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20,下された沙汰と広まる一幕


 大扉が開いた瞬間、空気が変わった。


 中央の判事席。さらにその奥――法廷全体を見下ろした皇帝陛下が座している。それだけで、この裁判の重さが伝わる。


 どうやら二人は最後の入場者だったようで、既に傍聴席には多くの貴族や記者が集まっていた。


 スティに導かれ、ミュシュは用意された席へ腰を下ろす。周囲には、ミュシュを迎え入れてくれたラーンスキー公爵家の面々、そしてマルスミールやカトカリナも揃っている。


(まさか本当に、ここまで大事に……?)


 皇帝陛下は二人が着席したのを確認すると、短く命じた。


「始めよ」


 判事が静かに頷き、厳粛な声を響かせる。


「公爵令嬢ヘロイーザ・ストレイツ、伯爵令嬢ルボミラ・キンチャック、子爵令嬢ディニサ・ケマオをここに」


 呼ばれた名前は、あの日、離宮に不法侵入してきた令嬢達のもの。鎖で繋がれ姿を現した三人は、見るからに(やつ)れていた。


 三人が中央に立つと、判事は淡々と言葉を重ねた。


「ストレイツ公爵令嬢、並びに同行の令嬢達に告ぐ。そなたらは不敬にも皇族所有の離宮に許可なく立ち入り、帝国が賓客として保護していたミュシュ・ラーンスキー公爵令嬢へ侮辱の言葉を浴びせ、その名誉と尊厳を損ねた罪に問われている。これは、帝国法における“御領への不敬侵入罪”並びに“保護対象への名誉侵害”に該当する」

「そ、そんなっ!?しかも、その女がラーンスキー公爵令嬢ですって!?」


 ヘロイーザが金切り声を上げ、ミュシュを睨み付けた。その瞬間、隣に座るスティの目が細くなる。ラーンスキー公爵家の面々も同様に、嫌悪感を顕にして令嬢達を見下ろした。


 冷え切った気配を感じ取ったのか、ヘロイーザは口をはくはくさせて固まる。後ろの令嬢達は顔色を失い、うち一人はその場に崩れ落ちた。


「わたくし達は、ストレイツ公爵令嬢に言われて……!」

「どうしてこんなことに……!」


 令嬢達の嗚咽が響く。そんな中、ヘロイーザは怒りを剥き出しにした。


 「貴女達っ!あれほどわたくしが可愛がってあげたのにっ!」


 それを見ていた者達は、きっとそうして従わせてきたのだろうと、令嬢達の立場を察した。


 判事は「静粛に!」と場を制すると、容赦なく続ける。

 

「また、ストレイツ公爵令嬢およびストレイツ公爵家は、勅許がないにも関わらず、アポスティル・フォン・ディーロス第二皇子殿下の婚約者に内定しているかのように吹聴し、皇族の名を地位誇示に利用していたと確認されている。この行為は“皇族名誉冒涜罪”に該当し、混乱と誤認を生じさせた。本法廷は、これらの行為を極めて悪質と断ずる」


 名指しされたストレイツ公爵と家族は、揃って肩を震わせた。


 ミュシュは、以前スティから聞かされた話を思い出す。


 スティが社交に興味を示さず、響奏棟(きょうそうとう)に籠っているのをいいことに、皇族の居ない場で、彼らは都合のいい噂を広げ続けてきたのだ。


 ラーンスキー公爵家は皇妃を輩出している。宰相の家は公爵家であるが、お子が全員令息であるためスティの婚約者にはなり得ない。


 そしてマルスミールが選んだのは公爵令嬢ではなく、侯爵令嬢のカトカリナ。


 それならば、帝国に長らく仕えているストレイツ家こそ、スティの婚約者に決まっていると……そう信じきっていたのだろう。


(それでも、目を瞑ってくださっていたのに……)


「本来、皇族への罪は重罪である。しかしながら、第二皇子殿下の寛大なるご意向により、命をもって償うことは免れた。よって、被告ヘロイーザ・ストレイツには、皇族への無断接触を禁じ、無期限の社交界追放、帝都在住の権利を剥奪する」

「そんな……っ!?」

「また、ストレイツ公爵ならびに公爵家には、監督不行届および皇族名誉冒涜の責任を問う。よって、公爵および公爵令息には三年間の政務資格剥奪を科す」

「なっ……!?」

「私までっ!?」


 スティや皇族が、ストレイツ公爵家の行いを見て見ぬふりをしてきたのは、相手が仮にも帝国の公爵家であることと、勝手に夢を見ているだけならと歯牙にもかけなかったからである。


 それが崩れたのは、ただ一つ。ただ、彼らはスティや皇族にとっての唯一の希望(ミュシュ)に手を出した。


 この判決も、皇妃殿下やカトカリナが「やりすぎるとミュシュが気に病んでしまいますわ」「かえって嫌われたくはないでしょう?」と止めたから、これだけの処罰で済んでいるほどだ。


「同行した令嬢二名は、主犯の扇動により行動したと認められる。責任の度合いを考慮し、六ヶ月間の謹慎および社交停止とする」


 その決定に令嬢達はさめざめと泣き、「お許しください」と頭を振る。しかし、立ち上がった皇帝陛下は淡々とした口調で沙汰を下した。


「帝国の名のもとに、これを最終判決とする。以後、いかなる弁明も受け入れぬ。――連れて行け」

「皇帝陛下、どうかお許しください!……いやっ、アポスティル殿下っ!」


 ヘロイーザは騎士に捕らえられ、引きずられるように連れ出されていく。必死にスティへ手を伸ばしているが、スティは一切応じない。


 それどころか、キッとヘロイーザを睨みながら、見せ付けるようにミュシュを抱き寄せた。


「……っ!あぁっ、ああああぁぁっ!!」


 受け入れ難い光景に、ヘロイーザは怨嗟の声を上げ、頭を抱え喚きながら消えていった。令嬢達二人は、抵抗することなく俯きながら自分の足でその場を去っていく。


 法廷には重い静寂と、ミュシュの周りから漂う抑えきれない怒りの気配が残っていた。


「きっとストレイツ公爵は、これまでの罪をヘロイーザ嬢一人に押し付けるつもりだったんだろうけれど……そうはいかないよ。全員まとめて制裁を受けるといい」


 スティは冷笑を浮かべ、頭を抱えているストレイツ公爵家を眺めていた。珍しいニヒルな横顔に、ミュシュは少し見蕩れてしまう。


「アポスティル殿下の婚約者になるならとストレイツ公爵家に与していた者達は、手のひらを返したように離れていくだろう」

「公爵家を目の敵にするあまり、度が過ぎたな。それにしてもあの態度……反省している様子は見えなかったんだけど?」

「全くだ!父娘揃って私達の養女を侮辱したのだぞ?これでも足りんくらいだ。やはり令嬢は国外追放でもよかったんじゃないのか?」

「お義兄様方、お養父様!私は大丈夫ですから」


 ラーンスキー公爵家の令息達や当主は、まだ制裁が足りないのか不満気な空気を漂わせる。ミュシュは慌てて三人を止めた。


 あの令嬢は帝都に住むことすら許されなくなったのだ。二度とミュシュに会うことなく、二度とスティにも近付けない。それが確定しただけで十分だった。


 その時、背後からふわりと包まれる。


「もう、殿方は野蛮ですこと。思うのは好きになさればいいですけれど、この子の前でそんなことを言うのはお控えなさいませ」

「そうですわ!皆様も怯えられてしまいますわよ?」


 まるで守るように後ろから抱き締めたのは、公爵夫人と一番上の義兄の奥方である小公爵夫人。口を尖らせて注意し、ミュシュを撫で回している。


 そこへスティがミュシュの手を掬い上げた。反省したように眉を下げて首を傾げ、ミュシュを覗き込む。


「……ごめん、つい。怒りが抑えられなかった。ミュシュ、私が恐ろしい?」

「えっ?い、いいえっ」


 寧ろ見蕩れていました、なんて言えるはずもなく。ミュシュは慌てて首を振る。すると、ぱっと表情が明るくなった。

 

「よかった……!それじゃあ公爵夫人、小公爵夫人、()()ミュシュを、そろそろ返してくれないかな?」

「……アポスティル殿下、随分と()()()()()()()、ミュシュの心を掴んでいるようですわね」

「ご令嬢に全く興味のないお方だと思っておりましたけれど、()()()ミュシュにはご執心ですの?信じて宜しいのでしょうか?」

 

 二人に後ろから抱き締められたたま、手はスティに掴まれている謎の状況で。その双方は何故か険悪なムードで睨み合っている。


 ミュシュは身動きが取れず、ただ視線だけを右往左往させる。そんなミュシュを助けるべく、スティは涼しい顔で言い放った。

 

「私は彼女しか要らないからね。お二人は早くご自身のパートナーのところへ戻られては?」

「「えぇ〜〜っ」」


 遠回しに離れろと言うスティと、不満げに声を上げる二人。


 何故かそこにラーンスキー公爵や令息達も参戦し、ミュシュはまだ養女だ義妹だと主張して譲らない。


 ラーンスキー公爵家と、養女として迎え入れてはもらったが、自分と共に居るためにその提案を受け入れてくれたに過ぎないと主張するスティによって、論戦が繰り広げられることに。


 板挟みに遭い、ミュシュは取り合われることになってしまった。

 

(どうしてこうなってしまったの……?そもそも裁判はもう終わったのだから、もう離席していいのよね?)


 さっきまでここで人の罪が裁かれていたというのに。少しおかしくて笑ってしまう。


(温かい。ここは、とても温かいわ。それも全て……)


 ミュシュを取り返そうと攻防を続けるスティを見つめる。その全てによって、ミュシュの心は癒され、包まれているような気がした。


 大扉の方から「何をしているんだ?お前達は」という皇帝陛下の呆れた声と、困った表情の判事がやって来るまで、不思議な攻防は続いた。


 

 

 ――そしてこの一連の出来事を、まだ残っていた一部の記者が、しっかり目撃していた。


 そして翌日、法廷の判決よりも、『仲睦まじい婚約者と家族の取り合い』を大きく取り上げた新聞が最も売れたという。


 記事は後に“法廷劇の一幕”として語られ、帝宮内でも話題を呼ぶこととなる。


 スティやラーンスキー公爵家が「仲の良さをアピール出来た」と満足そうに笑う中、ミュシュは小さく「……私が暫く響奏棟(きょうそうとう)に引き籠りたいわ」と顔を覆って呟くのだった。



 

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