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22,喜びと驚きの調査報告


 食事を終えたミュシュは、スティに手を引かれて談話室へ向かった。扉を閉めると、スティは控えていたメイド達を下がらせた。その場に残ったのはラダだけ。


 それだけで、空気が少し硬くなる。


「さて……。それじゃあ、まずこれを見てもらってもいい?」


 スティはそう前置きをして、ミュシュの前に二枚の紙を置いた。先程文官がスティに渡していた資料の一部のようだ。


「これは……私について?」


 ミュシュが視線を落とすと、そこに並んでいたのは自分の情報だった。


 生家である男爵家の名や年齢、家族構成。歌姫としての評価や各地で行った奉仕活動。


 そして――レヴィンの婚約者だった事実まで。


「うん。ごめんね、気分のいい話じゃないと思うけれど。私はこれでも皇族だから、ミュシュの調査をしなくてはいけなくて」

 

 心苦しそうに目を伏せるスティに、当然のことだとミュシュは首を横に振った。


 いくらミュシュが“歌の加護”を持っていようと、素性の分からない人間を皇族であるスティの側に置けるはずがない。


 しかし、ミュシュはふと引っかかった。


「……こんな情報、婚約が決まる前に調べさせていたんじゃ……?」

「あー……うん、それはそうなんだけどね。私としては出来れば言いたくはなかったんだよ」


 スティが困ったように笑みを浮かべた。


「ミュシュは自分のことを、きちんと自分の口で話してくれたのに。それを疑うみたいに勝手に調べられたって知ったら、嫌な気持ちになると思って」


 そう言われたミュシュは、今度は反対に首を傾けた。


 帝国の第二皇子であるスティの身分を考えれば、近付く人間への身辺調査をしないわけがない。


 スティは、勝手に調べたことで不快になっていないか気にしているようだが、ミュシュは全く違った感情を抱いていた。


「スティはそれを読んで、私のことが嫌にならなかったの……?」

「えっ?どうして?」

「その……生まれは男爵家で、低い家格でしょう?それに、本格的に社交に出る前から王宮に居たから、他の令嬢達らしい知識もなければ、社交にも疎くて……」


 ミュシュの声は徐々に小さくなっていく。


 どう考えても釣り合わない身分に、歌姫としての活動以外に目立った功績のない経歴。筆頭歌姫といっても名ばかりで、それすらも己の不甲斐なさで失ってしまった。


 決して誇れる過去ではないと、ミュシュは俯く。立ち上がる気配がして、ミュシュが視線を戻す頃には、スティは正面から隣に腰かけていた。


「ラダが居なかったら抱き締めてたところなんだけど、今は手を繋ぐだけね」


 スティは悪戯っぽく笑いながら、ミュシュの手をぎゅっと握った。温かな手に包まれて、グレーの瞳はじわりと潤んでいく。


「もしミュシュが犯罪者とか指名手配犯だったら、流石に婚約は一旦保留にしただろうけど。でも、それだって濡れ衣の可能性だってある。私はね、“今のミュシュ”を見て判断したと思うんだ」

「スティ……」

「それにね、調査結果を読んで、ミュシュがどんな人だったのか、よく分かったよ。これを見て」


 スティが差し出した追加資料。ミュシュはそれに目を通し、震える唇を手で覆った。


『豊穣の祈りのあとも、村人の看病や手当をして、病や怪我の快癒を願って歌ってくれた』

『多くの歌姫達が高慢な態度を取る中で、小さな子供や老人にまで優しく声をかけてくださって、ありがとうございました』

『ミュシュさま、きれいでやさしくてだいすきー!』

『あの方こそ真の歌姫様だ』

『どうか今は、ゆっくりお休みになってください。またミュシュ様の歌声が聞けることを願っています』

 

 そこに綴られていたのは、ミュシュへの感謝ばかりだった。


 寄せ書きのようなものや、子供の字で書かれた手紙まで。更には、ミュシュの身を案じる言葉が沢山書かれていた。ミュシュこそが筆頭歌姫に相応しいと、王妃や王太子の対応は間違っていると。


「これは……?」

「影達には、『今後の歌姫への評価として、調査をして回っている』って説明させて、王都を避けて王国各地を回らせたんだ」

「でも、それならどうして、私宛ての手紙ばかり……」

「私も驚いたよ。どの村に行っても、『一番はミュシュ様だ』『追放だなんて有り得ない』『調査なんてしていないで、早くミュシュ様を筆頭歌姫に戻してくれ』って迫られたらしいからね」


 ミュシュの目が零れ落ちんばかりに開く。スティは肩を竦めて苦笑した。


 スティは、伊達に第二皇子として鑑識眼を養ってきてはいない。ミュシュを悪い子ではないだろうと思いつつも、念のためにと王国へ送り出したのが、調査員のフリをさせた影達だった。


 そして、万が一があった時にと、彼らには二つの指示を出していた。


 一つは、影達でも手に負えないような身の危険が迫った場合は、すぐに撤退すること。


 もう一つは、ミュシュの安否を聞かれた時、ミュシュを心配してのことだった場合は大まかに答えてもいいことだった。


「下手に“調査員”なんて名乗ったせいで、王宮の使者だと敵視する人も居たみたいでね。だから、ほとんどの影達が『ミュシュは無事。現在は身を隠し、心と体の療養をしてもらっている』と伝えることになったそうだよ。彼らもまさか君が帝国に居るとは思っていないだろうけどね」

「うそ……。私は、てっきり……」


 その言葉に、ミュシュの肩が震えた。瞳からはほろりと涙が零れていく。

 

「ミュシュは、“歌姫の力を持つ者”が求められているだけで、ミュシュである必要はないと考えていたんだよね」

「……えぇ」

「でも、見たでしょ。同じ“歌姫の力を持つ者”でも、ミュシュに来てもらいたいと願う人達は沢山居たんだよ。ミュシュだから来てほしい、とね」

「……っ!」

「折れず、腐らず、驕ることもなく。不当な扱いを受け続けながらも君は、ずっと頑張ってきたんだね。それが誰かの心に響いていた。そんなミュシュを嫌うだなんて有り得ないよ。より一層好きになったし、私まで誇らしい気持ちになってしまったくらいだ」

 

 スティは涙を零すミュシュの目元を、そっとハンカチで拭う。けれど、止めどなく溢れてくるそれは、ミュシュの心のようだった。


(親にも捨てられて、私なんて誰からも愛されないんだと思っていた。けれど……私は、誰かに必要としてもらえていたの?私が、彼らを信じられなかっただけで)


 ミュシュはスティに抱きついた。「おっと」と驚いた声を漏らしながらも、その小さく震える体を受け止める。そして、「よかったね」と宥めるように背中を摩られて。


「……ありがとう、ありがとう、スティ……っ」

 

(声を失って絶望していた時も、不甲斐ない過去を悔いている時も……いつだって未来を、希望を……スティがくれる。スティが、照らしてくれる)


 どれだけ感謝してもしきれない。ミュシュは堰を切ったように、ポロポロと泣き続けた。


 

 暫くして、目も鼻も真っ赤にし、鼻声になってしまったミュシュ。すんすんと鼻をすすりながら、スティに声をかけた。


「ごめんなさい、私……」

「いいよ、これまで我慢してただろうからね……。それに、私ならラダが怒るけれど、ミュシュから抱きついてくれたからね。私にとっては役得かな」

「え……、あっ」


 ミュシュはラダへと顔を向け、慌てて体を離した。自分が今までどんな体勢で居たのかを思い出し、顔を赤くして俯く。


 ミュシュが手から離れていってしまったスティは、「あぁ、残念」と口を尖らせる。ラダがコホンと咳払いをすると、スティは話を戻した。


「ミュシュが民に愛されていたと知れたのはよかったんだけどねぇ。これも言ってしまえば、ミュシュの調査を始めた初期段階で得ていた情報なんだよ。だから婚約の許しもスムーズだったわけだし」

「そうだったの。え?それじゃあ……」

「実はね、追加で厄介な情報が上がってきたんだ。――ミュシュ、このご令嬢の名前に見覚えはある?」


 そう言ってスティの差し出した資料を見て、ミュシュは声を上げた。


「フレナ……!?」


 そこに記されていたのは、かつて一緒に支え合うように暮らしていた歌姫――男爵令嬢フレナの名だった。



 

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