一人だ。二つ年下の彼女は、ミュシュを姉のように慕っていた。


 まさか、何かの容疑をかけられているのではないか。そんな不安そうなミュシュの両肩を、スティは両手でしっかり掴む。


「ミュシュ、落ち着いて。大丈夫、フレナ嬢も念の為に調べただけだから。……問題は、この次なんだ」

「次……?」


 促されて紙を捲る。すると、先程の村人達のように、フレナからの手紙が出てきた。


 ミュシュは息を止めるように読み、次第に眉を寄せた。


「……どういうこと?」


 同席していたラダが、黙ってお茶を運んでくる。ふわりと花の香りが漂った。このままでは二人が夜にゆっくり眠れないだろうと、ハーブティーの準備をしていたようだ。


「村での調査を終えた影達には、次に王都へ移らせたんだ。神具の件がある以上、王宮と大神殿の情報は必要になるからね」

「それは、そうね。でも……どうしてフレナを?」

「ミュシュが話してくれたでしょう?仲良くしていた三人の歌姫が居たって。名前を影達にも共有していたんだ。大神殿にフレナ嬢が居て、影の一人が患者を装って接触したようなんだ」


 王国では、病や怪我の治癒を早めるため歌姫を頼る。病院や診療所に行ったあと、神殿に寄って歌姫に歌ってもらうのだ。


 神殿に納める金品が足りない場合は我慢することもあるようだが、基本的にはそれが一連の流れだ。


「フレナ嬢を調査して問題ないと判断した影が、彼女に感謝を伝えるついでに手紙を渡してね。密かに呼び出したようなんだ。フレナ嬢は真っ先に『ミュシュ様はご無事なのですか!?』と言ったそうだよ」

「フレナ……」


 子爵令嬢のビェラとリブシェは年上で、二人はミュシュを呼び捨てか貴女と呼んでいた。けれどフレナだけは、何度「様は要らない」伝えてもミュシュ様と呼び、尊敬を示してくれていた。


「とはいえ、フレナ嬢を長時間拘束したら怪しまれるかもしれない。王宮の様子をまとめてほしいと影が頼んだんだ。『中身はミュシュを保護している主が確認する』と伝えてね」

「それで、こんなに……。でも、そうだとすると……」

「うん。その上でこう書いてくるということは、きっと嘘ではないと思うんだよね」


 ミュシュはスティの言葉に納得して頷いた。フレナからの手紙には、あまりにも多くの情報が書かれていたからだ。



 

 まず、ミュシュが追放されて暫く経つと、それまで元筆頭歌姫として役目を果たしていた王妃が、突然姿を見せなくなったという。


「どうして……?いくらイルジナ様が侯爵令嬢でも、引き継ぎは必要でしょう……?」

「普通はね。そもそもミュシュに引き継がず役目を担ってきたのだから、退くつもりであれば各方面への連絡や顔合わせも必要だよね」


 だというのに、王妃は自室から出てこないらしいと記されていた。歌姫達は、病気だろうかと噂しているらしい。

 

 次に、王妃が表に出なくなったことで、イルジナが実質的に筆頭歌姫としての権限を行使し、好き放題に振舞い始めたと書かれていた。


「仲のよい令嬢達と王宮に籠って、貴族にだけ歌を披露している……?一体どうして?」

「賞賛を浴びたいだけだろうね。皺寄せが他の歌姫に行っているようだし。そのせいで、理由を付けて王都を離れる歌姫が後を絶たないみたいだね」


 ミュシュは悲愴な顔で呟く。


「そんな……。王宮はそんな状態になっているの?」


 手紙によると、ミュシュの言葉に従ってビェラとリブシェも子爵領へ戻ったらしい。


 二人とも「フレナだけを置いてはいけない」と言ったようだが、「ミュシュ様が逃げてと言っていたのだから、私のことは気にせず領地に戻ってください」と送り出したのだという。


 フレナの家は商家で、叩き上げで男爵位を手に入れたと言っていた。領地を持たない彼女は、家族の居る王都に残らざるを得なかったのだろう。


「フレナは大丈夫なのかしら……」


 ミュシュの呟きに、スティは一瞬だけ息を止め――それから、はっきりと言った。

 

「……私はミュシュに嘘をつきたくないから、正直に伝えるね。フレナ嬢は心身ともにかなり辛そうだったと聞いているよ」

「そんな……っ!?」

「加護の力の強かったミュシュが追放されて、元筆頭歌姫の王妃は何故か雲隠れ。新筆頭歌姫の侯爵令嬢や仲良しの歌姫達は、貴族のご機嫌取りばかり。挙句、他の歌姫達も減ってしまっているのだとすると……」


 スティは眉を寄せ、息を吐いた。ミュシュは小さく「フレナ……」とその身を案じるように名前を呼ぶ。


「手紙にある通り、歌は日に日に質が落ち、効果が薄れているようだ。ミュシュにはこの原因が分かる?」

「……えぇ。単純に、みんな力を使い果たしているのだと思うわ。きっと、しっかり体力が回復する前に歌わされている状況なのね……」


 そんなこと、“歌の加護”どうこうの話ではない。


 人は休息しなければ体力がもたない。疲れた体に鞭を打って、なんとかこなそうとしても、万全の状態の時と同じ結果が出せるはずがない。――当たり前のことだ。


 フレナの手紙を握り締めるミュシュに、スティはハーブティーを勧める。ミュシュは頷き、それに手を伸ばしてこくりと飲み込んだ。


「これを伝える必要が出てきたから、ミュシュの調査をしていたことも明かす必要があってね。私も嫌われないかとハラハラしたよ」


 場を和ませるためか、そんなことを零したスティは、ミュシュと同じようにハーブティーに口を付けた。


「スティのこと、嫌うはずがないわ」

「本当に?……ミュシュに言っていないだけで、私にも残虐な一面があるかもしれないよ?」


 ニッとスティは目を細める。その言葉は、揶揄(からか)っているというよりも、ミュシュを試しているように聞こえて。


 ミュシュはまっすぐに金の瞳を見つめた。


「スティは第二皇子だもの。重い選択を迫られることも、時には残酷にならなければならないこともあると思う。でも、スティは理不尽で非道な行いをする人じゃない。必ず理由があるって……貴方だけは、そう信じられるの」

「ミュシュ……」


 目を見張ったまま瞬くスティは、いつもより少し幼く見えた。そこで、ミュシュが嫌われないかと恐れるように、スティも似たような感情を抱いているのだと気付いく。


 ミュシュはいつもスティがしてくれるように、その手をぎゅっと包んだ。この気持ちが伝わってほしいと願って、手に力を込める。

 

「……私は、スティが好き。どんなスティでも嫌いにならないから。そんな顔、しないで」

「……っ」


 次の瞬間、握った手を強く引かれ、ミュシュはスティの胸へと飛び込んでいた。回された腕がきつく体を捕まえて離さない。


「す、スティ……っ!?」

「こんなことを言ってもらえて、抱き締めずに居られないでしょ。ラダ、後でお説教は受けるから、今だけ許して」


 ミュシュは心臓をバクバクと鳴らしながら、目を白黒させる。しかし、そういえばラダが見ているんだったと思い出して、ミュシュはスティの腕から顔を覗かせた。


「ラダ……ごめんなさい。私も一緒にお説教でいいから、少しだけ……その……」

「ミュシュ!あぁもう可愛いなぁ!」


 スティからぎゅうぎゅうと抱き締められ、ミュシュの顔はみるみる火照っていく。

 

「はぁ……。ミュシュ様にそう言われては、お説教など出来ませんよ。アポスティル様、せっかくハーブティーを召し上がったのに、そんなに興奮されては眠れないでしょう……」

「ミュシュ!君を悲しませる奴らは、私がなんとかするからね!ミュシュがどんな私でも嫌いにならないと言ってくれたんだ。エウテにも頼まれていたし、徹底的にやっつけてやろうかな!」

「えっ?……えっ?」


 スティは音楽の話をする時のように、目を輝かせて饒舌になっていく。……ただし、とても物騒な内容だが。


「妙案かと。ミュシュ様とそのご友人に非礼を働く者など、蹴散らしてしまいましょう。私めも是非加わらせてください」

「いいよ、ラダ!あの国の王侯貴族に、どんな鉄槌を下すか考えようか!」

「えっ、いえ、あの……穏便に!私の旧友も居るから、穏便に……!」


 ミュシュの声は、盛り上がる二人にはまるで届かない。


 結局ラダまで熱く語り始め、ハーブティーが何の意味も成さなくなってしまったのだった。





 

 ――そして翌日。事態は更に急変する。


「……ねぇ、ミュシュ。あの国、滅ぼしちゃってもいいかなぁ?」

「え、ええと……」


 スティはとても爽やかな、いい笑顔を浮かべていた。けれど、その笑みの奥――金の瞳だけが、氷のように冷たく光っている。


 その様子に、ミュシュは顔を強ばらせた。


 部屋には皇帝陛下と皇妃殿下、マルスミールとカトカリナ。そしてラーンスキー公爵と公爵夫人まで揃っている。その中央には、とある書状が置かれていた。


『ミミシーン王国所属・筆頭歌姫ミュシュ殿の身柄の返還されたし。本書は王室の名をもって正式に通達する。――ミミシーン王国 第一王子レヴィン・ド・ミミシーン』


 あまりにも無礼かつ一方的な通達。全員から静かな怒りが漂っていた。


 暖炉に火が灯っているというのに、まるで室内で大寒波が吹き荒れているようだった。


 

 

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