21,色を失った宝石と深まる謎
裁判から数日後。ミュシュはスティと共に、帝宮の宝物庫へ向かっていた。目的は、保管されているハープを確認するためだ。
「私、まだ婚約者の身なのに宝物庫に入って大丈夫なの?」
「皇帝陛下から許可はもらってるし、心配いらないよ。それに、ミュシュにも宝石の状態を確認してほしいからね」
案内された部屋の前には、二人の騎士が立っていた。スティが近付いても、彼らは慌てることなく一歩だけ前に出た。
「許可証を」
「はい、これ」
スティは胸元から紙を取り出し、騎士に差し出す。騎士は形式通りに確認してから、扉に鍵を差し込んだ。
(こういうところが帝国らしいわ……)
相手が皇族でも動じずに許可証を求めている。スティもそれに対して当然のように対応していて、ミュシュは双方のやりとりに安心感を抱いた。
(……レヴィン殿下だったら、「俺が来たのに開けられないのか!」って文句を言いそうだもの)
脳裏に苦い記憶が過ぎり、思わず眉が下がる。そんなミュシュに気付いて、スティは首を傾げた。
「ミュシュ?どうしたの?」
「いいえ、なんでもないの。帝国って、やっぱりいいところねと思っただけ」
「えぇ?」
不思議そうに笑うスティに、ミュシュは誤魔化すように首を振った。
重い扉が軋み、開かれた光景に息を呑む。黄金に輝く像、硝子ケースに入れられている王冠……とにかく貴重そうなものが並んでいる。
そして、その真正面。台座の上に、あのハープが置かれていた。
二人は足早にそちらへと向かい、同時に「「あっ」」と声を上げた。
「色が……!」
「ミュシュの言った通りだね。銀色だったはずの宝石が黒く……いや、色を失っている……?」
目を凝らすと、石そのものが色を失っていると分かった。窪みに埋まっていることで黒っぽく見えたようだ。
(最初からこうだった……?でも、銀色の宝石だったはずよね……?)
ハープを間近で見ていなかったミュシュの頭に、一瞬そんな考えが過ぎる。
しかし、スティに聞くと、「間違いなく宝石は銀色をしていた」と断言する。
「ミュシュから聖杯の話を聞いて、帝国の宝物庫に長らく置かれているハープの存在を思い出したんだ。ミュシュの言っていた聖杯の色と反対の、金色の本体に銀色の宝石の付いたハープ――まさか男神オリュロンの神具なんじゃないかって」
それ故に、スティはハープの特徴をしっかりと確認していたらしい。
「ミュシュが王国で見た聖杯の宝石も、同じように変化したんだよね?」
「……黒くなったように見えたわ。でも、あれも……同じように透明になっていた可能性も……」
「確かに。何にしても、宝石の色が変わることは本当みたいだね」
(でも、一体どうして……?私の時のように、儀式を行ったわけではないのに)
――自分は何かを見落としているのだろうか。
深く考え込むミュシュの肩に、スティがそっと手を乗せた。
「儀式をしていないのに、何かの力が“動いた”のは間違いないだろうね。楽師長室に戻って、もう一度文献を見直そうか」
「えぇ!」
二人は騎士達にお礼を言い、すぐに響奏棟の楽師長室へと戻る。これまでに目を通した文献も全て読み返していく。
机の上に山のような文献が積み上がった頃、ミュシュはスティに問いかけた。
「スティ、どう……?」
「男神オリュロンと女神エディオラの伝承は残っているけれど、やっぱり神具の詳細や変化はどこにも記載されていないね」
そうして夕方まで確認するも、めぼしい情報は見付からなかった。根気よく探そうと言ってその日はお開きになり、帝宮へ戻って休むことになった。
(筆頭歌姫として、もっと公務に携われていたら……。もっとスティの力になれたかもしれないのに)
食堂へと向かう途中、ミュシュは不甲斐なさを感じていた。
もしかしたら、王国が悪事を隠匿している可能性がある。だというのに、それを知れる立場だったにも関わらず、何の情報も持っていない。
(筆頭歌姫に指名されても、執務は全て王妃殿下が対応されていた。私が未熟だからと考えていたけれど……情報を知られたくなかったから?でも王国に居た時の私なら、言いなりにするのは簡単だったはず。だったらどうして……?)
深く考え込んで居ると、スティの腕に添えていた手をポンポンと叩かれる。
「そんなに考え込んでどうしたの?」
「あ……。その、私がもっと情報を持っていれば、スティの助けになれたのに……って。それに、王妃殿下が私に筆頭歌姫の役目を引き継がせなかったのには、どんな理由があったのかしらって……」
ミュシュが胸の内を吐露すると、スティは歩調を緩め、ほんの少しだけ体を引き寄せた。
「ミュシュ、考えることは悪いことじゃない。でもね、仮にミュシュがこれ以上のことを知っていたら、追放じゃ済まなかったかもしれない」
「……っ」
「軟禁なんてマシな方で、最悪の場合、暗殺されていた可能性だってあるんじゃないかな」
「暗殺……っ!?」
ミュシュはヒュッと息を呑んだ。肩を抱くスティの手に力がこもる。
「怖がらせてごめんね。あくまで想像の話だよ。ミュシュは無事、帝国に辿り着いてくれたんだから」
「スティ……」
「確かにまだ情報は少ないけれど、神具の話がここまで繋がったのはミュシュのおかげなんだよ。だから自分を責めないで」
スティから励まされ、ミュシュは小さく頷いた。
(そうよね……。分からないことを考えたところで、正しい答えが出るわけでもないもの)
ミュシュはぐっと手を握り、明日も頑張ろうと意気込む。そんなミュシュを、スティは優しい目で見つめていた。
そう決めたところで、食堂の手前に文官が立っているのが見えた。書類を抱え、スティへ深々と頭を下げる。
「アポスティル殿下、こちらを」
「あぁ、ありがとう。確認しておくよ」
「宜しくお願いいたします」
文官は律儀にミュシュにも一礼して去っていった。丁寧な対応の人が多いと感心する。すると、スティから「ミュシュ」と呼びかけられた。
「どうしたの?」
「食事のあと、少し時間をもらえる?ミュシュにも知らせておかないといけないことだからね」
「えっ?えぇ……」
スティはミュシュに笑顔を向けるも、その表情はいつもより硬い。疲労というより、決意に近いものが滲んでいた。
ミュシュは反射的に、スティの頬へそっと手を伸ばす。
「……大丈夫?」
「ふふっ、大丈夫だよ。こうしてミュシュが労わってくれるから」
嬉しそうに目を瞑るスティを見て、頬がみるみる色付いていくミュシュ。自分から取った行動ではあるものの、じわじわと恥ずかしさが募っていく。
(ど、どうしよう。もう引っ込めてもいいのかしら……)
そうして困っていると、ぱちっと目を開けたスティは、頬に添えられているミュシュの手を取った。流れるように、甲にキスを落とす。
「!?」
「……うん、元気になった。ありがとう、ミュシュ」
顔を真っ赤にしたミュシュに、蕩けるような笑みを浮かべるスティ。そこへ――。
「殿下……?」
地を這うようなラダの声が突然響いた。ビクリとミュシュの肩が跳ねる。
空気に徹していただけで、ラダはずっと側に居た。分かっていても忘れてしまうほど、ラダは気配の消し方が上手い。
(見られていた……のよね?もう……っ)
しかし、スティに反省の色はなく、手を引かれる。
「さぁ、気を取り直して食事にしよう。今日のご飯は何かな?」
「殿下っ!」
ラダの叫びも無視して、二人は食堂へと入っていった。
――その後、とても上品で美味しそうな食事が運ばれてくるも……ミュシュには味がよく分からなかった。




